今日のうた

思いつくままに書いています

火口のふたり

2020-12-17 15:39:05 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
新型コロナウィルスの感染拡大から1年が過ぎようとしている。
この間、レストランや映画館、美術館、デパートに行くこともなく、
友だちや孫に会うこともなく、ワンマイル圏内でひっそり生きている。
知らず知らずに疲れが澱のように溜まり、心が委縮していくのが分かる。
やたらとイライラすることがある。
些細なことが気になるのだ。

たとえば、2000年に出版されたT氏のエッセイの中で、
彼女は38歳の時に出産したとある。
だが最近の生協の小冊子、「生活と自治」に連載している
彼女のエッセイでは、37歳になっている。
子どもが大勢いるならまだしも彼女は1人だし、歳も還暦を過ぎたばかりだ。
初めて子どもを出産した記憶は生々しく、その年齢を忘れたとは思えない。
37は36、7と数えるが、38は38、9と数えることが多い。
この微妙な1歳の差を計算したのだろうか。

1歳の差などどうでもいいことだけれども、言葉を生業(なりわい)に
している彼女には、37でも38でもいいから統一して欲しかった。
こうした些細なことでも、私は彼女の言葉が信じられなくなる。
「真実は細部に宿る」、この言葉は以前に参加していた歌会で
教えてもらったものだが、私の好きな言葉だ。

前書きが長くなったが、白石一文原作、荒井晴彦監督の
「火口のふたり」を観る。(R-18指定)
何なのだ、この女優は!
しゃべるのも、ラーメンを食べるのも、
まるで私が節穴から覗いているように自然なのだ。
こんなにセリフを自然に言う役者を観たことがない。

内容は、以前恋人だった従兄が、自分の結婚式に参加するため
秋田に帰ってくる。
その彼を早朝並ばせて、テレビを安く買うのに付き合わせたり、
恋人同士だった頃のふたりのエピソードや考え方の違いを語り合ったり、
今も抱いている彼に対する感情や欲望をぶつけたりしながら、
結婚式までのふたりの5日間を濃厚に描いている。

瀧内公美と柄本佑の演技があまりにも自然でドラマには思えず、
一気に観た。
細部を丁寧に描いているからこそ、映画が真実味を帯びてくる。
瀧内公美にかかれば、富士山の噴火だって真実になる。
この映画で瀧内公美は、キネマ旬報ベスト・テンの
主演女優賞を受賞している。

ひさしぶりに胸がスカッとした映画です。

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ノースライト

2020-12-12 10:14:14 | ④映画、テレビ、ラジオ、動画
横山秀夫著『ノースライト』はかなり面白かった。
依頼人が建築士に、「あなた自身が住みたい家を建ててください」と
言い残して失踪する。
どんな家を建てたのか、ずっと気になっていた。

今日(12月12日)と12月19日の21時から、NHKで放送するという。
どんな家になったのか楽しみだ。

今朝の小林克也氏のラジオ番組で、ビリー・ジョエルの
「Goodnight Saigon」を流していた。
すばらしい曲だ。YouTubeで観られます。
        ↓
https://www.youtube.com/watch?v=Qjzjhl-QztE

追記1
429頁に及ぶ小説を150分のドラマにする。
あらすじを追うだけでも大変なのではと思っていたが、前編を観る限り
お見事でした。
場面展開によって物語にメリハリが生まれ、話の流れが分かりやすい。
脚本がすばらしかった。
家の建築費を含めれば(家はCG?)、1本の映画並みの予算(?)と人材。
さすがNHK。後編も期待してます。
(2020年12月13日 記)

追記2
YouTubeで「Goodnight Saigon」のライブを見つけました。
ライブ会場の暗闇をサーチライトが照らし、頭上をヘリが飛び交う音がする。
まるでサイゴンにいるような錯覚に陥る。
そんな中、静かにビリー・ジョエルのピアノと歌が始まる。
海兵隊(?)の若者たちが立ったまま、うなだれて聴いている。
音楽もさることながら、歴史と向き合う姿に
アメリカ文化の深みを感じた。
       ↓
https://www.youtube.com/watch?v=0e5AUckHNps
(2021年1月5日 記)

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A

2020-12-07 11:42:46 | ③好きな歌と句と詩とことばと
中村文則著『A』を読む。
2007年から2014年までの短編を集めたものだ。
坂上チユキの装画が繊細で美しい。
短編だとこんなにも自由に想像の世界に遊び、
感覚を肥大化させて書けるものかと、読んでいて楽しくなった。
特に自虐ネタが笑わせる。

実験的に書かれていると思われる短編「A」では、主人公が上官に
刀で支那人の首を切り落とすよう迫られる。
ここでの緊迫感は、後の小説『逃亡者』の中に活きてくるように思う。
最後の短編「二年前のこと」では、作者の生活や苦悩が描かれている。
心に残った言葉を引用させて頂きます。

①嘔吐
僕は穏やかに、上手く笑った。妻は唇を力なく緩ませ、静かに、
自分の部屋に戻ろうとした。彼女の痩せた肩の窪みに、小さな影が
溜まっている。妻は、その影をそのままにしながら、狭い廊下を
動いていく。妻は何も言わないが、自分がしばらく、妻にふれていない
ことに気づいた。

会社に着くと、いつも二人いる受付の女性が、一人足りなかった。
誰もいない椅子があり、それが黄色いことを初めて知ったように
思う。緑の観葉植物が、静けさの中で照明の光を反射している。
その葉の先は鋭く、何かを裂くようで、ふれる空気が微かに緊張している。

②妖怪の村
(町に黒い小鳥が異常発生する。新型コロナウィルスとあいまって
 恐怖がひしひしと伝わってくる)
夜になり、僕は耳を澄ます。微かな鳥の鳴き声はあるが、大分静かに
なっている。この部屋には僕しかいないのだが、座っている椅子の
肘掛に他人の気配を感じ、腕を離した。ベッドの布団のしわが少し
深すぎるように思い、目を逸らすと、壁に初めて見る染みを見つけた。
段々と、胸がざわついてくる。些細なことだとわかっているのに、
身体がなぜか反応してしまう。僕は現在の自分について考え、これからの
自分について考える。不安は意識を向けるほど終わりがなくなり、
僕は首を振ったりしながら、意味もなく部屋を見渡した。

彼はタバコに火をつけたが、その僅かな火でも、鳥達を気にしている
ようだった。
「多くの日本人が、海外に脱出しています。・・・・・・たくさんの
 金持ちが。でも、彼らが鳥を連れてくると風評が広がって、各地で
 迫害されて戻ってくるんです。酷いですよ。色々な国も、
 日本に深い同情を寄せると声明だけ出して、何もしない。どこも、
 自分達の国が巻き込まれないために必死です。・・・・・・それだけ
 深刻なんです。今全ての国のミサイルが、日本の方向に向いています。
 鳥の大群がもしやってきた時のために」

③三つのボール
パソコンの画面がつき、柔らかい、種類のわからない果物が映る。
その果物に、スプーンの形をした鉄が、ゆっくりと入っていく。
スプーンは回転しながら、ゆっくり果物を掘っていく。果実がだらだらと
滴り落ち、その粘り気のある液が、画面の中の床を濡らしている。
スプーンは優しく果肉を撫で、中の果汁をすくい上げ、床にたらし、
さらに奥へと入っていく。果物は、ヒクヒクと震えながら、
スプーンを中に受け入れていく。

④二年前のこと
こういう毎日からわかるのは、僕の人生で更新されているのが、
仕事しかないということ。僕の人生の一日分が、小説何枚、
エッセイ何枚、つまり文章というものに還元されるだけであること。
精神を安定させるために同じような日々を生き、ほとんど残る記憶もなく、
ただ文章だけが更新されていくこの生活とは何だろう?  
(引用ここまで)




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