昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   27

2011年06月24日 | 日記

夏美さんの夫は、大阪ミナミのライブハウスのオーディションに落ちてからというもの、すっかり音楽で身を立てる意欲を失くしてしまったようだった。しばらく荒れていく心のやり場に困っていたようだったが、近くに悪友もなく、憧れの目で見つめてくれる女の子もない大阪では、自分で解決していく他なかった。

「実家を一度も出たことない大人みたいなもんやったんよね~~。自分で動いて、自分で結果に責任を取る、いうのが大人やろ?物理的には家を出てても、心はずっと家にいてるような人やったから。岐阜から連れ出して正解やったわ」

静かに小杉さんの横に佇んでいた昨夜の夏美さんは、もういない。次々と空けるジンライムの数が増すにつれ、口は滑らかになり、目は輝いていく。酔いの兆候、まるでない。

「お母さん子やなあ、思うてたから、どっちに出てくるか心配はしてたんやけど……」

「どっち、て?」

「暴力を使ってでも、私を隷属させようとするんか。私に頼りっきりになるんか。……二つに一つちゃうかなあ、思うてたんやけど、元々暴力のなかった人やし、宿六になってまうんやろなあ、思うてたなあ。……それはそれで楽やし、ええかあ、思うてなあ」

夏美さんの読書経験の片鱗が言葉に出始めていた。男が女を隷属させる、という表現に夏美さんの思想も垣間見える。小杉さんの影がちらつき始める。

「修学旅行のいい思い出しかない京都で暮らしてみいひんか?言うたら、喜んでなあ。京都はアングラ・ミュージックの本場やし、ええかもしれへん、言うてなあ。あっと言う間に引っ越しや」

修学院の近くに安アパートを借りて、二人で住込みの仕事探しに街を歩いた。

「彼と過ごした一番楽しい時期やったなあ。夫婦は二人三脚言うやろ?その気分やったなあ、毎日」

半月歩いていくつかの住込みの口を見つけたが、どちらかが気に食わず、決まるまでには至らなかった。

「ずっと、こうしてる方が楽しくてええんやけど……。本気でそう思うてたわ、私。……せやけど、お金なくなってくし、そろそろ決めんとあかんなあ思い始めた時、ええ話にぶつかったんよ。ほんま、ついてたとしか言えへんわ」

見つけたのは、小料理屋だった。東山通り熊野神社前の南にある小さな店。小料理屋と言っても、実態は学生相手の居酒屋。70代後半の妹と80代前半の姉が経営する店だった。まだまだ切り盛りできてはいるが、近ごろとみに足が弱くなってきた姉にそろそろ引退を勧めたい妹の強い要望があっての求人だった。

子供もなく係累もない二人には、仲睦まじく仕事探しをしている若い二人は、うってつけの存在に見えた。

「ええ人たちやったけど、お姉さんの方は警戒心も強うてなあ。身体が動かなくなってきてるやろ?“後ちょっとの命なんやけど、その間この人に面倒掛ける訳にもいかへんし”って、ポツリと言わはったから、私すぐ言うたんよ“そんな~~、私が面倒見ますよ~”って。嘘ちがうのよ。本気で思うたんよ。私小学生の頃、田舎でおばあちゃんの世話してたから慣れてるし、言うて説明したら、昔話になって。お姉さん、うれしそうな顔になってきてなあ。この人やったら店任せてもええわ、言い始めてなあ。それからやわ、ところで料理は?お酒は?旦那さんも一緒やないとあかんのか?住込み、一人分の場所しかないんやけど…いうことになってなあ」

とりあえず、二人で通いで働くことになった。給料は一人分プラスαでどうか、ということだったが、夏美さんが断った。

「老後の資金を気にしてる二人から、予定より多くもらえへんやろう。一生懸命働いて儲かるようになってからいただきます~~言うて、断ったわ」

しかし働き始めた初日、二人だったキッチンに四人が入ると動きが取れないことがわかり、夫はフロアに出てはみたものの、ほとんどの客がカウンター席に座りたがり、二つの小さなテーブル席の客へのサーブはカウンター席の者が行う、という状況に何もできず、店の片隅で佇んだままになった。

来る客来る客の好奇の目に晒され続け、夫はその夜早速「俺、他の仕事探した方がいい?」と弱音を吐いた。相談の結果、店のためにもその方がいいだろうということになり、翌日から、夏美さんは一人で通うことにした。

“おばあちゃんの店”に突然現れた若い女性に、客の学生たちはざわめいた。ざわめきの輪は広がり、後輩たちへと受け継がれ、店を繁盛させていった。

夏美さんの客の扱いも手慣れたものだった。学生たちの青い会話には微笑み、社会改革への気概に溢れた議論には読書で得た知識で理解を示した。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/14d4cdc5b7f8c92ae8b95894960f7a02


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