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2011-09-29 22:54:18 | mathematics
大学で習う線形連立方程式の解法に掃き出し法というのがある。

連立方程式の解法は中学で代入法と消去法を習うが,掃き出し法というのはその消去法のことである。
ただ,中学のときと異なるのは,許される式変形の「ルール」を明文化するところである。
いわゆる「基本変形」,あるいは「基本操作」と呼ばれるもののことで,そうした名前をつけるところが,中学とは異なり,新鮮なところである。

また,式の書き方も,未知数の x や y などを省略して係数のみを加工するという視点をはっきりと打ち出し,行列の形に数字を並べて基本変形を施していく。
ただし,この方式では,各基本変形で実際には変形されない行もコピーして書き写して行くため,ちょっと行列のサイズが大きくなると,ノートのページをあっという間に消費してしまうところが難点である。
もっとも,実際の計算は現代ではコンピューターにさせればよく,更新しないデータはそのままメモリに保持させておくだけで済むので,コンピューターにうってつけの計算手続きであるといえよう。

大学で学ぶ線形代数の初等的な部分は,行列の定数倍や,行列同士の和や積の計算規則と,連立方程式の掃き出し法による解法である。

両者はきわめて異質な計算手法であって,例えば基本変形の規則が行列の和や積と関係があるとは到底思えない。

ところが,行列の正則性というのは積に関する逆元,つまり逆行列があるかどうかという,積という演算にかかわる概念であるが,それが連立方程式の可解性の指標である『階数』と密接な関連があるという話が出てくる。
もっとも,逆行列の成分を具体的に求めるということは,連立方程式を解くことに他ならないということに思い至れば,積の演算に由来する正則性と掃き出し法の世界に出てくる階数との間に深い関係があるのは,むしろ当然のことと思われてくる。

行列の積と掃き出し法という二種類の計算法は,このように正則性という概念を仲介にして結びつくが,実はこういう媒介なしで直接関連付けることができるという話も習うはずである。

掃き出し法というのは,ある一つの行列の『内部』での成分の書き換え規則である。例えば,行列の第1行に,第2行の -3 倍を加えてたものを新しい第1行として置き換える,というような,行同士,あるいは列同士の間で行う変形である。

それに対し,積というのは,二つの行列の間で行う演算であって,ある行列に対して,その『外部』から別の行列を作用させて,新しい第三の行列を生み出す,という性格を持っている。

というわけで,内輪でぐるぐる計算を回す掃き出し法と,外から破壊的な攻撃を受けて別の行列に作り変えられる積の演算とは全く異質なものとみなすのは当然のことであろう。

これほどかけ離れた二つの演算の間に,一体どんな直接的な関係があるというのだろうか。

実は,基本変形の操作ひとつひとつに対して,基本行列と呼ばれる行列が対応するという驚くべき事実が知られているのである。

例えば,第1行と第2行を入れ換えるという基本変形は,適当なサイズの単位行列にその変形を施して得られる行列を,対象とする行列に左からかけるという計算にぴったり対応するのである。

この事実を初めて習ったとき(正しくは最近学び直したとき,というべきか?),僕は大いに驚いた。

掃き出し法は,行列の積を用いて表現できてしまうのである。

あまりに衝撃的な事実だったので,すっかり基本行列のファンになってしまった。
さしずめ,『基本行列万能教』の信者といったところであろうか。

ただし,『基本行列万能教』といっても,僕の実際の立場はきわめて中途半端で,まず行列の階数の理論を,掃き出し法を生(なま)で用いて確立した上で,それを利用させてもらう,という「いいとこ取り」であって,階数の理論を基本行列と和や積の演算だけから確立するというようなものではない(だいたいそれは具体的にはどうやって理論を構築していくことを意味するのか,自分で書いていてさっぱりイメージが思い浮かばない)。

では基本行列はどんなときに使うのかというと,今のところ,二つの使い道が見つかっている。

具体的に述べると,まず,正方行列 A に対して,A と同じ正方行列 X があって AX が単位行列になるとき,A と X は可換で,XA も単位行列になる,という,逆行列と元の行列の積が可換であることを基本行列を利用して示すことができる。
ただし,基本行列はいずれも正則であるという事実は既知とする(証明は簡単で,元に戻す逆の基本変形に対応する基本行列が,もとの基本行列の逆行列になっていることを実際に積を計算して示すのである)。

他に,積の行列式が行列式の積になるという定理を,基本行列を利用して証明することができる。

一つめについては,単位行列を E で表すことにして,例えば A を二回の基本変形で E に変形できたとするとき,それぞれの基本変形に対応する基本行列を P,Q とすると,
QPA=E
が成り立つということだから,X=QP と置くと XA=E である。また,A=P-1Q-1 が成り立つこととなり,この等式の両辺に右から X=QP をかければ AX=E となることが直ちに示される。

二つめについては,行列式というのは,行列を行単位に分解し,それらに関する多変数関数として定式化することができるが,その結果,やはり行列を行単位や列単位に分解して計算を施す基本変形と非常に相性がよいことがわかり,基本行列との関連性が生じることが背景にある。

ここでも,基本行列の行列式の値は具体的な計算を通じてわかっているものとして,その結果を利用する。

例えば行列の第3行の成分を k 倍する操作に対応する基本行列を R とおくと,RA は行列 A の第3成分だけが k 倍されたものだから,行列式の性質によって,|RA|=k|A| である。
一方,具体的な計算によって |R|=k であることが簡単に確かめられるから,|RA|=|R||A| が成り立つこととなる。このような考え方で,基本行列を利用した積の行列式に関する定理を証明することができる。
(今その証明をあらためて考えてみて,どんな行列も基本変形で上三角行列に変形できるという定理と,上三角行列の行列式は対角成分の積に等しいことを考え合わせると,いちいち基本行列を持ち出さなくとも,基本変形のみを用いて直接証明ができる可能性に気がついた。なので,ここに述べたやり方はちょっと回りくどいように思えてきた。)

ともかく,行列や行列式に関する基本的な事柄を,授業で習ったり,自分が持っている教科書に書いてあるものとは違った観点から見直して別証明を考えてみるというのは,理論をより深く学ぶにはよいやり方である。
上に述べたのは,そうした試みのほんの一例である。

それにしても,基本変形を表す基本行列の概念は,一体誰が見出したのだろうか。
また,行列式の重要な特徴が深く研究されたのはいつごろで,どのような人たちが取り組んだのか,気になるところである。
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