「イタリアの印象派 - マッキアイオーリ」 東京都庭園美術館

東京都庭園美術館港区白金台5-21-9
「イタリアの印象派 - マッキアイオーリ 光を描いた近代画家たち」
1/16-3/14



東京都庭園美術館で開催中の「イタリアの印象派 - マッキアイオーリ 光を描いた近代画家たち」のプレスプレビューに参加してきました。



庭園美術館では久々の純然たる西洋絵画の展覧会です。アール・デコの意匠の中で楽しむ西洋画の味わいも格別ですが、何かと聞き慣れない「マッキアイオーリ」という言葉しかり、前もって展示に関するある程度の情報を仕入れておくと、さらに楽しめること請け合いです。よってここでは、当日行われた学芸員の解説にも準じて、展示の要点をまとめてみたいと思います。

1. 「マッキアイオーリ」とは画家の名前ではありません。

「マッキアイオーリ」といわれると、てっきり一人の画家の名前かと思ってしまいますが、実際には「マッキア派の画家」という、当時のアカデミズムに縛られた画壇からの脱却を目指した画家のグループを意味する言葉でした。またマッキアとは「染み」や「斑点」を指す単語で、そこには例えばフランスの印象派と同様、半ば彼らを揶揄する意味もこめられています。実際のところ、彼らのテクニックでもあるマッキア(=斑点)を用いた絵画群は、フランス印象派とは大分異なっていますが、新しい表現を目指したという点においては、同列に語られるものではないでしょうか。ちなみに日本でこうしたマッキア派の絵画がまとめて紹介されるのは、今より遡ること30年前、かつて新宿にあった伊勢丹美術館での「イタリア印象派展」以来のことだそうです。

2.「カフェ・ミケランジェロ」とイタリア統一運動



マッキア派の画家たちが活躍し始めた頃のイタリアは、ちょうどリソルジメントと呼ばれる統一運動が最終局面に入った時期と重なります。若き画家たちは、当時、「進歩的な文化人」(チラシより引用)らの社交の場であったフィレンツェの「カフェ・ミケランジェロ」へと集まりました。その様子は展示でも、チェチョローニの描いた風刺画、「カフェ・ミケランジェロ」(1866年頃)で伺い知ることが出来るのではないでしょうか。



統一運動による革新の熱気は画家たちを刺激しました。統一運動に貢献したガリバルディを描いた肖像画、レーガによる「ジュゼッペ・ガリバルディ」(1861年)などはその最たる例かもしれません。また画家の中には実際の戦争に参加し、中には命を落とした者までも現れました。いわゆる愛国精神に溢れた絵画が多いのも、この時期の彼らの特徴の一つと言えそうです。

3.「光の画家」たちのリアリズム。屋外での制作。


(レーガ「乳母を訪ねる」)

フランスのバルビゾン派と同様、マッキア派の画家たちも光を求めて屋外へと飛び出します。タイトルに「光を描いた」とある所以です。田園の風景、また農村での一コマなど、都市よりも郊外へと繰り出した点もバルビゾン派などと重なるかもしれません。



また特に初期の頃は、小さな板と絵具をつめた箱を持ってデッサン、さらに色を付け、アトリエを介さず屋外のみで絵を描いていました。そのために携帯性に長けた小さな絵が多いのもポイントの一つです。写実にマッキア(=斑点)の技法を駆使した絵画が目立っていました。

4.「マッキアイオーリ」の三巨匠とその終焉。
マッキア派の中では、シニョリーニ、レーガ、そしてファットーリの三名の画家が、その中心人物として挙げられます。ここではそれぞれの画家から一枚ずつ作品を並べてみました。



テレマコ・シニョリーニ「リオマッジョーレの屋並」(1892-1894年)
海を望む街が陽光に包まれて美しく描かれています。この差し込む輝かしい光の効果こそ、マッキア派絵画の魅力の一つではないでしょうか。



シルヴェストロ・レーガ「農民の娘」(1892-1893年)
今回の展示で一推しにしたいのがレーガの作品群です。中でもモデルの憂いを巧みに捉えたこの「農民の娘」の甘美な魅力は群を抜いていました。



ジョバンニ・ファットーリ「マレンマの牛飼いと家畜の群れ」(1894年)
晩年の画家の代表作です。家畜たちと格闘するカウボーイの姿に、後述するファットーリの苦難の生き様と重ねずにはいられません。

これらの三巨匠とは言え、必ずしも画業は順風満帆だったというわけではありません。レーガは途中、視力を失い、ファットーリは晩年、時代の趣向の変化の波にのれず、絵が売れなくて苦難の生活を送りました。なおマッキア派自体も、「カフェ・ミケランジェロ」閉鎖などを契機に、グループとしての活動を終えていきます。この展覧会では、そうした画家以降、すなわちイタリア国外にも出て、とりわけ自然主義に賛同した、いわゆるマッキア派の第二世代と呼ばれる画家たちの作品も紹介されていました。



このジョーリの「水運びの娘」(1891年)などは、第二世代の中でも印象に深い一点といえるかもしれません。逞しい後姿にモデルの力強さを感じました。


(フェローニ「魚釣り」)

決して知名度のある画家の作品が揃っているわけではありませんが、時に光にも満ちたイタリアの風景画は、見ているだけでも心を動かされるものがあります。その内容こそ全く異なりますが、私の中の充足感という点においては、昨年文化村で開催された「国立トレチャコフ美術館展(忘れえぬロシア)」に近いものがありました。これほど満たされた気持ちになった絵画展も久しぶりです。


(左:レーガ「お勉強」、右:レーガ「母親」)

鮮明な図版とキャプションの充実した図録も理解を深めてくれます。マッキア派の画家たちの情熱を絵から受け取りつつ、同時代のイタリアの風を肌で感じ取ることが出来ました。


(アッバーティ「フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ教会の内部」)

3月14日までの開催です。これはおすすめします。

注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
コメント ( 9 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
ナイスまとめ! (panda)
2010-01-23 00:14:03
展覧会の要点を実に良くまとめますね。。
まず マッキアイオーリとは 肝要ですが、
この庭園美術館が相応しい展覧会でした。
 
 
 
さすが! (noel)
2010-01-23 08:39:28
先日はお疲れ様でした。写真もレポートもさすがです!

>>「国立トレチャコフ美術館展(忘れえぬロシア)」に近いもの

同じことを感じました。自然や人間に対する眼差しが優しいというか...空間にもばっちり合ってましたしね。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2010-01-25 00:06:06
@pandaさん

こんばんは。
早速の書き込みをありがとうございます。
まずは仰る通り、マッキア派の部分からはじめてみました。
なかなか良い展示でしたよね。

>庭園美術館が相応しい

同感です。
やはり絵画が入ると俄然に箱も華やいで見えますね!


@noelさん

こんばんは。
こちらこそ先日(連日?)はありがとうございました。

>眼差しが優しい

同感です。
純粋な田園風景や、農村で力強く生きる人達の姿などが重なりますね。ぐっときました。
 
 
 
はろるどさん、こんばんは。 (chariot)
2010-01-26 23:05:53
私も「国立トレチャコフ美術館展」に行った時と同じような印象を持ちました。
このような大きな絵画運動がイタリアにもあったとは、今まで知りませんでした。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2010-01-27 22:18:24
@chariotさん

こんばんは。

>トレチャコフ

ロシアとイタリアで土壌は違いますが、
絵画の雰囲気は似たような部分もありましたね。

美しい絵に終始魅了されました。
 
 
 
Unknown (キリル)
2010-01-27 23:13:52
こんばんは。

>「マッキアイオーリ」とは画家の名前ではありません。
これ重要ですね!
本場のイタリアでこれですから、各国にこうした知られざる絵画運動があるのでしょう。再評価されたり再発見されたりして新たに展覧会が開かれたりするのかと思うと、これからもいろいろと楽しみです。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2010-01-30 22:29:08
@キリルさん

こんばんは。

>再発見

昔に伊勢丹美術館で開催された時の名前は「イタリア印象派展」だったと聞きました。それが今回、「マッキアイオーリ」という言葉でタイトルになったこと自体、かなりの前進かもしれませんね。

ちなみにイタリアでは近年、相当に人気があるのだそうです。
絵を見ると納得ですよね。
 
 
 
Unknown (KAZUPON)
2010-03-13 15:56:36
こんにちは。関西に来ない展覧会でしたので、短い東京出張中にはろるどさんのブログでこの展覧会を見ようと決めて拝見しましたが、たいへんよい企画ですね。京都のハプスブルグもそうですが、美術館の建物で内容がよりグレードアップしますね。久しぶりに庭園美術館を楽しめました。ありがとうございました。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2010-03-16 21:33:06
KAZUPONさんこんばんは。出張中のご観覧でしたか。何でも人気の展示のようでなかなか混雑しているようですね。見事でした。

>建物で内容がグレードアップ

同感です。庭園美術館はそれが強みですね。
また東京のハプスブルクは新美でしたが、趣きある京都で見ると全然印象が変わってきそうです。

記事を参考にしていただけたようでなによりです。ありがとうございます。
 
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