それでも生きて行かなければならないとは、おそろしい言葉である。ほとんどの人間が、それぞれの幸福の絶頂期に、あるいは辛いことのさなかで、死ぬことができない。たいていが落ち目の長い坂をくだりながら、あるいは依然として辛い毎日を、衰老に向って生きていかなればならない。
バブル経済は、戦中世代が退職間際に惹き起こした仇花。中曽根
院政の欲望に米国企業が付け込んだ。そんなことも知らない財閥
の銀行や商社が、米国企業の下僕となり、ビッグバンやバリュー
・チェーンをやらされた。
#半沢直樹 #TBS @shukatsushosha @a_i_jp
やはり、というべきか、正直わからない。 RT @nhk_news: 「旧西独でも組織的にドーピング」 nhk.jp/N48v5kbK #nhk_news
海外避難する人にも二種類あって、じぶんさえよければ他人はどうでもいい、と思っている人もいる。それって要するにこれまで原発を推進して来た人たちとそっくりだと思う。そういう人たちよりも日本に残ってなんとか現場を良くしたいと頑張ってる人に共感することは多い。
日本は日本人の国ではなく米様の国、次に偉いのが米の走狗自民党と行政、そして最後にこれに寄生する提灯マスゴミ。国民主権なんか何処にもない。革命権と市民武装の権利が必要。嘲笑:「日本政府は許せない」追加配備強行に猛抗議―普天間ゲート前・沖縄excite.co.jp/News/society_g…
「国家の危機に際しては、払える者が払う」という至極当たり前の議論が、日本では一切なされないどころか、逆進性がある消費税を倍増する旗振り役を「経団連」が務める始末。財界の民度の低さが伺える。伊では「富裕層に対する課税強化」を検討し、米国でも同様の「バフェット・ルール」が検討された。
Youtubeで山本太郎を選挙違反で失職させる会とか言うのがお勧めされていた。しかし、弱小議員一名をそこまでして全力で潰そうとするのは何故?原発に逆らう者への見せしめなのか、単に弱い力を潰す事に喜びを感じる者か?新大久保と同じでむしろ後者が多いように思える。