2007年に原稿依頼を受け、その後数回改訂しながら2017年段階で残っていた部分のうち、今回別の出版で使えないと言われた部分。中途半端に残してもしょうがないので、ここに公開。
たった1名の著者の未投稿問題を10年以上放置するA出版。2010年ころだったか、「先生方の初校は内容的にロバストと判断しましたので今しばらく」とか、ど素人丸出しのわび状が届いていた。自然科学の知識は鮮度が命。クソな言い訳があり得ない。この「1 東アジア編」以外は刊行されて十年近くになる。いびつな出版記録は後世に記録されてしまうだろう。
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1.はじめに
近年東南アジアや東アジアでは、めざましい経済発展を背景として、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)の排出量が顕著に増加している。大気には国境がなく、これらは酸性雨の原因物質として日本にも影響をもたらしている。
オゾン層のある成層圏ではオゾン濃度の減少が問題となっているが、地上から約10kmまでの対流圏では逆に、オゾン濃度が増加し続けている。オゾン(O3)は、自動車や工場から排出されたNOxや揮発性有機化合物(VOC: Volatile Organic Compounds)などの汚染物質が光化学反応を起こして発生する。大気中の酸化性物質として人間や生態系に有害な影響を与えるとともに、温室効果ガスでもある対流圏オゾンの平均濃度は、日本でも上昇傾向にあり、都市から遠く離れた隠岐などの離島においても、中国大陸から運ばれてきた大気中の濃度がわが国の環境基準を超えている場合もある(秋元、2003)。
酸性雨は発生地域だけの問題ではなく、その影響は国境を越え広範囲に及ぶ。とくに東アジア地域は経済発展が急速であり、エネルギー消費も増加している。これらの現状を踏まえた上で、本章では東アジア諸国における越境大気汚染の現状について述べる。
2.東アジア諸国のエネルギー消費
2.1 東アジアのエネルギー需要とその特徴
アジア地域には世界人口の6割が居住し、その経済活動は世界の国内総生産(GDP)合計の4分の1程度を占めている。我が国とその近隣諸国の中国、インドネシア、韓国、台湾、タイ、フィリピン、マレーシアの8ヶ国地域(以下、東アジア諸国)については、世界の陸地面積の1割を占めるにすぎないが、人口で3割、経済活動では2割強がここに集中している。これらの人口増と経済活動の活発化に伴い、エネルギー消費は急増し、SOx、NOx、二酸化炭素(CO2)などの排出の増加も顕著であり、局地汚染に加えて地球環境にも大きな影響を与えている。
国際エネルギー機関(IEA: International Energy Agency、2010)によると、アジア途上国の全世界に対するエネルギー需要構成比は、2008年の29%から2020年の35%、2035年の39%へと増加が見込まれている。それに対しOECD先進国では、2008年の44%から2020年の38%、2035年の33%へと減少することが見込まれる。また、東アジア地域のエネルギー需要量は1980年代以降急速に増加し、絶対量でも堅調に伸び続ける見通しである。世界全体のエネルギー供給源の構成と比較して、東アジア地域の最も大きく異なる特徴は、天然ガスの構成比が低く、石炭の構成比(2000年で38%)が高い点であり、東アジアにとって石炭が極めて重要な位置づけを持つエネルギーであることを示している。
2.2 東アジアにおける石炭利用の拡大と大気汚染
1990年代におけるエネルギー消費拡大の加速化で、大気汚染を中心とする環境問題が東アジアでは深刻である。東アジアの環境問題が深刻化する大きな理由の1つに、国内資源の石炭に依存せざるを得ない状況がある。2012年の世界平均では、一次エネルギーに占める石炭のシェアが29%に過ぎないが、アジア平均では50%に上昇する。とくに中国ではエネルギー消費を国内炭に大きく依存しており、66%(2008年)に達している(IEA、2010)。また、鉄鋼用の需要が低下してきた一方、発電用の需要が拡大してきている。さらに、中国のみならずインドネシア、マレーシアなどの産油国でも、発電部門を中心に石炭の利用拡大が進んでいる。こうして中国では、発電所など固定発生源からの浮遊粉塵と二酸化硫黄(SO2)による大気汚染が環境問題を引き起こす主な原因となっている。