北京・胡同窯変

北京。胡同歩きが楽しい。このブログは胡同のあんな事こんな事を拙文と写真で気ままに綴る胡同お散歩日記です。本日も歩きます。

第200回 北京・三源胡同(後) 地名の由来となった寺院のあった場所など

2018-08-12 10:32:42 | 北京・胡同散策
今回は前回の続きです。
まず、次の地図をご覧ください。



上の地図は本年2018年1月に印刷、中国地図出版社より発行された『2018年北京地図 大城区詳図』
の一部ですが、赤い矢印の部分が「三源胡同」で、緑色に塗った箇所が前回ご紹介した部分です。

さて、この胡同は一体いつごろ北京に出現したのかと思い、『北京胡同志』(主編段柄仁/北京出版社)
所収の地図を調べてみました。

まず、「明北京城街巷胡同図 万暦ー崇低禎年間(公元1573-1644)」を見ると、胡同自体は存在している
のですが、名前が記載されていないことが分かります。



次に、「清北京城街巷胡同図 乾隆十五年(公元1750年)」を見ると、現在の「三源胡同」が当時は
「八佛庵胡同」という名称であったことが分かりました。



そこで、続けて『古都北京デジタルマップ』所収の「乾隆京城全図」(vol.10/4ページ、カラー高
解像度)で当該箇所を見てみますと、現在の「三源胡同」すなわち当時の「八佛庵胡同」内には「八
佛庵」「三元庵」という寺院のあったことが判明しました。

ついで、といってはなんですが、わたしの錯覚でなければ、この今からおよそ270年ほど前に作成さ
れた古地図には、なんと、前回ご紹介した「窄巷福院」のある狭い路地と思しき路地までが地図上に
描かれていて驚嘆せざるをえませんでした。

「八佛庵」と「三元庵」の場所を冒頭に掲げた2018年の地図上に記してみると、大体次のようになる
のではないかと思われます。濃い目の赤色部分が「三元庵」、緑色部分が「八佛庵」。
ご笑覧いただければ、うれしいです。


ここに見られる「三元庵」という寺院がのちにこの胡同の地名になるのですが、それがいつ頃
から胡同名になるのかは不明(民国期の地図では「三元庵」という胡同名になっているのですが)。
なお、現在の「三源胡同」が「三元庵」という胡同名をその由来として胡同の名前となるのは、
1965年からのことでした。ちなみに、「三源」も「三元」も「sanyuan/サンユエン」と同音に
なっています。

ちなみに、「三元庵」「八佛庵」の「庵」とは、一般的に尼寺を指して使われる言葉です。また、
ご参考に書いておきますと、『北京城市歴史地理』(主編侯仁之、北京燕山出版社)によりますと、
「京城全図」には「三元庵」という寺が「11」あるそうです。

さて、地図による説明はこのくらいにして、さらに胡同散策を続けます。

前回は次の看板のある所までやってきたわけですが・・・



ここは、矢印とは反対の北方向へ。





突き当たりに「旅館」という謎の看板。
「旅館」という名前の旅館があるよ、ということでしょうか、それとも、矢印の方向に行くと宿泊施設が
あるよ、ということか。



行ってみようじゃありませんか。

そうそう、大切なことを確認することを忘れるところでした。
「乾隆京城全図」に描かれていた「三元庵」という寺院があったのは、この突き当たり辺りかと
思われます。







しばらく行くと、二階部分の外壁が夏の海辺の青空を思い起こさせるような色彩の施された、
ちょっと気になる建物がありました。



「この建物は、なに?」



結局分からなかったのですが、分かったこともありました。

それは、この建物内では、三菱電機の空調を使っているということ。



この建物の前辺りの風景。




少し前辺りから気になって気になって仕方なかったのですが、なにやら、いい香り、いや、
胃の腑を刺激するいい匂いが・・・

胡同は、生活感の溢れかえったお茶の間ですが、
ここ三源胡同は、夏のキャンプ場と化していました。



「いっしょに、どうですか? 」
「ビールもあるよ」

誘いの言葉に後ろ髪をひかれる思いで、夏のキャンプ場の余韻に浸りながら歩いて行くと、いよいよ
はっきりと見えてきました、旅館の看板が。



そして、おしゃれな胡同少年と胡同少女が、爽やかにわたしを追い越して行きます。






慶興賓館。


三源胡同4号。部屋数は六つほど。お値段は260元から570元ほど。簡易旅館ですが、ホテルライフを
楽しもうというのではなく、観光重視の旅行でしたら十分な旅館。

京哈招待所。


こちらは、看板だけがここに出ているだけで、肝心かなめの宿泊施設は別の胡同。

看板のすぐ近くの路地にも看板が。





と、いうことでこの旅館については回を改めてご紹介させていただくこととして、
ここは、三源胡同と書かれたプレートに沿って、東方向へまっすぐに進みます。





「便利なものは美しい」「便利なものは阿片である」。
そんなことをのたまはったお方がかつておはしましたかどうかは不明なのですが、その利便性ゆえに、
というより、利用する人々がその利便性に翻弄されてしまったがゆえに社会問題化してしまったという、
ありふれた結果をまねいたシェア自転車。



このすごぶる便利なシェア自転車の群れの辺りから、もう少し手前にもどった辺りまでの北側一帯に、
その昔「八佛庵」という先にご紹介したお寺はあったのでは? と思われます。

お次は、この胡同の東端。



窓にかけられた魔除けのニンニク。



洗面器、椅子、テーブル、テーブルの上には赤いバケツに赤い造花。



玄関。



襲い来る災厄から家族を守らんとする願いが込められた、魔除けの鏡。



涼しげに干された爽やかな洗濯物が美しいです。





この洗濯物の吊るされたお宅の前を通り過ぎると狭い路地。





三源胡同1号。





ここが三源胡同の終点かな?
そんな思いとともに、念のためにもう少し先へ行ってみることに。



突き当りを曲がると・・・



ありました、ありました、三源胡同2号院が。



ここまでが三源胡同です。

確認してよかった。もう少しのところで、この2号院を見逃してしまうところでした。
あぶない、あぶない。

これだから胡同散策は油断がならないのです。



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