鏡花水月紀。

日々の言の葉、よしなしごと。

大野こまちなみフェスタは10月7日!

2012-10-03 | ぐるぐる町家巡遊
今年24回目を迎える「大野こまちなみフェスタ」は10月7日(日)。


夏の暑い盛りから、実行委員会の皆さんは会議を重ねてこられて、

(私もそうなんですが今年は実家のことで出席できず)

またまた楽しく、美味しい、秋の1日が繰り広げられます。


町の人たちが一つになって作り上げる

「大野こまちなみフェスタ」は最高です。

本当、盛りだくさん。この情熱はすごいと思う。



かたかご庵も「町家と蔵で楽しむアート&クラフト」で

企画展として盛り上げます。

大野町でお会いしましょう。

詳細はこちら「金沢大野こまちなみブログ」へ。


町家巡遊2010「宮崎寒雉氏の自宅兼作業場拝見」へ。  

2010-11-01 | ぐるぐる町家巡遊
10月30日に、むさしエリア(武蔵ケ辻、彦三町、尾張町、博労町、下堤町など)で行われていた
町家巡遊2010の催し「14代 宮崎寒雉氏の自宅兼作業場拝見」に行ってきました。

宮崎寒雉さんとは、加賀藩の御用釜師として茶席で使う茶釜品を作ってこられたお家です。
御先祖をたどると能登穴水町中居在の鋳物師。中世から近世にかけ中居は鋳物の町として栄え、
製塩のための塩釜や梵鐘、仏具、火鉢、鉄瓶風呂釜、火箸などふだんの暮らしに関わる品々を生産していました。

最初に金沢に移住したのは宮崎彦九郎義綱という人物。
天正9年(1581)加賀藩主前田利家の招きによります。
おそらく利家が七尾にいた頃から武具の製作を依頼するなどお付き合いがあったのでしょうね、
金沢に招かれた当時も武具等の鋳造を行っていたようです。
やがて、5代藩主綱紀の時代に、茶道奉行に千仙叟を京都から迎えたことにより、
彦九郎の子の義一は仙叟に師事を仰ぎ、茶釜の製作をはじめ藩御用釜師になりました。
仙叟より寒雉菴号の名を受けた義一は、加賀茶の湯釜の創始者となり、
以後、宮崎家は代々、寒雉菴彦九郎を襲名し現在にいたっています。

宮崎家は江戸後期までは金沢駅近くに家があったそうですが、
そこは蓮田があるような湿気の多い土地で鋳物には不向きだったため、
江戸後期に現在の金沢市彦三町(ひこそまち)へ引越。
彦三町は浅野川左岸にあり、藩政時代、不破彦三という4500石どりの加賀藩重臣の屋敷と
その家臣団の住む下屋敷があったところでした。

それら古い屋敷は残念ながら時代とともに消えていき、
また昭和元年の大火も追い打ちをかけ殆どなくなりましたが、
焼け残った土塀やそれ以後に建てられた昭和初期の町家が建っており、
宮崎家もそういうなかの一軒です。
もう間もなく宮崎家というところで、前方に見憶えのある素敵な着物美人の姿が!
先週、かたかご庵のお茶時間に参加してくださったTさんでした。
先日のお礼とご挨拶をのべながら一緒にお玄関へ向かい、
ご当主にお出迎えいただいてあがらせてもらいました。



現在の宮崎家は彦三の大火後の昭和2年に建てられました。
外観は入母屋造りの風格ある佇まい。お部屋の造りは金沢の町屋らしく繊細。
受付をした小上がりの次の間の入り口に「寒雉庵」の扁額があり(千家の方によるもの)、
奥へ進むと炉がきられた8畳のお部屋、
そしてその向こうには飛び石と杉苔も美しいお庭が続いていました。



まだお話の時間に早かったので庭に下りました。
右手に母屋から続く蔵があり、その奥が工房。鋳物の工房らしく砂が敷かれてあり、
この砂が釜を鋳抜くときの材料にもなり、
また鉄を溶かした湯がこぼれても事故を防ぎ防火の働きをもするものです。
工房の隅には釜の型など年季のいった道具類が積み重ねられて。
庭の左手には武家屋敷の名残の土塀。
武家屋敷と屋敷の間に職人や町人の家があったそうです。



やがて時間になり寒雉さんのお話がPCとプロジェクターを使って始まりました。
まずは宮崎家の出自の話があり、中居にある資料館の写真をご紹介いただきました。
面白かったのは、中居では塩釜を造ったのを製塩業者にリースしていたことや、
京都の真継家というのが鋳物師を束ねており、関所を抜ける際は菊のご紋入りの旗を掲げていったことなど。
また床の間に置かれた初代寒雉作の釜「焼飯釜」「塩屋釜」にまつわる
茶の湯の師でもあった千仙叟との面白い物語もお聞きすることができました。
そこからは二人の間柄を伺い知ることができ、
釜もその生まれた来歴を知ることで、心楽しく拝見することができました。

そして茶釜の造り方も順をおって解説いただきまして、ふうんと関心することしきり。
茶釜は鋳抜けばそのあと磨くくらいかと思っていましたが、
生漆を内と外に塗って焼き、寒雉独特の肌あい、調子をだす。
この辺りは実は秘伝で、利休の思う侘び寂びの表現。
こればかりは長年の仕事で身についているものであるからして、
言葉に落とすのは難しいことだろうと思います。

思いのほか気さくなお人柄だった14代。
金沢弁もまじえての1時間は実にほっこりと、佳い時間を過ごさせていただきました。
ありがとうございました。




人おこしの明かり。

2010-10-26 | ぐるぐる町家巡遊
今朝のHK新聞に70年代に活躍した?めんたんぴんという
フォークグループのリーダーの方がコラムを書いていました。
賑わい創出、町の活性化という言葉を錦の御旗にしてやってくるコンサルタントのこと、
各地のB級グルメブームをちくりと揶揄した中で
印象にのこった言葉が「人おこし」でした。

先日大野町で行われた町家巡遊では、
町家拝見として一般の町家を特別に公開して広く皆さんにご覧いただいていました。
その中にはお住まいとして住んでいる家もあれば、
持ち主はいらっしゃいますが、住まいは別に構えてあって、
ふだんは使われていない家も数軒。
今回「林檎ぽっと商店」が開かれたM家もふだんは使われていない家のなか一つ。
かつては自転車さんとして町の皆さんが利用されていたところですが、
人の住まない家というのは寂しそうにみえるもの。
(かたかご庵も最初はそうだったなあ 金沢R不動産blog←見るとみんなに助けてもらったことを思い出して涙目になる~~)。

それが9月下旬から掃除、商品の搬入、レイアウトが行われ、
最後に灯りが灯ったとき、家がとても嬉しそうにしているように感じたものです。
ましてや巡遊が始まり、大勢の方が出入りするようになると、
かつての店の賑わいがもどったように、家がもっと活き活きとしてくるから不思議です。
期間中、そういう家の様子を肌で感じ取られたご当主のMさんは、
巡遊の終る時間が近づくにつれて、
「もう終るんだね~」と何度も何度もスタッフのKさんやTさんに仰っていたとか。

町家巡遊は町家と町家のある町を巡っていただきながら、
暮らしや生業の中で使いこなされている町家の空間を体感してもらうイベントですが、
実は住んでいる町の方々にも、町家というもの、町家のある景観、
自分の町というものを改めて考えていただく機会になればという意図もあると思うのです。

身近にあればあるほど、そのことやその物の大切さやアタエがわからないのが世の常。
Mさんもきっとふだん使われていない家が活き活きする様をみて、
心に感じるものがおありだったのだろうと思います。

それがずっと熾火のように心に灯り続け、
やがて炎になったときが人おこしの明かり。
巡遊は終っても消えることなく、町家に灯れと思うのでした。


着物女子=カメラ女子。

2010-10-26 | ぐるぐる町家巡遊
お茶時間ということで、
お着物をお召しになってご参加いただいた方もいらっしゃいました。

もともと紫陽花さんと文緒さんは、
きもの同好会にはいっていらっしゃって、
お仲間とあちらこちらにいつもお着物で出没中。
24日の午後の部はその会の皆さまも参加され圧巻でした。





記念撮影はみなお澄ましですが、
着物女子=カメラ女子でもありまして。

たまたま大野町公民館の主事さんが撮影に来た時、
ここぞとばかりに皆さんカメラをあずけだし、
主事さんの前には7~8台ものカメラがずらり。

主事さん、カメラマンになって頂いてありがとうございました。
あの雰囲気ではNOとは、とても言えそうにありませんでしたが(苦笑)。
これらの記念撮影のあとさらにさらに撮影会が行われたのでした。




うさぎ、うさぎ。

2010-10-25 | ぐるぐる町家巡遊
いそいそと粟森梅月堂さんへお菓子を受け取りにいった
「町家で一服、お茶時間」二日目の朝。

昨日の主菓子が好評だったことを告げますと
ご主人も若主人もとってもいい笑顔をさなれて、
私も嬉しくなりました。

今日のお菓子はうさぎとお聞きしていますがというと
ジョウヨ饅頭のうさぎですけれどもと紙箱の蓋をあけてくれました。
その時のずらり並んだうさぎたちの可愛いかったことといったら♪
ぴょんぴょん私の気持ちまで跳ねながら、庵に戻りました。

二日目も多少の緊張もありましたが、
昨日ほどぴんとした空気はなく、
というのもこまちなみフェスタが1軒隣の公園で行われており、
11時のお茶時間開始にあわせるように
ズギューンとエレキギターがかき鳴らされまして、いやはや。
何ともにぎにぎしい幕開けでした。

ともかくも、二日目もつつがなく、
色んな方とご縁が深まったり、新しく結ばれたりで
とても楽しくすごさせて頂きました。

ご来庵ならびに、催しにご参加頂いた皆様、
心より感謝申し上げます。
大変ありがとうございました。

すすきの原っぱ・・・。

2010-10-23 | ぐるぐる町家巡遊
並んだ並んだ、すすきの原っぱ。

今日の町家巡遊2010「町家で一服、お茶時間」でおだしした
粟森梅月堂さんお菓子です。
お月見をイメージしてお願いしました。
特に名はお聞きしなかったので
先日の十三夜の月光に輝くさまを想いながら
「のちの月」にでも。

茶箱の和敬手前を披露していただいた紫陽花さんが
ブログでご紹介くださっていました。
デジ一と腕のよさで画像がきれい!
ご高覧くださいませ。

明日はまたちがうお菓子をお出しします。
お楽しみに。

町家にヒンメリ!

2010-10-15 | ぐるぐる町家巡遊
明後日17日(日)は町家巡遊2010 金石・大野エリアのプレイベント
「マイ醤油作り」がいよいよ行われます。

会場は直源醤油さんの母屋と研究室。
その開催に先がけて直源さんの母屋のオエの間吹き抜けに、
ヒンメリが飾られました。
これはクラフト作家TOKOさんを中心にした「ヒンメリの会」が作ったものです。

ヒンメリとはフィンランドで収穫祭や誕生祭のときに飾られる、幾何学文のモビール。
材料は麦わらです。
今回TOKOさんは石川県産のものを入手され、麦わらの余分な部分を外したり、
使う長さにカットするなど、コツコツ二ヶ月以上準備をされてきました。

こちらが飾られているヒンメリの一部
町家の格子とヒンメリが、とてもマッチしていますね!!

ヒンメリは今日からクリスマスまで、
直江家のオエの間に飾られます。
どうぞ皆さま、ご覧になってください。


茶箱の和敬手前。

2010-09-11 | ぐるぐる町家巡遊
お茶は飲む専門のわたくし。
店でもお茶道具は殆ど扱いません。
そんなド素人がカジュアルなお茶会を町家巡遊2010で開きたいと妄想し、
白羽の矢を立てたのが紫陽花さんと文緒さん。

今日は午前中、その打合せを紫陽花さんと行いました。
紫陽花さんはきっと、余りにお茶を知らないことに、
驚かれていたことでしょう・・・。
まあ、でも、だからできるお茶会もありますよね。

そんなわたしに合わせて紫陽花さんは、
「茶箱の和敬手前」というお手前をご提案。
お客さまにお茶をふるまってくださることになりました。
拝見させて頂いた茶箱の可愛いこと。
小さな塗りの箱にお道具達が収まっていました。

10月にもう一度文緒さんも交えて打合せをおこない当日の予行演習。
楽しみ、楽しみ。
あ、だけど亭主を仰せつかったのですけれども、
お話しているだけでいいですよと、優しく紫陽花さんに言われましたが、
それで本当によいのでしょうか。
紫陽花さん、文緒さん、ご迷惑をおかけしますが、
どうぞ宜しくお願いいたします。

こんなわたしが亭主です。
どうぞ、安心してお気楽にご参加くださいませ。

詳しくは町家巡遊2010公式ブログへどうぞ。



町家で、マイ醤油作りしませんか。

2010-09-07 | ぐるぐる町家巡遊
風の盆もひと段落ついて
町家巡遊2010が、ぐいぐいと迫ってまいりました。

まずは金石・大野ウィークのプレイベントで、
10月17日日曜日に、なんとお醤油作りを体験をいたします。
会場はといえば、
 
♪なんなん直源、良いしょうゆ~
 百万石の味がする~

そんなCMソングも懐かしい、直源醤油さん。
そして講師にはお醤油作り40年の
大野醤油醸造協業組合工場長の松岡さんが務めてくださります。
酵母のお話をするときの楽しそうなお顔がとっても素敵なんですよ!

限定10名ですのでお申し込みはお早めに。
企画立案者として私ももちろん参加します。
麹づくりから体験しますから、
もやしもん好きにはたまらない企画でしょ?
一緒にマイ醤油作りを楽しみましょう。

詳細は
町家巡遊2010ブログへどうぞ。

*9/21 定員に達しました。お申し込みありがとうございます!!

秋にむけて。

2010-07-08 | ぐるぐる町家巡遊
6日の夜、大野町在住の金沢大学講師Kさんの町家で、
10月に行われる町家巡遊の金石・大野エリアの会議がありました。

キュートな女の子が熱心に企画をたくさんあげてありましたが、
町の人が置き去りになっているところが気になって、
この町にある、「あるもの探し」で、
もっと地域の人、事、ものに密着したものにしたいと
おばさんは、説いてしまったのでした(笑)

おまけに今年は大人しくしていようと思っていましたが、
やっぱり血が騒ぐ……。
ついつい二つほど素案を述べてしまったワタクシ。

8月後半から9月は風の盆、
10月初旬は坂の町アート、
そして下旬にはこのあたりの町家巡遊。
でもって、町家巡遊と同日になんと大野では
こまちなみフェスタと全国醤油サミットも行われるそうで、
どんなことになるのか想像がつきませぬ。

夏も来ぬうち、
秋もあっという間に過ぎそうな気配です。