「古代アンデス文明展」 国立科学博物館

国立科学博物館
「古代アンデス文明展」 
10/21~2018/2/18



1994年の「黄金の都シカン発掘展」に始まり、2012年の「インカ帝国展」など、計5回開催されてきた南米シリーズ、「アンデス・プロジェクト」の集大成とも言うべき展覧会が、国立科学博物館で始まりました。

それが「古代アンデス文明展」です。かつてはナスカ、シカン、インカなど、各文明にテーマを絞っていましたが、今回は通史でした。カラルに始まり、チャビン、ナスカにモチェ、さらにはティワナク、シカン、チムー王国からインカ帝国まで、紀元前3000年頃から16世紀にまで至るアンデスの諸文明を、一挙に俯瞰しています。


「土製のリャマ像」 ワリ文化(650年〜1000年) ペルー文化省・国立考古学人類学歴史学博物館

可愛らしいものから、恐ろしいものまでが目白押しでした。冒頭は土製の「リャマ像」です。紀元650年から1000年頃に中央高地でおきたワリの彫像で、アンデスに欠かせない家畜であるリャマを象っています。有名なアルパカと同じラクダ科の動物で、古くから山岳地方にて、運搬用、もしくは毛皮を衣類として使うために飼われていました。くりくりとした目を光らせています。可愛らしいのではないでしょうか。


「自身の首を切る人物の象形鐙型土器」 クピスニケ文化(前1200〜前800年) ペルー文化省・国立チャビン博物館

しかし一転、実に不気味なのが、「自身の首を切る人物の象形鎧型土器」でした。時代はワリをより遥かに遡り、紀元前1300年から紀元前500年頃のチャビンの土器で、まさに首が真っ逆さまに切断される様子を表現しています。切断面には、剥き出しの血管を象った、生々しい造形も見られました。アンデスにおいて「切断後の人体」の表現は少なくありませんが、殺傷行為自体を描いた事例は極めて珍しいそうです。人物は、宗教的指導者とされ、生贄の儀礼との関係も指摘されています。全身に刺青が彫られていました。

アンデスは「石の文明」とも言われ、現在のペルー北部山岳近いのチャビンにおいても、石彫の神像や頭像が作られました。このチャビンは、アンデスで過去から続いてきた宗教や伝統を統合し、この地に最初の文化的で統一的な交流をもたらしました。その宗教的なイデオロギーは、数百年続きましたが、いつしか権威を失い、再び各地域が独自に進化していきました。アンデス文明は、全域が統一された時代と、個別の文化が成り立つ時代が、交互に現れるのも特徴でもあります。


右:「縄をかけられたラクダ科動物(リャマ?)が描かれた土製の皿」 ナスカ文化 ディダクティコ・アントニーニ博物館

チャビン後、ペルー北部の沿岸で、土器や黄金製品の文化を生み出したのが、モチェでした。一方の南部では、チャビンの影響を受けたパラカスが発展し、のちのナスカへと繋がっていきます。地上絵でも有名なナスカは、土器の制作にも優れていました。その一例が、「縄をかけられたラクダ科の動物が描かれた土製の皿」で、リャマとされる動物の横顔を表しています。やや抽象化した描法も個性的かもしれません。


右:「人間型超自然的存在の像が付いた土器の壺」 後期モチェ文化 ペルー文化省・国立考古学人類学歴史学博物館

文字のないアンデスでは、時に土器の意匠が意思疎通のツールと化していました。モチェでは、土器に、神や死者、自然や人間といった、4つの世界観を示していたそうです。

6世紀後半、気候変動により、アンデスは大きく変化します。モチェとナスカののち、アンデスにおこったのが、ボリビア高地のティワナク(紀元500年~1100年頃)、中央高地のワリ(紀元650年~1000年頃)、そして北海岸のシカン(紀元800年頃~1375年頃)でした。


「黒色玄武岩製のチャチャプマ彫像」(レプリカ) ティワナク文化 ティワナク遺跡石彫博物館

ティワナクは、標高3000メートルを超える地域で栄え、高度な石造技術を持っていました。玄武岩製の彫像(展示品はレプリカ)は、「チャチャプマ」と呼ばれる神話的存在を象ったもので、動物の戦士が、人間の首を膝の上に乗せる姿を表現しています。


左:「パリティ島で出土した肖像土器」 ティワナク文化 国立考古学博物館(ボリビア)

帽子をかぶり、下唇にはピアスに似た装身具をつけていた、男性の肖像土器も興味深いのではないでしょうか。この写実的な土器は、高地のティティカカ湖に浮かぶ小さな島、パリティ島から出土しましたが、おそらく低地アマゾンの人間を象った肖像とされることから、ティワナクがアマゾン低地の人々と交流していた証拠だとされています。またパリティ島の埋納の遺構から、数多くの割れた土器も見つかっていて、それらは、聖なる湖のティティカカ湖への供物であったとされています。

なお土器に独特な象形が多いのは、ろくろを使わず、手でこねたり、型を使用していたからではないかという指摘もあります。アンデスはろくろの基盤となる車輪の文化を有しませんでした。


「多彩色の水筒型壺」 ワリ文化 ペルー文化省・国立考古学人類学歴史学博物館

ワリでは多彩の色鉢が目立っていました。いずれも装飾的で、人物や奇妙な生き物などを描いています。特に細かな模様を施した鉢や壺は、特別な饗宴のための酒を醸造、あるいは酒を供するために使われたそうです。


「金の胸飾り」 シカン文化 ペルー文化省・国立ブリューニング考古学博物館

シカンで特徴的なのは、高い金属加工技術に裏打ちされた、黄金の服飾品でした。中でも「金の胸飾り」や「金のコップ」は美しく、一部には、粒金と呼ばれる精緻な技巧が用いられました。


「人間型の土製小像3体」 中期シカン文化 ペルー文化省・国立シカン博物館

中期のシカンは広大な領域を支配してました。それを物語るのが「土製小像3体」で、いずれも別々の様式の服と、飾りを身につけていることから、様々な民族、ないし社会的集団が属していた考えられています。


右:「装飾付きの壺」 中期シカン文化 ペルー文化省・国立シカン博物館

再び可愛らしい作品に出会いました。「装飾付きの壺」です。中期シカンの土器で、ベージュ色を帯びていて、シカン神の顔を象っています。脇にはウミギクガイの一種を彫っていますが、何やら人が喜んで両手を上げながら笑っている姿にも見えました。

アンデス文明の最後を飾ったのが、チムー王国(紀元1100年頃~1470年頃)と、インカ帝国(紀元15世紀~1572年)でした。チムーはシカンの技術を吸収し、農業を発展させ、現在のエクアドルの海岸部までの北方と交易を進めました。


「木製柱状人物像」 チムー文化 ペルー文化省・チャンチャン遺跡博物館

何やら異様な雰囲気を漂わせていたのが、「木製柱状人物像」でした。チムーのチャンチャン遺跡にある王宮の入口の壁に埋め込まれていた像で、多くの突起をつけた帽子、ないし兜をかぶっています。両手で何かを持つような仕草をしていますが、実際に手にしていたのものは分かっていません。武器や防具を構えていたのでしょうか。


「インカ帝国のチャチャポヤス地方で使われたキープ」 インカ文化 ペルー文化省・ミイラ研究所・レイメバンバ博物館

アンデスで、情報や記録の伝達を担ったのが、キープでした。複数の紐に結び目をつけたもので、その形や色、ないし結び目の位置などから、単位などを表しました。写真はインカ時代のキープですが、この種の手段は、既に7世紀から10世紀のワリの時代に存在していたそうです。


「金合金製の小型人物像」 インカ文化 ペルー文化省・国立考古学人類学歴史学博物館

諸地域を統合したインカは、南北4000キロにも及ぶ、アンデス史上の最大の版図を誇っていました。しかし、アンデスの象徴ともいうべき黄金製品は少なく、しかも小さな作品しか残されていません。その原因はスペインの侵攻でした。インカ滅亡時、時の皇帝アタワルパは、自身の命を乞うため、スペインのピサロに金製品を差し出してしまいます。またスペイン人は、征服の過程で多くの金製品を奪い、価値を認めず、鋳つぶしては、本国へと持ち帰りました。

ラストはミイラでした。アンデスには、旧大陸では見られなかった、ミイラの文化を持っていました。そもそもアンデスの海岸地帯では、エジプトよりも早く、7000年前からミイラが作られていました。その加工の方法は多様で、時に崇拝の対象でもあり、コミュニティーの一員でもありました。中にはミイラの服を取り替える習慣もあったそうです。

実際に会場では、何体かのミイラが展示されています。その生々しい姿を前すると、アンデスの人々の死生観について考させられるものがありました。


「頭を覆う布」 チャンカイ文化 天野プレコロンビアン織物博物館

アンデス文明史のダイジェスト版です。長い時代を扱っているからか、ともかく展開が早く、時代の流れを追っていくのが大変でしたが、アンデスの生んだ多様な文明を、一通り見知ることが出来ました。

最後に会場内の状況です。11月5日の日曜の午後に見てきました。入場待ちの列は一切なかったものの、館内は思いの外に盛況でした。一部の作品の前は多くの人が集まり、最前列で鑑賞するためには、順番を待つ必要もありました。


既に会期が始まって半月ほど経ちました。来年2月までのロングランの展覧会ではありますが、終盤にかけて混み合うのかもしれません。金曜、及び土曜の夜間開館も有用となりそうです。

映像、もしくは最終章のミイラを除き、会場内の撮影が出来ました。

2018年2月18日まで開催されています。

「古代アンデス文明展」@andes2017_2019) 国立科学博物館
会期:10月21日(土)~2018年2月18日(日)
休館:7月18日(火)、9月4日(月)、11日(月)、19日(火)。
時間:9:00~17:00。
 *毎週金・土曜日、11月1日(水)、11月2日(木)は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般・大学生1600(1400)円、小・中・高校生600(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *金曜限定ペア得ナイト券2000円。(2名同時入場。17時以降有効。)
住所:台東区上野公園7-20
交通:JR線上野駅公園口徒歩5分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成線京成上野駅徒歩10分。
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