子どものころは「昭和」だった

頭も悪く、体も弱い子どもでした。そんな子ども時代を思い出すだけ綴ります。
頭の悪い、体も弱い子の成長後も書いてみます。

水道端がうるさい

2014年09月02日 | 中、高時代
勉強部屋を作ってもらいましたが、すぐ横に水道があり、そこで井戸端会議ならぬ水道端会議が行われてうるさくて、うるさくて。

昭和20年代までは家の中まで水道を引いている家は隣組では5軒でした。隣組は11軒でしたから半数以下でした。
共同水道というのは蛇口一つを何軒かで使っているものです。

その共同水道が勉強部屋のすぐ横にありました。5軒で使っていました。奥さんたちが水を汲みに来て、そこで立ち話をするのです。
杉板1枚で隔たっているものですから話し声は筒抜けです。
これには参りました。

もともとこの共同水道があるのはわが家が借地している場所です。

おっかさんに頼んで、別の場所に水道を移してもらうように頼みました。5軒の奥さんたちには不評だったと思います。

さあ、これで勉強に専念できる、とはいきませんでした。

心が乱される来客があるものです。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿