平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2012年6月3日 心からの願いを注ぎ出す

2012-08-11 01:21:34 | 2012年
サムエル記上1章1~20節
心からの願いを注ぎ出す


 心からの願いを注ぎだすほどの祈りを私たちはしたことがあるでしょうか。一生に3度くらいはあるのかもしれません。否、自分の祈りは毎回そのような祈りだと、答えられる方もおられることでしょう。ハンナは、このとき、心からの願いを注ぎ出す祈りを致しました。
 その結果、その祈りは、神様に聞かれたのでした。私の願いが聞き入れられないのは、心からの願いを注ぎ出すほどのものではないからだろうか、このような聖書の箇所を読みますとそう思ってしまいます。しかし、私たちは人生の中で、必死になって祈らざるをえないときが、何度かはくるものです。
 そして、そのとき、その祈りが聞かれたという体験もすれば、聞かれなかったという体験もあることでしょう。特に、人の死に直面しますときに、残される者たちは、死なないで欲しいと祈りますから、それも必死になって祈りますから、そうしますと、その時点では多くの人々が、心からの願いを注ぎ出すように祈ったのに、神様は聞いてくださらなかったということになります。
 そして、神様に失望してしまうのです。神様から遠く思いが離れてしまうことさえでてきます。しかし、時期や年齢は千差万別ですが、私たちは誰一人として、この生身の体を永遠に保持することはできません。すべての人々が残らず死にますから、死というのは、その人だけに特別に生じた事柄ではありません。
 それにしても、現在の平均寿命は、女性が86.39歳、男性が79.64歳ですから、それ以前に天に召されることになりますと、もう少し生きていて欲しかったという思いが生じるのは、否めません。ちなみに、平安時代のころの日本人の平均寿命は、40歳くらいだったそうです。30歳ちょっとで十字架におつきなったであろうと言われているイエス様の時代、イエス様の年齢は、年長者の方に位置していたのではないか、という説もあります。
 命の長らえることを願って一生懸命した祈りが、聞かれなかったという経験は身内をなくされた方々はしております。それで、なかには、先ほども申しましたように、神様に幻滅してしまうということもあるかもしれません。あるいは、むしろ、すべては神様の御心のままにと委ねられている方々も多いことでしょう。何やかや言っても、人は、死に向かって生きている存在であることは間違いありません。
 ただイエス・キリストを信じる私たちは、永遠の命に向かって今を生きていると教えられています。必死の祈りは、命にかかわるときに、それは必ずといっていいほどなされ、そして、人は必ず死を迎えますから、その点においては、聞かれなかったという体験をすることになります。
 ところで、祈りの妥当性、正当性というものがあるのでしょうか。ハンナが、生きていた時代は、女性が、男児を生むということは、社会の評価、女性の立場の確立につながりましたから、これはどうしても子供が欲しかったと思いますし、だからこそ、ハンナもまた、男児を授けて欲しいと祈りました。ところが、現代は、生き方がいろいろです。自由です。子供を望まない夫婦もありますし、結婚を望まない若者たちもいますから、そのような方々には、ハンナの祈りは無用でしょう。
 ただし、ハンナもペニナから苦しめられるということがなければ、これほどの祈りをすることもなかったかもしれません。祈りの妥当性、正当性といったことを考えるとき、例えば、エゴイスッティックな、自己本位で身勝手な願いや祈りは、どうでしょうか。
 理由が何かあるからというのではなく、ただ単に欲しいというだけで、あの人のハンドバックが、自分のものになりますように、というのはどうでしょうか。妬み、嫉妬から、人の死を願う祈りは、許されるでしょうか。やはり、祈りには、それなりの正義や妥当性、正当性があってしかるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
 子供ができないというのは、ハンナの責任だったでしょうか。これは、神様がハンナの胎を閉ざしておられたと書かれています。ならば、神様に対して不従順な者でもなかったハンナが社会的非難に晒され、責められたり、ペニナから嫌味やいやがらせを受けるのは不当なことではないでしょうか。
 ハンナの祈りは、ある意味では、正義を求めての祈りとも言えるでしょう。しかし、正義を求めての祈りは必ずや聞かれるかというと、そうとも限りません。しかし、長い目で見るとき、正義を求める祈りは、多くの場合、聞かれている、それは言えるかもしれません。
 エルカナは、毎年、シロに巡礼に来ておりました。シロには、聖所があり、そこにはおそらく契約の箱が置かれていたであろうと言われています。エルカナは、ペニナとその間に与えられた子供たち、それから、ハンナと一緒に、毎年、シロに礼拝しに来たのです。ところが、この旅は、ハンナには、実に不快でいたたまれないものでした。
 6節には「彼女を敵と見るベニナは、主が子供をお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめた」とあります。おそらく、エルカナはハンナの方をより多く愛していたのでしょうか。ハンナには、食べ物を一人分与えた、とありますが、これは、他の者たちよりも多い量を意味しているようです。
 それで、子どもがいて立場的には優位であったはずのペニナでしたが、ハンナをいろいろなことで苦しめていたようです。敵と見ていたとありますし、嫌がらせや嫌味のようなことも言ったりして、ハンナを苦しめていたのでしょう。「毎年、このようにして、ハンナが主の家に上るたびに、彼女はペニナのことで苦しんだ。今度もハンナは、泣いて、何も食べようとしなかった」と書かれています。
 そこで、夫のエルカナが「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさきこんでいるのか。このわたしは、あなたにとって10人の息子にもまさるではないか」言って、慰めるのですが、それは返って、この夫は何もわかっていないと、苛立ちを招きました。
 新共同訳の「ハンナは、悩み嘆いて主に祈り激しく泣いた」という訳は、岩波訳では「ハンナは、怒りと苛立ちの感情をぶつけて、ヤハウェに祈り、激しく泣き続けた」となっています。どうしてなんですか、とハンナは、怒りと苛立ちの感情を神様にぶつけたのです。それから、誓いを立てて祈りました。
 「万軍の主よ、はしための苦しみをご覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません」。
 もし、男の子を授けてくださるなら、生まれてくる男の子は、先週サムソンのところで説明致しましたナジル人として神様に対して聖別(聖なる者として)し、おささげ致します、と誓いを立てたのでした。
 次に、彼女の祈りの場面が述べられています。祭司のエリは、ハンナがあまりにも長く祈っているので、彼女の唇を注意して見ておりましたが、唇は動いても声が聞こえてこないので、彼女が酒に酔っているのだろうと思って、「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい」と注意を与えます。
 ハンナは、祭司のエリに、酒で酔っているのではないことを告げ、「わたしは深い悩みを持った女です。・・ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。・・今まで、祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです」と答えました。
 この場合も、岩波訳では、「苦しいことが多くある」というところを「いらだつことがあまりに多いために、今まで祈っていました」となっています。エリは、ハンナの言うことを聞いておりましたが、ほんとうに気持ちを理解したらしく「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と言ってくれたのでした。
 ハンナも「はしためがご厚意を得ますように」と言ってそこを離れましたが、そのあとの食事のときには、「彼女の表情はもはや前のようなではなかった」とあり、塞いでいた気持ちが晴れたことを表しておりました。つまり、神様に怒りや苛立ちをぶつけたこと、また、祭司エリに話しを聞いてもらったこと、それから、エリがハンナの祈りに思いを合わせてくれたこと、こうしたことが、ハンナの気持ちを平安なものにしました。
 私たちが、人生において、怒りや苛立ちをおぼえるとき、それは悲しみであり、苦しみである場合もあるでしょう。どうしてわたしだけがと、正義が行われることを神様に求める場合もあるでしょう。そのようなときに、率直に神様にその思いをぶつけることを神様はお赦しになられることがわかります。
 そのあと、「主は彼女を御心に留められた」とあります。ハンナの、心からの願いを注ぎ出すような祈りを神様は聞かれました。ハンナには、男の子が与えられ、その名をサムエルと名付けました。このサムエルという名前には、(その名は神)という意味がありましたが、他に、(願いを聞き入れられる神)という意味もあるようです。
 私たちは、祈らなくても神様の祝福に与るときがあります。どちらかというと、多くの場合がそうではないでしょうか。ペニナには、男と女の子供が何人かおりました。それはペニナンに対する神様の御恵みでしたが、アンナのように必死になって、心からの願いを注ぎ出すような祈りに応答してのことではありませんでした。
 私たちは、自分たちの祈りが聞き入れられたという体験が必要です。そのようなことが一度もないというキリスト者がいるでしょうか。もしそうならば、その方は、信仰を持ち得ないのではないでしょうか。神様が私の祈りに応答してくださった、それは信仰の確信、信仰する者の喜びとなります。私たちは、そのことによって、神様からの愛を感じることができます。
 私は、自分の人生を振り返ってみるとき、多くの願いをかなえてもらってきたなあ、と感謝するのです。しかし、私は、大学を卒業して初めての職を得るとき、それを地域としては、鹿児島に求めましたが、それは聞き入れてもらえませんでした。それは、私が味わった最初のやりきれない大きな挫折、悲しみ、失望でした。どうして、神様と嘆きました。しかし、それがあったからこそ、今の私がいるわけです。
 あのとき、神様が、私の願うことを適えてくださっていたら、今のこういう状況が訪れることはまずなかったでしょう。福岡に出てきて、教員になったからこそ、妻と出会う機会が与えられ、子供を与えられ、牧師としての召命をいただいて、今こうして平尾教会の牧師として迎えられ、さらに、大名のヴィジョンまでいただいて、その実現のために皆さんと一緒にこうして働かさせていただいている自分がいるのです。それは、私の人生において、実に祝福であって、恵みに満ちていることなのです。
 わたしは、牧師になってから、ひそかに色々なことを願い、祈ってまいりました。すべてが、聞かれたわけではありません。皆様も、いったいどれくらいの祈りをして、どれくらいの割合で、それは聞かれたのか、もし尋ねられたら、どのようにお答えするでしょうか。ざっと6割くらいはかなえてもらってきたかな、わからない、考えたこともない、そうお答えになる方もおられるでしょう。
 そして、それは、私のようにそのとき願いが聞かれなかったからこそ、今の祝福された自分があるのだ、ということだって、たくさんあるのです。そのようなこともあるからでしょうか。私たちは、何となく、神様は私の願うことを形は違ったけれども、最終的には聞いてくださっていた、ということが、たくさんあるように思えるのです。
 祈りの行き着くところは、幸せである場合が多いという点では、神様はそのときには、そのことをなさってくださらなかったけれど、のちに、それは形を変えて、あるいは、時間の長い経過はあったけれども、そのままの祈りが聞かれていたということがあります。
 終わりよければすべてよしという言葉があります。キリスト者たちは、この世での終わりを迎えるとき、すべての人々が、よかったと言いうるのではないでしょうか。たとえ、悲惨な最期であったとしてもです。それは、キリストの十字架のできごとを想い起せば、その不幸と思われるそのことすらも、神様の側からのしかりの宣言がなされるていることであることがわかります。
 ハンナは、たった一人でありました。夫すらも、ほんとうの苦しみを理解するにはいたりませんでした。彼女は、神様に心からの願いを注ぎ出しました。苦しい胸のうちを打ち明けました。怒りといただちをぶつけました。その祈りを神様はお聞きになりました。そして、願いを叶えられました。祈り、そのことが叶えられる、そうした体験を私たちはこれからも幾度もいただけるよう、祈ろうではありませんか。
 そして、信仰の確信、神様からの愛の確信、それをたくさんいただこうではありませんか。祈らなければ、何も始まりません。祈りましょう。心からの願いを注ぎ出して、祈ってまいりましょう。怒りや苛立ちさえも、神様は受け止めてくださいます。神様を信頼して、祈り続けましょう。


平良師

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