宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

清少納言(966?-1025?)『枕草子』(1001?)①「たゆまるるもの」(怠けがちになるもの)(23段)、②「人にあなづらるるもの」(人に馬鹿にされるもの)(24段) 

2020-03-06 11:30:27 | Weblog
(※《参照》:角川文庫、訳注:石田穣二)
(1)
「たゆまるるもの」(怠けがちになるもの)(23段)として清少納言が上げるのは3つだ。(ア)「精進の日のおつとめ(精進の日の行ひ)」:彼女はあまり信心深くない。今の普通の俗人と同じだ。(イ)「当日まで十分に余裕のある準備(遠きいそぎ)」:準備を始めるタイミングが難しい。あまり早く準備を始めると怠けがちになる。(ウ)「寺に長い間、参籠する(寺に久しく籠りたる)」:平安時代、貴族の女性は娯楽も兼ね、初瀬(ハセ)(長谷寺)、太秦(ウズマサ)(広隆寺)、鞍馬(クラマ)(鞍馬寺)などに参籠した。しかしあまり長いと、経を唱えるのも怠けがちになると清少納言は言う。彼女は普通の善男善女だ。参籠は三日間・七日間などがあった。
(2)
「人にあなづらるるもの」(人に馬鹿にされるもの)(24段)として清少納言が2つのものを上げる。(A)「築地塀(ツイジベイ)の崩れ(築土の崩れ)」:屋敷を含め外見が大事!服装もみすぼらしくてはいけない。「君飾らざれば臣敬わず」。あるいは “Apparel makes the man.”(衣服が人間を作る、馬子にも衣装)。屋敷も「築土(ツイヂ)の崩れ」は人に馬鹿にされる。(B)「衆目の見るところお人好しということになっている人(あまり心よしと人に知られぬる人)」:「お人好し」は侮られる。「甘ちゃん」だ。あるいは「ぼんぼん」。騙され利用される。「結構(ケッコウ)は阿呆(アホウ)の内」とも言われる。「結構」と言うだけで自分の意見を言わないお人好しは愚か者だ。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 清少納言(966?-1025?)『枕... | トップ | 《われ思惟す》とは《われな... »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事