ある会社に入ったばかりのこと。
電話が鳴ったのでとろうとしたら、向かいに座っていた男性社員が
「内線2番の電話はとらないで。経理専用だから」
と教えてくれた。
「2番は銀行からの音声案内だから。経理が電話中の時はとって保留にして、電話が終わったら教えてあげて」
皆を見たらそうしていたので、なるほどと思った。
本来そういうことは経理が直接教えてくれてもいいものだけど、そこの経理の女は超不愛想で、見るからに怖そうだった。
スマイルゼロってやつでひたすら電卓を叩いている。
そういう会話を横で聞いていても「そうなんです。よろしくお願いします」とも言わない。
まあたまにいるけど、こういう人。
それから何日かして内線2番が鳴って経理を見たら電話中だったので、私は受話器をとって保留にした。
すると電話を切った女が
「海さん!銀行からの電話は人の場合もあるのよ!受話器をとっていきなり保留にされたら失礼だと思わない?!」
と怒鳴った。
その剣幕にビビって「す、すいません!!」と謝りながら、向かいの男の子に「そうなの?」とささやいたら、彼も顔面をひきつらせながら頷いた。
でもこの女は経理だけあって、仕事はかっちりしていた。
私が渡す書類の、一字の誤りも見逃さなかった。
この女のお蔭で、私は仕事を覚えるのが早かったと思う。
それは今でもとても感謝している。
怒られたくない一心で懸命に顧客と商品と数字を覚えて、遅いと言われたくないために、胃に穴があくほど業務を研究した。
最短で効率のよいやり方をするべく、一からマニュアルを作り直した。
そうやって仕事に慣れたある時、飲み会の席で女がテレサ・テンを歌いながらポロポロ泣いているのを見た。(独身だしいろいろあるんでしょうね)
私は自分も飲むので、酒の席のことはクールである。
別に驚きもせず、ああ彼女も人間なんだと安心した。
そして彼女も、酒の席で少しくらい隙を見せたからといって翌日からの仕事の態度も変わらなかったし、相変わらずニコリともしなかった。
そんな中でまたしばらくした或る時、私は決定的な経理のミスを発見してしまった。
小口をまとめた分の売掛金がどうしても一部なくならないのが気になって、台帳を遡って辛抱強く照合していったら、ある顧客の入金処理がすっぽり抜けていることに気が付いた。
「彼女でもこんなミスするんだ…」
仕事でも、彼女はアンドロイドではなく人間なんだと、私はまたホッとした。
その後、私はなるべく彼女のプライドを傷つけないように、努めてやわらかく、そこを指摘した。
その二件以来、無意識に私の緊張は切れたのだろうか。
それからまたしばらくした、会議の席でのこと。
新しいパソコンのソフトを変えることになってそれを話し合っていた時に、女の言い方が勘に触って、思わず私の方が怒鳴ってしまった。
いや、ブチ切れたといった方が正しい(笑)
あまりに半端ない怒鳴り方だったので、まわりが焦って会議が中断されてしまったほどだった。
翌日、彼女が別件でおずおずと私に近づいて「海さん…あの…」としおらしい声を出したけど、私はもう怒っていなかったので「何?」とふつうに返事をした。
「内線2番」の一件から6年の月日が経っていた。
電話が鳴ったのでとろうとしたら、向かいに座っていた男性社員が
「内線2番の電話はとらないで。経理専用だから」
と教えてくれた。
「2番は銀行からの音声案内だから。経理が電話中の時はとって保留にして、電話が終わったら教えてあげて」
皆を見たらそうしていたので、なるほどと思った。
本来そういうことは経理が直接教えてくれてもいいものだけど、そこの経理の女は超不愛想で、見るからに怖そうだった。
スマイルゼロってやつでひたすら電卓を叩いている。
そういう会話を横で聞いていても「そうなんです。よろしくお願いします」とも言わない。
まあたまにいるけど、こういう人。
それから何日かして内線2番が鳴って経理を見たら電話中だったので、私は受話器をとって保留にした。
すると電話を切った女が
「海さん!銀行からの電話は人の場合もあるのよ!受話器をとっていきなり保留にされたら失礼だと思わない?!」
と怒鳴った。
その剣幕にビビって「す、すいません!!」と謝りながら、向かいの男の子に「そうなの?」とささやいたら、彼も顔面をひきつらせながら頷いた。
でもこの女は経理だけあって、仕事はかっちりしていた。
私が渡す書類の、一字の誤りも見逃さなかった。
この女のお蔭で、私は仕事を覚えるのが早かったと思う。
それは今でもとても感謝している。
怒られたくない一心で懸命に顧客と商品と数字を覚えて、遅いと言われたくないために、胃に穴があくほど業務を研究した。
最短で効率のよいやり方をするべく、一からマニュアルを作り直した。
そうやって仕事に慣れたある時、飲み会の席で女がテレサ・テンを歌いながらポロポロ泣いているのを見た。(独身だしいろいろあるんでしょうね)
私は自分も飲むので、酒の席のことはクールである。
別に驚きもせず、ああ彼女も人間なんだと安心した。
そして彼女も、酒の席で少しくらい隙を見せたからといって翌日からの仕事の態度も変わらなかったし、相変わらずニコリともしなかった。
そんな中でまたしばらくした或る時、私は決定的な経理のミスを発見してしまった。
小口をまとめた分の売掛金がどうしても一部なくならないのが気になって、台帳を遡って辛抱強く照合していったら、ある顧客の入金処理がすっぽり抜けていることに気が付いた。
「彼女でもこんなミスするんだ…」
仕事でも、彼女はアンドロイドではなく人間なんだと、私はまたホッとした。
その後、私はなるべく彼女のプライドを傷つけないように、努めてやわらかく、そこを指摘した。
その二件以来、無意識に私の緊張は切れたのだろうか。
それからまたしばらくした、会議の席でのこと。
新しいパソコンのソフトを変えることになってそれを話し合っていた時に、女の言い方が勘に触って、思わず私の方が怒鳴ってしまった。
いや、ブチ切れたといった方が正しい(笑)
あまりに半端ない怒鳴り方だったので、まわりが焦って会議が中断されてしまったほどだった。
翌日、彼女が別件でおずおずと私に近づいて「海さん…あの…」としおらしい声を出したけど、私はもう怒っていなかったので「何?」とふつうに返事をした。
「内線2番」の一件から6年の月日が経っていた。