「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子―おへその庭」 原美術館

原美術館
「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子―おへその庭」
7/12-8/19



原美術館で開催中の「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子―おへその庭」へ行ってきました。

若手作家を支援するプロジェクトとして進行中(不定期)のハラドキュメンツ。

第9弾に当たる本展で紹介されたのは、1976年に愛知県で生まれ、現在、名古屋に拠点を置いて制作を行う画家、安藤正子です。

非常にゆったりとしたペースでの制作のゆえ、今まで公開してきた絵画は僅か10点に過ぎないそうですが、本展では未発表作品と本年の最新作をあわせ、全19点の作品が出品されました。

冒頭、エントランス横のギャラリー1に展示されているのは鉛筆画です。

すぐに展覧会タイトルにも掲げられた一枚、ホースから水の噴き出す花畑に殆ど裸で立つ少年、「おへその庭」が目に入ってきますが、ともかくは線描、その細密でかつ生々しい様子には驚かされるのではないでしょうか。

とりわけ頭部、特にやや巻いた髪の凄まじき精緻な描写には思わず息をのんでしまいます。

限りなく細い線が澱みなく延び、そこに仄かなボカシが入ることで、巧みなボリューム感までが生み出されています。

またその線の魅力は一枚のセーターを着た少女、「雑種」においても損なわれることはありません。

ここでも洗いざらし風の髪の毛の艶やかなる様に魅了されますが、蝶やタンポポの紋様を描くセーターの縫い目が、これまた極めて細かに表現されてはいないでしょうか。

ともかくはまずこの滑らかな線です。ぐっと引込まれました。

さてメインのスペース、ギャラリー2へ進むと今後は油彩画が現れます。

ここでも初めに触れた「おへその庭」の油彩が展示されていますが、まず見入るのはやや乳白色を帯びた表面の質感ではないでしょうか。

それを一言で表せばずばり陶器です。うっすらと光沢感を帯びた表面は、当然ながら通常のカンヴァス面とは大きく異なっています。

実のところこの表面の質感こそ安藤の描法における最も個性的な部分に他なりません。

彼女はまずキャンバスに下地を塗り、それを一旦乾燥させ、さらには目地が消えるほどに塗り込めた後、今度はサンドペーパーで磨いていくという手法を用いています。

その上に絵具がのっているわけです。また絵具を置く段階においても薄い透明な絵具を塗り重ねるグレーズという技術を用いている上、ここでもさらに叩いたり延ばすという技法を用いているからか、厚みを帯びているというよりも、絵具が平面上へ沈み込むかの如く固着しているような印象を与えています。

そして当然ながら絵筆の筆致も下絵の鉛筆同様、実に繊細です。赤ん坊が毛布をかけて眠る「Light」の毛の編み目を見て下さい。色の細やかなグラデーションはもとより、毛羽立つ糸までが細い線で表現されているではありませんか。

生々しくもある精緻な線描に裏打ちされた艶やかなる油彩表現、これだけでも軽い興奮を覚えてしまうほどでした。

一方、今度はモチーフ自体の面白さです。

いずれもが先の「おへその庭」同様、人物が出てくるわけではありませんが、やはり興味深いのは少女や子どもをモチーフとする作品でした。

昨年、及び本年に描かれた新作3点、「APE」、「ウサギ」、「パイン」こそ、まさに安藤の制作の今を知ることが出来ると言えるかもしれません。ちなみにここには旧作では殆ど見られない、メインのモチーフとは無関係の色や形が挿入されていることが見て取れます。

そしていずれもが今挙げたような少女たちが描かれていますが、その表情は心の奥底にこそ強い意志を秘めているようでも、どこか捉え難い虚ろな様子をしているように思えてなりません。

また地面に勝手気侭に乱れて咲く草花、そして背景の遠近感を喪失させる白んだ空間など、それこそ実在することの決してない幻想風景が描かれているとも言えるのではないでしょうか。

またもう一つ興味深いのは、例えば草同士が重なり合って空間を埋め尽くしていく密なる表現や、体のごく一部、例えば指先の皺や爪を奇妙なほどに誇張した描写などです。

そうした細部への際立った眼差し、どこか作家自身の何らかへの執着、言い換えればフェティシズム的な要素も感じてなりませんでした。

東京では2004年の小山登美夫ギャラリー以来の展示、また美術館では初の個展だそうです。図版では全く分からない魅力、久々に作品と対面してゾクゾクしてしまいました。

ART iTの原美術館のブログに安藤のインタビュー記事があります。3部作の充実した内容です。是非ご覧ください。

1.安藤正子メールインタビュー [原美術館]:頭の中の風景をかたちにする
2.安藤正子メールインタビュー [原美術館]:世界に似た絵
3.安藤正子メールインタビュー [原美術館]:「世界」であると同時に、いのりである

8月19日まで開催されています。ずばりおすすめします。

「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子―おへその庭」 原美術館@haramuseum
会期:7月12日(木)~8月19日(日)
休館:月曜日。(但し祝日に当たる7月16日は開館、翌17日は休館。)
時間:11:00~17:00。*毎週水曜日は20時まで開館。
住所:品川区北品川4-7-25
交通:JR線品川駅高輪口より徒歩15分。都営バス反96系統御殿山下車徒歩3分。
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