昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   24

2011年06月10日 | 日記

思わず上から下、下から上へと、僕は目を動かしてしまった。和恵のジーパンに黒のノースリーブ姿は、数時間前とは別人のようだった。

「また気持悪くなるわよ」

僕の目が合うと、和恵は微笑み首を横に振った。後ろに束ねていた髪は下ろされていた。ノースリーブの肩に触れるか触れないかのところで2~3度揺れた髪に、僕は和恵の女を感じ、しばし目を離すことができなかった。

「面倒見よかったやろ?!和恵」

上村越しに首を伸ばし、小杉さんが声を掛けてくる。

「助かりました。……すっかりお世話になってしまって……」

「シャツとジーパン、洗うてもろうたんやろ?」

「……ええ、まあ……」

事の詳細は、和恵から小杉さんにもう伝わっているようだ。小さな不快感とぼんやりした疑いが、僕の中で頭をもたげる。この不思議なつながりの核にあるのは何なんだろう。確立されているようでもたれあう個と個……。彼らをつなぐ引力は一体どんなものなのだろう……。

「今夜は、昨日ほど飲めへんやろう。まあ、僕らもおるし、飲ましたってもええんちゃう?なあ、和恵」

「いや、私はかまへんけど……。昨夜は、柿本君、苦しかったやろう?」

「……そうでも……。憶えてへんし……」

「“自分が大切なだけやんけ~~!”て、2~3回怒鳴ってたよ。“傲慢や~~!傲慢でええのか~~?”とも……」

「そんなこと言うてたん?僕。……ほんまに?」

「革命について論争したからやろう。……いや、論争ちゃうな。立場の違いをぶつけあったからないかなあ、俺と。それが残ってたんやろう、意識の底に」

カウンターに頬を付けるようにして、今度は上村の顎の下から小杉さんが言う。

「俺は、みんなによく言うんや。“変えることに情熱が持てない奴は、去れ!変えないことにこだわる奴は、倒す!”って。な!小杉さん」

上村が、右手の人差し指を立て、なぜか勢い込む。小杉さんは、上から飛んできた唾を払いのける仕草をして顔を起こし、微笑みながら上村の肩を叩く。上村の言葉は小杉さんの言葉だ、と僕は思う。

「ここでアジってどないすんの?ケンちゃん、笑うてはったよ。また始まったいう顔してなあ、なあ、ケンちゃん」

初めて聞く声に顔をカウンターの中に向けると、そこには夏美さんがいた。忽然と現れたように思えたが、入り口のすぐ右にある扉を素早く開けて、人の影がカウンターの中に入って行くのを感じたような気もする。いずれにしても、どうもこの店は黒ヘルの溜まり場以上の存在のようだ。

「山の上から大きな岩を転がす時は、最初の一転がしが大事なんや。考えてたら、動かす力は出えへん。転がり始めたら、ほら、……そう、一気呵成や!邪魔する小石は排除しとかんと。なあ。力も無駄になるやろう」

声を抑えて、上村が続ける。時々、夏美さんを見る。彼女の小さな頷きに押されて次へと進んでいるようにも見える。

僕は、少し意地悪な気分になり、「その大きな岩、どこに行くんですか?」と訊いた。

「……概ね目指した所に行けばいいんや。大きな岩が山にあることが、問題なんやから」

一瞬、目を小杉さん、夏美さんと動かしてから、上村は答えた。質問への答にはなっていなかったが、それを追求することは控えた。

「たくさんの虫や動物を潰して転がるんでしょうねえ」

代わりに僕は、夏美さんが出してきた一皿のピーナッツを受け取りながら、感想を述べるように呟いた。

するとまた、上村の声が大きくなった。

「犠牲は付き物や!そんなもん!しゃあないやろう、大きな岩を動かすんや。そんなもん!しゃあないわ!」

僕は小さく首をすくめ、ケンちゃんから次のジンライムを受け取った。夏美さんの目とぶつかった。その目線に、僕は彼女の存在の意味と大きさがわかったような気がした。

和恵は僕の右に立ったまま、グラスを傾けていた。油断ならないぞ、と僕は思った。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/2ea266e04b4c9246727b796390e94b1f

第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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