「MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる」 東京都現代美術館

東京都現代美術館
「MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる」 
2012/10/27~2013/2/3



東京都現代美術館で開催中の「MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる」へ行ってきました。

古い諺で「ある事象の発生により、一見すると全く関係が無いと思われる所・物事に影響が及ぶことの喩え。」(wikiより転載)を意味するという「風が吹けば桶屋が儲かる。」。

矛盾していたり、関係のないことが、ある瞬間に繋がること。そのような時にこそ、何らかの驚きなり、発見がある。あえて言ってしまえば、すばり本展とは、そうした驚きを持って受け入れられるような未知の繋がり、またそこから生まれる思いがけない可能性を、いわゆるアートを取っ掛かりに指し示される内容ではなかったでしょうか。

さらに付け加えれば、少なくとも私の見たMOTアニュアルの中では最も特異でかつ、全く説明的ではありません。

受付でいきなり申し出される、「田中功起さんの作品は美術館にはありません。田中さんは美術館の外で活動しています。」の一言に、一体、館内では何が起こっているのかと身構えながら、足を踏み入れることにしました。

まずは森田浩影から。のっけからしてガランとしたスペース、壁際には何枚かの紙切れが。そこには例えば「誰かがうっかりして電気を消してしまう」や「ロッカー#03に署名済み婚姻届が置かれている」と言った簡潔極まりないテキストが記されています。

先入観抜きにその謎めいた文言を追っていくと、いつしかそれが美術館の空間の各所に意味を与え、新たなイメージを広げていることが分かるではありませんか。

誤解を恐れずに言えば、これぞテキストから広がる拡張現実。テキストをきっかけとして、まだ行ってもいない、または気にも留めなかった地点に、視点と関心が向いていきます。

美術館の何気ない空間がテキストで緩やかに繋がり、意味を持つ瞬間。その何とも言い難い経験は、あまり他所で出来ないものでした。

少し先に進みましょう。映像とインスタレーションを組み合わせた「Nadegata Instant Party」、これが思いがけないほどに楽しめます。

土の国やら人の国などと名付けられ、ヘルメットやら、大きなビニール製の人形など、言わばチープな装置が続く中、そこに轟く団塊の世代の人々の高らかなる生命賛歌。この奇妙なほどにエンターテイメント的な空間は、それこそディズニーランドのスモールワールドを連想させはしないでしょうか。

簡潔に言えばここではその団塊世代の経験を踏まえ、まさに戦後日本の辿ってきた歴史が、無闇に団結を煽る合唱の元で示されているわけです。

演劇、合唱、そしてインスタレーション。そしてそこから指し示された戦後日本の歴史。見知らぬ人同士が世代で繋がり、しかしながらどこかフィクショナルな世界を形成していく。事実と虚構と歴史と今が思いがけない方法でここではない交ぜになっています。

なお作品は40分、入れ替え制ではありませんが、一つのストーリーに沿っています。時間に余裕をもっての観覧がおすすめです。

さて冒頭の受付でも申し受ける田中功起。実際のところ彼の物理的な「作品」は本展にはありませんが、その意味としての存在が指し示されるのが、奥村雄樹の映像の中です。

「田中功起 未知を議論する(彼の未来の作品)」と名付けられた映像、そこには何名かの外国人らが、田中の作品について議論しているように見えます。

その様子はまさに喧々諤々。あくまでも我々には日本語字幕でしか伝わりませんが、田中の現状と未来の表現の在り方が、不思議な説得力を持って語られているのです。

しなしながらどこか違和感が。実はこれ、作家の奥村が付けた字幕テキストこそが作品。実は語られている内容は字幕と異なっているのです。

展覧会で不在な田中、そしてこの議論の中にも不在の田中、さらにはそもそも議論の内容にも無関係であった田中、しかしながら字幕のテキストの中には存在する田中。

何重もの半ばトラップの中にあって初めて田中が生きてくる。不在と存在、その曖昧な関係。田中を通して何度も反転する存在。実に興味深いものがありました。


追記:作家の奥村雄樹(@oqoom)さんよりツイッターにて以下のようなご指摘をいただきました。(12/31)

@harold_1234 はじめまして、作家の奥村雄樹といいます。MOTアニュアルの箇所を拝読して、ひとつ誤解があるなあと思ったのですが、田中くんの映像につけた字幕は、登場する人々が英語で語っている内容をできるだけ忠実に訳しました。翻訳家として真っ当な仕事をしただけといいますか…

@harold_1234 ちなみに僕の部屋にあった4つの映像はそれぞれに他の作家の作品で、僕がやったのは字幕をつけることだけです(それぞれの映像自体が僕の作品と読み取れる箇所もある(?)ように思ったので、念のため)。ともあれ、あの展覧会をベストに入れていただきありがたいです。


上記字幕テキスト云々の感想は私の完全な勘違いでした。また奥村さん、直接ご連絡下さりありがとうございます。該当部分、削除してお詫び致します。

さてガラリと趣を変えたのが田村友一郎。展示室はそれこそ重厚、ロダンの彫刻に黒田清輝の「引汐」、そして駒井哲郎の「黄色い家」など、洋の東西を問わない名品などが、静かに鎮座、また掲げられています。

実はこれは全てこの東京都現代美術館コレクションですが、何故に田村はそれらをあえて、また今更ながらに展示したのか。

その答えは冒頭の「深い沼」と題したテキストにありました。

「江東地区、隅田川河口付近の海辺に団地Sはある。」(以下略)

田村は美術館のある深川の過去、歴史を掘り下げ、さらにその断片的なイメージを繋げる作業を行なっているのです。

このテキスト何と全てコレクションのタイトルから取られたもの。この美術館内に収められているという観点を除けば、相互には直接無関係である作品同士をテキストで繋ぎあわせています。

さらに田村の作品は美術館の空間全体、その最も奥深い地下へ。地下三階の駐車場では、やはり美術館と深川に歴史に着目したインスタレーションが展開されています。

暗がりの駐車場の中にポツンとたつ古びた家屋。さらに田村のテキストを借りることで、昭和から明治、さらに有史以前へと深川が遡ります。

ここでは詳細に触れませんが、是非とも歴史に埋れながらも、今も美術館の柱に潜む「手形」を探して見てください。

なお地下のインスタレーション15分ほどのナレーションが伴います。また言うまでもなく会場は企画展示室ではありません。(一度外に出て、エレベーターで地下へ降りる必要があります。)お見逃しなきようご注意下さい。

掴みやすい易い展示でも、何か超絶技巧を凝らした作品があるような展示でもありません。それこそ肩すかしとも取られる方もおられるでしょう。それは否定しません。

しかしながらこれほど意外性を持ちつつ、作品をきっかけに観客の想像力を大きく拡張、喚起させたアニュアル展があったのか。私自身も恐らくは半分も向き合えませんでしたが、久しぶりゾクゾクするような体験を味わいました。

2月3日まで開催されています。密かにおすすめします。

「MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる」 東京都現代美術館@MOT_art_museum
会期:2012年10月27日(土) ~2013年2月3日(日)
休館:月曜日。但し12月24日、1月14日は開館。*12月25日、年末年始(12月28日~1月1日)、1月15日は休館。
時間:10:00~18:00
料金:一般1000(800)円 、大学生・65歳以上800(640)円、中高生500円(400円)、小学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *「アートと音楽」展との共通券:一般1500円、大学生・65歳以上1200円、中高生700円。
住所:江東区三好4-1-1
交通:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口より徒歩9分、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩13分。
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