ひどく寒い夜から朝になって・・・・ずんやりと・・・さぶい・・いちんちになったです・・。全く・・・真冬に逆戻りしたかのようになって・・・。
五木の子守歌やったかね・・、「雪はちらつくし・・子は泣くし・・・」みたいな風景が頭をよぎる・・。ふるい発想やけれど・・・昭和の23年生まれのおじさんだからねw・・・。
それはさておき・・・昨年の秋くらいからだろうかね・・。さぬき広島と丸亀港を航行しているフェリーボートの新造船の船名を募集していたのは・・・。その船名が先月上旬に決まったらしい・・・。
今は・・「備讃フェリ」という会社が・・「びさんⅡ」というフェリーと、「ニュービサン」という高速艇を使って運行してるんだけれど、フェリーが老朽化したのと、高齢者とか足の不自由な方には不便な船になったもので、丸亀市が船を新造して、それをフェリー会社に貸与するという形になるらしい・・。
で、その・・新造船の名前が決まった・・という。それが・・「しわく丸」というのだそうだ・・・。むむむ・・・というような名前だけれど、丸亀市が決めたのならば仕方がないね・・。
それから・・これも、さぬき広島の情報なんだけれど、今年の「さぬき広島お大師参り」は、4月23日(旧暦3月21日)の土曜日に行われる予定らしい・・。ちなみに、塩飽本島のお大師参りは旧暦3月4日で新暦では4月6日の木曜日になるらしい。この写真は・・・昨年のもので、一番札所の「お大師堂」だ。
これが・・・我が家の島の家の裏庭にある・・「サクランボ」の桜と言われている。誰が植えてくれたのか記憶にないのだけれど、この花が咲いて終わったら・・・サクランボの実がなる。ただ・・ここはほとんど・・無人状態になるので、実がなっても食べた記憶がない・・。柿とか梅とかも・・・。
ということで、朝の八時半のフェリーで島を出た。なにせ・・風が強いもので、高速艇が出ない可能性もあるので、大きなフェリーが確実かなぁということで島を出たが、折からの強風で・・・右に揺れ、左に揺れながら・・・それでも・・堂々として・・・丸亀港に入った・・・。港内に入ると海はおだやかになる。周りの建物が風を防いでくれるからだ・・。
ここは・・造船所だけれど、煙突ばかりを作ってる部署らしい・・・。
途中を省略して・・・娘の家がある屋島に戻ってきた。で、午後1時半の約束までには3時間もあるものだから・・・ホームセンターに立ち寄った。ここならば・・・二時間くらいは過ごせるかなぁと思って・・。
で、とにかく・・・朝昼兼用のお食事ということで・・・変わり映えがしないけれど、ホームセンター内にある「七五家:しちごや」さんに寄ってみた。腹が減っては買い物はできん・・」・・ほんまは買い物なんぞしないくせに・・。
こういう券売機で・・・あらかじめ食券を買う・・・。さぬきのうどん屋さんは横着でっしゃろ。何から何までお客にやらすんでっせ・・。で・・・かけは飽きたし、カマタマは時間がかかりそうやし、ザルは時期的に似合わんし、天ぷらは・・油っこいし・・・。ということで、きつねうどんになった・・。しょうもない選択やねぇ・・。
ま、麺も・・お出汁も・・・揚げも・・・印象には残らない・・・普通の難なく味なく・・記憶なく・・・みたいなおうどん。ただ・・・。ただ・・。ただ・・。
この・・おねえさんが・・・印象に残っただけ・・。
我が家に戻っても・・・雪だったね・・・。3月のお彼岸前には寒くなるって言うのはいつものことだからね・・。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。
煙突だけの造船所、ユーモラスですね。煙突ってどうして心が和むのか不思議です。キットそこに暖かな食事と団欒があるからでしょう。
被災地の方々のご苦労を思い、温かいものが食べられることに感謝しなければ。
ずんやり…懐かしい言葉ですね。きようはずんやりテレビ見よったとか言いますよね。
今日も夕方は雪でした・・・。思い出したみたいな雪だったですよ~・・・。
船の煙突・・・というのも、今は形だけなんです。昔みたいな石炭とかコークスとかを焚かないものだから、あんなものはほとんど必要がない。ところが、いつの頃か、「社名表示」という意味で煙突があるんですよ。煙突を見れば、どこの会社のものかがわかる仕組みになっている。そういう意味で会社員の胸バッジみたいなもの。今度、船を見たら、煙突に注目してみて下さい。「あ、あれは日本郵船」「あ、あれは海上保安庁」・・みたいなもの。
今日もよ~け、テレビを見たんで~。ほんどり、こまってしまうがな・・。