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世に忘れられない女というのがあるように、忘れらない温泉というものもまた存在します----。
僕的にいうなら、まず閃くのは、九州大分の温泉王国・別府にあった「神丘温泉」というのがまずそれですね。
2008年の3月18日、僕が世界一の温泉として敬愛する泥湯の名湯「別府温泉保養ランド」に宿泊した際、いっぺんだけここを訪れました。
道々に菜の花がいっぱい咲き乱れた、町のやや外れにあったこの温泉は、どう見ても温泉には見えなかった。
噂にはいろいろと聴いていたけど、目の前にしてみると、これは、噂以上の雑貨屋風情。
というか、実際に商店に座ったオバちゃんが、雑貨とかお菓子とか売ってるし。
これで、ここが温泉だって分かるほうがむしろどうかしてるって。
しかし、こう見えてこのやたら雑貨屋風の、一見しがない感じの商店さん----実は、とびきりの凄玉温泉だったのであります。
実際、僕もなかに入ってみるまで、それは分かんなかった。
いかにもジモティーらしい丸椅子に座りこんだオバちゃんと、どうやらここの商店主らしいオバちゃんが、なにやら熱心に話しこんでる。
本当にここが温泉なのか不安だから、どうしてもこっちは上目遣いの物言いになる。
----あのー、こちらに温泉があるってうかがってきたんですがぁ…?
しかし、対するオバちゃんは悠々たるもの、自信に満ちた態度でもって、
----ああ、ありますよ。泥湯のほう? それともフツーのお湯のほう?
----じゃ、泥湯のほうで…。
----泥湯ね。なら、〇〇円いただきます(いくらだったかは忘れた。予想外に安かったのはたしか)。泥湯のほうはね、フツーの湯より高いんだわ。
----はあ…。(ト硬貨で払って)
----あと、お兄さん、泥湯はね、そこの廊下の突き当りいったところだから…。まえの扉はそこ籠でてるでしょ? いまご夫婦が入ってるからあけないでね。あと、お兄さんもそこのご夫婦みたいに、服脱いだらその籠扉のまえにだしといてね…。誰か入ってるって印になるから。あと…泥湯の湯舟の底ねえ、格子みたいになってるけど、そこに指入れないようにね…とっても熱くて火傷すっから。いや、火傷するひと、結構いるんだわ、これが……。
いやいや、微に入り細に入り、もう細かいの。
説明に礼をいって、廊下を突き当りまでいって、さっそくその扉をあけたら、
----ほう…!
と、ついため息がでちゃったよ----あんまりキュートな湯舟だったから。
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ちなみに、湯場全体の景観はこんな感じ----なぜか、観葉植物の大きな鉢が入口付近にドスンとおいてあって。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/e0/4f442ed290ec1d5930b8ea0c5a20ff85.jpg)
広さはそうない、広いといえばまあ広いのかもしれないけど、湯舟自体がまずちっちゃいし、総スペースの4分の1の端の部分だけ風呂が占めてる感じっていうか。
ま、しかし、この泥湯の色合いは、とにかく並じゃない。
掛け湯してみたら、これが超・熱いの。
壁の水道で洗面器に水入れて、湯舟にそれ入れて、その往復を何度か繰り返したのち、ようやく入れそうな温度になってきたんで、えい、ままよ、と足先からこの泥湯に身体を沈めたら、
もう、震えました…。
入った刹那、これはほとんど藝術だ、と全身の細胞で思ったな。
なんてサラサラの、しかも軽々とした、しかも、底のほうに威力を秘めたお湯だろうか。
別府独特の、やや酸っぱい感じの硫黄臭もちゃんと加味してるこのお湯は、まぎれもなく特A級のお湯でありました。
お湯のなかで手足をちょっと動かすだけで、泥湯の流れが身体を微妙にくすぐり、その体感がえもいわずたまんない。
泥湯マニアでもあるイーダちゃんは、前述した「別府温泉保養ランド」やおなじ別府にある「鉱泥温泉」、あと、秋田の泥湯温泉の「奥山旅館」、岩手・藤七温泉の「彩雲荘」なんかの極上泥湯を経験していましたが、そのうちのどれともちがう。
とにかくクリーミーで、どの泥湯より爽やかに軽く、あとを引かない感じのお湯なんです。
しかも、その効能は、壁の但し書きにもあるように、関節リウマチ、糖尿病、婦人病、ムチウチ症から、なんと原爆症まで効くっていうんだから、ハンパない!
原爆症はさすがにどうかと思ったけど、無茶苦茶身体に効くお湯だっていうのは、入ったニンゲンなら誰だってすぐ分かると思う。
それくらいこちらの湯は別格のお湯でした。
あのリストがショパンのことを「花影のなかの大砲」と称したことがあるけど、まさにそんな感じ。
こちらのお湯一件のために九州まで飛行機で飛んで行ってもいいと思えるくらいの、まさにスペシャルなお風呂だった「神丘温泉」----残念ながら2012年の7月に閉館となってしまいました。
いまじゃ、まさに幻の温泉となってしまったわけで…。
とっても残念---お風呂途中でちがうところの扉あけたら、いきなり犬が吠えてきた、なんてびっくりもいい思い出です。
それにしても忘がたい、湯力(ゆぢから)も佇まいもアメニティもすべて含めて、ほかとは到底替えがたい、唯一無二の素晴らしい温泉でした。
こういう愛らしい温泉が消えていくっていうのは、ほんと、淋しいと思う。
いまでも菜の花の咲き乱れる田舎道を歩いていると、なんかの拍子にときどきあの神丘温泉の泥湯の硫黄臭がふっと僕の鼻孔をよぎることがあるっていっても、それ、まんざらうそでもありません…。
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忘れじの温泉トリビュートのふたつめは、宮城・温湯温泉にあった、創業700年の歴史をもつ、あの「佐藤旅館」さんです。
「佐藤旅館」については余計な言葉なぞいらない、この写真さえ見ればどれだけここが素晴らしい宿だったか、誰でも一発で分かります----じゃ、ホイ!
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どうですか、あまりの抒情に心ごとよろめきそうな眩暈を感じられたんじゃないですか----?
2008年の6月2日から3日にかけて、僕は、こちらのお宿に2泊させていただきました。
素泊まりの2泊3日で、たしか料金は7000円だったように記憶してます。
僕の借りた部屋はこの写真向かって右手奥側の、自炊処隣りの1階のお部屋だったんだけどんね、
この向かい正面のやっぱり1階の部屋に、僕とおなじヨコハマからやってきたご家族がその日は泊まられて、
夜になるとそのご家族の子供さんらの愉しげな笑い声が中庭越しに、こう流れてくるんですよ。
静かな静かな夏の夜----客は、僕とその一家さんだけ----
あのシチエーションは、なんというかとてもよかった…。
中国の古い詩で漢の武帝作のこんなのがあるんだけど、
簫鼓鳴りて 棹歌起こり
歓楽極まりて 哀情多し…
いうまでもなく、武帝の詩と僕の佐藤旅館での1夜はシチエーションちがいすぎなんですが、
古い日本家屋ですごしたあの初夏の夜の子供たちの笑い声は、草陰で鳴いていた虫たちの声とともに、僕の耳にいまも焼きついています。
この「佐藤旅館」さん、内湯も露天もとてもよかった。
特にこちらの露天、泉質はもちろんだけど景観も素晴らしくてね、透明な綺麗なお風呂に肩までちゃぽんとつかると、モミジと、紫のヤマフジと、ヤマツツジの集落が眺められるんですよ。
露天からでて、いくらか背伸びして囲いの外に目線をやれば、あそこの赤いのは「温湯橋」----
その下を流れているのは、あれは「一迫川」…。
もう、いるだけでなにか心身ともに満ち足りてくるような、素敵な宿でした。
じゃ、露天と居室の古い写真とをちょっとUPしときませうか----
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2009年3月11日の東日本の震災で、こちらの宿のお湯はとまってしまった…。
僕、心配になって地震直後にご主人に電話したりもしたんですね。
当時やってた nifty温泉のクチコミ欄から応援のメッセージなんかも入れてみた。
ご主人は、やっぱり新聞の報道通り、宿のお湯がとまってしまった、といってました。
あと、今後1年分以上の予約取り消しの電話をかけることで忙殺されてる、ともおっしゃってました。
いろいろ大変だけど、必ず復旧する、ともいってられた。
でも、いま現在まで、いまだ「佐藤旅館」さんに再開の気配はありません。
700年もつづいてきた、まるで文化財のような極上宿だったのに…。
いま患ってる胃潰瘍のせいか、なんとなく後ろ向きの記事になっちゃったけど、
営業をとめてしまった、ここには書かなかった素晴らしい温泉宿さんらにも、
疎遠になってしまったかつての友人たち宛てのものとおなじメッセージを送りたいと思います。
----おーい、元気ですかぁ…? あれからどうしてる? 僕は元気…。君はどう? 今度、機会があったらまた逢おうねえ…!
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