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その手口に既視感

2018-05-10 01:12:36 | Weblog

トランプ大統領が日本時間で5月9日夜、北朝鮮に捕らわれていた米国人3人が解放されて帰国する、とツイートした。その1週間ほど前には、間もなく解放される見込みがある、とツイートしていた。

同時に、3米国人の解放の発表にあわせて、米朝首脳会談の日程と開催場所が決まったとツイートした。米朝首脳会談の開催地についても、間もなく発表できるとか、軍事境界線も悪くないとか、あれこれ間断なくツイートしてきた。

大統領報道官に発表させるより先に、自らツイートすることで、アメリカ国民とメディの注目を、その内容よりもトランプ大統領自身に向けさせようとする手法だ。

このような情報を小出しにして、自らの存在をメディアと国民に売り込む手法は、今から60年以上も前の1950年代にジョー・マッカーシー上院議員が使った手である。

記者たちに、国務省に巣食っている共産党員とその支持者のリストが間もなく手に入る、明後日には発表できるだろう語り、中身のない予告記事を書かせて世間の関心をあおった。次の発表の日が来ると、ちょっとした支障が生じて、完璧なリストがそろっていないので、発表はあと数日後になるだろう、記者たちに語って関心を継続させ、増幅させた。マッカーシーはこのままではアメリカが共産主義者の思うままになると国民の恐怖を煽った。

記者たちはマッカーシーの言っていることを疑っていたが、世間が強い関心を持っていると思われることがらについて、上院議員が嘘をついていると書くことはできなかった。

トランプはアメリカの領土と安全をイスラム教徒やメキシコ人などから守らねばならない、アメリカの経済を慾深い中国や日本やEUから守らなくては明日のアメリカはない、と煽って大統領になった。

1950年代のアメリカのジャーナリズムはマッカーシーの全盛時代に、マッカーシーは嘘つきたと書かなかった。2017-18年のアメリカの新聞のかなりが、特にニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが、大統領トランプは嘘つきだ、とオピニオン欄に書いている。大統領は嘘つきだと書きながらも、大統領のツイートは報道しなければならない。真偽に関わらず、大統領が語ったことはメディアで伝えられねばならない。

どこかの国の首相が、膿を出し切る、と語れば、そう語る本人がウミの親、という深刻なジョークのあることを知りつつも、それが活字なって伝えられ、音声がテレビで流されることになる。報道の中立性・客観性、ニュースとオピニオンの分離という枠組みがあるからだ。対抗手段としては、読者・視聴者がメディア・リテラシーを磨くしかない。

それはさておき、1950年代のマッカーシーの「赤狩り」で、国務省は東南アジア関係の、特にベトナムの専門家を失った。豊かな現地体験と知見、それにもとずいた将来展望を政治家に伝えることができるスぺシャリストをマッカーシーが追い払ったことが、アメリカのベトナム介入とその後の悲惨な泥沼の一因であるとする歴史家もいる。

トランプ大統領はTPPから離脱した。地球温暖化対策のパリ協定からも離脱した。イラン核合意から離脱した。中国と貿易戦争も辞せずの構えをみせている。米国大使館をイェルサレムに移すことで中東和平のプロセスを複雑にしている。彼のイスラエル寄りの姿勢がサウジアラビアをのぞく中東諸国とイランの反感を高めている。

マッカーシーが招いた混乱はアメリカのジャーナリズムと政治の陰鬱な研究材料になった。リチャード・ロービアは著書『マッカーシズム』(岩波文庫)に、マッカーシーを「アメリカが生んだもっとも天分豊かなデマゴーグ」であり「アメリカ人の心の深部にかれくらい的確、敏速に入りこむ道を心得ている政治家はいなかった」と書いている。

トランプの時代のアメリカが何を失い、何を得たか。いずれ誰かが『トランピズム』という本を書くだろう。それを楽しみに待っている。

(2018.5.10  花崎泰雄)

 

 

 

 


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