まだ19歳の夏美さんは、ほとんど男子大学生ばかりの客に多くを学んだ。そして、次々と放たれる言葉を、ある時は受け止め、またある時は跳ね返しているうちに、ふと気付いた。
「なかなか職が決まらんと、いつもぐだぐだ言うてるうちの宿六と変わらへんなあ、思うたんよ、ある日。口から泡飛ばして、一生懸命話してはるんやけどなあ、みんな。……“異議あり!”とか言うて手を挙げて意見言わはるし、礼儀正しいええ子ちゃんたちなんや思うてたら、殴り合いになる人たちもおってなあ。裏から出て表から店入って、ガーンと戸開けて“止めてください!”言うと、すっと収まるしなあ。ようわからんようになって、お母ちゃん……店のおばあちゃんのこと、そう呼んでたんよ。そう呼んでくれるか、言わはったし。お姉さんの方やけどな。妹さんの方は、おばちゃんて呼んで……。お母ちゃんに訊いたんよ、“何を一生懸命やってはるんですかねえ?”って」
すると、お母ちゃんから意外な答えが返ってきた。「一生懸命青春してはるんちゃう?あんたが来てから、余計に力が入るようになってきたしなあ。青春してる、いうの見せたいん違う?」
「……私に?……」
顔を赤らめる夏美さんの耳元に、洗い物を持ったままおばちゃんが囁いた。
「あんたは、笑うてるだけで青春してるからなあ」
「……私が、青春……」
「青春に青春で応えるのが若い、っちゅうことやろ~~。ええんよ、それで。……私らも、若い頃は黙ってても青春してたもんなあ」
「そらもう、青春ばっかりしてたわなあ」
「お喋り、下手やったからなあ、私ら。……青春は語らず…いうて、なあ」
「語れへんかっただけやろ、お姉ちゃん」
お母ちゃん、おばちゃんと3人で笑いながら、夏美さんはふと思った。これまで、青春という言葉を自分に重ね合わせてみたことがあっただろうか……。一瞬にして恋に落ちた夫との数年間は、青春と呼べるのだろうか……。
「お母ちゃんとおばちゃんにとって、青春て何でした?」
昔話を始めた二人に訊いてみた。
「え?!……そうやなあ、ぼーっとできる時間があった頃かなあ……あんたは?」
お母ちゃんは、そう言っておばちゃんにバトンを渡した。
「お姉ちゃん、ちっちゃい頃から働いてたしなあ。ぼーっとできる時間て、学校行ってる時のことやろ?そんなんやから、勉強あかんかったやわ、私と違うて」
「しゃあないやろ?眠うてしょうなかったんやから。……それより、青春。あんたの青春。教えたり。夏美ちゃんに」
「あの人は小学校の頃を青春や思うてるみたいやけど、私はやっぱり初恋かなあ。……お姉ちゃんかて、初恋あったんやけどな。あったんよ~~。それが……」
「それ言うたらあかんで!内緒やからな。墓場まで持って行く話やから、な!……まあでも、夏美ちゃんやったら、私が死んだ後、聞かせてあげてもええわ」
「それやったら、もうすぐ話できそうやなあ。なあ、夏美ちゃん」
「……あの…おばちゃんの青春……」
「今で言う社内恋愛やなあ、私の初恋やったなあ、もう青春、青春してたわ。身体の中から楽しさや悲しさが勝手に湧き出てきてなあ、それが相手と互い違いになると、今度は苦しさに変わって……、なあ。勝手なもんやったと思うわ、青春て」
「その初恋がどうなったかは、教えてあげへんの?」
「お姉ちゃんの話と一緒に、お葬式の後にしてあげるわ。もうすぐやろうし…。な!夏美ちゃん。楽しみにしといて、な」
こうして店の片付けをしながら交わした二人の青春話は、夏美さんの中に強く残った。と同時に、店にやって来る大学生たちの態度が夏美さんの登場によって変化したという言葉も熱く夏美さんの心に刺さっていた。
翌日、夏美さんは客とのやり取りがぎごちなくなっていた。そのことに気付いて戸惑った。そして、戸惑いはぎごちなさを、ぎごちなさは戸惑いを、と次々に連鎖していった。
そしてそれが、事件をもたらした。“おばあちゃんの店”で働き始めて半年余りの、暮れのことだった。夏美さんは、二十歳になっていた。
* 月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/14d4cdc5b7f8c92ae8b95894960f7a02
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