「野見山暁治展」 ブリヂストン美術館

ブリヂストン美術館
「野見山暁治展」
10/28-12/25



ブリヂストン美術館で開催中の「野見山暁治展」へ行ってきました。

昨年90歳を迎え、ますます旺盛に制作を続ける画家、野見山暁治ですが、その『今』も知ることの出来る個展がブリヂストン美術館ではじまりました。



野見山の個展というと2003年に東京国立近代美術館に行われた展覧会をご記憶の方も多いかもしれません。実は私もその展示で衝撃的なほどに感銘を受け、それこそ私が美術に関心を持つ切っ掛けの一つにもなりましたが、今回もあの時に得た感動を再び味わうことが出来ました。

構成は以下の通りです。

第1章 不安から覚醒へ 戦前から戦後にかけて
第2章 形をつかむ 滞欧時代
第3章 自然の本質を突きつめる 90年代まで
第4章 響きあう色彩 新作をめぐって


野見山の画業を時系列で追うとともに、その時代毎における制作の特質を明らかにする内容となっていました。

1920年、大正9年に福岡県の飯塚市(当時、穂波村)の農業と炭鉱業を営む一家に生まれた野見山は、17歳の時に上京、東京美術学校へと入学し、かの藤島武二らの教えを受けます。

しかしながら野見山はそうしたアカデミックな教育に馴染めず、佐伯祐三や萬鉄五郎に傾倒、次第にフォーヴィズムに関心を寄せるようになりました。

この頃から野見山は「制作とは自身の感情をキャンバスに叩き付けること。」だと考えていたそうです。また第二次世界大戦において空襲で一変した街を前にした野見山は、幼い頃に見た炭鉱の記憶とこの戦争の体験をキャンバスへとぶつけていきます。



今の画風からは想像もつかない暗鬱でかつ重々しい色彩、そして形態は、野見山の原点と言えるのかもしれません。

しかしながら野見山は洋画家の今西中通と出会うことで一つの転機を迎えます。互いの絵を批評し合うなどして交友関係を築いた野見山は、今西が紹介したセザンヌの絵画を敬愛するようになりました。

全てを失った戦争を経て、制作においても虚脱感に襲われていた野見山は、セザンヌの絵画の強い構築性にひかれていきます。また野見山はエル・グレコにもシンパシーを感じはじめました。

グレコの「トレド風景」の中に『情念のキュビズム』を見出した野見山は、そこに自身の原点である炭鉱と共通することを見出し、さらに再生の拠り所を求めていきました。



そして野見山は本格的に西洋絵画を学ぶべく、1952年にフランスへと渡ります。そこで彼が見たのは驚くべきほどに鮮やかな色彩の世界です。当然、彼の地での生活は野見山の画風にも大きな変化を与えます。それは渡仏から一年後、日本から持って来た絵具がまったく使い物になかったほどでした。

渡仏3年目、ようやくこれからという時に試練がやってきます。妻の陽子の急逝です。野見山はその悲しみから一時、絵筆を握ることが出来なくなりますが、それを救ったのがパリ郊外のライ・レ・ローズの自然でした。


右、「風景(ライ・レ・ローズ)」 1960年

ちょうどアトリエから見えるライ・レ・ローズ丘陵を描き続けた彼は、そこで西洋的な造形感覚や重量感を学ぶとともに、景色の中に様々な幻影、例えば岩の表面に写る人の姿などを見い出し、それを絵画上に表現していくようになります。

またパリのギメ美術館で中国の山水画の写真を見た野見山は、そこに西洋画にはない影、そして深遠さがあることを発見します。

ここも野見山の大きな転換期です。目に見える景色だけでなく、その奥にある深淵なものを取り出そうとした野見山は、絵画表現において大きな変化を遂げていきます。いわゆる具象的なものは泡の如く消え去り、何とも言い難い幻想のオーラをわき出すかのような、抽象性の高い三次元的な空間を描き始めるようになりました。

次第に西洋の真似をしても仕方がないと考えるようになった野見山は、約12年にも及ぶ渡欧生活を終え、1964年に帰国します。当初、野見山は日本での生活が馴染めず、またスランプに陥ってしまいますが、日本各地の自然、例えば蔵王や九州の山々の景色を描くうちに、再び精力的にキャンバスへと向かうようになりました。



ライ・レ・ローズでも見い出した自然の向こうにある幻影は、日本においても野見山の表現の重要な要素と言えるのかもしれません。

1970年代初頭に練馬にアトリエを構えた野見山は、風景だけでなく、例えば枯葉や水筒や衣装など、身近なものを頻繁にデッサンしはじめます。そして彼はその中にも幻を見出し、物の上に人間の顔や風景を重ね合わせていきました。

アトリエを唐津湾に面した岬へと移した野見山は、かつてライ・レ・ローズで丘を描いたのと同様、ひたすらに海と空をを描き続けます。この頃の作品はまさに自由奔放です。底抜けの空色を踊るように跳ねる大胆なタッチに魅了される方も多いかもしれません。



しかしながら一見、海や空といった景色であっても、やはりその奥にある何かを探ろうとする姿勢は変わりません。アトリエが台風に襲われ、その風によってバルコニーに置かれていた大きな瓶が宙を舞って割れたのを見た時、そこへ野見山は『デーモン』の気配を察しました。

そんな野見山は何とアトリエの階段にまで物の怪の気配を見出します。眼に見えているものはつかの間の現象に過ぎないと考えていた彼は、以降も現象の向こうにあるものをひたすらに探し求めていきます。「魔性をはらんでいるものは美しい。」という野見山の言葉こそ、彼の作品を受け止める上での大きなヒントになるかもしれません。

さて東近美の巡回展から8年ほど経ちましたが、今回はその回顧展以降の近作を楽しめるのも重要なところです。常に次を意識して、新たな境地を切り開く野見山の作風は2000年代に入ってからも立ち止まることがありません。

色彩はより大胆に、またタッチはそれ自体がエネルギーを持っているかのような自由な動きを獲得していきます。


右、「いつかは会える」 2007年

近年の代表作、東京メトロ副都心線の明治神宮前駅に掲げられたステンドグラス原画、「いつかは会える」(2007年)からも目が離せません。なおここで野見山はステンドグラスの生む色彩と光、とりわけワインレッドに魅了され、透き通った朱色が空を駆ける「かげがえのない空」(2011年)を生み出しました。


左、「かけがえのない空」 2011年 *初公開作品

こうした色はこれまでの作品にはあまり見られません。今もなお、新たな表現へ果敢に取り組む野見山のスタンスを知ることの出来る作品でした。

東日本大震災の被災地を歩き、そこからついこの前の8月に一定の完成となった最新作も登場しています。色に形がぶつかり合う混沌とした空間からはどこか激しいうなり声が聞こえてはこないでしょうか。胸を抉られるような感覚を受けました。

なお観覧時、美術館の方の立ち会いのもと、野見山暁治氏本人のお話を伺うことが出来ました。

「絵は必ずしも情緒的になってはならない。文学的であることは出来ない。」

「作品に細かいメッセージをこめて作品を描いたことはない。ある程度こう見て欲しいとは思うが、あまり説明的になってはいけない。」

「作風は変化しているように見えるかもしれないが、意図的に変えているわけではない。何となく描いていき、また変化しながらその何かを探しているのかも。ただそれが何かはわからない。」

「目に見えるもの、目が体験したものを自分の中で落としこんで絵画に表している。具象と抽象の区別は意味がない。」

「タイトルは絵は別。元々タイトルありきで絵を描くのではなく、完成してからタイトルをつけている。それはちょうど子どもが生まれてから名前を付けるのと同じ。見えて感じたものを絵にするとともに、人が言ったことをタイトルにしている。」

「空襲や震災、それに自分がかつてアトリエで見た瓶が割れる瞬間など、それまでにあった状況が一変した時に得る体験は絵を描く時の一つのきっかけになっているかもしれない。」

「風景を見ていると自分が見ているものって何だろうと思うことがある。その風景がなくなったら何が見えるのかと。そんな空想を抱くことが多い。」

「フランスのライ・レ・ローズで見た空と丘と全てが一体になった瞬間が忘れられない。その渾然一体となった時に幻想が生まれた。それを絵に起こす。」

「見えたものを強く意識しすぎないことは大切。何ものにもとらわれない自由な目を獲得するのが最高の絵描きではないか。既成概念に縛られてはいけない。」

私が初めて野見山の作品に接した時、その絵画平面から立ち上がってくる何か不思議なものに包まれたかのような錯覚にとらわれたことがあります。それこそまさに野見山氏本人のいわれる、景色や事物にもとらわれない自由なイメージの幻想の現れではないかと思いました。


東日本大震災を踏まえて描かれた新作と野見山暁治

さてとても気さくにお答え下さった野見山氏ですが、ご本人のアーティストトークが明日の11月12日(土)、ブリヂストン美術館にて開催されます。

アーティスト・トーク「野見山暁治をもっと知る」
日 時:2011年11月12日(土) 14:00~16:00 
聴講料:400円
定員:130名(先着順)
会場:ブリヂストン美術館1階ホール
開場:13:00
*野見山暁治先生への質問を受け付けます。 ホール入口に設置した質問箱に13:50までに入れて下さい。


直接、こちらからの事前の質問に応えて下さるまたとないチャンスです。お時間のある方は是非参加されてはいかがでしょうか。なお野見山氏によると変わった質問がお好きだそうです。



また野見山本人のデザインによる展覧会グッズについては別のエントリにまとめてあります。可愛らしいピンバッジは一推しです。

野見山暁治展ミュージアムグッズ



なお11月中に求龍堂より野見山暁治画文集が発売されます。ブリヂストン美術館ショップで先行発売される予定です。

そもそも今回の展示は1958年、安井賞を受賞した野見山がブリヂストン美術館で個展を行った縁もあって開催されました。とするとブリヂストン美術館では約50年ぶりの個展となります。まさに一期一会ではないでしょうか。

12月25日まで開催されています。もちろんおすすめします。

「野見山暁治展」 ブリヂストン美術館
会期:10月28日(金)~12月25日(日)
休館:月曜日(祝日の場合は翌日)
時間:10:00~18:00
住所:中央区京橋1-10-1
交通:JR線東京駅八重洲中央口より徒歩5分。東京メトロ銀座線京橋駅6番出口から徒歩5分。東京メトロ銀座線・東京メトロ東西線・都営浅草線日本橋駅B1出口から徒歩5分。

注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 「モダン・ア... 「日常/ワケあ... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (すぴか)
2011-11-28 00:24:51
こんばんは。
私は野見山暁治さんて名前だけしか知らずに、ブリヂストンに行ってしまい強烈な印象を受けました。
はろるどさんのところ見てから行けばよかったのにと思ってます。
でも遅まきながらいろんなこと分かり、ありがとうございました。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2011-12-03 20:54:56
@すぴかさん

こんばんは。

>強烈な印象を受けました。

本当に強烈ですよね。私も何年か前の東近美で同じような衝撃を受けました。魂を揺さぶられます。

>ありがとう

いえいえこちらこそ少しでもお役に立てたようで嬉しいです!
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。