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紙の右隅をちぎってください

2011-06-22 | わかりやすい表現

1.2 「紙の右隅をちぎってください」---言葉だけに頼りすぎ

●「紙の右隅をちぎってください」  
A4の紙を与えて、この指示を実際にやらせてみると、図に示すように、実にさまざまなことがなされる。  

図1 さまざまな出来上がり  

どうしてこんなことが起こってしまうのであろうか。指示が悪いからだろうか。では、もう一つ。

例3 「パネルにむかって左側の側面にスイッチがあります。それを手前に    引いてください。パネル左上にあるランプがつきます。」  
 
かなり丁寧な説明になってはいるが、これでもなんとなく読むのがしんどいし、その通り操作をするとなると大丈夫かなという感じを持たれるのではないかと思う。

●小説家の描写力をもってしてもだめ  
次の1節は、小説からの引用である。情景がどの程度まで目に浮かぶであろうか。もしこれを絵に描くとすると、どんなものになるであろうか。

例4 「急いで高度を上げ、安全高度を確保し、再び旋回しながら、燃え上    がっている尾根の隣りの斜面から、現場上空への接近を試みた。赤    い火の粉が激しく舞い散る中、3百フィートまで下りた時、立木に    わっと火がついた。(山崎豊子「沈まぬ太陽三」新潮社、P38より)  

小説をもとに映画を作ることがしばしばある。小説からイメージしたものとまったく違うものを見せられてびっくり、がっかり、納得という経験をしたことがあるのではないかと思う。

●言葉が不得手な領域  
表現にとって、言葉は大切であることは言うまでもないが、言葉はオールマイティではない。百万言を費やして表現しようとしても表現しきれないものがある。  「紙の右隅をちぎってください」や例3のような操作の指示も、言葉だけではどうしても十分な説明ができない領域の一つである。そして、例4のような、いわゆる情景描写なども、その一つである。だからこそ、作家の描写力が試されるところでもあるのだが。  いずれにしても、この言葉の不得手を補うのが、イラストや写真などによるビジュアル表現である。  
なお、小説ではビジュアル表現による支援は、あまりやらない。なぜかというと、情景についてのイメージ喚起の手がかり(文章表現)の提供までは作家が責任を持つが、それによってどんな具体的なイメージを抱くかは読者に任せられているからである。そういう暗黙の約束で小説は成り立っている。だからこそのおもしろさでもある。