退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#561:京都清水寺は中国だった。

2015-10-20 16:21:33 | アメリカ便り
昨日は区役所に行って国民保険証を再発行してもらい、病院へよって傷を消毒してもらいました。
お昼を食べてから今度は母を歯医者に連れて行き、入れ歯を新しくしてもらうことにしました。
4月に調整してもらったのですが、それでも合わないようで、常に口の中で“くちゃくちゃ”やっています。
“食は命の源”、ちゃんとあわせて食べやすいようにしてあげようと思います。

アメリカから電話をかけたときでも、先日ピックアップしたときでも険しいボケボケだったよりさん、翌日にはまた直ってしまい、以前の“ボケ気味”に戻ったようです。
昨日は大好きだったジグソーパズルを出すと、一人で黙々とやり始め、半日やって外枠の半分ぐらいができました。

顔つきがまるっきり変わりました。
今、お世話になっている施設、これぐらいよいところはないという感じなのですが、やはり身内(娘)が一番なのでしょう。
でもアメリカの家族も私を必要としているので。

京都滞在初日は静岡から30年以上の知り合い夫婦がきてくれました。
このご主人私がアメリカの会社に勤め始めてまもなく、知り合った人です。
偶然、会社内にある裏階段を降りて行った時、向こうからあがってきたその人に出会ったのです。
向こうは髪の毛が5分刈りの私を“丁稚”がやってきたと思い、私は“丸っこい”日本人がやってきたと思いました。
それ以来の知り合いです。
でもその人は私と違って、NECから引き抜かれてこの会社にやってきたと言う非常に優秀な方で、5年くらい勤めてからノースキャロライナの大学の教授となり会社を去っていきました。
その後、5,6年して日本の大学の教授となり、日本へ帰っていきました。
その後も年に1回ぐらい連絡を取り合っています。
この人の強烈さは、一緒にコロラドにスキーに行ったときに着ていた、サイコデリックなスキーパンツ(タイツ)で表せます。
一度合ったら忘れられないと言う人です。
4年ほど前に三島に住んでいるいとこ(今は脳梗塞のため不自由な生活を強いられています)を訪問した後、そのひとのお宅へ行ってきました。
自宅近くの温泉に連れて行ってもらい、うな重を食べさせてもらいました。

この人はもう70冊も出版しており、私は見たことがありませんがテレビにも時々出ているそうです。
最近では“おが屑バーガー”と言って、木を削った後に出るおが屑を食に利用することをテレビの番組(世界で一番受けたい授業)で紹介したそうです。
とにかくユニークで、知識が広く深い人です。
奥さんはそんなご主人を“勝手にやって”と思いながらも影でしっかり支えているような、おっとりとした、しかし芯が強い人です。
これまた5年にいっぺんぐらいしか会わなくても、毎日会っている感じになれる人です。
昨晩、庭で取れた柿をどっさり送ってきてくれました。
ありがとうございました。
と書いたところで、清水寺が出てきませんね。

明日にします。
もう十分に長くなってしまったので。

ハブグレジュンタのマミー