「ライオネル・ファイニンガー展」 横須賀美術館

横須賀美術館神奈川県横須賀市鴨居4-1
「ライオネル・ファイニンガー展 - 光の結晶 - 」
8/2-10/5



ナチスに『退廃芸術』の烙印も押された、とある一人の芸術家の軌跡を辿ります。1871年、ニューヨークにドイツ系移民の子として生まれ、その後ドイツとアメリカで画業を営んだ、ライオネル・ファイニンガーの日本初の回顧展へ行ってきました。

構成は以下の通りです。

1.新聞掲載漫画(1906-07):ドイツでの制作の出発点となった風刺漫画。版画など計25点。
2.初期人物像(1907-09):画家を志すファイニンガー。風刺画より肖像画へ。
3.キュビスムの発見(1911-18):キュビスム影響下の作品。
4.この世の果てにある都市 - おもちゃ(1910-20):ファイニンガー制作による木製玩具。教会や機関車など。
5.バウハウスと建築(1919-24/37):バウハウスに招聘。版画印刷工房を担当。
6.バルト海/風景(1923-35):主にバルト海沿岸の漁村、デープの地で描かれた海景画。光を透過したプリズムを思わせる、叙情性の高い抽象絵画へ。
7.ニューヨーク 新たな展望(1939-55):ナチスの台頭とともにドイツを離れる。マンハッタン建築を捉えた絵画など。

 

風刺漫画からキュビズム、それに抽象絵画と、ファイニンガーの制作史はかなり多岐にわたっていますが、やはり彼の特徴付けるのは、上に挙げたセクションで示せば6と7、つまりはプリズムを透過した光を思わせる透明感に満ちた、ロマン派の伝統を伝える叙情的な抽象風景絵画でしょう。エメラルドグリーンを基調に、水色や、帆船を表すイエローが幾何学模様をとって交差する「西の海」(1932)は、どこかフリードリヒを連想させるような静謐感が魅力的な一枚でした。また彼のこのような『プリズム抽象画』の特性は、同じ時期、ようはキュビスムを吸収し、さらにはバウハウスでの活動を終えて新たに開拓した都市風景画にも良く表れています。中でも、展示サブタイトルにもある『光の結晶』を見る一枚として、「夜の聖マリア教会」(1931)は是非挙げておかなくてはなりません。画面左手、空高く突き出した教会の尖塔へ向かって、夜の街の淡い光が美しくのびています。光の明度を表す巧みな色のグラデーション、もしくは光の当たった部分の質感を示す塗り分けの細やかさなど、ファイニンガーが半ば実験的に、光の動きと効果を、このような半抽象の世界で表そうとする工夫も見て取ることが出来ました。光と色が一体となってキャンバスより滲みだしています。

 

初期の人物画は、それ以前の風刺漫画をそのまま絵画に移し替えた作品と言えるかもしれません。制作当初からキュビスムの影響を受けたファイニンガーのこと、本格的絵画に取り組み始めてから僅か2、3年にて、色面が直線上に交差する、例えば「青い魚を持つ釣師」(1912)のような作品を生み出しますが、人物の動きや表情には明らかに漫画を思わせる描写がとられています。またファイニンガーでもう一つ興味深いのは、結果的に世に出回ることがなかったものの、ミュンヘンの玩具メーカーの注文を受けて出来た一連の木製玩具です。ファイニンガー自身、鉄道に関心があったせいか、小型機関車の玩具を多く手がけていますが、稚拙とも言える造形にて家や人物を象った作品には、かつて漫画で手がけた表現を連想させるものもありました。ちなみにファイニンガーは、これらの玩具をモチーフにした「この世界の果てにある都市」(1910)という一点の絵画を制作しています。彼が玩具と絵画の双方を行き来しながら、自らのイメージを育んでいったことは間違いありません。



「聖マリア教会」などの一連の絵画が、ミュンヘンでの「退廃芸術」展で晒しものにされる数日前、ファイニンガーは生地アメリカへと帰っていきました。当初、基盤のないアメリカでの生活は困難を極めましたが、1944年にはMoMAで展示が行われるほどの名声を確立します。アメリカへ渡った後の作品を一言で示せば、以前の半抽象の世界にさらなる幻想性が加わっていると言えるのではないでしょうか。展示のラスト、ファイニンガーの死の二年前に描かれたという「魔狼フェンリル」(1954)には言葉を失いました。沈み込むような青みを帯びた空間の中央には、直線の交わりによって出来た白い空間があたかも光を解放するかのようにして空いています。まるで宙に浮び、この窓を通して彼岸へと進み行く魂の帆船です。キュビスムや前衛を超え、ファイニンガーだけが辿り着いた孤高の心象風景がここに広がっていました。

ファイニンガーの海景画と、美術館の眼前に広がる海のイメージが重なります。建物との相性も抜群でした。

今、一推しの展覧会です。10月5日まで開催されています。
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