子どものころは「昭和」だった

頭も悪く、体も弱い子どもでした。そんな子ども時代を思い出すだけ綴ります。
頭の悪い、体も弱い子の成長後も書いてみます。

ショックな日

2016年09月20日 | 大人になって
歩くのが遅い、テレビ見ていて俳優の名前が出てこない、などは
日常茶飯事で驚きもしませんが、きのうはショックでした。

ある人に資料を頼んでいました。
その人は「後日持ってきます」と言ってくれました。

でも、できるだけ早く見たいと思い、電話をしました。
「そちらに行く用があるので、資料をいただきに行っていいですか」

「きょうは敬老の日で朝から大忙しで、時間がありません。明日にでも
持って行きます」

今日は敬老の日だった、全然頭にはなかった、あの人は公民館の世話役さん
だったと思い出しました。

「すみません。忙しいのに電話して」と謝って電話を切りました。

体力の衰えも俳優の名前が出ないのも、これまでは大して気にしていませんでした。
でも、敬老会の日を忘れ、相手の役職を忘れて、電話したことにはショックでした。

お年寄りのなかには自分の言い前だけを言って、他人の話を聞かない人がいる、そうなってはいけないと思っていました。

自分もそうなったのだ、とショックな日になりました。

テレビにどっぷり

2016年09月10日 | テレビ
退職した年にはテレビをよく見ました。

当時朝ドラは8時15分から始まっていました。
朝ドラの15分はテレビの前から離れませんでした。
テレビは15分間だけですが、その前後はテレビに前に座っています。

朝ドラが終わっても、すぐには立てません。ずるずる見ることもあります。
朝のスタートは9時ごろになってしまいます。

6か月間そんな生活を続けました。

朝ドラは面白い、それでも時間を取られる、朝ドラを見るのはやめよう、
そう思いました。

大河ドラマだけを見よう、そう決心しました。

でも、でもです。わが家は部屋数が少ないので、台所兼食堂にテレビはあります。
食事するときにはテレビをつけています。
食事のときにはテレビを切ろう、というわけにもいきません。

だから、ついついテレビを見ています。
テレビは次を見るように、よく作られていると思います。
意志薄弱ではつぎつぎと見て行くように出来ています。

困ったものです。

わが家では地上波だけしか見られません。
衛星放送も見られたら、たいへんでしょうね。テレビの前から離れられなく
なるかもしれません。