昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章“石ころと流れ星”(短期集中再掲載)   38.風呂敷包みの正体

2013年03月16日 | 日記

風呂敷包みの正体

“原点の共有”……。魅力的な言葉だと、僕は思った。そして一方で、奈緒子とは果たして何かを共有できたのか、いやそれ以前に“共有したい”という願望が僕の中にあったのだろうか、とも思った。

「それで、釜ヶ崎で暮らしてみてどうやった?」

桑原君は釜ヶ崎でどんな経験をし、何を感じたのか。そして、その向こうに見え隠れする小杉さんは?彼の言う“原点の共有”は?

僕は桑原君に身体を向け、身を乗り出した。

「そんな、真剣にならんといてくれ。君も働いてるからわかるやろう。毎日食べるために働く、いうのは大した変化もない暮らしをすることやないか。新聞配達してた時と変わらへんもんや。でもまあ、違いはあると言えばあったけどな」

「それかなあ?小杉さんが君に知って欲しかったんは」

「どうやろう。それは今でもわからへんなあ」

それでも釜ヶ崎での暮らしは、桑原君にとっては刺激的なものだった。

協力しあうわけでもなく、個々が自立しているわけでもない、今日を生き抜くことで精一杯に見える多くの人たちが醸し出す空気は街を覆っていたが、桑原君はやがて、そこに濃淡によるお互いに侵すべからざる領域があることも知った。

「無政府状態に見えるけど、小さな独立国の集合体のような気がしたなあ。俺は、どこにも入れてもらえへんかったけど」

桑原君はむしろ、自分が学生であることを痛感した。

「理想掲げても、みんなのためや!民衆のためにやるんや!言うて力んでも、あんまり相手されへんいうことがようわかったわ」

そして、その実感こそ小杉さんが言った“原点の共有”ではないか、と思うようになった。しかし、“原点の共有”の次には何が待っているのか、については何も思い当たることはなかった。

「3か月目に入った頃やったかなあ。小杉さんが現れたんや、釜ヶ崎に。びっくりしたけど、うれしかったなあ、あの笑顔見た時は」

二人が出会ったのは、桑原君が屋台で牛筋をツマミに酒を飲んでいる時だった。傍らには屋台で知り合った男がいた。大学中退のその男は、どのグループにも属さず、どのグループにも一目置かれていた。桑原君の心の救済者でもあった。

小杉さんは近づいて来て、「痩せたみたいやけど、元気そうやなあ。安心したわ」と肩を叩くと、急に険しい表情になった。

「すまん。これ預かっといて欲しいんやけど……」と風呂敷包みを押し付けた。

「いいですけど。なんですか?」

桑原君が開けようとするとその手を押し留め、「開けん方がええ。僕がおらんようになってもやぞ。な!絶対やぞ」と言った。

そして、「預かってるのがしんどうなったら、“ディキシー”に持って行ってくれるか。手紙出しとくから」と続けた。

「自分で持って行かはったらどうですか?」と訊くと、「それが、できひん事情があるんや。俺は、君に預かって欲しいんや」と言う。

そして、何か言いたげな桑原君に「誰にも見られんよう気い付けてな。大勢の人間が迷惑することになるんやから」と耳打ちすると、足早に去って行ったのだった。

その後姿に隣の中退男が「身体に気いつけるんやで~~」と声を掛け、その後を追いかけるように屋台の親父が「無茶したらあかんぞ~~」と大声を上げると、後姿の小杉さんの両手が夕暮れの中でひらひらと揺れるのが見えた。

「小杉さんのこと、知ってはるんですか~~?」

小杉さんの姿が角を曲がっていくのを見届け振り向くと、二人は「よう知っとんで~~」と声を揃える。

小杉さんの釜ヶ崎時代をよく知っているという二人は、「純粋な男やったなあ」「思いつめたような顔しとったなあ」「なんぞえらいことやらかしたか、これからやらかすのんか、そんな顔しとったなあ」「失恋でもしよったんかなあ。ほれ、貫一お宮の貫一みたいに」「周りの人間が怪我するほど純粋やったからなあ」などと言いあった後、「その中身なんやろう?開けてみいひんか」と興味を風呂敷包みに移してきた。

慌てた桑原君はぎゅっと風呂敷包みを胸に抱きしめた。そしてその瞬間、“原点の共有”とは“秘密の共有”なのではないか、と思った。桑原君が“秘密の共有”の相手として選ばれたのは、彼の中にある小杉さんへの憧れを小杉さんが知っていたからではないか…。

「まあ、ここでは見んことにしとこうか。君がしばらく抱いて寝て、納得いったら持ってきて開けようか」

中退男はそう言って引き下がり、桑原君に酒を一杯進めてくれた。左脇でがっしり風呂敷包みを押さえ、コップを受け取った桑原君には、その感触でもうその中身がなんであるか、わかっていた。

表情からそのことを読み取ったかのように中退男は、意味深なことを言った。

「学園闘争も恋も始まりは単純で純粋なもんや。君も小杉君も、恋に落ちるように闘争に落ちていったんやろうなあ。せやけど、学園闘争も恋も続けるのはしんどいもんや。しんどいから理屈を言いとうもなる。せやけど、ほんまに続ける力になるんは、情動や。好きやとか嫌いとか、抱きたいとか抱かれたいとか、そんなもんちゃうか。それをエネルギーとして集める組織は理屈やないから大変や」

脇に挟んだ異物に気を取られながらも、中退男の言葉には聞くべきことが多いと桑原君は思った。彼の素性も気になった。

「あの~~、先輩は……」

桑原君が素性を確かめようとすると、中退男は「小杉君、手放したんやなあ。その包みと一緒に」と言って、風呂敷包みを指さし、「自分で納得のいく終わらせ方を探しに行ったんかもしれへんでえ」と、その指を小杉さんが消えた角の方へと巡らせた。

その指先を目で追いながら、桑原君は「そうでしょうか?」と呟いた。

次回は、3月18日頃を予定しています。

*第一章:親父への旅 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981


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