Part I Part II Part III
Part IV
可換な行列の世界はなかなか奥が深い。
【答えを知らない問題 (3)】は,否定的な解決を見たので,ここに報告しておこう。
某日,中間試験を終え,日頃お世話になっているI戸川先生と世間話をしていた折,しばらく前から僕が取り組んでいて解決の糸口がつかめずにいるこの問題を紹介したところ,すぐさま「それは成り立たないんじゃない」との指摘を受けた。
行列の「一部」に「次数の低い単位行列が埋め込まれている」ような行列が反例になっているというのである。
実際,3次正方行列では,次のような行列 A
2 0 0
0 1 0
0 0 1
は単位行列の定数倍というわけではないから,スカラー行列ではない。
また,A
nは
2
n 0 0
0 1 0
0 0 1
であることも容易に確かめることができる。
よって,特に A のべきと単位行列の線形結合として表される行列の (2,3) 成分は必ず 0 である。ところが,
0 0 0
0 a b
0 c d
という成分を持つ行列は,a, b, c, d がどんな実数であっても必ず A と可換である。
そこで特に (2,3) 成分である b を 0 でない数に選んだ行列
0 0 0
0 0 1
0 0 0
は A と可換であるが,決して A の多項式では表せないことがわかる。
こんな反例の構成の仕方が問題を聞いて即座にピンと来るというのは,本当に脱帽としか言いようが無い。
「A がスカラー行列でない」という条件だけでは緩すぎるということがわかった。
2次正方行列では次数が低すぎるために構成できなかった反例が,3次以上の行列では簡単に構成できたわけであるから,3次以上の行列を考察対象とするのを躊躇していた己の不明を恥じるばかりである。
なお,
【答えを知らない問題 (5)】の方も進展があった。
n次正方行列の部分集合 M で性質 P を持つものの線形空間としての次元,ないしは集合の要素の個数として,2n は大きすぎることが判明した。おそらく n で十分である。
2次正方行列では,
1 0
0 0
と
0 0
1 0
の2つと可換な行列はスカラー行列に限ることが簡単に確かめられる。
3次正方行列では
1 0 0
0 0 0
0 0 0
と
0 0 0
1 0 0
0 0 0
と
0 0 0
0 0 0
1 0 0
の3つと可換な行列はスカラー行列のみである。
このような事実に遭遇すると,また何本か進んでみたい道が見えてくるものである。
例えば,これらは n 次正方行列の標準基底の一部であるが,n
2 個ある標準基底たちを,性質 P をもつグループごとに仕分けをするとどうなるのか,という分類をしてみたくなる。
例えば,2次正方行列の標準基底は4種類あるが,そのうち
1 0
0 0
と
0 0
0 1
の2つだけでは性質 P を満たさない。
このような分類問題の他にもうひとつ,性質 P をもつ部分集合の濃度(集合の要素の個数)は n が最小か?という問題も派生する。
つまり,n-1 個以下の要素しかもたない部分集合で性質 P を持つものがあるか,という疑問である。
直感は「ない」と叫んでいるのだが,さて反例を探すとなるとすぐにピンと来ないので,前途多難である。
【答えを知らない問題 (6)】
性質 P をもつ n 次正方行列の部分集合の要素の個数の最小値を求めよ。