今日のうた

思いつくままに書いています

入り江の幻影 新たな「戦時下」にて

2023-12-22 08:23:47 | ③好きな歌と句と詩とことばと
生協に加入していると、毎月「生活と自治」なる小冊子が届けられる。
中でも辺見庸氏のエッセイ「新・反時代のパンセ」を楽しみにしていた。
ところが連載が終わってしまい、楽しみが一つ失くなった。
(この連載は『コロナ時代のパンセ』として出版されています)
だが今年の夏に新刊が出ていた。

辺見庸著『入り江の幻影 新たな「戦時下」にて』を読む。
青を基調とした装幀がすばらしい。
「そうそう!」と叫びたくなるような言葉が散りばめられている。
胸に響く言葉はたくさんあるが、そのいくつかを引用させて頂きます。

①絶望は究極の〈個〉のみが、身を剪(き)るほどに冷たい真水のように、
 体の深奥に湧かせる最も高度な水だ。究極の〈個〉がなければ絶望もない。

②蒼然としていとどに怪しい過去には敢えて触(さわ)らず、そっと不問に
 付しておくのが、我がジパングの ”醜悪な美風” であるにもかかわらず、である。
 逆に見れば、この種の告発は日本では好まれない。
 暗部はしばしば見て見ぬ振りをされる。

③櫻本富雄『空白と責任』の「あとがき」より
 戦争責任を行方不明にする戦後は存在しない。その戦後は、いぜんとして戦時下で
 あり、新たな戦前である。いまこそ、戦後への出発を!
 (戦後には傍点が振ってある)

④戦争の足音が聞こえる。たぶん幻聴ではない。

⑤状況は大いに異なるけれども、このたびのロシアによるウクライナ侵略に
 際し、わたしは満州事変を想起せざるをえなかった。・・・
 しかし歴史の実時間にあって、だれが最初から15年の泥沼を予想しえて
 いただろうか。日本の民衆は中国各都市の占領のたびに戦勝祝賀の提灯行列に
 くりだし、「天皇陛下万歳!」を叫んだのである。
 民衆は戦争の犠牲者であるとともに、当時のマスコミとともに
 戦争推進の加害者でもあったのだった


⑥なりを潜めていたwar mad(戦争狂)たちが、いつのまにかあちこちで
 勢いをとりもどしており、安倍晋三元首相にいたっては ”ニュークリア・シェアリング”
 (核の共有)”などと言いだし、失笑を買うどころか、それなりの同調者も多い
 というから、いままさに地軸を揺るがすほどの大変動が起きていることはまちがいない。

気がつけば憲法9条を語る人々が激減している。
 つまりこの国があるべき「よりどころ」を失いつつあるということだ。

 「唯一の被爆国として・・・」という枕詞も経年劣化している。
 可能性としての核戦争は、鏡像でもSFでもなく、現実にそこまで近づいている。
 戦争狂たちと本気で戦う意志が問われている。

⑧ただ、事件の背景といわゆる「国葬」決定にいたるプロセスは、この国の政治と
 メディアの質がこうまで低劣であったかと改めて驚愕し慨嘆せざるをえない
 ほどであった。
 かろうじてわかったのは、
 この国が民主主義とはいささかも関係ない戦時的古層
 または”闇”をいまもズルズルと引きずっているということである。


⑨死者に鞭(むち)打つのは日本的作法に悖(もと)るとされる。だが、この際
 言わなくてはならないことがある。。安倍晋三氏は端的に言って、平和憲法を
 足蹴にして、日本の「戦争までの距離」を縮めた。

⑩こうも言える。生活を救えない政治はダメな政治である。
 今の政治は庶民の生活を少しも救えていない。よってダメな政治である。
 この事実が、生活と政治を語る上での基本であり出発点である。

⑪「閣議決定と強行採決と嘘と隠蔽」の悪評判は常に安倍氏につきまとった。
 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、年金カット法案、カジノ法案も
 強行採決だった。理の当然、
 安倍政権時代に人びとのアパシー(政治的無関心、無気力症)化が進んだ。

⑫「国葬」にせめても意味があったとするなら、ただ一点、この国では民主主義が
 すでに瀕死の状態で、〈ファジーな〉全体主義が到来しつつあると知らしめた
 ことくらいではなかろうか。
(引用ここまで)
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自由対談

2022-08-20 05:07:41 | ③好きな歌と句と詩とことばと
中村文則の対談集『自由対談』を読む。
さまざまなジャンルの方との対談が載っていて、
さまざまな中村文則を知ることができた。
だがどの場面でもぶれることなく、臆することなく、
その博学に驚く。

彼は読者を「読者さん」と呼ぶ。そして本のあとがきには
次の言葉が記されている。やさしい人だと思う。

「これからも、書き続けていきます。読者の皆さんも、
 生き続けてください。共に生きていきましょう。
 ではまた次作で」         (引用ここまで)

彼は社会問題を題材にする。その理由を「これから生きていく
読者さんが苦しむことのないように」と語っていたことがある。
津田大介との対談でも、このことを述べている。

「当時の日本には素晴らしい作家たちがいたのに、なぜ第二次
 世界大戦であんなことになってしまったんだということ。
 作家の力がどの程度かという議論は措くとして、こんなに素晴らしい
 作品を書いたのに、その数年後に日本はあそこまで戦争に突入し、
 敗戦する。そんな段階にまで至ってしまったときには作家は何も
 出来なくなってしまうので、その兆候が現れたときに抵抗して
 いかないと駄目だと思ったんです。それに、いま危機が訪れて
 いると自分自身が強く思っているのであれば、それを伝えないと
 読者に対する裏切りになるのではないかという思いもあって。」
                   (引用ここまで)

彼は地獄を見てきた人だと思う。そこからずっと自分と向き合い
ながら、自力ではい上がってきた人だと思う。
だからぶれない、芯の強さと寛大さを身につけている。
姜尚中との対談で、悪について次のように述べている。

「とにかく、悪というものが自分の中にあると自覚することが
 出発点になると思います。自覚すると、何か犯罪が起きたときに、
 被害者の立場で悲しむと同時に加害者の立場で悲しみ、事件を
 全体の悲しみとして捉えられるようになる。そういう社会は
 戦争が起きにくいと僕は思っています。」 
 
人は変われるかという問いに、
「僕は変わると思う。おそらく感情によって変わると。
 ドストエフスキーの受け売りですが、論理では変わらないけれど、
 存在を揺さぶられるような感情を経験すると、人は変わると思います。

 はい。ただ難しいのは、精神的な耐性が弱いと、存在を揺さぶられる
 ような強い感情に向き合えないんですね。それで拒否していまう、
 ものすごいストレスがかかることですから。ゆえに、人はなかなか
 変われないんだと思っていまが、変わること自体は絶対に可能だと
 僕は思っています。」         (引用ここまで)

映画・音楽では、彼の小説を原作とした映画に関わる
プロデューサーや監督、俳優との対談が興味深かった。
私は次の5作を観ているが、なかでも「銃」が一番面白かった。
①去年の冬、きみと別れ
②最後の命
③悪と仮面のルール
④火Hee
⑤銃

桃井かおり、玉木宏、岩田剛典、吉沢亮、村上虹郎、
そして「銃」の監督の武正晴、プロデュースした奥山和由。
武正晴は「銃」を、たまたま空いた2週間で撮影したというから驚く。

『教団X』の愛読者ということで集まった3人の中の、
スタジオジブリの鈴木敏夫はなぜこんなにも話が面白いのだろう。
いつも思うことだが。

綾野剛も中村の愛読者ということだ。
二人は同じ匂いがすると思ったが、次の中村の言葉で納得した。
「結局、演じることも物を作るということだから、そういう人は
 ある程度の狂気性を負いますよ。どんなにかわいらしく見える人でも
 何かしらはあると思うし。だからこそ、演じることが出来るって
 いうのもあるでしょうね。」      (引用ここまで)

中村文則と私の娘は同世代ということもあり、
やはり同じ世代の西加奈子、山崎ナオコーラとの会話が楽しかった。
西に「文則くん」と呼ばれる場面を想像するだけで笑ってしまう。

付箋を付けていたら付箋だらけになってしまったので、これでやめます。
これからも彼から学んでいこうと思う。     

追記1
この時期、フジファブリックの「若者のすべて」の次の歌詞に心引かれる。
「真夏のピークが去った
 天気予報士がテレビで言ってた・・・」

そしてこの時期、白井聡がガンジーの言葉を引いてあとがきに書いた
という次の言葉が心に染みる。

あなたがすることのほとんどは無意味であるが、
 それでもしなくてはならない。
 そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、
 世界によって自分が変えられないようにするためである
。」
                            (敬称略)
(2022年8月23日 記)


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自転しながら公転する

2022-07-11 05:05:50 | ③好きな歌と句と詩とことばと
山本文緒著『自転しながら公転する』を読む。
山本文緒氏の作品を読んだのは、2021年に彼女が亡くなってからだ。
アメリカのロックバンド「ヴァン・ヘイレン」のギタリスト、エドワード・
ヴァン・ヘイレンを知ったのも、2020年に彼が亡くなってからだ。
亡くなって素晴らしさに気づくのは、何ともやるせない。

この小説を読んで一番に感じたのは、気負いがないということだ。
登場人物は誰もが憧れるような容姿や職業ではなく、住まいは茨城県にある。
窓からは牛久大仏が見え、主人公の母はおめかしして友人と
牛久シャトーと思われるレストランでワインを楽しむ。
そこでの主人公や周りの人たちとの日常が淡々と描かれている。
細部をリアルに描くことで、読者はどっぷりその世界に浸ることができる。
そしてまるで主人公が自分の知り合いのように心配したり、「そこは
ダメ!」と忠告したりしたくなる。

小説はいつの間にか主人公が入れ替わっていたりするので気が抜けない
そして読み終わって初めて、小説の全体の骨格が分かる。
プロローグの結婚式は、エピローグの結婚式で見事に裏切られる。
自分にとって大切なものは何なのか、人を好きになるのはこんなにも
つらいものなのか・・・と泣けた。

心に響いた言葉を2つ引用させて頂きます。
日本は20年もの間賃金が上がらず、手取りはむしろ減っている。
その上1200兆円もの借金大国・日本で、若者はこれからどうやって
生きていくのだろう。
先が見えている私たちとは違って、これから何十年も生きていかな
ければならない若者に、「日本になどこだわることはない。どこに
行っても生きていけるスキルを身につけて!」と言いたい。
それにしても、2040年を見据えた作者の慧眼に、さもありなんと思った。

①でもそれよりも、静かに枯れて色を失くしていくこの国にいるより、
 天に向かう竜巻のような国へ飛び込みたい、という気持ちが一番大きい
 かもしれなかった。
 二年後の二〇四〇年、ベトナムの人口はとうとう日本を上回った。
 私が四歳のときには日本の三人にひとりが六十五歳以上の超高齢化社会
 となった。その後、地滑りを起こすように地方自治体の多くが破綻し、
 老人ホームも病院も足りなくなって、世界的に見ても福祉の悪化が問題
 となった。ニュースは過疎化、地方の荒廃、人手不足というワードを
 繰り返した。
 私の世代は学校を出たら海外で働くつもりの人がクラスの半分以上だった。
 中国やインドで働くことが生きていく手段として妥当だと考える人は多い。
 私もベトナム料理に出会うまでは、なんとなくどちらかの国に働きに
 行こうと思っていた。日本はエリート以外はろくな職がなかった。
 賃金は安く社会保険料は高く、それこそ子供など夢のまた夢のような
 生活しか送れない。

②「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって
  思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。
  思い通りにはならないものよ」         (引用ここまで)

追記
この小説がドラマ化され、3話完結で読売テレビで放送されます。
私が期待している藤原季節が出演するのが楽しみです。

放送日時は
2023年12月14日(木)11:59(PM)~
    12月21日(木)11:59(PM)~
    12月28日(木)11:59(PM)~

舞台は茨城県です。
私は茨城県に近い千葉県に住んでいます。
そのせいか「ちばらぎ県」とも呼ばれています。
「牛久大仏」も「牛久シャトー」も身近にあるし、
地震速報も千葉県のではなく、茨城県北西部を見る方が確かです。

腑に落ちないのは、以前は「いばらぎけん」と呼んでいたのに
いつの間にか「いばらきけん」と呼ばれるようになったことです。
以前はいばらぎ=茨城、いばらき=茨木だったのに、
今はいばらきでも茨城と変換されるようになったことです。
濁音はダサいとでも思っているのでしょうか。
茨城県に筑波学園都市が出来たからでしょうか。
私の中では、いばらぎ=茨城、いばらき=茨木のままです。
(2023年12月9日 記)
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サヨナラ

2022-05-13 15:01:17 | ③好きな歌と句と詩とことばと
ラジオ番組「SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記」の中で、
今聴きたい名曲としてGAOの「サヨナラ」を紹介していた。

♪ 流れる季節に 君だけ足りない
  はぐれた心の 足跡を探す

「君だけがいない」だったら胸に響かなかっただろう。
「君だけ足りない」に心を抉られてしまって泣きそうになった。
言葉に強く反応したのは久しぶりだ。

GAO「サヨナラ」
    ↓
https://www.youtube.com/watch?v=H8a2k0cGmew

それからはYouTubeでGAOの曲を聴きまくっている。
1992年にリリースされた「サヨナラ」のMV(ミュージックビデオ)は、
中性的でピュアな彼女の魅力があふれている。
この頃の私は体を壊すほど働いていた時期で、こんな素晴らしい
ミュージシャンを知らずに生きてきたことが悔しい。

今はラジオを聴き逃しても、radikoで電波を気にせず聴ける。
便利な世の中になったものだ。


追記1
アルバム『 BEST 1991-1994 GAO 』を借りた。
伸びやかな声で歌がうまい! そして聴く人の心に寄り添ってくれる。
「Roi Roi」を聴くと、どんなに凹んでいても元気になれる気がする。
「イリュージョン」「夢のひと」「壊(こわ)れかけた時計」
「Love」「1987」「最後のメッセージ」「突然 君と出会いたい」
が素晴らしい。
「突然 君と出会いたい」は、孫たちが初めて恋をする時に、
このMVをプレゼントしたくなるような曲だ。
     ↓
https://www.youtube.com/watch?v=PpVRl8BDBew

「『月』に吠える朝」の「今に来るよ来るよ来るよ」の歌詞が
頭から離れない。
アルバムにはないが、「Bed」「ゆっくり変わるよ」
「Beat Up Sofa」も好きだ。
彼女の曲を聴くと生きる力が湧いてくる。

追記2
昔、英語を勉強する人の中には、FEN(Far East Network=米軍極東
放送網)を利用する人がいた。
そのことを思い出し聴こうとしたが、ない!
1997年にAFN(American Forces Network Pacific=アメリカ軍ネット
ワーク)に変わってしまい、アメリカから放送を提供しているという。
わが家は電波状況がわるく苦労している。
ああ、それなのにそれなのに、NHKとAFNはすこぶる良いのだ! 
なんだか複雑な心境だ!
(2022年6月20日 記)


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あと千回の晩飯 ②

2022-03-28 09:36:45 | ③好きな歌と句と詩とことばと
山田風太郎著『あと千回の晩飯』を図書館で借りる。
1997年出版ということでかなり読まれたのか、
染みや傷みが目立つ。
著書に「忍法帖」シリーズなどがあるが、どれも読んだことはなかった。

作者はパーキンソン病や糖尿病、それに伴う眼の病などがおありだ。
それとこれは作者の造語だが、「アル中ハイマー」だそうだ。
病気を達観し、日々の生活を楽しんでいる。
好きなお酒を飲み、煙草を嗜み、奥様の美味しいお料理を味わう。
また好奇心が旺盛で、奇想天外なふるまいに何度も笑ってしまった。
夢に出てくるという空中歩行も、作者だったら信じられる。
こんな素直で正直な作者は、どんな小説を書いたのだろう。

大切な言葉を引用させて頂き、生きていく上の指針にします。

①実は私も、意識の底にいつも死が沈澱しているのを感じている
 人間である。

②それはそれとして、七十を超えて意外だったのは、寂寥とか
 憂鬱とかを感ぜず、むしろ心身ともに軽やかな風に吹かれて
 いるような感じになったことだ。

③七十歳を超えれば責任ある言動をすることはかえって有害無益だ。
 かくて身辺、軽い風が吹く。

④私は座右の銘など持たないのだが、強いていえば、
 「したくないことはしない」
 という心構えだ。

⑤会葬者なども家族をふくめて十人内外がよろしいと思う。
 その人数のお葬式が野辺送りという名にふさわしく、
 詩情にみちているからだ。

⑥私には風のなかに尾形乾山の唄声がきこえる。
 「うきこともうれしき折も過ぎぬれば
  ただあけくれの夢ばかりなる」
 しかし、そんな唄声をききながらあと千回の晩飯を食って
 終わるのは、あまりに寂しい気がする。

⑦私は、日本は昭和四十年代のころが一番「良き時代」では
 なかったかと考えている。・・・
 ものの本によると、一国の異常な繁栄期は意外に短いそうだ。
 人間の肉体も国家と同じく、外見異常はなくても内部で黙々と
 毒素をふやし、あるときから牙をむいて主人に襲いかかる。

⑧また大臣が議会で、何とも答えづらいことを聞かれて、
 言語明瞭意味不明の答弁でとぼけ通す技術にも感心する。

⑨若いころは、六十代だろうが七十代だろうが、身体に病気の
 ないかぎり同じようなものだろうと考えていたが、これが
 大ちがいなんですな。六十代はゆるやかなカーブで下ってゆく
 感じだが、七十代にはいると階段状になる、それも一年ごとに
 ではなく、一ト月ごと、いや一日ごとに老化してゆく感じである。

⑩陰蔽ないし空とぼけの言動は、日本人の間では特に多いような
 気がしてならない。日本人はこの種の「習性」に外国人より
 鈍感なように思う。
 戦後だけではない。戦争中もやっている。なかには、戦争を
 するのに、逆にこちらに致命的な罰をもたらした
 嘘(うそ)もあった。

 戦争の場合と平時の場合はちがうというかも知れないが、
 戦争の場合は陰蔽と空とぼけがいっそう大規模なものになる
 おそれのあることは右の例から見ても明らかだ。

⑪いったい日本人の独創性のなさは、先天的なものか、
 後天的なものか。
 それは先天的なものじゃないか知らんと私は思うことがあるが、
 それなら将来二流国の烙印からのがれる見込みはない。

⑫異思想、異趣味、異性格の人間が混じると、上からは排除、
 仲間からはハチブにされる危険が古来十分にあった。
 大航海時代以来、欧米諸国は争ってアジアを植民地化し、
 その末期に日本もその物真似をしたが、その評判が最も
 悪いのは、その重大な理由として、日本人が占領地を強引に
 日本化しようとしたことがあげられる。
 そしてそれは傲慢のせいではなく、日本人化しなければ、
 日本人は不安でたまらないという一種の弱気が裏目に出たのだ。

⑬それまでの軍国日本の洗脳ぶりを思い出すと、それも無理はない。
 特に満州事変以後の日本人を思うと、いまの北朝鮮が笑えない。
                    (引用ここまで)


一番印象に残るエピソードは、夜中に作者が夢の中で
大笑いするくだりだ。
突然起こされた奥様は、当然怒る。
このエピソードから、高校時代に母に言われた言葉を思い出した。
「おまえは普段あまり笑わないのに、
 夢の中だと大声を出して笑っている」
暗くて覇気のない高校生だった私は、どんな夢を見ていたのだろう。

追記
以前に観た映画『魔界転生(沢田研二主演)』の原作は、
山田風太郎の小説でした。なかなか面白い映画でした。
 
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春のこわいもの

2022-03-19 16:30:07 | ③好きな歌と句と詩とことばと
作家の皆さま、そして出版社の方々には申し訳ないが、
私は読みたい本のほとんどを図書館で借りている。
川上未映子著『春のこわいもの』を書評で知り、
早速、市の図書館にリクエストした。
誰も栞に触れていない本を手に取るのは快感だ。
ピンクを基調にした淡い装幀の本は春にふさわしい。
だが表紙の大半を占めるピンク色の頭陀袋は何なのだろう。
皺が寄っていて、何が入っているか不気味だ。

帯には「この作品はAmazon Audibleにて、岸井ゆきのさんの
朗読により配信されています」とある。
読むのと聞くのとではどういう違いがあるのだろう。

コロナ禍を生きる人間を描いた6つの短編は、どれも面白い。
どれもが五感に訴えてくるものだ。
その中でも「あなたの鼻がもう少し高ければ」と
「娘について」がよかった。
「春」に数滴の毒を垂らしたような内容だ。
一気に読み終えたが、読後感が実に爽快なのだ。

いつ終わるともしれないコロナ禍にあって、心も体も疲弊している。
自分の中の毒がじわりじわりと蓄積していくのが分かる。
この小説はまさに毒を以て毒を制す、作品の毒に救われた気分だ。

心に残った言葉を引用させて頂きます。

 わたしたちは互いにみわけがつかなくなるくらいに交わった
 ことがあったけれど、でも、うまくいかないときもあった。・・・

 彼の体は、まだ世界のどこかにあるだろうか、どうだろうか。
 わたしの時代のあの日々は、どこかに残っているだろうか。
 なぜ今も、わたしは思いだすのだろう。彼と交わっていた
 あの日々に、あのときわたしに満ちていたすべての死にたさ
 よりも、生き残った何かがあったということだろうか。

 家にひきこもっているのはいつものことだし、スーパーも
 昼間に行けば何の問題もないし、充分な量のマスクも消毒液も
 ある。人と会うことも話すこともないから感染の確率も低いと思う。
 でも、この騒ぎが起きてから眠れない日が続いている。やっと
 眠れたかと思うと真夜中に目が覚めて、そのまま朝を迎えるという
 ようなことも一度や二度ではなくなっている。

 新刊を出すたびに話題になって押しも押されもせぬ存在感を
 放っていたあの作家も、今では見る影もない。
 あんな人たちでもそうなのだ。彼らの足元にも及ばない、まるで
 水に濡れた紙コップみたいなわたしの先行きなんか、わざわざ
 想像してみるまでもない。         (引用ここまで)


そういえば、SEKAI NO OWARI のラジオ番組「The House」
(ラジオ欄ではセカオワ・ハウスになっている)の後に、
5分間だけの「東京カレンダーRADIO」という番組がある。
あやしげな物語で惹きつけておいて、「この続きはスマホアプリ・
オーディで」で終わる。オーディとは、AuDee のことらしい。

Amazon Audibleといい、AuDeeといい、
物語は聞く時代に変わっていくのだろうか

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疼(うず)くひと

2022-02-25 10:57:33 | ③好きな歌と句と詩とことばと
松井久子著『疼くひと』を読む。

私は映画『ユキエ』の監督として松井氏を知っていた。
この映画は、テレビドラマのプロデューサーだった松井氏の
映画監督デビュー作だ。国際結婚が珍しい時代に、親の反対を押し切って
アメリカに渡った主人公の40年が描かれている。
倍賞美津子演じる主人公の老い、そしてアルツハイマーになってからの
夫婦の苦悩が丁寧に描かれている素晴らしい作品だ。
そしてどの場面でも倍賞美津子が美しく魅力的だ。

その松井氏の処女小説ということで、早速図書館に借りに行った。
以前、上野千鶴子氏の著書『発情装置』を図書館で借りた時の
戸惑いを思い出したが、あとがきによると上野氏に勧められての
執筆だそうだ。
この小説は次の言葉で始まる。
女性解放がテーマなのだろうか。

「とどのつまりが、自分をどこまで解き放てるか。
 あるがままの自分の、完全なる自由。
 それが、いつの頃からか彼女が求めるようになったものだ。
 常識、社会的な規範、世間の眼、愛する者たちの願い、
 そのときどきの美学・・・・・・。
 いずれも頓着(とんちゃく)せず、私自身でいること。
 それは、人生におけるいちばんの価値を、
 孤独におくことでもある。」

次の言葉からは主人公が同世代(70歳)ということもあり、
同じような経験を有する者として大いに共感を覚える。

「別に不機嫌なわけではないが、近頃は、一日中誰とも
 話をせずに過ごす日が多いので、最初に出る声は、いつも
 喉(のど)に何か引っかかったようなダミ声になってしまう。」

主人公は離婚し、働きながら一人娘を育ててきた。
娘からのひとことは痛い。

「ママは、いつも誰かのために生きているフリをして、
 いちばん大事なのは、自分なのよ。」

ここまではついていけるのだが、あとがきにある
「長いこと蓋をしたまま置き去りにしてきた『身体感覚』、
 この宿題に向き合ってみたい」との思いで描かれたのであろう
恋愛にはついていけない。

主人公はSNSで知り合った55歳の男性との逢瀬を重ねながら
自らを解放していく。
お料理を完璧に作り、疲れを知らず愛し合いながら二人の時間を楽しむ。
そして自分の考える人生を突き進む。
あまりにも完璧で、腰が痛いの具合が悪いの、今日は手抜き料理といった
次元でうごめいている私にとって主人公は、まさに【スーパー70歳】なのだ。
生身の人間として感じることができなかった。

結婚生活における元夫の女性蔑視、女性の解放、娘との関係、老い、
高齢者の恋、そして彼の特異な生い立ちなどがつぎつぎと描かれていく。
筋書き通りにピタッと、全てのピースが嵌っていく様は小気味よい。
だがもう少しテーマを絞って、たゆたいながら、余分に思われるものや
はみ出してしまうものを描いてもよかったのではないかと思った。


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あと千回の晩飯 ①

2022-01-30 17:14:46 | ③好きな歌と句と詩とことばと
不意に、以前新聞に掲載されていた記事のタイトルを思い出した。
「あと千回の晩飯」、調べると、1994年から1996年まで
朝日新聞に掲載された山田風太郎のエッセイで、本が出ているようだ。
当時の私は44歳、作者の「千回」と言い切ってしまうところに
ただならぬ決意というか凄みを感じた。

千回とは2・74年、このエッセイが始まったのが山田氏72歳なので
74、75歳頃を想定していたのだろう。
実際には2001年に79歳で亡くなっている。
当時の山田氏と同じ年代になった私も、あと何回、と思わずには
いられない。もう晩年は始まっている。

コロナ鬱か老人性鬱かは知らないが、どうもやる気が出ない。
最近読んだパク・ソメル著『もう死んでいる十二人の女たちと』に
次の言葉は出てくるが、まさにこの通りだ。

「生きるのに疲れすぎて面倒くさくて何もしたくないんです」

この本はいくつかの短編からなっているが、どの短編も確固たる
筋が分からない。展開が読み取れない。だが読み終えた後に
ある感覚が残っている。
この取り留めのなさは何なんだろう。

今日も宮本浩次(ひろじ)の「光の世界」「悲しみの果て」「さらば青春」
「遁世」「異邦人」「東京協奏曲」「十六夜の月」、
森田童子の「ぼくたちの失敗」「みんな夢でありました」、
「さよならぼくのともだち」
そして70年代のポップスを聴きながら、一日が終わる。

遁世
https://www.youtube.com/watch?v=nc9EsppQB3U

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彼は早稲田で死んだ

2021-11-29 09:21:24 | ③好きな歌と句と詩とことばと
樋田毅(ひだつよし)著『彼は早稲田で死んだ 
大学構内リンチ殺人事件の永遠』を読む。
私は本のタイトルが『彼は早稲田で殺された』とばかり思っていた。
なぜ曖昧な「死んだ」ではなく、「殺された」という言葉を
使わなかったのだろう。
1973年4月2日に再建一文自治会が発行した新入生歓迎パンフレットに
「彼は早稲田で死んだ」と表題をつけて、事件の経緯を書いている。
それで「死んだ」にしたようです。
それに「死んだ」を使うことでその背景を想像させ、タイトルに相応しい
ことに気づいた。

1972年の春、作者は早稲田大学第一文学部に入学する。
その年の11月8日の夜、文学部構内の自治会室で、第一文学部2年生だった
川口大三郎さんが革マル派の学生たちのリンチによって殺される。
この事件をきっかけに、一般学生による革マル派糾弾運動が始まり、
その過程で多くの学生が理不尽な暴力に遭い、作者も重傷を負う。
その後、作者は新聞社に入社し、退社した後もこの事件を追い続ける。
そして今も悪夢にうなされる。
プロローグには次の言葉が書かれている。

 その後、長い歳月が流れた。
 しかし、あの早稲田での出来事が、忘れ去られていいとは思えない。
 約半世紀前、東京の真ん中に、キャンパスが「暴力」によって支配
 された大学があった。
 
 あの時代の本当の恐ろしさを伝え、今の世界にも通ずる危うさを
 考えるため、私は自らの記憶を呼び起こし、かつての仲間や敵だった
 人々にできる限り会った。段ボールに詰め込んだままになっていた
 資料も読み返した。

 あの苦難に満ちた日々、私は、そして同世代の若者は
 どう生きたのか―――。           (引用ここまで)

私は作者より3年前に第一文学部に入学したが、当時文学部は全国の
革マル派の拠点と言われていた。
ノンポリである私も部外者ではいられない空気があった。
文学部は本部とは独立している。
長く続くスロープを上がっていくと、建物の入り口に多くの机や椅子で
がっしり固められたバリケードが築かれている。
人一人が通れるだけのスペースがあるだけだ。
そこで革マル派の活動家が、授業を受けに来る学生を一人一人チェックする。
他のセクトの学生は文学部に入ることができない。
授業が始まってまもなく活動家が教室に入ってきて、
クラス討論の時間をくれと言う。

この本を読むと「一文自治規約」により、このことが行われていたという。
当時私は学生運動・活動家と一括りに捉えていたが、目に見えないところで
「一文自治会」が関わり、全学部の学生自治会を「制圧」する
闘争が行われていたようだ。
革マル派は「早大全学中央自治会」を発足させる。
そして一文自治会の田中委員長が全学中央自治会の委員長に
就任する。2020年、作者は田中氏に会いに行く。
外から見ていたのではわからないことが精密に描かれている。
こんなことが行われていたのか、と改めて驚く。
たとえば次のことが書かれている。

 当時、第一文学部と第二文学部は毎年1人1400円の自治会費(大学側は
 学会費と呼んでいた)を学生たちから授業料に上乗せして「代行徴取」し、
 革マル派の自治会に渡していた。
 第一文学部の学生数は約4500人、第二文学部の学生数は約2000人
 だったので、計900万円余り。本部キャンパスにある商学部、
 社会科学部も同様の対応だった。             

 大学当局は、キャンパスの「暴力支配」を黙認することで、
 革マル派に学内の秩序を維持するための「番犬」の役割を期待して
 いたのだろう。               (引用ここまで)

2020年に作者は文学部の前で、「川口大三郎君虐殺事件」を知っているか
と学生たちにインタビューしている。だが誰一人知る人はいなかった。
また「早稲田大学歴史館」にもこの事件についての展示はなかったそうだ。

「早稲田大学歴史館」は2018年3月20日に開館している。
人間は同じ過ちを犯す。そうならないためにも「負の遺産」を直視し、
後世に伝えていく義務がある。
「川口大三郎君虐殺事件」が起きた時、現総長の田中愛治氏は
早稲田大学に在籍していたはずだ。
身近に起きたこの事件を、なぜ展示しないのですか。
その理由をお聞かせください。

ついでにもう一つ疑問なのは、2021年10月1日に「国際文学館
(村上春樹ライブラリー)」が開館している。
どういう経緯で開館することになったのだろう。
早稲田出身の文学者は数多くいる。だがなぜ村上春樹だけが選ばれたのか。
選考基準はどういったものだったのか。
彼がノーベル文学賞を取ったのなら分かる。だが取ってはいないし、
これからだって分からない。若者に人気のある作家だから?
ユニクロ会長の柳井正氏がお金を出すと言ったから?
はたして50年後、100年後に、彼はそれに堪えうる作家なのだろうか。
確かにこのことで受験生は増えるだろう。だが最近の風潮同様、
見た目を意識した軽さを感じてしまう。

私は短歌をやめてから、カルチャーの「文章教室」に9カ月通った。
その教室で、小説の・ようなものを書いた。
最後の方で「川口大三郎君虐殺事件」のことを書いているので載せます。

「こんぺいとう」
その後、内ゲバという内部対立が激しくなり、学生運動はさらに
過激になっていった。
一年後の二月には「あさま山荘事件」が起きて、山岳ベース事件
(リンチ殺人事件)が明らかになった。
それは「総括」という名のもとに、仲間うちで十二人が惨殺されたのだった。
同じ年の秋には、圭子の大学でもリンチ殺人事件が起きた。
革マル派から中核派と間違えられた学生が、真昼間に文学部の学生自治会室に
連れ込まれた。そこで八時間に及ぶリンチを受けて殺害されたのだ。
丸太や角材でめっちゃくちゃに殴られ、体全体が細胞破壊を起こしての
ショック死だという。遺体はパジャマ姿で東大附属病院前に遺棄されていた。
惨(むご)い! 彼はリンチを受けながら、遠くに学生たちの話し声や笑い声を
聴いていたかもしれない。
もしかしたらリンチされている時間帯に、圭子は学生自治会室を見下ろす
通路を歩いていたかもしれない。
キャンパスで一人の人間が撲殺された。たった二十歳で! 
しかも彼は中核派ではなかったというではないか・・・。
社会を良くしようと正義感に燃えていたはずの若者が、どこをどう間違えて
やくざ顔負けの凄惨な事件を引き起こしたのだろう。

思い出さないようにしていても、あのクリスマス・パーティーでの
罵声が蘇ってきた。
「ブント、帰れ! なんでのこのこ来たんだ。
 おまえなんかの来る場所じゃない!」
そして、Hの苦しげな顔が浮かんできた。    (記載ここまで)

※長くなってしまったので、追記を下に分けました。
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彼は早稲田で死んだ 追記1~4

2021-11-29 09:21:20 | ③好きな歌と句と詩とことばと
長くなってしまったので、追記を分けます。

追記1
この本の中に懐かしい名前を見つけた。
作者は非暴力で革マル派に対抗するため、全学部の学生数千人を結集
させる学生大会を計画する。
その前夜、「臨時執行部」の候補者を決めるための会合があった。
候補者の中に民青系の人たちがいて、作者は革マル派の妨害を怖れて
立候補を取り下げるよう彼らに要請する。
その中の一人が小此鬼(おこのぎ)則子さんだ。
作者は小此鬼さんの言葉を次のように書いている。

 「私も立候補は辞退します。でも、こんなことは本来、あってはならない
  こと。誰にでも立候補の権利はあるはずです。自治会の未来に
  禍根(かこん)を残すことを心配しています」

 川口君の事件が起きる以前に、私は文学部キャンパスで彼女が革マル派に
 取り囲まれても、一歩も引かず、理路整然と反論している姿をみかけた
 ことがあった。小此鬼さんの発言は的を射ていただけに、その言葉は
 私の胸の奥に棘(とげ)のように刺さった。
 小此鬼さんは後に児童文学編集者として多くの仕事をしたが、
 病のため五三歳で逝去した。
 あの集会での彼女の発言を、民主主義とは何かを考えるときに
 今も思い出す」                 (引用ここまで)

小此鬼さんと私は、一年生の時に1Mで同じクラスだった。
そしてたまたま入ったサークル・WTC(早大テニスクラブ)でも
一緒だった。
常に人を包み込むようなやわらかい笑顔が印象的な人だ。
美人で運動神経がよく、どこでも憧れの的だった。
1年生の時には彼女の家に泊まりに行ったりもしたが、2年生になり
私が演劇にのめり込むようになってからは疎遠になってしまった。
一度電話があり「文学部に入れなくなってしまったのよ」と話していたが、
留年せざるを得なくなったようだ。
その後、クラスメートの林太郎君と結婚したことまでは知っていた。
1年前に彼女の名前を検索したところ、小此鬼さんも林君も亡くなっていた。

樋田さんの文章から小此鬼さんの凛とした佇まいや、スコートを穿き
日焼けした小此鬼さん、手紙の最後に必ずある「鬼」の印、
そして涼やかな声を思い出した。

追記2
この作品は「第53回大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞しました。
おめでとうございます。
(2022年5月14日 記)

追記3
樋田毅(ひだつよし)著『彼は早稲田で死んだ 
大学構内リンチ殺人事件の永遠』が原案の映画が製作されたそうです。
代島治彦監督、『ゲバルトの杜~彼は早稲田で死んだ~』
金平茂紀さんはフェイスブックに、「時代の狂気のせいにしてはならない
今につながるテーマだ」と書いています。
一般公開は2024年5月中旬です。
私は映画館には行けないので、DVD化されるのをひたすら待ちます。
(2024年2月9日 記)

追記4
2024年5月24日の朝日新聞の夕刊に、この映画の記事が載っていた。
公開は25日から東京・渋谷のユーロスペースで、その後各地で順次
公開されるそうです。
公式サイトは保護されていないみたい(?)なので、YouTubeを載せます。

①『ゲバルトの杜 ~彼は早稲田で死んだ~』本予告編/5月25日㊏より
  ユーロスペース他全国順次公開
         ↓
https://www.youtube.com/watch?v=5mpXoHv79-E&t=6s

②5月25日㊏~公開『ゲバルトの杜 ~彼は早稲田で死んだ~』代島治彦監督、
 鴻上尚史、20代出演者座談会
      ↓
https://www.youtube.com/watch?v=L0efPGLlWTI&t=21s

③ポリタスTV『彼は早稲田で死んだ』と統一教会|
 『彼は早稲田で死んだ』『記者襲撃』の著者・樋田毅さんを迎え、
 今だから語れる取材秘話、「銃撃事・・・」
          ↓
https://www.youtube.com/watch?v=MDxYXmc1Z4o

④Air Revolution 鴻上尚史氏出演!『学生運動とはなんだったのか?』
 (2024年5月23日生放送)
               ↓
https://www.youtube.com/watch?v=OFmrzuDm-Xo
(2024年5月24日 記)
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クララとお日さま

2021-08-21 16:22:07 | ③好きな歌と句と詩とことばと
カズオ・イシグロ著『クララとお日さま』を読む。

私が住んでいる場所には高いビルも山もない。
畑道を行くと360度空が見える。
早朝散歩に出ると、空はまるでキャンバスのように様々な形や色彩を
見せてくれる。雲の下に片脚の虹が見えていたりする。

真正面からお日さまが差すと、まぶしくて前が見えない。
歩く方向を変える時は背中のリュックを外す。
そして背骨にもお日さまが届くようにする。
太極拳の先生に「朝日は体にいいのよ」と言われてからは、
朝日をたっぷり浴びると体が喜んでいるように感じる。
いつだってお日さまは元気の源だ。

この小説でもお日さまが重要な役割を担っている。
AIを搭載したロボット・クララは病弱な少女・ジョジ―のAF(人工親友)
として買われていく。
家にいることの多いジョジ―にとって、クララは大切な友だちだ。
ジョジ―の母親の次の言葉からもそれが窺える。

「子供って、ときどき残酷よね。大人相手なら、何をやったって
 相手は傷つかないと思っている。それでも、あなたが来て
 くれてからは少しは成長したわ。昔より他人を思いやれるように
 なってる」               (引用ここまで)

クララはお日さまから特別な栄養をもらって生きている。
そしてお日さまを、ほとんど信仰の対象のように崇拝している。
ジョジ―の体が衰えていった時に、お日さまに助けを求めたのは
当然のことだ。
クララの奮闘があり、ジョジ―は病が癒えてゆく。

私は小説の細部に納得できない描写があると、そこからは
読んでいても白けたものになってしまう。
だがこの小説は十分に練られた言葉で丁寧に描かれている。
丁寧に描かれた小説を丁寧に読む楽しみを、この小説は
教えてくれる。
饒舌に語ることなく余韻を残した品のある終わり方で、
この小説が忘れられないものになった。

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緊急事態下の物語   復活の朝

2021-07-31 15:19:38 | ③好きな歌と句と詩とことばと
コロナ禍で様々な小説や音楽、ドラマやエッセイが生まれている。
「緊急事態下の物語」には、金原ひとみ、真藤順丈、東山彰良、
尾崎世界観、瀬戸夏子の作品が入っている。
中でも金原ひとみの『腹を空かせた勇者ども』と真藤順丈の
『オキシジェン』が面白かった。

①『腹を空かせた勇者ども』は、主人公の母親がコロナに罹ったことで
 学校や家庭での人間関係があぶり出されてゆく。
 ちょっとした言葉が物事の本質を突いている。たとえば

「この間担任の若槻先生に、『森山さんはあれとかそれとかこれとか
 こうとか、こそあどが多過ぎます』と注意されたけど、これとか
 あれとかこうとかそうとかそういうのが言葉にできないからこそ
 こそあどを使っているのに、彼女にはその言葉にできない気持ちが
 分からないんだろうか。ということの方が疑問だ。でも考えてみれば、
 パパとかママも、この世に言葉にできないものなどなに一つないと
 言わんばかりの我が物顔でつらつらと言葉を口にして、私の浅はかな
 主張を破壊していく。大人には、表現できない気持ちなんてないん
 だろうか」                 (引用ここまで)

 父親をコロナで亡くした友人が、人種差別まで受けていた。
 そのことを知った主人公は、「どうして話してくれなかったの?」と
 友人に詰め寄る。そのことに対して友人は

「私は心が泣いてても顔で笑う。そうしないと耐えられないんだよ。
 それに差別されてるって、レナレナに知られたくない。それは普通のこと。
 差別なんてしないレナレナに、差別の話なんてしたくない。本当は
 世界中の人が差別を知るべきかもしれない。でもね、差別された人が
 それを話せるようになるまでは時間がかかる」  (引用ここまで)

②『オキシジェン』は冒頭からして不穏な空気が流れている。

「さかのぼること二〇二〇年代からナショナリズムやポピュリズムを
 貪欲(どんよく)に呑みこむことで支持者も議席数も増やしていた
 政権与党は、歯止めのきかない人口の激減や少子高齢化、ふくれあがる
 財政赤字、差別や格差構造の悪化、マスメディアの大本営発表化、と
 坂道を転げ落ちるように劣化・退化・老化していくこの島国の歴史に
 おいて、たてつづけに重大な局面を迎えることになった。
 その一つが月禍症の感染爆発であり、そしてもうひとつが ”かならず
 起こる”と予言されていた南海トラフ巨大地震だった」 

 高額な報酬がもらえるという甘言にのり、主人公は臨床実験に参加する
 ことになる。だがそこはただ酸素が定期的に投与される治験の場と
 いうより、反(アンチ)ユートピアの作品を製造し続ける
 終身刑の獄(ひとや)だった。     (引用ここまで)


桐野夏生著『日没』といい、今の日本は小説家の眼にはこのように
見えるのか、と怖ろしくなった。

③岡林信康「復活の朝」
最近は朝の4時に目覚めてしまうことが多い。
4時に起き出すわけにもいかず、そんな時に「ラジオ深夜便」が有難い。
この時間帯にはインタビューがあるのだ。この日は岡林信康がゲストだった。
同じ時代を生きてきた人は、旧くからの知り合いのように懐かしい。

新型コロナで中国の工場が休みに入り、青空が戻って来たことを
報道で知った岡林は、不意に10年ぶりに歌ができたそうだ。
更に8曲が湧きあがるようにできて、1つのアルバムになったと言う。
YOUTUBEで「復活の朝」を聴いたが、穏やかで心が洗われる歌だ。

人間はほんの何十年の間に、これほどまでに地球を壊してしまったのか。
生まれ変わっても私は人間にはなりたくない。
アリがいいと思っていたが、集団行動が苦手なので蜘蛛がいい。
蜘蛛は生まれてから死ぬまで孤独だそうだ。

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岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない 1

2021-07-18 11:42:53 | ③好きな歌と句と詩とことばと
岸惠子著『岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』を
読む。装幀・装画はお嬢さんのデルフィーヌ。

この自伝にはさまざまな逸話が描かれている。
知っているのもあるが、知らないものも多かった。
たとえばスリランカのヴァカンス中に、現地で岸信介にパーティに
招かれるが断った話。
本名を芸名にするのは、親がつけてくれた名前を呼び捨てにされる
ことだと断った話。(結局は聞き入れられなかった)
作品を選ぶ権利を勝ち取るために、女性だけのプロダクション
(にんじんくらぶ)を創った話。
イスラムの地で写真を撮り、刑務所に連行されそうになった話。
時に過酷な環境の中でも、国際ジャーナリストとして活躍している。
その逞(たくま)しさと勇気に読んでいてスカッとする。
デルフィーヌも冒険好きで行動的だ。

母と6歳しか違わないのに、なぜ当時からこのような自立した
生き方が出来たのだろう。
横浜の裕福な家庭の一人娘として育った。
自由な家風が、自立心やのびやかな性格を育んだのだろう。
私は彼女の、大らかで人を疑わない、人が何と言おうとわが道を行く
芯の強いところが好きだ。それでいて愛くるしいコスモポリタン。
彼女を知ると、誰もがファンになってしまうのではないだろうか。

あるコメント欄に、襟の合わせが開きすぎだと書いた人がいた。
私は「貞淑な妻でございます」といった襟の合わせが、私は嫌いだ。
この本の中でもそのことを話題にしている。

「細雪」の監督・市川崑が次のように言っている。
「着物の着方が最高だよ、ぞろっぺでだらしがなくて」
「先生!それ誉(ほ)め言葉?」

淀川長治も
「僕は昔からあの人のことを”おひきずり”と言ってるんです。
 つまり、昔の女郎さんみたいに着るでしょ、いいんだなあ。
 自然で、そのくせ色気があって、女らしくて」(引用ここまで)

他の女優が真似をしたら、だらしのなさだけが際立ってしまうだろう。
あのスタイルのよさと気品があればこそ、くずして着ることができるのだ。

これまでに観た作品は、「早春」「かあちゃん」「おとうと」「約束」
「雨のアムステルダム」「悪魔の手毬唄」「たそがれ清兵衛」
「細雪」「怪談」「風花」「黒い十人の女」
「我が家は楽し」(岸惠子のデビュー作 YOU TUBEで観られます)
「マンゴーの樹の下で~ルソン島、戦火の約束」(NHKドラマ)

TBSドラマ 向田邦子終戦特別企画(すべて久世光彦監督、岸惠子が
主演しています。どれも素晴らしく、後世に残したい作品です)
第一弾「いつか見た青い空」
第二弾「言うなかれ、君よ、別れを」
第三弾「蛍の宿」
第四弾「昭和のいのち」
第五弾「あさき夢見し」

どうしても借りられないのは「雪国」と「亡命記」だ。
「早春」はデジタルリマスター版になっているのだから、
岸惠子の「雪国」もそのようにして、後世に残して欲しい。

それにしても、「早春」の岸惠子は美しいが平凡な顔をしている。
それがだんだんと歴史が刻まれ、今の顔になっていくのは興味深い。
                   2につづく
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岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない 2

2021-07-18 11:36:52 | ③好きな歌と句と詩とことばと
心に残った言葉を引用させて頂きます。

①と、身近に爆音がして、B29とはちがう、小型の飛行機がぐーんと
 高度を下げ超低空飛行でわたしのほうへ飛んでくる。ピシピシという
 鋭い怪音を立てて機銃掃射が始まった。・・・
 「燃えろ、燃えろ」
 わたしは呪文のように唱えながら松の木にしがみつき、恐ろしさに
 がたがた震えていた。

 わたしが逃げ出した急ごしらえの横穴防空壕にいた人たちは、
 土砂崩れと爆風でほとんどが死んだ。大人の言うことを聴かずに
 飛び出したわたしは生き残った。
 「もう大人の言うことは聴かない。十二歳、今日で子供をやめよう」
 と決めた。

②当時(1956年)の日本には、我が聖なる日本国が外国人なんぞに
 分かってたまるか、というコンプレックス混じりの神経質な誇りが
 あったように思う。・・・
 今は違うかもしれないが、当時はかなりしっかりした知識人でも、
 外国人を前にすると、へんに遠慮がちになったり、腰砕けになる。
 か、不自然に居丈高(いたけだか)になったりする、とわたしは思う。

③わたしとイヴ(イヴ・シャンピ)は娘のために、日曜日の昼食を
 いつもともにした。けれどわたしの手料理が並んだ食卓に、娘が
 最後まで同席することは稀だった。口実を見つけては中座することが
 多かった。その都度、父親のせつない面差しを見るのは辛かった。
 太陽のように明るい餓鬼(がき)大将だった娘は、ひっそりと
 寡黙になり、偉大なピアニストである祖父が贈ったピアノに二度と
 手を触れなくなった。

④「無茶をやりますね」
 「ライオンと入れ込みのカットがあったらいいと思ったのよ」
 「撮りましたよ。ジープを降りずにね」・・・

 娘が、涙をためてわたしに駆け寄ってきた。
 「大丈夫よ、心配しないで」
 「ママンのことなんか心配してない!」
 「えっ?」
 「ママンのとんでもない行動で、あのライオンは殺されるところ
  だったのよ!サリーさんと二人のガードマンが銃を構えて
  いたのよ。ライオンが一歩でもママンに近寄ったら、三発の銃弾が
  あの哀れなはぐれライオンの命を奪っていたのよ」

⑤ある日、大事な仕事が一段落してぐっすり眠ったわたしは、
 豪勢なブランチを作って、ドア一枚で繋がっている娘を呼び出した。
 「美味しいブランチを作ったのよ。たまには一緒に食べましょう」
 娘は大きな瞳で、じっとわたしを見つめた。
 「たまに思い付く「家族ごっこ」はやめましょう。わたしはいつも
 一人でコーヒーを飲むことに慣れてしまったの」

 胸がささくれたように痛かった。

 しかし、自分の信念に徹して独り生きるスタイルは、家族にも
 ひどい犠牲を強いる。

 「わたしは絶対に女優にならない」と言った娘は、愚痴も言わない
 かわりに、心の内も明かさない少女になっていった。

⑥涙で濡れた大きな瞳でじっとわたしを見つめ、しがみついてきた。
 その愛おしい腕を剥がして娘の腕に返しながら、「祖母」という
 存在になったわたしという「母親」にも去るべき時があるのでは
 ないか、と突然に思った。胸がきゅんと痛かった。
                      (引用ここまで)

興味を持ったものに対して突き進む勇気、そして抜群の行動力は
時代を超えて語り継がれていくだろう。
若者にこそ読んで欲しいと思った。

記憶が曖昧な部分もあるが、以前に読んだエッセイに
次のようなものがある。
パリのアパートで水漏れ事件が起きた。
その時の交渉や工事の手配、賠償手続き、全部自分でしなければ
ならなかった。一人で生きるとはこういうことだ。

またセーヌ河を散歩している時にベンチに腰掛けたのだが、
ベンチにはホームレスの先客がいた。
その人にワインを勧められ、一瞬、躊躇したが頂くことにした。
ワインの味はともかく、いろいろと話題がつきなかった。

こうしたことが出来るのは、岸惠子を措いていないと思う。
地球規模の人だと、改めて思った。
私はデルフィーヌのことがいちばん胸に響いた。      
                        (敬称略)

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本心

2021-06-28 12:02:06 | ③好きな歌と句と詩とことばと
平野啓一郎著『本心』を読む。時代設定は2040年。
ロスジェネ世代の母親が高齢者になる近未来を描いている。
アラサーの息子と70歳前後の母が暮らしている。
20年後ということで、AIが発達し、ヴァーチャルな世界が
拡がっている。
人々はお気に入りの仮想空間に入り浸るようになる。

主人公は「リアル・アバター」という職業に就いている。
これはヘッドホンらしきものを付け、依頼人が望む場所に行き、
依頼人に代わって行動する。
つまり自分の存在を消し体を貸すことで、依頼人は家に
居ながらにして疑似体験ができるのだ。
格差は今以上に拡がり、あっちの世界とこっちの世界が
はっきり分断されている。
主人公と母親はこっちの世界に生き、二人とも仕事が
いつ切られるか分からない。将来が不安だ。
主人公はリアル・アバターの偽依頼人による嫌がらせによって
言葉に出来ないほどの仕打ちを受ける。
ここでも汗の臭いが効果的に使われている。
このくだりは読んでいて息苦しくなった。そして
近未来においてもディストピアなのかと愕然とする。

この頃になると自由死が認められている。
自己決定権に基づく「人生に対する十全の満足感」や「納得」と
いった肯定的な要件が独自に加えられた結果、かかりつけ医に
認められれば自死を選ぶことも出来る。
これを”自由死”と呼んでいるのだ。

母親は「もう十分生きたから」と自由死を望むが、息子はそれに
納得しない。そうこうしているうちに母親は事故死してしまう。
亡くなる時に一緒にいられなかった悔いや、なぜ母親は自由死を
望んだのかをを知りたくて、母親のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を
作ることにする。
VFに知識を入れてゆくことで、より母親に近づくようになる。
こうした世界はとても興味深く読めた。

だがある事件をきっかけに、主人公はあっちの世界に住むようになる。
主人公は思慮深く、周りの人たちのことを考えすぎるくらいに考える。
彼を雇うことになるあっちの世界のアバター製作者、ルームシェア
する女性、犯罪に巻き込まれる元同僚、そして母親の過去や自分の出自、
こういったことが頭では分かっても、あまり心に落ちては来なかった。
私の理解力が欠けているのだろう。

最近の私も「もう十分に生きた」といった思いを強くすることがある。
だからほぼ同じ歳の母親の言葉にドキッとした。
自分が時と場所を選び、自分が望む人に見守られて死ぬ。
30年も宿痾に悩まされていると、これから先も1日に
目薬を9回注し、吸入を2回、服薬は1回、漢方薬は2回、
そしてアレルギーを抑える注射を2週間に1度自分で打つ、
これを生涯続けていくのかと思うと、もうそろそろいいのでは、
と思わないこともない。

この小説の初めの部分に次の言葉がある。

「僕たちが、何でもない日々の生活に耐えられるのは、
 それを語って聞かせる相手がいるからだった。
 もし言葉にされることがなければ、この世界は、
 一瞬毎に失われるに任せて、あまりにも儚い。」(引用ここまで)

この言葉に慰められた。

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