今日のうた

思いつくままに書いています

あと千回の晩飯 ②

2022-03-28 09:36:45 | ③好きな歌と句と詩とことばと
山田風太郎著『あと千回の晩飯』を図書館で借りる。
1997年出版ということでかなり読まれたのか、
染みや傷みが目立つ。
著書に「忍法帖」シリーズなどがあるが、どれも読んだことはなかった。

作者はパーキンソン病や糖尿病、それに伴う眼の病などがおありだ。
それとこれは作者の造語だが、「アル中ハイマー」だそうだ。
病気を達観し、日々の生活を楽しんでいる。
好きなお酒を飲み、煙草を嗜み、奥様の美味しいお料理を味わう。
また好奇心が旺盛で、奇想天外なふるまいに何度も笑ってしまった。
夢に出てくるという空中歩行も、作者だったら信じられる。
こんな素直で正直な作者は、どんな小説を書いたのだろう。

大切な言葉を引用させて頂き、生きていく上の指針にします。

①実は私も、意識の底にいつも死が沈澱しているのを感じている
 人間である。

②それはそれとして、七十を超えて意外だったのは、寂寥とか
 憂鬱とかを感ぜず、むしろ心身ともに軽やかな風に吹かれて
 いるような感じになったことだ。

③七十歳を超えれば責任ある言動をすることはかえって有害無益だ。
 かくて身辺、軽い風が吹く。

④私は座右の銘など持たないのだが、強いていえば、
 「したくないことはしない」
 という心構えだ。

⑤会葬者なども家族をふくめて十人内外がよろしいと思う。
 その人数のお葬式が野辺送りという名にふさわしく、
 詩情にみちているからだ。

⑥私には風のなかに尾形乾山の唄声がきこえる。
 「うきこともうれしき折も過ぎぬれば
  ただあけくれの夢ばかりなる」
 しかし、そんな唄声をききながらあと千回の晩飯を食って
 終わるのは、あまりに寂しい気がする。

⑦私は、日本は昭和四十年代のころが一番「良き時代」では
 なかったかと考えている。・・・
 ものの本によると、一国の異常な繁栄期は意外に短いそうだ。
 人間の肉体も国家と同じく、外見異常はなくても内部で黙々と
 毒素をふやし、あるときから牙をむいて主人に襲いかかる。

⑧また大臣が議会で、何とも答えづらいことを聞かれて、
 言語明瞭意味不明の答弁でとぼけ通す技術にも感心する。

⑨若いころは、六十代だろうが七十代だろうが、身体に病気の
 ないかぎり同じようなものだろうと考えていたが、これが
 大ちがいなんですな。六十代はゆるやかなカーブで下ってゆく
 感じだが、七十代にはいると階段状になる、それも一年ごとに
 ではなく、一ト月ごと、いや一日ごとに老化してゆく感じである。

⑩陰蔽ないし空とぼけの言動は、日本人の間では特に多いような
 気がしてならない。日本人はこの種の「習性」に外国人より
 鈍感なように思う。
 戦後だけではない。戦争中もやっている。なかには、戦争を
 するのに、逆にこちらに致命的な罰をもたらした
 嘘(うそ)もあった。

 戦争の場合と平時の場合はちがうというかも知れないが、
 戦争の場合は陰蔽と空とぼけがいっそう大規模なものになる
 おそれのあることは右の例から見ても明らかだ。

⑪いったい日本人の独創性のなさは、先天的なものか、
 後天的なものか。
 それは先天的なものじゃないか知らんと私は思うことがあるが、
 それなら将来二流国の烙印からのがれる見込みはない。

⑫異思想、異趣味、異性格の人間が混じると、上からは排除、
 仲間からはハチブにされる危険が古来十分にあった。
 大航海時代以来、欧米諸国は争ってアジアを植民地化し、
 その末期に日本もその物真似をしたが、その評判が最も
 悪いのは、その重大な理由として、日本人が占領地を強引に
 日本化しようとしたことがあげられる。
 そしてそれは傲慢のせいではなく、日本人化しなければ、
 日本人は不安でたまらないという一種の弱気が裏目に出たのだ。

⑬それまでの軍国日本の洗脳ぶりを思い出すと、それも無理はない。
 特に満州事変以後の日本人を思うと、いまの北朝鮮が笑えない。
                    (引用ここまで)


一番印象に残るエピソードは、夜中に作者が夢の中で
大笑いするくだりだ。
突然起こされた奥様は、当然怒る。
このエピソードから、高校時代に母に言われた言葉を思い出した。
「おまえは普段あまり笑わないのに、
 夢の中だと大声を出して笑っている」
暗くて覇気のない高校生だった私は、どんな夢を見ていたのだろう。

追記
以前に観た映画『魔界転生(沢田研二主演)』の原作は、
山田風太郎の小説でした。なかなか面白い映画でした。
 
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春のこわいもの

2022-03-19 16:30:07 | ③好きな歌と句と詩とことばと
作家の皆さま、そして出版社の方々には申し訳ないが、
私は読みたい本のほとんどを図書館で借りている。
川上未映子著『春のこわいもの』を書評で知り、
早速、市の図書館にリクエストした。
誰も栞に触れていない本を手に取るのは快感だ。
ピンクを基調にした淡い装幀の本は春にふさわしい。
だが表紙の大半を占めるピンク色の頭陀袋は何なのだろう。
皺が寄っていて、何が入っているか不気味だ。

帯には「この作品はAmazon Audibleにて、岸井ゆきのさんの
朗読により配信されています」とある。
読むのと聞くのとではどういう違いがあるのだろう。

コロナ禍を生きる人間を描いた6つの短編は、どれも面白い。
どれもが五感に訴えてくるものだ。
その中でも「あなたの鼻がもう少し高ければ」と
「娘について」がよかった。
「春」に数滴の毒を垂らしたような内容だ。
一気に読み終えたが、読後感が実に爽快なのだ。

いつ終わるともしれないコロナ禍にあって、心も体も疲弊している。
自分の中の毒がじわりじわりと蓄積していくのが分かる。
この小説はまさに毒を以て毒を制す、作品の毒に救われた気分だ。

心に残った言葉を引用させて頂きます。

 わたしたちは互いにみわけがつかなくなるくらいに交わった
 ことがあったけれど、でも、うまくいかないときもあった。・・・

 彼の体は、まだ世界のどこかにあるだろうか、どうだろうか。
 わたしの時代のあの日々は、どこかに残っているだろうか。
 なぜ今も、わたしは思いだすのだろう。彼と交わっていた
 あの日々に、あのときわたしに満ちていたすべての死にたさ
 よりも、生き残った何かがあったということだろうか。

 家にひきこもっているのはいつものことだし、スーパーも
 昼間に行けば何の問題もないし、充分な量のマスクも消毒液も
 ある。人と会うことも話すこともないから感染の確率も低いと思う。
 でも、この騒ぎが起きてから眠れない日が続いている。やっと
 眠れたかと思うと真夜中に目が覚めて、そのまま朝を迎えるという
 ようなことも一度や二度ではなくなっている。

 新刊を出すたびに話題になって押しも押されもせぬ存在感を
 放っていたあの作家も、今では見る影もない。
 あんな人たちでもそうなのだ。彼らの足元にも及ばない、まるで
 水に濡れた紙コップみたいなわたしの先行きなんか、わざわざ
 想像してみるまでもない。         (引用ここまで)


そういえば、SEKAI NO OWARI のラジオ番組「The House」
(ラジオ欄ではセカオワ・ハウスになっている)の後に、
5分間だけの「東京カレンダーRADIO」という番組がある。
あやしげな物語で惹きつけておいて、「この続きはスマホアプリ・
オーディで」で終わる。オーディとは、AuDee のことらしい。

Amazon Audibleといい、AuDeeといい、
物語は聞く時代に変わっていくのだろうか

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82年生まれ、キム・ジヨン(映画)

2022-03-10 14:38:42 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
2019年製作の映画「82年生まれ、キム・ジヨン」を観る。
ジヨンを演じるチョン・ユミと、その夫を演じるコン・ユに好感が持て、
小説を読んだ時よりも心に切々と伝わってきた。
ジヨンを案じるオモニを演じるキム・ミギョンがすばらしい。

ジヨンの母親は兄さんたちの学費を稼ぐために進学を諦め、
工場でミシンを踏み続けてきた。
自分の娘には同じ思いをさせまいと育ててきたが、家族を含め
あらゆる場所でジヨンは差別を受ける。
父親からして息子と娘では扱いが違うのだ。
母親が父親に言った言葉が痛々しい。

「息子しか眼中にないの? 娘はやりたいこともできず衰弱している」

子育ての疲れも重なり、精神的に参ってしまったジヨンは
夫の実家で”憑依”を経験する。
コーヒーショップでは子連れというだけで「ママ虫」と暴言を受け、
再就職もままならず、何ともやるせない。
だがジヨンは理解ある夫とともに一歩ずつ歩き出す。
ふたりを応援したくなった。

ジヨンが精神科医に話す次の言葉が、ジヨンの閉塞感を言い表しているので
引用します。

「誰かの母親、誰かの妻として 
 時に幸せを感じます
 でもある時ふと閉じ込められている気分に
 出口が見えたと思ったら 
 また壁が立ちはだかっていて
 他の道にも壁が現れる
 ”最初から出口はないんだ”と思うと
 腹が立つんです」            (引用ここまで)


2019年7月31日のブログ「82年生まれ、キム・ジヨン(小説)」
            ↓
https://blog.goo.ne.jp/keichan1192/e/e4a0b976ddbca4cb7c8608341af9c087

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