「神のごときミケランジェロ」 とんぼの本(新潮社)

新潮社とんぼの本、「神のごときミケランジェロ」を読んでみました。

「神のごときミケランジェロ/池上英洋/とんぼの本」

「私たちは彼のことをまだ知らない。」

冒頭に記されたこの一文、確かにレオナルドにラファエロと並ぶ三巨匠としての地位や、「ダヴィデ」に「最後の審判」程度は知っているものの、どのような人生を辿り、またどれほどの作品を残したのか。そう問われれば、美術史を学んでいればともかく、なかなか答えられるものではありません。

本書ではミケランジェロの業績を、主に時間軸、つまりは彼の人生に沿って紹介。作品の図版をあげながら制作の意図、さらには美術史にとどまらず、一部社会的な背景までを取り込んで、ミケランジェロの全容を詳らかにするものとなっています。



はじめはミケランジェロの残した3つの大きな業績から。言うまでもなく、彫刻、絵画、建築です。絵画には「絵画嫌いの大画家」というサブタイトルが。かの巨匠、絵画は自分の本分ではないとして、制作依頼から「逃げ回っていた。」(本文より。)そうです。残された業績からすると信じ難いものがあります。

出自は没落貴族です。彼は後にその出を誇ったものの、実際はかなり貧しく、6歳にして母を亡くしてもいます。ちなみに三巨匠、いずれも同じように母の愛を受け容れられない状況で育ったそうです。

デビューが「詐欺」とはセンセーショナルです。ミケランジェロは枢機卿より注文を受けて「眠れるクピド」を制作しますが、記録によれば、ある助言により、完成した作品を土に埋め、古色をつけたとのこと。

その行為は一度バレて、作品自体は返却されますが、枢機卿は作者に興味を持ち、結果的にミケランジェロの芸術家としての道を開くきっかけになります。ただでは転びません。



かのダヴィデ像が実は今と別の場所に置かれる可能性があったことをご存知でしょうか。

現在はヴェッキオ宮殿の入口に置かれていますが、(レプリカです。)そもそも大聖堂の内部を飾るための作品であったこともあり、当初は聖堂の正面に置かれる予定だったそうです。また宮殿でも回廊の下を推すレオナルドらと対立、結局ミケランジェロの主張が通って入口に置かれることになります。



ちなみに年齢差こそあるものの、ほぼ同時代を生きたレオナルドとの関係についても本書では触れられています。「美男で優雅」なレオナルドなのか、それとも「無骨で怒りっぽい」(ともに「」内は本文より。)ミケランジェロなのか。その辺の対比もポイントかもしれません。

制作においてミケランジェロの姿勢なりを伺えるエピソードとして印象深いのが「システィーナ礼拝堂」の天井画です。

描画面の合計は1000平方メートル、描かれた人体総数は300名にも及ぶという超大作ですが、ミケランジェロは自ら声をかけて集めた6名の画家や助手を途中で全て首にしてしまい、その後は一人で描いたとか。彼らの出来に満足がいかなかったそうです。



畢竟の名作「最後の審判」も当時は悪評で迎えられます。それもあってか完成後には別の人物によって加筆が行われますが、むしろそのおかげで作品そのものの破壊を免れたとのこと。またこの幻想的な作風の背景には一人の女性の存在があったことに触れられています。

本書はミケランジェロの作品を単に美術の立場からのみ分析したものではありません。彼を取り巻く人々、そして社会状況にも言及。そもそもミケランジェロはフィレンツェで革命軍に参加し、共和国政府の軍事技師の任務も行っています。(一方でその後の粛清からは逃れて、共和国の敵であるメディチ家のために仕事をしました。)



ラストはずばり「ミケランジェロとは何者か」。晩年の制作と生活。家族を持たなかった彼は使用人や弟子たちを養っていたとあります。果たして彼は今の名声を予想したでしょうか。

お馴染みとんぼの本ということで写真も多数。また「最後の審判」図像プログラムなど、作品鑑賞の助けとなりそうな図版もあります。


「ミケランジェロ展ー天才の軌跡」@国立西洋美術館(9/6~11/17)

国立西洋美術館で開催中のミケランジェロ展への導入に限らず、その存在を分かりやすく、また専門的にまとめた一冊。実のところこれまで殆ど作品を見たことがなかったせいか、ミケランジェロに対しての思い入れがありませんでしたが、本書を踏まえるとともかく圧倒。「神のごとき」であることに頷かされるとともに、どこか親しみも覚えました。

「神のごときミケランジェロ/池上英洋/とんぼの本」

「神のごときミケランジェロ」 とんぼの本(新潮社
内容:「ダヴィデ」、「最後の審判」、「サン・ピエトロ大聖堂クーポラ」ー彫刻、絵画、建築のすべてで空前絶後の作品群を創りだし、「神のごとき」と称された、西洋美術史上最大の巨人。教皇や国王と渡りあった89年の波瀾の生涯と、変化と深化を続けた作品の背景をていねいに解説。最新の知見をもとに全容をひもとく、待望の入門書。
著者:池上英洋。美術史家。東京造形大学准教授。イタリアを中心に西洋美術史、文化史を研究。1967年広島県生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修士課程修了。
価格:1680円
刊行:2013年7月
仕様:126頁
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