貧々自適

仕事のかたわらデジカメを構えたり
季節のうつろいや人の優しさに触れ感激する
そんな貧乏オヤジのつれづれ帳です

忘れられない曲

2006-09-21 10:00:00 | 想い出話
前にも時々書きましたが、私は生まれた街の兵庫県尼崎市(当時、確か48万人?)から、
中学一年の夏休みに兵庫県福崎町という当時人口1万7千人ほどの町に引越しました。
その年の6月に祖父が急逝、阪急の駅員だったオヤジは、折り合いが悪かった祖父の
家業(零細運送店)に見切りをつけ、資産を売り払い(借金の返済と従業員さんへの
退職金に当てた?)、残った金で伯父(今年5月に亡くなった)を頼って引越すことを
決断したようです。

先年死んだ姉(当時中3)が小児ぜんそくで小さい頃から苦しんでいたこともあり、
「空気のいい田舎へ行けば…」との思いもあったのでしょう。
福崎から職場の阪急神戸・今津線までは、片道2時間以上かかりますが泊まり勤務だし
毎日通うわけではないので「なんとかなるだろ」って考えたようです。

福崎では、高校卒業まで6年足らずと、就職後の病気入院から退院した後の数ヶ月しか
過ごしていませんが、その時期はまさに「青春時代」真っただ中!
当初はカルチャーショック(都会育ちのモヤシっ子vs田んぼで育った野生児)に悩み、
溶け込むのに苦労しましたが、近くの山へ登ったり、キャンプに行ったりという日々で
次第に友達もでき、生来の音楽好きも多いに寄与(笑)。
当時流行っていた洋楽の話題でまた友達が増えた、なんてこともありました。

音の悪い中波ラジオから流れてくる数々のヒット曲…
中でも'64年の「サンレモ音楽祭」参加曲、
ボビー・ソロ…「ほほにかかる涙
ジリオラ・チンクエッティ…「夢見る想い
は双璧でしょう。(曲も聴けます、メインページはこちら

あと、探しても適当なサイトが見つからないのが、
ヴィレッジ・ストンパーズ…「ワシントン広場の夜は更けて」
ディキシーランドジャズの名曲で、日本ではダーク・ダックスの歌でヒットしましたね。
それから、一発屋?になったか、
ダイアン・リネー?…「ネイビーブルー」
毎日毎晩ノイズ混じりのラジオで「音楽三昧」、帰らない日々です

…と、ここまで書いたところで窓の下の樹から「セミ(クマゼミ)の声」が!
出てくる時季を間違えたか?、いずれにしても「聴き納め」でしょう。
ちなみに、気温(高松)は、およそ25℃。
過去ログ…オヤジ夙川とスイカ転落事件