北京に暮らす日本人はもちろんのこと、たとえ北京への短期旅行者であったとしても、
伝統的住宅・四合院の正門前に置かれた一対の石を見たことはあるに違いない。
当ブログでも機会あるごとに紹介してきた門墩(メンドン・mendun)である。
門墩とは、門前に置かれた単なる装飾品ではなく、その家の主人の身分などを示すと
ともに、正門や中門(垂花門、第二門とも)の敷居、柱、そして扉を支えるための重要
な建築部材である。(次の門墩の写真は、岩本公夫著『北京門墩』より。なお、門墩
は「門鼓石」ともいう。また、普通「門墩」と書くが、岩本さんの場合「門墩」の
「墩」の字が土偏ではなく、石偏になっていることをお断りしておきます。)
「何やろか。えらいきれいやな。」
門墩研究家・岩本公夫さんが北京で初めて門墩と出会った時の感想である。
建築学の梁思成・林徽因は『平郊建築雑録』の中で次のように書いている。
“名匠の手になり、歳月を経た石は何時までも大変美しい。又、人類の知恵により
巧みに建築に利用された天然の素材は、年月の流れの洗礼を受け、人々の美意識や
民俗を反映した物に成り、それを鑑賞できる人には一種特別な感傷と感動を与える。”
ここに「鑑賞出来る人」とあるのに注目したい。「何やろか。えらいきれいやな。」と
感想をもらす岩本さんは、まさしく梁思成・林徽因の言う「鑑賞出来る人」である
からだが、岩本さんは単に「鑑賞出来る人」にとどまってはいなかった。
門墩に出会う以前の岩本さんは退職後の第二の人生をゆっくり楽しもうと思い立って
北京語言文化大学に留学した留学生だった。大学でご夫婦で書道や中国語を習いながら、
外国暮らしを体験する予定だった。
しかし、門墩と出会い、一目惚れしてしまった1996年2月を境に岩本さんの留学生生活
は一変する。
北京のうだるような夏の日も零下の冬も、朝から晩まで自転車にまたがり「胡同」を
こぎ回った。四合院を一軒一軒訪れ、門墩の形・図案・保存状態を記録し、写真を撮る
ためである。その間に出会った門墩はおよそ6000組、撮った写真は4000枚に及ぶ。
岩本さんが自転車で上述のように胡同をこぎ回ったのは、単に門墩の美しさに魅入られ
てしまったからという理由だけではなかった。
おりしも北京では再開発が猛スピードで進んでおり、四合院や胡同が取り壊しという
憂き目に会っていた。そんな中で岩本さんは焦り、自分の無力さを感じ、解体中の
四合院を目の前にして「歳月を刻んだ民俗文化があっけなく消えて行く姿に胸が痛ん
だ」という。このまま消えて行くに任せれば、北京の人々は後世に悔いを残しはしない
だろうか?という気持ちもあった。岩本さんの門墩保存と調査のための胡同通いは、こう
して始まった。
岩本さんの著書『北京門墩』と北京語言文化大学内に門墩の展示スペース「枕石園」が
設けられたことは岩本さんが門墩に傾けた並々ならぬ情熱の成果である。
『北京門墩』に寄せられた中国建築学会の学術委員・劉大可氏の「序文」の中の言葉は
印象的だ。
“これから歳月が過ぎ清の時代が遠い昔に成った時に、この『北京門墩』を見た人の喜び
様は、現代の私達がこの本を見る喜びとは比較できないでしょう。”
同氏によれば、「この『北京門墩』は門鼓石に関する今のところ唯一つの専門書」なのだ
という。
岩本公夫さんは、門墩に関する唯一つの専門書を著すとともに、門墩保存の先鞭をつけた
人なのである。
さて、そんな岩本さんがWeb版『中国の門墩』を開設している事をご存知の方も少なくない
かもしれない。著書『北京門墩』が北京語言文化大学出版社から上梓されたのは今から20年
ほど前の1998年でもあり、残念なことに今では手軽に入手するのが難しくなっている。そん
な状況にあってWeb版『中国の門墩』の存在意義は大きい。門墩はもちろん、北京の胡同や
四合院住宅、広くは北京という場所の歴史や文化に興味関心を抱く人たちにとって役立つこと
はまちがいない。しかも、Web版『中国の門墩』では、紙版時の誤りなども訂正され、新たに
黄河流域、長江流域、その他日本、韓国、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポールなどて゜
見られる門墩も紹介されるという充実ぶりなのだ。今回、当ブログで紹介させていただいた
ゆえんである。
Web版『中国の門墩』・http://mendun.jimdo.com
なお、上のURLでWeb版『中国の門墩』にアクセスできない可能性もございます。その場合には、
当ブログの左側ブックマークにあります『中国の門墩』をクリックするとご覧いただけますので、
よろしくお願い申し上げます。
(当記事を書くにあたり、著書『北京門墩』中の岩本さんによる本文をはじめ、序文、
前文中の記述に援けていただいたことをお断りしておきます。また、サイト名を最初
「北京門墩」としましたが、正しくは「中国の門墩」の誤りでした。お詫び申し上げ
ます。)
にほんブログ村
伝統的住宅・四合院の正門前に置かれた一対の石を見たことはあるに違いない。
当ブログでも機会あるごとに紹介してきた門墩(メンドン・mendun)である。
門墩とは、門前に置かれた単なる装飾品ではなく、その家の主人の身分などを示すと
ともに、正門や中門(垂花門、第二門とも)の敷居、柱、そして扉を支えるための重要
な建築部材である。(次の門墩の写真は、岩本公夫著『北京門墩』より。なお、門墩
は「門鼓石」ともいう。また、普通「門墩」と書くが、岩本さんの場合「門墩」の
「墩」の字が土偏ではなく、石偏になっていることをお断りしておきます。)
「何やろか。えらいきれいやな。」
門墩研究家・岩本公夫さんが北京で初めて門墩と出会った時の感想である。
建築学の梁思成・林徽因は『平郊建築雑録』の中で次のように書いている。
“名匠の手になり、歳月を経た石は何時までも大変美しい。又、人類の知恵により
巧みに建築に利用された天然の素材は、年月の流れの洗礼を受け、人々の美意識や
民俗を反映した物に成り、それを鑑賞できる人には一種特別な感傷と感動を与える。”
ここに「鑑賞出来る人」とあるのに注目したい。「何やろか。えらいきれいやな。」と
感想をもらす岩本さんは、まさしく梁思成・林徽因の言う「鑑賞出来る人」である
からだが、岩本さんは単に「鑑賞出来る人」にとどまってはいなかった。
門墩に出会う以前の岩本さんは退職後の第二の人生をゆっくり楽しもうと思い立って
北京語言文化大学に留学した留学生だった。大学でご夫婦で書道や中国語を習いながら、
外国暮らしを体験する予定だった。
しかし、門墩と出会い、一目惚れしてしまった1996年2月を境に岩本さんの留学生生活
は一変する。
北京のうだるような夏の日も零下の冬も、朝から晩まで自転車にまたがり「胡同」を
こぎ回った。四合院を一軒一軒訪れ、門墩の形・図案・保存状態を記録し、写真を撮る
ためである。その間に出会った門墩はおよそ6000組、撮った写真は4000枚に及ぶ。
岩本さんが自転車で上述のように胡同をこぎ回ったのは、単に門墩の美しさに魅入られ
てしまったからという理由だけではなかった。
おりしも北京では再開発が猛スピードで進んでおり、四合院や胡同が取り壊しという
憂き目に会っていた。そんな中で岩本さんは焦り、自分の無力さを感じ、解体中の
四合院を目の前にして「歳月を刻んだ民俗文化があっけなく消えて行く姿に胸が痛ん
だ」という。このまま消えて行くに任せれば、北京の人々は後世に悔いを残しはしない
だろうか?という気持ちもあった。岩本さんの門墩保存と調査のための胡同通いは、こう
して始まった。
岩本さんの著書『北京門墩』と北京語言文化大学内に門墩の展示スペース「枕石園」が
設けられたことは岩本さんが門墩に傾けた並々ならぬ情熱の成果である。
『北京門墩』に寄せられた中国建築学会の学術委員・劉大可氏の「序文」の中の言葉は
印象的だ。
“これから歳月が過ぎ清の時代が遠い昔に成った時に、この『北京門墩』を見た人の喜び
様は、現代の私達がこの本を見る喜びとは比較できないでしょう。”
同氏によれば、「この『北京門墩』は門鼓石に関する今のところ唯一つの専門書」なのだ
という。
岩本公夫さんは、門墩に関する唯一つの専門書を著すとともに、門墩保存の先鞭をつけた
人なのである。
さて、そんな岩本さんがWeb版『中国の門墩』を開設している事をご存知の方も少なくない
かもしれない。著書『北京門墩』が北京語言文化大学出版社から上梓されたのは今から20年
ほど前の1998年でもあり、残念なことに今では手軽に入手するのが難しくなっている。そん
な状況にあってWeb版『中国の門墩』の存在意義は大きい。門墩はもちろん、北京の胡同や
四合院住宅、広くは北京という場所の歴史や文化に興味関心を抱く人たちにとって役立つこと
はまちがいない。しかも、Web版『中国の門墩』では、紙版時の誤りなども訂正され、新たに
黄河流域、長江流域、その他日本、韓国、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポールなどて゜
見られる門墩も紹介されるという充実ぶりなのだ。今回、当ブログで紹介させていただいた
ゆえんである。
Web版『中国の門墩』・http://mendun.jimdo.com
なお、上のURLでWeb版『中国の門墩』にアクセスできない可能性もございます。その場合には、
当ブログの左側ブックマークにあります『中国の門墩』をクリックするとご覧いただけますので、
よろしくお願い申し上げます。
(当記事を書くにあたり、著書『北京門墩』中の岩本さんによる本文をはじめ、序文、
前文中の記述に援けていただいたことをお断りしておきます。また、サイト名を最初
「北京門墩」としましたが、正しくは「中国の門墩」の誤りでした。お詫び申し上げ
ます。)
にほんブログ村