昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   22

2011年06月03日 | 日記

「こいつには今夜から働いてもらおう思うてるんやけど、かまへんか?」

僕に異存があるわけもなく、その夜にはコックの弟・耕三と交代することになった。

さっさと部屋に戻り、窓を開け放して窓辺に佇んだ。正面から浴びる夕日が、店のクーラーに一旦引いた汗を呼び戻してくる。台所に行き、シンクの洗面器一杯の水を運んでくる。一気に水を撒き散らして、腰掛ける。

立ち昇ってくる土の匂いを吸い込むと、ふと菜緒子を思い出した。振り向くと、彼女からもらったTシャツが、京子が畳んだ時のまま、布団の枕元にあった。

 

暑苦しい夜だった。ラジオの音と豆電球だけにして、早く眠気に支配されるのを待った。

“晩飯は、我慢してみよう”と決めた。いつも晩飯は、賄い飯や客の残したものだったが、それさえ突然奪われるのだろうか、と思ったからだった。

しかし案の定、9時を回っても店からは何の音沙汰もなかった。それでも、と閉店間際まで空腹を抱え込んでいる時、店から漏れてきた笑い声と物音に、突然怒りが込み上げてきた。そして、その怒りは京子、三枝君、小杉さんなども巻き込み、膨れ上がっていった。

「くそ~~~~!」と大声を上げ、畳を拳で叩いて立ち上がった。が、その瞬間、壁を殴ることを思い止まり、声を意図したよりも小さく押し留めている自分に気付き、座り直した。

湿気を含んだ暑気が身体にまとわりついてくる。空腹との挟み撃ちに耐え切れなくなった僕は、ふと“京都に行かなくちゃ!”と思った。早く下宿探しをしなくては、という思いと、しっかり大学生をやってみるんだ、という想いに駆られてのことではあったが、片隅に和恵の存在があったことには、気付かないふりをしていた。

 

京都駅を出ると、丸物百貨店の時計は10時半過ぎを差していた。小銭まで掻き集めてポケットに押し込んだ全額が、2千円と少し。行き先は、はっきりとは決めていない。ただ、行き先が定まらない場合、あるいはお金がなくなってしまった場合は、東京3人組のアパートを訪ねることに決めていた。

まずはともかく腹に何か詰め込もうと、河原町通りを徒歩で北上することにした。丸一日以上、酒とタバコの煙以外喉を通っていないのだからやむをえないとはいえ、五条を過ぎた辺りで、足元がふらついた。と、突然、笑いが込み上げてきた。

しゃがみ込んで笑っていると、何故か“の餃子”の匂いが鼻をついたような気がした。後わずかの距離に店があることを思い出し、急ぐことにした。

を四条手前の路地に発見。ジンガスカン定食と餃子2人前を、平らげた。腹が満たされ、背もたれにもたれかかってみると、馬鹿なことに踏み出してしまったようで悔やまれた。“帰りの電車代だけ残して、一人で飲みに行ってみよう!”と思った。

しかし、を出ると、行く当てがないことには変わりはなかった。多くの学生や若い男女が行き交う四条河原町は、すぐそこに光り輝いているというのに……。

四条から三条へと、河原町通りを歩いていく。僕の足元のふらつきは収まったが、酔いにふらつくサラリーマンや学生のグループに、時々肩がぶつかる。どこかに腰を落ち着かせたくてたまらなくなってくる。

三条が近付いてきた時、あの小杉さん常連の店を思い出す。気は進まなかったが、小杉さんとの会話に残った消化不良の不快さも思い出した。

地下の店だったという記憶に頼り、2度間違えて、僕はその店“ディキシー”の扉を開けた。入ってすぐ右がカウンター。中には、若いバーテンダーが二人。左を見ると小ぶりのビリヤード台。その周りの壁には、埋め込みの小さなカウンター。紫がかった灰色の靄が店全体を覆っている。

“ここだ!間違いない!”と僕は、バーテンダーの顔を窺いながらカウンターに近付いて行った。「まいど!どうも~~」。店内のアメリカン・テイストの装飾とは裏腹なバーテンダーの声と笑顔に、苦笑しながら一番端のストールに腰を下ろした。と、その時、掠れた声が、耳に届いた。

「柿本君ちゃう?」

慌てて首を巡らせたが誰のものかわからず、浮いた腰をもう一度落ち着けようとした時、今度は肩に手が乗ってきた。

「柿本君やろ?……そうや!やっぱり、そうや」

それは、小杉さんのグループにいた、最も物静かで背の低い男だった。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読みたい方は、コチラへ。

http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/2ea266e04b4c9246727b796390e94b1f

第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読みたい方は、コチラへ。

http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/17da82818105f40507265de9990cfe8a

第三章“石ころと流れ星” を最初から読みたい方は、コチラへ。

http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/14d4cdc5b7f8c92ae8b95894960f7a02

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

 2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


コメントを投稿