Heart and Aqua

優しい時間~ゆっくりしていってください。

親友

2007-03-19 | Book
    

瀬尾まいこさんの 『見えないだれかと』 というエッセイを読みました。

中学校の現役の国語教師の著者が、等身大の自分の気持ちを
素直に表現されてて、とても読みやすく、
読んだ後、とってもさわやかな気持ちになりました。

中には、なるほどなぁと思うような、素敵な言葉がたくさんありましたが、
その中で、『親友』というタイトルでこんなことが書かれてありました。

ほぼ原文どおり引用します。(若干省略していますが・・・)



『親友だといいきれる友達がいるということは、私が幸福なことのひとつだ。
高校を出て、大学を出て、社会に出て、知り合いはどんどん増えていくけれど
ともだちの数は着実に減っているような気がする。
同じ職場に仲のよい人ができて、一緒に遊びにいったり、
話し込んだりはあるけれど、職場がかわったらそれで終わりになってしまう。
そういう人たちの日々も楽しいけれど、、
そいう人たちを友達といってしまうのはちょっと違う気がする。
そう考えると、誰が友達で、誰が知り合いかわからない。
そんな中、安心してずばり親友とだといえる人がいることは、
ラッキーだと思う。』


著者は、一人でいることが結構好きで、あまり人付き合いのよいほうではなく、
この親友だといえる人(Kさん)のことも、
Kさんがいつも悩んでばかりいるので、最初はあまり好ましく思っていなかったそうです。

でも、いざ自分に悩み事ができ、誰かに相談したと思ったときに、
まず浮かんだのは、Kさんだったんだそうです。
いつも悩んでいるKさんになら、
自分の弱みを見せても大丈夫なんじゃないかしら、と思ったんだそうです。

そして・・



『相手が見せてくれた分だけ、自分の心も掘り下げられる。
なんでも話すことができる。Kさんがいなければ、
私は人づきあいを必死でしなければならない。
一人が好きだけど、やっぱり一人じゃ不安だし、さびしいからだ。
色んな人と交流を持とうとがんばらなければならない。それは絶対大変なのだ。
いざってときは、Kさんに話せばいい。
Kさんのためならだいたいのことはできる。
そういう人がいることが私をすごく安心させてくれる。』



ほんとにそうだなぁと、かなり共感してしまいました。

長く生きていけばいくほど、出会う人の数も増えていくけれど、
わたしも、あまり人つきあいが得意なほうではないので、
本当に「友達」と呼べるような人との出会いは、そんなにはなく。。

学生のときの友達、職場での友達、そのほかで知り合った友達、と
その時々でお友達はいるのですが、
友達かもしれないけど、でも、友達と呼ぶにはちょっと違う。。
ん~~友達・・知り合い・・ん~~どっちだろう?
って思う人も多いような気がします。

そんな中で親友と呼べる人は、
そして自分が親友と思っていて、
また相手も私のことをそんな風に思ってくれてる、という人は
そんなに多くはいないだろうなぁと思います。



自分がなにか困ったことがあったとき、
悩んで、迷って、どうしようかなぁと思うとき、まず思い浮かぶ人。
こんなことを話すのはかっこ悪いけど、それでも話すことができる人、
そしてそれを優しく受け止めてくれる人、
そして、その人が喜んでくれるのなら、その人のために私ができることは、
できるだけのことをしたいと思う。
そういう人が、私にもいるのです。

だから、わたしも、とってもしあわせで、ラッキーな人なのだと思います



親友は、いつもべったり一緒にいて、遊んだり、
いつも話をしている人というわけではないけれど、
自分になにかあったときは必ず、手を差し伸べてくれる人、
黙って話を聞いて、受け止めてくれる人、
上の飛行機雲のように、ちゃんと目に見えないけれど、
それでも確かにココロとココロがつながっている人、
そんな人なのかなぁと思います。


そしてまた、こんなことも書くかれてありました。

『私のそのときの毎日を楽しくしてくれている人は、確実にいる。
 誰かとつながることは、幸せなこと。』



その通りです。
その時々で、毎日を楽しくさせてくれる人は必ずいて、
そして、誰かとつながっているということだけで、
それはとっても幸せなことなんだと思います。

あなたを大切に思ってくれている人、
あなたが大切に思っている人を大切にしてくださいね