インドは判らない国だ
カルカッタで泊まっていたホテルから、シエルター駅までは足で10分そこいらである。そんなに遠くはないのだが、旅の疲れが目立ち、背中のバッグはやけに重く感じていた。僕は一人電車通りを目指して黙々と歩いていった。す
ると汚れた壁の汚い家から子供が一人飛び出してきた。よく見るとその子はまだ小学校に上がるが上がらないかの児童で、女の子だった。彼女はそばによってくるなり、背中の荷物を持ってという仕草をした。
こんなみすぼらしいな身なりをしても、親切な子供だなと感謝したのもつかの間、彼女は100ルピーと言い出した。100ルピー?
それはないよ] と断った。
駅はもう目と鼻の先だ。子供にとってみると確かに、20kgは重いだろうが、そのぐらい払うのなら初めから自分で持って歩きはしない。だって目的地はもうまぢかだし、背中の荷物の重さも、身動きのできないほどのものではない。
彼女はとみると裸足で相変わらず100バーツ、100バーツといってそばによってくる。僕はもう言いようと何回も言っているが、彼女は無視しているかのように、少しも意に介さない風体でついて来る.。僕は疎ましく思って声をあらげて[もういいから]
といった。やがて駅に着いた。彼女もいっしょに駅まできた。おかしいなぁ。荷物をここまで持ってきてやるから、100ルピーくれという話はいったい何なのか。
僕は彼女の行動が理解できなかった。乞食で物乞いをしたわけでもないし、ポーターをしたわけでもない。僕は考えこんだ
後日インドから帰宅してインドを旅した友人に、この奇妙な少女の話をした。彼にも同じような経験があるみたいである。彼は後コメントした
日本ではほとんど考えられないことだが、あんな年頃の女の子が通行人、特に外人に向かって100ルピーを要求するのは、身うりの対象だということらしい。
日本中に翻訳すれば、[私を抱いて。100ルピーでいいよ]ということらしい。
自分の孫のような子供が体を売るという。いったい何ということだ。
僕はインドという国はいったい何という国だと腹が立ってきた。国家がこの程度の子供の命を守ることは、社会的インフラ整備の必須事項だ。
その部分が抜けをして何が核保有国なんだ。
そもそもインドはマハーラタ・聖なる大地、偉大なる大地。ではないのか。だから偉大な釈迦が誕生し宇宙の真理を発見し、道を説いたのではなかったか。我々からみると、インドという国は偉大な釈迦を生み出した聖なる国、不思議な国として、心の底ではあがめているではないないか。インドの現実を知らない僕はこの女の子の事実をしって愕然とした。
わからん。あの女のこのことも。この国の国民の底流にあるインド人のものの考え方や発想方法も。
今まで僕が作り上げたインドのイメージは、その国として、かくありたいという僕の願望を、そのまま現実にある当てはめて、その落差の大きさに驚くということなのだろうか。
旅をすると、想像もつかない現実を、体験的に知ることがある。だから旅が止められないのだ。だろう.
03/2/22 インチョン空港にて
カルカッタで泊まっていたホテルから、シエルター駅までは足で10分そこいらである。そんなに遠くはないのだが、旅の疲れが目立ち、背中のバッグはやけに重く感じていた。僕は一人電車通りを目指して黙々と歩いていった。す
ると汚れた壁の汚い家から子供が一人飛び出してきた。よく見るとその子はまだ小学校に上がるが上がらないかの児童で、女の子だった。彼女はそばによってくるなり、背中の荷物を持ってという仕草をした。
こんなみすぼらしいな身なりをしても、親切な子供だなと感謝したのもつかの間、彼女は100ルピーと言い出した。100ルピー?
それはないよ] と断った。
駅はもう目と鼻の先だ。子供にとってみると確かに、20kgは重いだろうが、そのぐらい払うのなら初めから自分で持って歩きはしない。だって目的地はもうまぢかだし、背中の荷物の重さも、身動きのできないほどのものではない。
彼女はとみると裸足で相変わらず100バーツ、100バーツといってそばによってくる。僕はもう言いようと何回も言っているが、彼女は無視しているかのように、少しも意に介さない風体でついて来る.。僕は疎ましく思って声をあらげて[もういいから]
といった。やがて駅に着いた。彼女もいっしょに駅まできた。おかしいなぁ。荷物をここまで持ってきてやるから、100ルピーくれという話はいったい何なのか。
僕は彼女の行動が理解できなかった。乞食で物乞いをしたわけでもないし、ポーターをしたわけでもない。僕は考えこんだ
後日インドから帰宅してインドを旅した友人に、この奇妙な少女の話をした。彼にも同じような経験があるみたいである。彼は後コメントした
日本ではほとんど考えられないことだが、あんな年頃の女の子が通行人、特に外人に向かって100ルピーを要求するのは、身うりの対象だということらしい。
日本中に翻訳すれば、[私を抱いて。100ルピーでいいよ]ということらしい。
自分の孫のような子供が体を売るという。いったい何ということだ。
僕はインドという国はいったい何という国だと腹が立ってきた。国家がこの程度の子供の命を守ることは、社会的インフラ整備の必須事項だ。
その部分が抜けをして何が核保有国なんだ。
そもそもインドはマハーラタ・聖なる大地、偉大なる大地。ではないのか。だから偉大な釈迦が誕生し宇宙の真理を発見し、道を説いたのではなかったか。我々からみると、インドという国は偉大な釈迦を生み出した聖なる国、不思議な国として、心の底ではあがめているではないないか。インドの現実を知らない僕はこの女の子の事実をしって愕然とした。
わからん。あの女のこのことも。この国の国民の底流にあるインド人のものの考え方や発想方法も。
今まで僕が作り上げたインドのイメージは、その国として、かくありたいという僕の願望を、そのまま現実にある当てはめて、その落差の大きさに驚くということなのだろうか。
旅をすると、想像もつかない現実を、体験的に知ることがある。だから旅が止められないのだ。だろう.
03/2/22 インチョン空港にて