世間は卒業式シーズンである。もう今から7、8年前のことになるが、私は母校の高校の卒業式に『来賓』として出席したことがある。
と言っても、私が偉いために呼ばれたといったようなことは全くなく、剣道の先生の関係で学校の同窓会の仕事を手伝っていたところ、たまたま同窓会の会長が都合で出席できなくなったため、代理で私が出されることになっただけの話である。
今でこそ大きな顔でイベントだ司会だとやっているが、だいたい、私は元来『人前』というものがあんまり好きではないのであった。当時は経験値が少なかったの尚更である。
ところが、私が出なければならなかったのは卒業式だけでなく、卒業式の前の日にもなんかの式典があり、そこでは「同窓会活動について三分ほど喋ってくれ」と言われ、体育館いっぱいの高校三年生の見守る中、黒のスーツなんぞを着て壇上に上らせられてスピーチさせられる始末。仕方ないので勝手に値切って一分くらい頑張って喋り、とっとと下りてきた。下りたら下りたで校長室に連れて行かれ、お寿司などご馳走になる破目に。いや、寿司は大好きだが、目の前には校長先生がいて、教頭先生と二人、「この明日の式辞の中の、『うららかな春の光を浴びて』という部分は、もし明日雨だったらどのようにしたら良いか」といった、凄まじくシュールリアリスティックな議題を真剣に話し合っているのである。もう味なんかしないのだ。
で、いよいよ翌日の卒業式。また黒のスーツを着て高校に行く。控室はまた校長室である。PTA会長だの教育委員会の偉い人だのが居並ぶ中、当時まだ20代半ばだった私は際立って『若造』である。そりゃそうだ。他の人は自分が学校活動に対して何らかの貢献をなしたことで呼ばれているのだが、私はただの代理なのである。言ってみれば、子供の頃の草野球の透明ランナーみたいなものである。私は場の雰囲気にいたたまれないあまり勤勉になり、気がつくといつの間にか自ら進んでみんなに湯飲み茶碗を配ったりして、単なるお茶汲み係と化していた。
そしてついに、メインイベントの卒業証書授与式である。実は前日の式典の後、ちょっと用があって剣道部の後輩にあたる卒業生と電話で話した時に(その頃、私はけっこう足しげく高校に剣道の稽古に行っていたので、卒業生の中には一緒に稽古したりした人間がたくさんいて、それがまた私を緊張させたのである)「先輩ずいぶん緊張してましたね」と言われた私は、どうやったら緊張しないでかっこよく見えるかを一晩寝ないで考えたのだった。その結果得た結論は、「動かずにまっすぐ座っていれば堂々として見えるに違いない」というものであった。
私はそれを実践した。式が進む間、名前を呼ばれて礼をしたりする時以外は、ひたすらおごそかに(と、自分では思っていた)背筋を立ててじっと座っていたのである。そして無事にというか、式が終わり、再び校長室に戻ってうだうだした後に解散となったのだが、校長先生と教頭先生は「近年にない素晴らしい式になった」とか言って喜んでいて、まあ確かにそう悪い式でなかったような気はするし、知っている人間が卒業していくのはとってもめでたいことだし、ひとまず安心して、後輩連中に「卒業おめでとう」の一言も言ってやるべく、そして、世間の声を拾い『じっと動かず堂々と見せる作戦』の成果のほどもはかるべく、帰りついでにちょっと剣道場に寄ってみた。
すると、前の日に電話で話したのとは別な卒業生が私を出迎え、満面の笑顔を浮かべて開口一番こう言った。
「先輩、見てましたよ!なんかカッチンコッチンに緊張してましたねえ!」
☆☆☆
最初に書いたように世間は卒業式シーズンです。この項を読んでくださっている皆様の中にも、きっとどこかからどこかへと卒業してゆく方がいらっしゃるかと思います。
どうかあなたの明日が、素敵なものでありますように。
と言っても、私が偉いために呼ばれたといったようなことは全くなく、剣道の先生の関係で学校の同窓会の仕事を手伝っていたところ、たまたま同窓会の会長が都合で出席できなくなったため、代理で私が出されることになっただけの話である。
今でこそ大きな顔でイベントだ司会だとやっているが、だいたい、私は元来『人前』というものがあんまり好きではないのであった。当時は経験値が少なかったの尚更である。
ところが、私が出なければならなかったのは卒業式だけでなく、卒業式の前の日にもなんかの式典があり、そこでは「同窓会活動について三分ほど喋ってくれ」と言われ、体育館いっぱいの高校三年生の見守る中、黒のスーツなんぞを着て壇上に上らせられてスピーチさせられる始末。仕方ないので勝手に値切って一分くらい頑張って喋り、とっとと下りてきた。下りたら下りたで校長室に連れて行かれ、お寿司などご馳走になる破目に。いや、寿司は大好きだが、目の前には校長先生がいて、教頭先生と二人、「この明日の式辞の中の、『うららかな春の光を浴びて』という部分は、もし明日雨だったらどのようにしたら良いか」といった、凄まじくシュールリアリスティックな議題を真剣に話し合っているのである。もう味なんかしないのだ。
で、いよいよ翌日の卒業式。また黒のスーツを着て高校に行く。控室はまた校長室である。PTA会長だの教育委員会の偉い人だのが居並ぶ中、当時まだ20代半ばだった私は際立って『若造』である。そりゃそうだ。他の人は自分が学校活動に対して何らかの貢献をなしたことで呼ばれているのだが、私はただの代理なのである。言ってみれば、子供の頃の草野球の透明ランナーみたいなものである。私は場の雰囲気にいたたまれないあまり勤勉になり、気がつくといつの間にか自ら進んでみんなに湯飲み茶碗を配ったりして、単なるお茶汲み係と化していた。
そしてついに、メインイベントの卒業証書授与式である。実は前日の式典の後、ちょっと用があって剣道部の後輩にあたる卒業生と電話で話した時に(その頃、私はけっこう足しげく高校に剣道の稽古に行っていたので、卒業生の中には一緒に稽古したりした人間がたくさんいて、それがまた私を緊張させたのである)「先輩ずいぶん緊張してましたね」と言われた私は、どうやったら緊張しないでかっこよく見えるかを一晩寝ないで考えたのだった。その結果得た結論は、「動かずにまっすぐ座っていれば堂々として見えるに違いない」というものであった。
私はそれを実践した。式が進む間、名前を呼ばれて礼をしたりする時以外は、ひたすらおごそかに(と、自分では思っていた)背筋を立ててじっと座っていたのである。そして無事にというか、式が終わり、再び校長室に戻ってうだうだした後に解散となったのだが、校長先生と教頭先生は「近年にない素晴らしい式になった」とか言って喜んでいて、まあ確かにそう悪い式でなかったような気はするし、知っている人間が卒業していくのはとってもめでたいことだし、ひとまず安心して、後輩連中に「卒業おめでとう」の一言も言ってやるべく、そして、世間の声を拾い『じっと動かず堂々と見せる作戦』の成果のほどもはかるべく、帰りついでにちょっと剣道場に寄ってみた。
すると、前の日に電話で話したのとは別な卒業生が私を出迎え、満面の笑顔を浮かべて開口一番こう言った。
「先輩、見てましたよ!なんかカッチンコッチンに緊張してましたねえ!」
☆☆☆
最初に書いたように世間は卒業式シーズンです。この項を読んでくださっている皆様の中にも、きっとどこかからどこかへと卒業してゆく方がいらっしゃるかと思います。
どうかあなたの明日が、素敵なものでありますように。
関西から千葉に引っ越してきた虫好きの少年が卒業までに関わったいくつかの出来事について書かれた短編集で、読みながらtakさんを思い出していました。
なにしろ彼のニックネームはハカセなのですから。
それ、なんだか他人事とは思えない本です(笑)。
今度題名教えてください。
好きな作家なのです。
ありがとうございます!