日々の覚書

MFCオーナーのブログ

牛丼は“男”の食べ物である

2008年11月09日 22時43分45秒 | 与太話

いやいや、つい先程まで、プロ野球日本シリーズ巨人vs西武第7戦を見ていたのだが、最後の最後までどちらが勝つか分からない、非常に面白い展開だった。今回は、どっちが優勝してもいいや、という感覚でずっと見てたので、気楽に楽しめたが、中日が試合してたら、こうはいかなかっただろう(笑)

さて、閑話休題、表題である。牛丼は“男”の食べ物である。牛丼愛好家の9割以上が男であるとか、牛丼屋で女性客を見かける事がほとんどないとか、そういう理由だけで述べているのではない。ま、確かに、牛丼とは男が食らう物、男の為の食べ物であるので、そういう意味もあるのだが、ジェンダーとしての牛丼(は?)を考えた場合、明らかに牛丼の性は“男”である、という意味合いの方が強い。フランス語では、男性名詞と女性名詞とがあるが、牛丼は間違いなく男性名詞だろう。フランス語で牛丼を表記すると、冠詞は“LA”ではなく“LE”なのだ、きっと。なので、今回の表題は、牛丼という食べ物は“男”である、と書き換えることも出来る。

牛丼は“男”である。その根拠は?

牛丼とは、実に荒っぽいというか大雑把な食べ物だ。まず、その名前である。牛丼。丼にご飯を盛り、その上に牛を乗せた食べ物、という事になる。この、牛というのが、既に大雑把である。他の丼物の場合、カツ丼であれ天丼であれ親子丼であれ、その名は簡潔に体を表している。丼に盛ったご飯の上に、どういう物がのっているのか、非常に分かりやすいネーミングだ。ここに挙げた物ほどメジャーではないにしろ、他人丼にしてもカルビ丼にしてもカレー丼にしても、実に分かりやすい。他人丼なんて知らんぞ、という人もいるだろうが、この場合は豚と玉子、要するに親子の関係にない他人同士を一緒にする、というアイデアとネーミングが、実に絶妙であり秀逸である。しかし、牛丼という名前には、そこまでのインテリジェンスはない。牛を乗せるにしても、牛の何を乗せるのか、どう調理されているのか、といったディテールが伝わってこない。この荒っぽさが、実に男性的である。

余談だが、例のBSE騒ぎで、日本の牛丼チェーン店の大半が、牛丼を販売出来なくなり、代わりに登場させたのが豚丼であるが、こちらも、牛丼に負けず劣らず大雑把なネーミングだ。出自が似ているせいか。ただ、同じ豚丼といっても、調理方法は店によって様々らしい。

話を戻して、次に、その実態である。牛丼とは、牛のバラ肉を煮込んだ物を、丼飯に乗せて食べるのである。そう、ただ乗せるだけなのだ。盛り付けも何もあったものではない。先に挙げたカツ丼や親子丼といった食べ物が、見た目にも気を配っているのに、牛丼のこの愛想無さはどうだ。美味いからいいだろ、外見なんて気にするなよ、と言わんばかりだ。ここに、一種男性的な豪快さ、いや照れ隠しを感じ取る事が出来る。

しかしながら、牛丼という食べ物が、カツ丼や天丼に比べて手抜きなのか、というと、決してそうではない。牛のバラ肉を煮込む、と先に書いたが、この煮込むという調理方法自体手がかかっている。念入りにタレを作り、じっくり煮込まないと、美味い牛丼は出来ない。ある意味では、揚げたり炒めたりするより、手間暇かけているのである。見た目はパッとしないけど、実は手がこんでいる。まるで、男は顔じゃない、と主張しているようだ。

かように、牛丼は男性的な食べ物なのであり、“男性”なのである。女性があまり好まないのも頷けよう。ちなみに、僕の知り合いの男でも、牛丼は嫌いというのが何人かいるが、その男たちは押しなべて、良くも悪くも女性的である。単なる偏見でなければ、だが。

牛丼の性が“男”であるなら、“女”である食べ物も存在するはずだ。そう、確かに存在する。クレープである。クレープこそ、正に女性の為の食べ物であり、“女”である。ちなみに、前述した、牛丼嫌いの男はクレープ好きだった。間違いない。クレープは“女”の食べ物である。

牛丼好きの男と、クレープ好きの女は、上手くいくのではなかろうか。その逆もまた真かもしれない。

という訳で、クレープが大好物という女性がいらしたら、是非連絡下さい(爆)

コメント (17)
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