一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

55    祓はるる新車百台神の留守     直文

2010年11月04日 | 

陰暦十月を神無月(かんなづき)という(今年の新暦では116日から)
日本の神様が、全て出雲に行ってしまうので「神の留守」などともいう。

 

本来は、醸成月(かみなんづき)神嘗月(かんなめづき)神な月(かみなづき)雷無月(かみなしづき)などと言われていたものを、中世の頃に神無しとの字を宛てたのが始まりのようである。出雲だけは「神在月」という。

 

つまり,この話は出雲の御師が、出雲の都合のいいように考え出した法螺話なのである。

 

そして、法螺が誠になって、正式に暦に採用されたのも面白いが、その後、出雲を除く日本全国の神様が留守では困るので、留守番をする神様(恵比寿神)もちゃんと考えられたそうである。こういう日本人の遊び心に、私は敬服してしまう。実に楽しいではないか。

 

この句、「神様がいないのに、神主さんが一度に百台の車にお祓いをしている。安全祈願の御利益は大丈夫か?」という作者の声がするが、実際には、留守番の神様を手配したようなので、御安心下さい、直文様。


 


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