頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

2012年6月16日(公開シンポジウム司会)

2019-03-14 10:39:10 | 日記
小生は乱視が進んでいるのだろうか。公開シンポジウムの司会を担当して4年目。キャパ1000人の会場であるが、最後列に座っている人が男か女か位は識別できる。会場の照明上、眼鏡をかけているとレンズの内部で複雑に干渉が起こるのか、少し視界に霞がかかって見える。それでもどこかで誰か手を挙げていればわからないはずはないのだが。最後部で何度も挙手していた人が、質疑のたびに小生に「無視」されていたらしい。マイクランナーの動きも例年になく要領が悪い印象を受けた。質問したい方には前方に座っていただくとかすべきかもしれない。
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2012年6月16日(1991年TOEIC375点)

2019-03-14 10:38:14 | 日記
昨日見つけたTOEIC批判の記事(週刊東洋経済)。900点近くとっても、話せない、書けない人が半分ほどいる、とある。小生20年ほど前に受験した時は、大学入試の英語、もしくは実用英検的な解き方(見直したり、戻って考え込んだり)をしたので、そのような時間配分はできないはずのTOEICでは大失敗必定で、375点。これを学生に話すと彼らは自信を持ってくれるようです。今受けても、(TOEIC向けの勉強などする気は一切ないので、)また400点くらいしか取れないかもしれないが、確かにいえるのは、小生には国連機関でのミッションや英語での大学院講義(日本語での講義は2011年1月の東大以降ない)がちゃんと勤まっているらしいということ。英語を知らない人ほどTOEICの価値を過信する、という主張も理解できる。その意味では、HSK(漢語水平考試)も没用だ。
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2012年6月16日(モテ期到来?)

2019-03-14 10:37:20 | 日記
「もてき」という言葉がはやっている。「茂木」という苗字は小生の故郷にもあるが、「モテ期」とつづるらしい。2010年秋に中国科学院のミッションで北京に泊まったおり、近くにウイグル料理のモダンなレストランを発見。一人で定番料理を堪能していると、となりのテーブルにいたウイグル美人2人がよってきた。ここのレストラン専属の踊り子だった。という程度の話なら毎度発生しているので、自分でもすっかり忘れていた。しかし、日本人のメンタリティーのままであれば、こちらから話しかけるようなことはできない。日本人同士ならドン引きのパターン。日本社会の閉塞性の原点はこれ?
しかも、携帯番号がいとも簡単にもらえてしまう。日本ならありえません。
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2012年6月18日(大学教養課程の今)

2019-03-14 10:36:33 | 日記
現在学部2年生の長男が週末帰省すると、不可思議な教材を持ち帰っている。我々のころはこんなものは存在していなかった。石渡・山内(2012)「アホ大学のバカ学生」光文社と、誌名は忘れたが、いわゆる「Fラン大学」のおぞましき実態を面白可笑しく(おそらくフィクションも交えて)紹介した週刊誌を立ち読みした。前者は買ってしまった。それによれば、現在大学の教養課程ではいずこも大変「面倒見」が良いのだそうだ。この10年ほど学部ではほとんど教えていないので、最近の変化について疎くなってしまったが、大学院だけを見ていても、まだその「面倒見」の効果が出ていないような気がする。
現在学部2年生は、化学実験の結果について英語でポスターを作ってプレゼンするというカリキュラムがある。たぶん29年前の小生にはとても無理。
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2012年6月20日(筑波大講義)

2019-03-14 10:35:13 | 日記
筑波大学大学院の100人講義(英語)が終わった。3時間分の内容を用意し、ベーシックかつ面白いところに絞って1時間だけ話す。小生の英語がHIPHOPなのか、講義中3か所で宿題をだしたのに、ちゃんと聞きとれていなかった人が少なくない。予定より30分早めに終了したが、中国人留学生の皆さんが集まってきて、マンダリン(普通話)による延長講義が終了時刻まで続いてしまった。みなさん内容はきちんと理解していて安心した。
受講生の中から新しい中国語教室の先生をゲット。これが一番の収穫なり。地道に中文ブログを作ったのが成功の源。
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2012年6月24日(地理学が提言する新しい国土)

2019-03-14 10:33:07 | 日記
土曜日午前の講演会のテーマは、「地理学が提言する新しい国土」であったはず。最初の演者である戸所先生は、現在の国土構造がいかに非常時に脆弱であるかを地理学の視点から論じてくださった。続く数名の演者、コメンテーターからは、被災地の視点で震災復興に特化したお話をいただき、初めて聞く有意義なコンテンツも少なくなかったが、お決まりの地理学への礼賛で締めくくられた感を否めなかった。震災後1年半の間、小生は一度も水戸より北に足を運んでいない。あれやこれやで行くチャンスを逸していただけなのであるが、被災地の話題を中心に進むのであれば、小生などがこのパネル討論の座長などやるべきではない。しかし、もともとの計画に無理があったのか、通常40分くらいで行うべき討論の時間が、15分を下回る状況となってしまった。会場からの発言も低調。最後の数分で小生がまとめをするのが常なので、演者を立てつつも、持論を言わせていただいた。
・復興に特化した議論となってしまったが、本日の話題は「国土のあり方に対して地理学から何を提言するか」であったはず。地理学の強み=地図でものを考えること、ではない。昨今、ほかの分野だってそれは当たり前になっている。30年前の話をしているのではない。本当に地理学が貢献すべきは、地理学を構成する個別の要素分野における学術的成果を用いることなのだ。
・地理学の社会的影響力がないのは、行政とつながっていないためだけではない。ステロタイプな発想、発言しかできなくなっていることに気が付くべき。
そろそろ私自身は、この業界でヒール役に回るべきだと思う。
<参考> 一ノ瀬俊明:(2012)地理学から提言する新しい国土. 地理,57-9,36-39
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2012年6月26日(名大講義)

2019-03-14 10:32:13 | 日記
名大講義最初の一コマ終了。今年はドイツ人2名、中国人2名、フィリピン人2名、日本人数名という少人数講義。みんなおとなしい。私の講義の1割は地誌学そのもの。しかし、こうして世界各国から集まる留学生に、「事実誤認」を指摘されたことは一度もない。今日も「無事」だった。
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2012年6月26日(何時の着か?)

2019-03-14 10:31:24 | 日記
国民性と言われればそれまでですが、「幾点到?(何時の着か?)」という質問を、明らかに定時運行している交通機関(飛行機や鉄道)の中で乗務員にしている中国人が多いと感じる。そもそも、それを認識したうえで自分の身を交通機関に預けたのではないのか? 自分の学生が小生の前でそんなことをしたら、その場で大目玉だ。これまた地理学者としての責務だと思う。
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2012年6月30日(最悪のランチョンセミナー)

2019-03-14 10:30:06 | 日記
イギリスの大学に留学した若手気象学者が学会誌「天気」に、「ブラウンパックセミナー」を紹介していたのは10年以上前か。忙しい教授が、昼食持ち寄りの研究室ゼミを始めたという話。購買部で買ってきたサンドイッチ(茶色の紙袋)持参のランチョンセミナーというわけだ。小生的にはランチくらい優雅に食いたいので、甘ったるい菓子パンや安っぽいサンドイッチなどをかじりながら小難しい他人の話を聞くなどまっぴらだと思った。幸い、小生の留学先ドイツにはこのような習慣はなかった。ドイツ人も同様の考えだろう。当然、食文化の発達したアジアには、このような習慣は根付かないだろう。工学系の世界にも根付かないのでは。その後数年で、小生の研究分野も理学系から工学系へ思いっきり振れた。直接因果関係があるわけではないですが。小生がその教授なら、午後のお茶の時間を活用して、風流なお茶とおやつくらい用意するかもしれない。
武威茶に果物(よくあいます)、と行きたいところですが、アングロサクソンの学生の皆さんに微妙な味の違いを堪能していただけるか心配。紅茶は発酵した茶葉ですが、半発酵の茶葉の世界が一番奥深いのでは。
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2012年6月30日(物の価値と労働の価値)

2019-03-14 10:28:21 | 日記
「日当わずかに3万円、しかし倍率25倍の狭き門、ところが実は年齢不問。」(幻冬舎の新刊より)
かつて我が国最底辺女性の労働とみなされていた世界がとてつもない変貌を見せている。近隣諸国の人々はこの事実をどう受け止めるのか。江戸時代はあきらかに物の価値>労働の価値であった。途上国アジアにもその名残がある。現代の日本では真逆になったはずなのだが、これを読むと、江戸時代へ逆戻りするのではないかと懸念する。
プロ野球選手のように十数年も働ける世界ではないので、きちんとした人生設計がないまま浪費生活をおくると、最後はそこに落ちてしまうという警告がまとめ。
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