そのために雨乞いの儀式などはしませんが、雨が降ると心がウキウキしてしまいます。
その日、窓越しに外を見ると、雨。
やりました、散歩日和です。
傘を持ち外に出ると、さっきまでの勢いはなく、小降りになっているじゃあありませんか。(--;)
もっとじゃんじゃん降ってくれれば、楽しさ倍増なのですが、まあ、これはこれで楽しめるわい、
と思いなおし、傘をスーパーの袋にしまい込み散歩開始です。
まずは自宅アパートの敷地内の小径から。
この小径を少し行くと天使が竪琴を奏でています。
ほら,ね。
写真を撮っていると私の横を愛鳥家さんが通りすぎていきました。
竪琴の調べと小鳥のさえずり。
贅沢なスタートです。
もとへ引き返したところに、こんな可愛らしい自動車。
これならちょっとぐらいの雨でも濡れませんね。
この自動車のご主人、ワンちゃんを亡くす二年ほど前までは、ワンちゃんと一緒に散歩するお姿をよく
見かけたものですが、ワンちゃんがいなくなってからというもの、あまりそのお姿を見かけなくなり
ました。たまに見かけても自宅の庭の階段にひとりぽつんと腰かけていて、心なしか寂しげに感じられ
たものです。時が流れ三ヶ月ほど前ぐらいからでしょうか、この可愛らしい自動車に乗って敷地内を
移動したり、買い物に行ったりする姿を見かけるようになりました。この自動車、どことなく亡くなっ
たワンちゃんに似ています。
自動車の横の植え込みには、こんな花が咲いていました。
上の写真の道を行くと、門柱に獅子の置物や門墩のあるおウチがあったりします。
これはもう少し先のおウチ。獅子と柘榴。
獅子、門墩、そして柘榴は胡同でおなじみのもの。
かつて中庭のある胡同生活に関して次の諺のような言葉がありました。
「日除け、金魚のかめ、柘榴の木」(天篷、魚缸、柘榴木)
「燕京歳時記」や溥儀さんのお書きになったものなどを読むと、この言葉には皆が同じことをすること
への揶揄も含まれていたようです。
漢詩好きな方なら「万緑叢中紅一点」(王安石)の句を思い浮かべるかもしれませんね。
こんな花も咲いています。
こういう家も。
門柱に花。
ワンちゃんも散歩です。
少し行くと地下駐車場なのですが、その手前にはこんな標識。
私がここに住み始めた九年ほど前には、敷地内では減速したり、クラクションを鳴らさないというルールを
守らない運転手さんがいたものですが、ここ数年の間にそういう人はだいぶ少なくなりました。
駐車場の前を通り過ぎると、こんな飛び石があったり、
こんな石橋があったりします。
この石橋は、もちろん通州の名所の一つ「八里橋」ではありませんが、この橋のたもとで記念撮影を
する方がいらっしゃるのには住人のひとりとして、感激。
以前、もっと庭の手入れが行き届いていた頃、ウエディングドレスを身につけた花嫁さんがやはり
記念撮影をしていた時には、思わず感涙しそうでした。
橋を通り過ぎ、並木道。
このアパートは郊外ということもあり、敷地が広く、樹木がとても多いのです。
住み始めた頃は一本一本の樹木はもっと細かったのですが、今はだいぶ立派に育ち、夏には住人に
緑陰を提供してくれるありがたい存在になっています。
並木道を歩いていくと、橋と池。
味のある小径が池を巡っています。
そして、池。
この池、もとは蓮池だったのですが、残念なことに手入れが悪く今はこんなになっています。
とはいうものの、管理者や清掃担当者が悪いというわけではないようです。理由はあえて書きませんが、
次の言葉が参考になるかと。
住人の言葉;「昔と違い、今の中国人は無理してる人が多いから・・・」
この言葉は先ほど見ていただいた並木のかたわらに路駐されたクルマに関してもあてはまるそうです。
せっかく地下駐車場があるのに利用しない人が多い。その辺りに住人の台所事情の一端が読み取れるわけ
ですね。
池のほとりの一部。
それでは先に進みます。
すると、こんなトンネルのある風景や、
やはりちょっと歩きたくなってしまう飛び石。
上の飛び石を後にすると、こんなワンちゃんに出会いました。
私 :「それなら足が汚れなくていいね」
ワンちゃん:「あげない、わん」
私 :「失礼しました、わん」
アパート敷地内の散歩はこの辺にして、続けて敷地外。本日はアパートの裏手をを歩きます。
お気に入りの外壁とポプラ。
写真では分らないかもしれませんが、壁に「拆」の一字が。
ミラーがいろんなモノや人を映しています。
ミラーに映っていた並木道を歩きます。(ミラーの中の並木道は歩けません!!)
写真左側にスローガンの書かれた看板。以前にはなかったもの。
時にスローガンも必要なこともあるかもしれませんが・・・。
で、
右側を歩きます。
しばらく歩くと、看板が消え、
素敵な植え込みと塀。
こういう所にも貸し自転車。
人が増えたということですね。
少し進むとウキウキ、ワクワク。
この樹を見ると、感動!!
蔦。
見上げると、
振り返ると、いつものように静かでした。
この角を右へ。
すると、こんな道。やっぱり静かです。
写真左側には貨物専用の鉄道線路が走っていて、もう少し行くとこの線路は右にカーブを描いています。
線路沿いの金網に、ちょうど朝顔が咲いていました。
朝顔と聞くと東京入谷の朝顔市などを思い出すのですが、朝顔のどこか涼しげで優しい風情のある花を見ると、
子供のころ知った「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」(千代尼)という句が浮かんできます。子供の頃、作者も
きっとこの花のように優しい気持ちの持ち主だったんだろうと勝手に想像し、いっペンにこの句が好きになっ
てしまいました。
「あさがほに我は食(めし)くふおとこ哉」(芭蕉)
俺は朝早く起きて朝顔を見ながら飯を食うような平凡な男なの!!
どこまでも平凡な日常に身を置きながら、そうすることによって日常を超脱したかのようなより豊かな日常を
垣間見せてくれる芭蕉。
「あさがほ」と「食くふ」との取り合わせが繊細で深い味わいを醸し出していますが、作品に漂うユーモアが
その味わいをよりいっそう深化させているようです。
両句ともに日常を描きつつ、日常をつきぬけてしまった作品。
脱線ついでに書けば、書名は忘れてしまったのですが、以前読んだ本にエイゼンシュタインが俳句の影響を受
けたという話しが書かれていたのを思い出しました。タルコフスキーの作品にも俳句的なものを感じます。
『戦艦ポチョムキン』や『鏡』『ノスタルジア』を観たくなりました。
なお、朝顔は奈良時代末期、遣唐使によって薬用として種子が日本にもたらされたと言われています。
漢名は牽牛。古代中国では種子は高価な薬で、牛と同等の価値があったからだそうです。漢方では現在も下剤や
利尿剤として使用されているとのこと。
少し行くと、標識。
この辺りからレールが右にカーブしています。
そして、レール。
南方向を撮影。
こんな可愛らしい汽車の絵の標識。
中国で最初に鉄道が敷設されたのは、1876年上海と呉淞のあいだ。これはイギリス人によるもので、まもなく
撤去されてしまいますが、その時走った汽車って、上の標識の絵のように可愛らしいものではなかったかと
想像すると楽しくなってしまいます。
ちなみに、中国人による最初の路線は、1881年唐山と胥各荘のあいだの唐胥鉄道。これは1878年天津に
開平kou(石に廣)務局を創設し、唐山石炭の近代的採掘を行なっていた洋務運動の推進者・李鴻章によって
石炭輸送を主目的として建設されたもの。開設当初はラバで貨車を引っぱっていた駅馬牽引鉄道だったそう
ですが、1882年頃から蒸気機関車の使用開始。
その後、やはり1800年代の後半、上の鉄道が天津まで延長され、さらに李鴻章は天津から通州までの延長を
計画するのですが、船頭など漕運従事者の反対を恐れ、北京西南部の盧溝橋を終点とすることにしたそうです。
地元通州に関する内容なので長々と鉄道の話しを書いてしまいましたが、当時、通州に鉄道があったらどう
なっていたか、ひょっとして違った歴史を辿っていたのでは、などといろいろ考えるときりがありません。
線路はつづく~よ どーこまでもー♪♪
散歩もつづく~よ どーこまでもー♪♪ いや、本日は運河まで。
蔦の下がった塀の向こうは貨車置き場。
さらに歩きます。
レール沿いにコーラの缶が。
近付いてみましょう。
こんな所に捨てたらあかん!!
こんな所を歩いてもあかーん!!
枕木がいつものように素敵でした。
レールから離れ、
ポイ捨てされた空き缶にバラを。
電車がやって来ました。
手を振ることを忘れてました。
線路沿いの道を南方向に十分ほど歩くと橋、そのたもとの脇に運河への入口があります。
ここまで歩いている間に空が青空に。雨は偉大。
写真左のガードレールに看板が掛かっています。そのすぐ近くが運河への出入り口。
これが運河へと続く小径。
少し行くと水が見えてきます。
運河の北方向。
歩くとこんな道があったり、
運河と反対には、こんな風景があったり、
こんな注意書きが立っていたり、
こんな石組みがあったりします。
なお、置かれている石は本物です。
この辺りまで来ると、船着場のような所に出ます。
木の柵がありますが、一部分開閉できるところがあり、実際ここは船着場で船に乗り降りできるのでは、と
思います。ただ、今のところそのような光景を見たことはありませんが、やがてそういう時が来るのでは
ないかと予想しています。
この船着場の前にはこんな芝生の光景が広がっています。
少し進むと、運河とは反対側には右にカーブを描いた小径が。
左側の建物はトイレです。
トイレを過ぎ、さらに歩いていると、
散歩中のワンちゃんに出会いました。
このまま進んでもよいのですが、もう少し進み、今回は右側に見える運河に続く道をくだりたいと思います。
その小径はこんな感じです。
道の左側の光景。
道を下りきると、運河をモチーフにしたレリーフがあったりします。
そして、
建物がないので運河のよさを十二分に堪能できます。
やはり北方向。
前方に見える橋の先には「運河公園」、反対に先ほどご紹介した橋の先には「大運河森林公園」が。
この辺りで戻りたいと思います。
橋のところまで来ると監視係2名、腰をおろして橋の下で昼休みで休憩中。
暗いので分りづらいかも。自転車に乗った方のすぐ横です。暑くなってきたのでいくら仕事とはいえ大変。
橋の上に出ました。
昼食の時間帯になると急にクルマの量が少なくなります。「民以食為天」なのです。
欄干から北方向の眺め。
ここは京杭運河の北端となる北運河の一部分。このまま北上すると私が歩いている胡同がある通州旧城の
東側になります。そこは、かつて鉄道という文明の利器が走る以前、南方からの物資や人を乗せた船が
辿り着いた場所なのです。
この眺めだけでも十分に感慨深いのですが、かつてこの運河を船に乗ってやって来た人々はどのような
思いで通州城の城壁や燃灯佛舎利塔を眺めたのでしょうか。そんなことを思うと言葉を失いつつも、
運河に向かい「おうーい!!」と声をかけたくなってしまいます。
が、
この眺めには残念なこともあるのです。いや、やめておきましょう、せっかくの散歩中なんですから。
散歩中は出来るだけ頭を空っぽにして、素敵な眺めに同化したり、眺めを享受すればよいのです。
でも、なかなかそうはいきません。運河の水のようにはいかないのです。いや、それもこれも自分が
生きていることの証しなのでしょう、たぶん。
降っても晴れても散歩日和。
運河を眺めていたら足元に散歩中のワンちゃん。
ワンちゃん:「こんなところでなにしてるんだわん!」
私 :「散歩道をじゃましてゴメンだわん!!」
帰り道。午前中とは違い気温もだいぶ上昇し、
青い空に白い雲。とてもよく似合っていました。