1965年のことだが、「中共が核を持つなら日本も核武装せざるをえない」と、佐藤栄作がリンドン・ジョンソンに日米首脳会談で言ったという記録が米国務省に残っている。いつもながらのことではあるが、日本ではこの種の記録はとられなかったり、途中で消されたりするケースが多いのだが、アメリカ合衆国政府はそうした記録をきちんと保存し、一定の時間が経過すると公開している。ともあれ、歴史に対して正直であろうとしている点においてアメリカの政府の方が日本の政府よりましだ。
佐藤発言から四十余年、いまや中国は堂々たる核大国になった。噂では、米ソの10,000発前後には及ばないが、中国は英仏と同程度の200から300発の核弾頭を持っている。中国は米ソに次いで世界3番目に人間を宇宙に打ち上げたロケットも持っている。
だが、日本は核武装に至っていない。あまつさえ、佐藤栄作は非核3原則堅持でノーベル平和賞をもらっている(キッシンジャー、オバマ、EUとこの賞ははずれが多い)。
佐藤栄作の親戚で目下の自民党総裁・安倍晋三は「憲法は核保有を禁じていない」としているが、「政府としては非核三原則を堅持する」と、腹痛で総理大臣を辞める前の内閣総理大臣時代に見解を表明している。
石原慎太郎も都知事の時代から、「日本は核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいい。これも一つの抑止力になる」と言い続けており、先日も東京の外国特派員協会で同じ見解を繰り返して披露した。この見解に何らかの新しい意味があるとすれば、このとき石原は日本維新の会の代表になっていたということだ。
日本はスーパーコンピューターを持っている。それを使ってシミュレーションをするにしても、まずインプットするデータが必要だ。日本政府はそうした核シミュレーション用の信頼できるデータを持っているのだろうか。持ち合わせがない場合、核拡散防止条約違反を承知で、アメリカ政府に核シミュレーションをしたいのでデータを分けて頂戴とねだるのだろうか。そのあとの作業である、シミュレーションの結果が正しいかどうかをどうやって検証するのだろうか。
自民党幹事長の石破茂は、「日本は核兵器を作ろうと思えばいつでも作れるという状態が抑止力になるので、プルトニウムを作り出す原子力発電はやめられない」と言っている。
原子力委員会の「我が国のプルトニウム管理状況」によると、2011年末現在、日本は国内に9トン、国外に35万トン、合計44万トンのプルトニウムを保有している。日本は衛星打ちあげ用のロケットも持っている。
北朝鮮が「衛星打ち上げ」と言っても、諸外国が弾道ミサイルの実験とみなすように、日本のH2ロケットを弾道ミサイル、保有しているプルトニウムを燃料ではなく核兵器の原料とみなす国は当然あるだろう。そのことを、石破は正直に告白しているのだ。
佐藤栄作の時代から保守派の一部政治家は核武装を唱えてきたのだが、それが実現しなかったのはなぜだろうか。
日本は核拡散防止条約に加わっている。この条約は米ソ英仏中にだけ核兵器の保有を許し、非核国には核兵器の製造と取得を禁止し、一方で保有国は条約で課せられた核廃棄の義務を実行していない不平等な条約だが、日本が核兵器開発のシミュレーションを始めると、この条約が動き出す。
そのあとはシミュレーションをするまでもない。日本に対する制裁措置が始まる。それは尖閣問題をきっかけにした中国の日本製品不買運動の程度の対日経済圧力とは比べ物にならない深刻な規模になろう。
日本の親分であるアメリカでは最近、保守派のシンクタンクが日本を核武装させてアメリカの核による世界秩序の片棒を担がせようという意見を発表しているが、日本の核武装推進はすぐさま韓国や台湾に感染し、東北アジアに収拾がつかなくなる状況が発生するので、アメリカ政府は日本政府に「ちょっと待て」と声をかける。
アメリカ政府からの「ちょっと待て」の声が日本政府にどれだけの衝撃を与えるか。それは2030年代に原発ゼロという計画を、アメリカの反対で野田内閣が閣議決定できなかったことであきらかである。
右翼政治家たちは以上のことを百も承知のうえで、左翼が消え去り、重心がどんどん右へ右へと傾いている日本の有権者の心情をくすぐり、かれらから一票をくすねとる目的で甘言を弄しているのだ。
(2012.11.23)