今日のうた

思いつくままに書いています

ひよこ太陽(2)

2019-07-14 09:38:41 | ⑤エッセーと物語
④飲みにくいとかクセがあるとかの問題ではない。スコッチのようにスモーキー
 というのでもない。ただ、強くて固くて厚い。とにかくただただ、強力な何かが
 迫ってくるのだ。液体ではない。これは、壁だ。含んだ瞬間、口の中に壁が登場し、
 強固なのにまたはそれ故に、口の内側いっぱい、歯の隙間にまで素早く入り込んで
 きっちりと埋め、喉を押し広げて進軍してくる。胃はびっくりする暇もなく、叫びさえ
 許されず、反撃の余力も降伏の決断も何もかも奪い去られ、ひたすら猛攻に耐えるのみ。
 ボトルのラベルに描かれた七面鳥はどう見ても自らの命を我が世の春とばかりに
 謳歌している。なんだ、絵のくせに!鳥のくせに!
 お前が味わっているのは偽りの平和だ!こっちの体は今や完全な廃墟と
 化そうとしているのに!

⑤自宅に帰りつき、そうかそうかともう一度呟いてほっとした。今日も死ななかった。
 死ななかった。あの白っぽい帽子を見たために、今日も死なずにすんだ。
 そうか、そうか。白っぽい帽子と死ななかった自分と、白い風船か。なんのことはない、
 たったそれだけのことで、自分は生きて、小説を書いている。
 道理で責任が取れないわけだ。女が出てゆくわけだ。

⑥高校の頃から小説を書いていたという記憶はないが、数式と小説が一つの頁に
 書かれているのは、何かをひどく急いていた若く窮屈な日々の暗い証拠だ。
 何を急いだのか。

⑦「駄目駄目。さっきやってみたけど言うことを聞かない。待つしかなさそうよ。」
 その通りで、空の端の方を手で押し上げればほんの一時的にはもとに戻るが、
 すぐまた剥がれて、雨が降ってくる。傾いた空の隙間から覗くと、太陽が
 ひよこみたいにただおどおどしているばかりだった。帰省なんかするんじゃなかった。
 なんのことはない、数年前に家の天井裏で決行出来なかったのは今日、
 このひよこを見るためだった。ひよこの太陽が空の天井裏で、世界中の
 自殺願望者の震えを引き受けておどおどしているのだ。
 (引用ここまで)







 

 
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