中国行く前に電子決済システムを。円安のせいで、外貨のタンス預金が20万円近い。
8000円分あった。今回は往復ソウル経由。まさか仁川国際空港はキャッシュレスなのか。
11日
しゃぶしゃぶのブタとパルマのプロシュートは違います。訪日外国人に警告。
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隣のテーブルのイタリア人親子のお嬢さん、ブタを生のまま食べていました。パルマと違うよ、と言っておきましたが、普段の習性のようです。E型や寄生虫が数年後に出るリスク大ですが、ご両親も笑ってるだけなので心配です。お店で注意喚起が必要かもしれません。
ゴルゴ4年ぶりのミッション
夜行便に備え、午後帰宅し仮眠。夕方に出発し、2000から新宿での会食(従弟経営のしゃぶしゃぶ屋:生のブタを生ハム感覚で食べていたイタリア人親子を注意(怒、馬鹿か!))を済ませ、大久保公園(今夜も20人くらい立ってた)を見た後、2300に羽田へ。空港が都心から非常に近い。国際便は4年半ぶりなので、どうやって乗るかを忘れかけている。しかし8年前に台風通過でほぼ12時間を過ごした羽田空港はあまり変わっていなかった。インバウンド需要のせいか、飲食が高すぎる印象。アシアナのカウンターに連休でソウルに行く女性客が密集。搭乗後、とにかく寝る。
前回のソウルも乗り換えだけ。
4時30分。誰もおらん。店もあいとらん。ここで4時間半待つ人はゴルゴくらいのもの。
真夜中の仁川到着。小生以外はみな入国、中国乗り継ぎは一人だけ。お店は閉まっているが、フリーWi-Fiで、povoのデータサービス(韓国)は買わずに正解。明け方まで横になって仮眠。まわりはウランバートルに行くモンゴル人が若干いるだけ。充電も便利。3時間で起床し、タンス預金だったウォンが使えそうなお店を探す。空港内もキャッスレス化が進んでいるようだ。辛いフォーを韓国語で注文。だいぶ錆びたが、まだこのくらいは話せる。
搭乗口で、15年以上前にチュニジアでの国際会議でお世話になったA先生(某女子大名誉教授)にお目にかかる。小生は行ってないが、発表資料を託して講演をお任せした経緯があった。先生はすっかりお忘れになっていたようだ。今日のアシアナは映画の上映サービスもなく、中級韓国語のテキストを久々に読みふける。しかしやはり眠い。延吉到着直前、窓を閉めろとアナウンスが。空港は軍民共用なので、見せたくないモノが多いということ。空港の中も暗く、窓もない。
会議実行委員会アレンジの大型バスで会場のある街(琿春)へ90分。YouTubeで下見したとおりの沿道景観が続く。北海道の感じ。豆満江沿いの北朝鮮国境も見える。丘陵斜面の農地はほぼ黍畑だ。ホテルにチェックイン。コロナ期に就職したらしきスタッフは、外国人対応に慣れていないようで、時間がかかっている。会議資料受け取りで「頼俊明」とサインしたら、本当に日本人ですか、と延辺大学の学生たち。
A先生がご所望なので、日本人学生を伴って、遅いお昼を食べに外出。500m先にようやく飲食街出現。典型的な大ブロックのエリアで、古めかしい合弁(ロシアや北朝鮮)企業の敷地や工場だけが並んでいる。冷麺は本格的。はじめてのスマホ電子決済も成功。簡単だった。
夜はそのホテルで歓迎会。1999年秋に初めての中国語講義(長春の東北師範大学)をお世話いただいたL先生の弟子たち(教授になる前後のみなさん)も数名参加。上海のボス(華師大)の同僚や、数年前から小生のフォロワーだったという若い先生にもお目にかかる。夜半から明け方に予報通りのオーロラが東の空低く出現。鮮やかなピンク。
12日
チグム シジャッカヨ
初日午前、時間調整的な伝統芸能が続くので、遅刻者がいることが前提なのか。中国側代表のZ先生は日中韓3語での講演、実質時間は三分の一ということか。高校、学部、業界の先輩である日本地理学会のO前会長のご講演(日本側代表)に、学部生時代の記憶がほぼよみがえる。セカンドバックに大きめのカメラだけ入れていたが、普段は持ち歩かないのでうっかりVIP席(小生もその一人)の足元に忘れ物。ウェイチャットのグループに投稿ですぐ見つかる(偉大だ)。お昼の表彰委員会にて気づいてよかった。
午後の発表、小生自身のは想定通りに半分エンタメ、半分教育的に、アップテンポで時間通り。演者が不在の時間帯は繰り上がっていくシステムなので、表彰委員会での評価ミッションのためセッションを渡り歩く作戦は中止。しかし、発表はこなせるが、質疑がこなせない、つまり簡単な英語すら通じない東北地区の学生(修士生)のなんと多いことか(O先輩も同意見)。どんな質問が来そうか、なぜその質問が出るのか、そこに思考が至らない学生なのだろう。夕方のポスターセッションも説明時間はない。立っているのは日本からの参加者(中国人留学生を含む)だけ。中国人学生(地元)の発表のいまいちなところは昔と変わっていない。出さなくてもいいような統計処理の中間段階をでかでかと表示して、やった感を醸し出す。これがまた発表をつまらなくしている。地理学系でも学部1年(本科)の段階では、教育内容が実質数学科らしい。簡単な作業に、そこで習ったのか、わざわざ小難しいアルファベット名の処理手法を適用して、考察そのものは大したことがないという例が多い。某誌の査読論文に似たり。日本の地理学教室ではそんな教育はなかった。本質を理解し、それにふさわしい手法を自ら学んで答えを出す、というトレーニングをやってきている。
この日は夕食が出ないのでA先生のご希望で、小生が前日に下見したお店へ若手数名を伴って出かける。看板にロシア語まである「渤海」というお店。牛、豚、鶏、狗、、、下手な焼肉屋よりこっちが正解。東北地方のご当地ビールなど飲みくらべ。楽しい。
13日
二日目、本日は生態系のセッションへ。都市気候学のいい加減な講演にカツ。議論したかったが、演者は逃げるように会場を去って行ってしまった。アムールタイガー(東北虎)と農民の関係が、北海道のヒグマの事例に似ており、湿地系の話題と合わせ、学生には人気のテーマとなっている。シカの個体数管理が関わっているところも北海道と共通。
延辺大学と北朝鮮・金日成総合大学との交流を紹介するページで、N先生が北朝鮮の欄に紹介されていたので、偶然お昼に一緒になったおり、韓国語で遠回しにいろいろ伺ってみたら、ソウル大学で学位をとったとおっしゃっていたので、そこで朝鮮族の中国(吉林)人だったと判明。失礼いたしました。みなで大笑い。
我々は韓流スターか。午後の全体セッションでも、当地の女子学生たちが次々に「一緒に写真撮ってください」とやってくる。「先生の中国語は私の英語より数段うまいです。」と何度も言われたが、残念ながら本当にそんな感じの学生が少なくない。日本語の一定できる留学志願者が日本人学生をつかまえて留学(東大大学院受験)の指南を受けていた。てか、英語ができないとそもそも受からないよ。次回は来年京都で開催。大宴会のあと、串焼きの店へ。