「いくさんのお部屋」つぶやきNo.3

日頃の何気ない日常をつぶやいています。

土曜日の雨の日に

2006-11-13 09:07:32 | 雑感
土曜日は一日雨だった。娘が車を買うというのでお付き合い。3年前にマツダからホンダに乗り換えたときに、さよならした営業マンMさん。このひとなかなかの人で、「人情に厚い」と私は思っている。最近、ホンダの営業所に愛想をつかしていたので、このマツダのMさんに久しぶりに電話した。やっぱり、感じがよくてテキパキと対応。娘へのメールに「T家に振られて3年あまり、老体にむち打ってほそぼそとやっております。思い出して下さってとても嬉しかったです。……」と言うようなことが書かれていて、「思わず笑ってしまったわぁ~」と娘が言う。そして、とうとう車を買ってしまった。
若い女性が、最近頼もしくなって来ている。私の若かった頃とは、全く違うと思う。ゆとりをもって自活出来ている女性が増えている。そういう意味では、社会的な男女差がなくなって来ているということで羨ましい。結婚しない若い人(男女とも)が多いのが納得出来る気もする。反面、これで良いのかなぁ~とも思う。
以前、ある人がなぜ今の若い人が結婚しないのかということを、教育のお陰で女性は賢くなったのに男性は以前のままだということと、男性の性欲(動物的な本能)の低下を挙げていた。
男性がもっと賢くなったら上手く結婚(形はともかく)出来るのかもしれないとふと思った。

平日ホシダへ

2006-11-08 21:57:44 | クライミング
今朝は、めっきり寒かった。母を病院に送って行くため外に出たとたん身震いしてしまった。車に乗ったとたん、今年初めてヒーターを入れてしまった。そして、久しぶりのホシダへ出かけた。
この日も常連で賑わっていたいつものホシダの光景にほっとする。いつも、昼過ぎに来るMさんに「お久しぶりやねぇ~」と言うと「あんたが、こ~へんさかいや」と言われた。そうか、ホシダはいつもの光景が、私が来ていなかったこの一ヶ月弱の間も変わりなく続いていたんや、と改めて思った。
そして、久しぶりに来た私もその中の一員としてちゃんとおさまっていて、みんなのなかにとけ込んでいる。世間では「いじめ」が問題になってるのに、ホシダでは田舎の共同体のような和気藹々とした雰囲気でみんな仲がいい。楽しく一日が過ぎた。




「サバイバル登山家」を読んで

2006-11-07 21:54:51 | 読書
『サバイバル登山家』(服部 文祥著 みすず書房)をやっと読み終えた。最初この本の表紙の写真(目を輝かせて、生の魚にむしゃぶりついているように見えた)を見たときには、これは『サバイバル登山家』というタイトルと併せて、野性的な人というイメージで見てしまっていた。実際は、この写真は本文で説明されているが、岩魚の皮を上手に剥く方法の実演だった。実際この写真のインパクトは大きく、登山中に凄いものを生で食しているんだろうと、読む前の私は思ってしまった。蛇やカエルを食するだけでも私にしては考えられないのだが、しいていえばこういう内容が大部分を占めているとかってに思い込んでいた。最後の方では、厳冬期の黒部の山行報告で、サバイバルという言葉の意味が、今ひとつ分からなくなってしまった。それも含めてサバイバルということだろう、と理解した。

そこでマックのDashborodの国語辞典で検索してみた。「異常な事態の下で、生き延びること。また、そのための技術」と書かれている。山の関係の報告や本を読むと、もともと登山自体がサバイバル的な要素が強い。過酷な状況に遭遇することは、山ではどんな形態での登山でもその人の技術や自然条件によって確率は高くなる。

「肉屋」という項に、パキスタンで牛を目の前で殺して肉を売るという肉屋の話しが出てくる。たしかに今スーパーで売られている肉は生きているときのあの牛だと知ってはいるが、それをいちいちイメージして購入して食べている人はまずいないだろう。ただの食品としてしか見ていないに違いない。
しかし、昔の日本(少なくとも私がこどもの頃)そんな光景は目の前で見ていた。農家である私の家では鶏を飼っていて、その鶏に子供である私は、ハコベを刻んで卵の殻や貝を細かく砕いて米糠に混ぜて餌を作り、鶏にやるのを日課としていた。また朝起きたら、鶏小屋に入って生みたての卵も頂戴して、温かいご飯にかけて「卵ご飯」にしてたべて学校に行っていた。卵には、鶏の羽とか糞がついていたりして妙に生々しかった記憶がある。
そのように、かわいがっていた(?)鶏もいずれめぼしいもの(どういう基準か、今は覚えていないが卵を産まなくなったとか、何らかの基準があったようだ)から「つぶされる」(解体されるのを確かいつもこのように言っていた)。首を包丁で切り落とされ、柿の木に吊るされ血を抜き、いろんな部位に区分けされた。必ず、祖父がやっていてそのうち父に役目は変わった。
母の実家でも、母や叔母が子供を連れて里帰りすると、かならず、祖父が子供の前で同じ光景を見せていた。その日の、餌食になる泣き叫ぶ鶏を子供たちで無邪気に追いかけ回していたのを覚えている。
今でも印象に残っているのはそれまで走り回っていた鶏の肉をそがれたあわれな肋骨を、まるまる鍋にいれ煮出してスープをとり、そのあと残骸の骨をみんなでしゃぶるのだ。今の人が見れば、おぞましい光景だろう。私が思い出してもおぞましい。今、私は鶏肉が大好きだが、子供のころ鶏肉は食べられなかったのを思い出す。ちなみに、鶏をつぶすときはお祭りとか来客があったときだった。決まって、すき焼きにしていた。何にも箸をつけない私に叔母が「いっこちゃん、せめて野菜だけでも食べや!」といって皿に入れてくれるのだが、気分が悪くなったのを覚えている。私は、いつごろから鶏肉が食べられるようになったかは覚えていないが、多分鶏を飼わなくなってからだろう。

話しは本に戻るが、山野井泰史氏が「この本を読むと、人間もあくまで動物の一員であるという当たり前の真実を、思い知らされるに違いない」と序文に寄せている。この本を読んで本来人間はもっと原始的な生活をしていてより動物的だったことを、私も思い出した。

この本の、前の方は結構興味津々で読んでいたが、徐々に中弛みしてしまい、最後の方では他の本に心移りしてほっておいてしまっていた。昨日、中途半端なので一気に最後の50ページ程を読み終えた。
最後まで一気に読んでしまえなかったのは、この本の内容がサバイバル登山というにはちょっと半端なところがあるからかなと、ふと思った。
大自然に入るということ自体サバイバル的な行為だとしたら、より文明の装備にたより身を危険から守るというのが普通の行為だ。この本の著者のテントを持たず、食料や燃料を現地調達というのはよりサバイバル度を増し危険度増すことになる。しかしそれ以上のことをすると、無謀としかとれないギリギリの線を意識した上だと思う。そして、その体験を通してより「生きる」意味を問うのも著者が文明の人だからかもしれない。所詮、ターザンのような生活は出来ないのだから…。自分の山での力量が前提としてあるのは否めない。
もうひとつ、「山小屋も登山道も近代装備も登山者にとっては堕落と妥協の産物でしかない」という言葉、この人がこういいきれるのは自分に自信があるからなのだろうか。家の娘は一人は山に行っているが、もう一人は、人の寝た布団で寝られない、風呂に何日も入らない生活は考えられない。だから山には登りたいが、山小屋ですら行けないという。山小屋や登山道のお陰で山に入っていけ、美しい風景を楽しめる人に対しては、この言葉は傲慢な言葉のような気がする。一部のスペシャリストの登山家にだけ、山や大自然は存在していていいのだろうか? 山が全くの原始に戻ったなら、ほんの一部の人以外は、やはり人は山には向かわなくなるだろう。

この中高年の登山ブームは、中高年こそ大自然への郷愁がまだ自分の魂のどこかに残っているからではないだろうか。この中高年が、たとえ登山道と山小屋の恩恵にどっぷり浸かった登山であっても、その人にとってはサバイバルなのかもしれないとも、ふと思った。私が、最初に北アルプスに行ったときには、登山道であっても命がけであった。
「サバイバル」と「登山」いう言葉に嵌ってしまった。



城山へ

2006-11-06 17:45:55 | クライミング
3日、3時20分城山に出発した。なぜこんなに早いかというと、高速の夜間割引を利用するためだった。ちなみに、帰りは渋滞だったのでついでに途中で仮眠して、深夜1時に帰宅してまた割引を利用させてもらった。3割引は大きい。大仁駅に10時に待ち合わせだったが、9時には着いていた。
城山は、関西からは遠いのだがこれで今年は4回目で通算7回行っている。もう何だか故郷に帰って来たような懐かしさを感じる。いつもは修善寺ユースに泊まっていたが、今回は「IZU JOYAMA Free Climbing Guide 400」(國分誠著 2006.6.7発行)に書いてあったアピタ近くの河川敷でテントを設営した。ここは快適な寝ぐらとなった。テント生活で、もっと疲労感が残るかと思ったが、毎日入った伊豆長岡温泉とアピタで買い出した栄養満点の食料のお陰か、帰宅後も疲れは残っていない。もしかしたら、2、3日後に来るのかな?
そして、クライミングはと言えば今回の成果はテン台のみ。私の実力が、暴露された結果となった。イレブン台はことごとく、登れない。今年のお正月には1本でも良いから集中してイレブン台を登りたいと、帰ってから思った次第である。いつもながら、私はエンジンが掛るのが遅れる。これは、もう中古品(中年)だから仕方がないのか気質なのかは不明だ。こんな調子で、ずいぶん長い間フリーも続いて来たものだ。「あんたはイレブンは年1本か2本だね」とTに良くからかわれる。「人それぞれ、クライミングは自己満足や!」と言い返しているが、ほんとうにそうだと思う。こんな調子でも、積み重なった成果は残るのだから「これで、楽しく続けられたらいい」とこのごろは思う。
しかし、今回の城山はとくに力が入らなかったなぁ~。それは、蝙蝠谷の復活があるからかもしれない。とにかく先に復活に取り付いたから気持ちがそちらに行っているようだ。蝙蝠はしばらく通えるので少しずつでも登れるようになってくるだろう。この復活に50回以上取り付いてRPしたという女性をしっているが、私はそこまでの根性を一つのルートに持ったことはない。けっこう諦めてしまっていることが多い。今回は諦めないで、せめて自分の年齢分ぐらいは根性で頑張ってみよう。

河川敷のテン場から見た城山全景



ポンポコランド(ポコ)転勤前5.10b