まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

穏やかな二百十日の草の風

2020年08月31日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から34.8度、湿度は94%から64%、風は1mから2mの北の風が少しばかり。明日の9月1日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、大気の状態が不安定となるため、昼過ぎから夜のはじめ頃にかけて、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 103/45/78 36.2c-97% 59.8Kg 27.2c-84%-1009hpa 体調は今日も安定している。朝夕は涼しくなってしのぎやすくなってきた。

 

 さぬき市志度町の「志度まちぶら探検隊」の「お遍路マニュアル」らしいが、そういうガイドブックがあるわけではないらしい。

 

 それならば・・・ということで、夏休みの宿題提出ということで、こういうものを作ってみた。まだまだ試作段階のイメージ案である。

 

 こうしてできあがったものを、

 

 このように上下半分にして、背中に切り込みを入れる。そこで折り紙のように追っていくと・・・、

 

 このようになる。これをさらに織り込むと、

 

 こういうガイドブックになるというもの。こういうものを、大窪寺班で、いろんなパターンを出し合ってみようと提案する訳だ。これはA4判でやってみたが、A3判でやってみたら、それらしいガイドブックになりそうだが。

 

 こういう感じのミニブックができあがる。

 

 さて、午前九時を過ぎたら金融機関やお役所が開いて、新しい週が始まる。

 

 先週末に郵便受けに入っていた、自治会堂の浄化槽検査費用の請求書である。我が家と島の別荘とこの自治会堂の検査費用と年に三回も支払いをしないといけない。その上に浄化槽の管理費用も同じように必要になる。ややこしいことだ。その費用をJAさんの口座から引き出して、

 

 郵便局から支払っておく。ほかに郵便物2通も送っておいた。週明けは、こうしたお仕事がメインになる。

 

 「今日のお昼はカレーライスを食べておいてね」と奥方は出て行ったが、それもつまらんなぁと、温玉・野菜カレ-うどんと野菜サラダ付きにした。

 

 うどんもいいが、時期的には、「そうめん」もいいかなぁと食べながら思った。「温玉・野菜カレーそうめん」もいいではないか。夜はアジのたたきと野菜カレーライスに野菜サラダ付きの予定。野菜ばかりだが、骨もなければ尻尾もないのがうれしいではないか。

 

 で、明日の観光ガイド・大窪寺班の勉強会が終われば、いよいよと、闘病記の執筆になる。でも、9月になれば、市民病院の眼科の検診やら、民児協の「ひとり暮らし訪問」やら民児協の定例会、山の神神社の秋の例祭の準備やらとバタバタ予定・・・。

 

 ちなみに、「あかつき丸」というのは、こういう私のマイボートの名前。正規には「あかつきⅡ」という名前だった。今はしわく広島の漁港に係留したまんまになっていて、もう、私にはこれを操船する気力も体力も自信もないし、奥方には「乗ってはだめよ」と、きつく禁止されてしまっている。

 

 なんだかんだと、落ち着かない今日このごろ。

 

 今日の掲示板はこれ。「気が進まなくても時間は進む。とりあえずやってみたらあなた自身が一歩進む。」というもの。- ヤポンスキー こばやし画伯 -のイラストと言葉から。ちなみに「ヤポンスキーこばやし画伯」というのは、本名:小林 英彦(こばやし ひでひこ)、1975年5月1日 - )は、日本のお笑いタレント。長野県松本市出身。ワタナベエンターテインメント所属。ヤポンスキーというのは、ロシア語で「日本人」という意味らしいが、正確には「イポンスキー」というらしい。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


あきあかね飛んで停まって草の陰

2020年08月30日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるけれど、強い日射や湿った空気の影響で夕方は雨や雷雨となる所があるらしい。気温は26.5度から35.4度、湿度は96%から70%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の31日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 105/50/78 36.1c-96% 59.6Kg 26.3c-84%-1010hPa 数字的には問題ないが、今朝もまた救急車のお世話になった。

 

 今朝の2時半過ぎに、両足に鋭いかゆみを覚えて飛び起きた。何かの虫にでも噛まれたのかと虫刺されのかゆみ止めを塗ったのだが収まるどころか全身に湿疹が出た・・・。これは「閲覧注意」のために軽傷の部分だけの画像である。

 

 で、当番医だった、いつもの県立病院での診察になったが、内科のドクターが当番なもので要領を得ない。

 

 で、抗ヒスタミン薬の点滴を受けたら、魔法のように湿疹が消えた。で、そのまま奥方の車を運転して戻って来た。

 

 血圧や脈拍には全く変化がないし、体温も36.2度と平常と同じ。

 

 かゆみは消えても湿疹はなかなかには消えてくれないが、これで湿疹救急は3度目だ。最初は今年の2月28日、カレイの煮魚を食べて医大の救急救命センターに搬送されたし、6月の28日には、牛肉の食べ過ぎで屋島総合病院に搬送された。

 

 で、今回は、奥方の言うことには「生ハムの厚切りが原因かしらん・・」ということで、今後しばらくは生ハムは食卓には出さないそうだ。だんだんと食べるものがなくなっていく。

 

 家に戻ると、全くの正常でどこも痛くもないし、かゆみもない。だから、来週用の資料作成をやっていた。

 

 で、10人分の講義資料を印刷製本していた。

 

 お昼は野菜そうめんと野菜サラダ付きである。今のところ、野菜は大丈夫みたい。

 

 で、お昼からは薬局に行って、処方された「オロパタジン塩酸塩錠5mg」という薬をもらってきた。皮膚炎・皮膚治療薬・皮膚トラブル・かぶれ・タイプ: あせも, じんましん, 虫さされ, 植物かぶれ, 湿疹・皮膚炎, 手湿疹・主婦湿疹, 金属かぶれなどの薬らしい。

 

 今日の掲示板はこれ。「「思えば叶う」そうなりたい そうなりたいと信じる そのように努力をする そうすればそうなる」という高橋福八さんのことばから。そうなりたいと願い=願と、そのように努力する=行とが揃えば、「願行具足」ということで、ものごとは成就する。かの法蔵菩薩が四十八の請願を起こし、それが成就して阿弥陀如来となった話は有名なこと。願いだけでは物事は叶わない。努力ばかり でも物事は叶わない。そうなりたいという請願・願望と、そうしたいという行為があってこそ、物事が叶うのだと、高橋さんは言うているのである。でも、そうならない場合もあるなぁと、思った今日のできごとであった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


鈴虫がよく啼く朝だ伸びた髭

2020年08月29日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、湿った空気や強い日射の影響で夕方から夜のはじめ頃、雨や雷雨となる所がある見込み。気温は26度から34.5度、湿度は94%から72%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の30日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる予想。

 

 101/53/79 35.9c-95% 59.6Kg 25.9c-84%-1009hPa 体調に変化はないが、涼しくなるといいながら涼しくはならないし、雨が降る、雷雨になるといいながら晴れてばかりの今日この頃。

 

 この終末は何の予定もなく、おだやかに過ごせると考えていたのだが、田舎生活には欠かせない「amazon.com」から、アカウントの確認が取れないとか、支払い方法に誤りがあるとかで、レジが通らなくなった。カード番号だって変更していないし、期限が過ぎている訳でもないのに。

 

 一つ、一つ、確認していって、ようやくに一冊の本が買えるようになった。と、同時に、「Office2000」のサポートが終わるので、「Oficce365」を買えと言ってきた。現在、6台のPCを使っているが、そのうちの2台のOficceが有効期限切れだと言い出した。そんなはずはないのだが、面倒だから、365に入れ替えることにした。

 

 これを6台のPCにインストールしてゆくのも大変なのに、

 

 今度はウィルスソフトのサポートが終わるので、新しい「ノートンセキュリティ」に載せ替えろと言うてきた。泣き面に蜂みたいなもんだ。1台でも面倒くさいのに、それが6台だ。泣きそうになったくらいだ。それをやっていると、「サポートは5台までだ」とクレームが出る・・・。おら、こんな村いやだ、おら、こんなことイヤだ・・・」

 

 でも、乗りかかった船だ、乗り切ってゆかねばならない。

 

 今日のお昼は冷やしうどんと野菜サラダ付きである。今日はごく、シンプルなおうどんになった。それどころやないで・・・というのが本音のところだ。

 

 さて、食卓の上に、これ見よがしにパンフレットやメモ書きが置いてある。何気なく手に取ると・・・。

 

 マリンライナー・山陽新幹線・東海道新幹線ひかり・東北北海道新幹線はやぶさ・はこだてライナー・東北北海道新幹線はやぶさ・北陸新幹線あさま・北陸新幹線はくたか・特急ワイドビューひだ・東海道新幹線ひかり・山陽九州新幹線さくら・快速なのはな・山陽九州新幹線さくら・マリンライナー・・・と書いてある。

 

 で、湯の川ホテル泊・北軽井沢泊・下呂温泉泊・指宿温泉泊・・・という壮大な旅行プランである。これを、四泊五日で旅するってかい・・・。私のおつむはパニック状態。4時間もの新幹線の旅はトイレに困るし、今はやりの感染症も怖いではないか・・・。

 

 「あんた、まだ、この世に未練があるん??」と言われたら、未練はないし、怖い物もないが・・・。「ハネムーンしか思い出ってないのよ」と言われても、北海道だって、福島だって、長崎だって、福岡だって一緒に行ったはずなのに・・・。

 

 「私がいない間には、木に登ったり、木の枝を切ったり、草刈りだってやってるじゃないの。医学上の問題でもあるの?日浦ドクターに訊くよ」とは、地獄の奪衣婆みたいな奥方だなぁと黙って居るしかないのか。

 

 今日の掲示板はこれ。「夢を現実にする一番良い方法は 眼を覚ますことだ」という、ポール・ヴァレリーの言葉から。英語では「The best way to make your dreams come true is to wake up.」と言うらしい。夢をみるのはいいことだと思うのだけれど、でも、「消え去る夢」にしないためには、目を覚まし、現実的にものごとを進めていく必要があるという意味なのだけれど・・・。奥方の夢を現実にするためには、やっぱり、奥方に目覚めてもらうのが一番だけれど、私が諦めて黙っているのが一番かなと思う今日この頃である。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


窓越しにヤモリの逢瀬生あくび

2020年08月28日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、湿った空気の影響で昼過ぎから夕方は雨や雷雨の所があるらしい。気温は25.5度から34.4度、湿度は92%から72%、風は0mから1mの南南西の風が少しばかり。明日の香さぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れるが、湿った空気の影響で昼過ぎから夕方は雨や雷雨の所がある見込みらしい。

 

 114/52/79 36.3c-96% 60.4Kg 26.4c-83%-1008hPa 今日も身体が軽いと言うかおなかが軽い・・・という感じ。これが普通なんだろうなぁと思うが、これまで数年間は、このおなかに砂袋が入っていたような感じだった。

 

 肝臓に良いと言われている漢方薬を煎じて飲まされているが、目に見えての効果はまだない。先日の数値では、γ-GTPが143。上限は74だったような。去年あたりは265だったから、幾分かは改善されているのかなぁと思うが、定かなことではない。

 

 当面する行事が、来週火曜日の9月1日の大窪寺班の勉強会だから、今日もその資料作りに余念がない。朝の9時から始まって、およそ10時半くらいの会合だから、その準備もしっかりといる。90分ひとコマの講義みたいなもんだ。

 

 「阿弥陀堂」は、”Amida Hall" でいいのじゃないのかな。「宝杖堂」はすなおに、”Stick Hall" でいいような気もするが。

 

 今月もまた、高額医療費請求の事務作業。なんか、得した気分になるけれど、先に支払った医療費の一部を戻してもらうもの。毎月、粛々と作業する。

 

 で、市役所に行って、その書類を提出してきた。

 

 担当者も慣れたものだから、「はい」、「ハイ」と手際よく処理してくれた。支払いは9月30日というのだから一ヶ月後になる。

 

 こういう書類がようやく所属寺院から届いた。20日あまりもかかるのだから忙しいのかな。それを、上役のお寺さんに届けてきた。

 

 自粛だ、自粛だ、なんだかんだと言いながら、お寺さんも忙しいらしい。ハンコ一個をいただくために右往左往しないといけない。

 

 今日のお昼も似たようなお食事。昨日はうどんで、今日は冷麺だったら、明日はそうめんかな。で、トッピングはみな同じだというのは手抜きだな。ま、おつむを使わなくて済むから楽なものだ。

 

 肉も魚もアレルギーだから、サンマの味噌煮くらいは許容範囲みたい。

 

 お昼からも、勉強会のレジュメ作り。「習って、覚えて、真似して、捨てる。」でも、なかなかに捨てられずに同じ所をクルクル・クルクル・・・。

 

 でも、どうにか用意はできたみたい。

 

 今日の掲示板はこれ。「きれいな心になって合掌するのではない。思い煩うままに手が合わされる」というもの。本当は・・本当の宗教は・・・「きれいな心になろう」と言うのかも知れない。でも、私たちは・・きれいな心なんぞにはどうしたってなりきれない。どんなにしたって合掌すらできない・・・。そんな私たちが救われるとしたら・・・、この思い煩うままの乱れたこころ、汚れたこころ、迷い続けるこころのままに・・・手が合わされるのを待つしかないではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


突然の雷雨に日記を濡らされた

2020年08月27日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となる所があるらしいが、その気配はまだない。気温は26度から35度、湿度は88%から68%、風は1mから6mの東南東の風が一時は強かった。明日の28日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるが、午後は湿った空気の影響で概ね曇り、雨の降る所がある見込み。

 

 103/52/79 36.4c-96% 59.6Kg 28.3c-70%-1007hPa 身体の変化はない。でも、昨日は介護ベッドを交換したためか、枕の位置が高かったのか、安眠まではいかず、ほぼ、1時間ごとにトイレに行ったために寝不足気味で頭が重い。

 

 そうは言いつつ、午前6時を過ぎると体内時計が調節できたものか眠気もなくなった。で、今日の予定は、集落内の「橋梁点検の検査立会」が一件と、我が家の空き瓶改修が一件だけ。今日も夏休みの自由研究だが、これは「課外」みたいな、「あ、そうだったんな、お大師さん」の原稿書き。

 

 今年のさぬき市観光ガイドは、ほとんどが「中止」状態。ガイドの養成講座も、さぬき市の88ウォークも中止だから、何か一つでも事業らしいお仕事をやっておかなければならない。来年三月の、「柴灯大護摩供」とルンルン♪事業は予定通り進める方向。それまでのつなぎ事業が欲しいところ。

 

 昔、私の会社の社長が、「習って覚えて真似して捨てる」という言葉で有名になった。私たちはそういう言葉尻だけを捉えて、すぐに、「習って覚えて真似して捨てる」を悪用することばかりを考えていた。また、そのお友達だった人が、「知恵ある者は知恵を出せ。知恵なき者は汗を出せ。それもできぬ者は静かに去れ」と言って波紋を巻き起こした。松下幸之助もあきれて「あ、潰れるな・・・」と言ったそうだ。

 

 その後の社長は、「お客様第一、上司は二の次」と言い出して喝采を浴びた。「現地に行こう、現物に触ろう」というフレームズも脳裏に刻まれている。だから、今日も現地に行ってきた。現物に触ってきた。

 

 この言葉(句かな)の「三寸減りし」は覚えているのだが、上の句と下の句が思い出せなかったのだ。そこでさぬき市前山まで走って行ってきた。もちろん、車でである。

 

 「打ち終へて」というのは、札所を回り終えて・・・という意味である。四国八十八ヶ所を回り終えると、お大師さんと頼んですがってきたお杖(金剛杖)が三寸も減ってしまったよ・・・」という句である。一寸は約3.3センチ、三寸で約十センチである。

 

 で、できあがったのが、この原稿である。こんな風に、大窪寺ガイドができないだろうかというたたき台である。

 

 あと、写真にするか、イラストにするかは追って考えることにして、一応は流れを押さえておきたいものだとやっている。

 

 ところが、QRコードがうまく載ってくれない。実際のコードはちゃんと認識できるのだが、原稿に貼り付けるとうまくいかない。貼り付け方の問題ではあるらしい。

 

 今日のお昼はこれ。サンマの味噌煮と野菜ぶっかけうどん小のそのままと野菜サラダ付きである。自分ではヘルシーだと思っているのだが、おなかもすぐに「減るしぃ~」でもある。★注(そのまま・・というのは、温めもせず、冷やしもしない、そのままの状態)

 

 夕方の16時前からにわかに雷鳴がとどろき、大粒の雨が降り出してきた。大慌てで全ての窓や引き戸を閉めて回り、濡れるものはみな、片付けておいた。降る、降ると言いながらなかなかに降らなかったが、ようやくのことで、雷雨になった。野菜たちは一安心だろうと思っている。

 

 今日の掲示板はこれ。「ありがとうと心から喜べぬ ごめんなさいと心から恥じることもできぬ 今日も如来のご苦労が身に染みる」というもの。これまた、どこのどなたの言葉かは分からないのだが、親鸞聖人は自身の在り方を直視されて、

愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証に近づくことを快しまず
『教行信証』親鸞聖人(真宗聖典251頁)

と、ごまかすことなく正直に述べられている。また『歎異抄』では、

念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり
『歎異抄』(真宗聖典629頁)
 と、ここでは親鸞聖人ご自身も唯円と同じく「念仏申しても歓喜のこころが湧いてこないし、浄土へ往きたいというこころもない」とまで言われるのである。勿論これらは開き直っているわけでも強がっているわけでもないのだろう。念仏申しながらもいつの間にか善人になったように思い、本当の自分から目を逸らし、ごまかしながら生きているのが私たちである。ある意味、私たちは自分から目を逸らしている方が楽なのかもしれない。醜い自分の姿を見たくはないではないか。なんと強情な私たちであることか。なんと傲慢な私たちであることか。それでも親である如来は私たちを「いとおしい」「いとおしい」と見守っているのである。そんな親心を知っていながら、それでもまだすなおになれぬ私たちであることか。まるで反抗期の青年時代みたいではないか。
 
 
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。

夏らしく花も呑むのか酔芙蓉

2020年08月26日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われてはじめは晴れているが、湿った空気の影響で次第に雲が広がり、雨や雷雨となる所がある見込み。気温は24度から36.8度、湿度は90%から68%、風は1mから5mの東南東の風が一時は強かった。明日の27日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 112/59/79 36.1c-95% 59.4Kg 27.2c-73%-1006hPa 朝方は、ようやくに夏らしい風景になったかなぁと思ったのだけれど、午後からは強烈な暑さになった。

 

 もう、今週の予定も終わったし、今月の行事予定もないので、来月頭の観光ガイド大窪寺班勉強会の資料を作っていた。はやくも、もう5日しかないのだ。

 

 これは七月中旬の外国人記者に上がり三ヶ寺(86番志度寺・87番長尾寺・88番大窪寺)を紹介するという事業だった。その報告書というかレポートである。志度寺さんは担当者数名がガイドして回ったし、長尾寺ではほぼ全員の班員が参加してガイドした。我が大窪寺班は誰も来ずに私一人が案内した。これをどう総括するのか・・・。私たちは今後、どうあるべきなのかと・・とか。

 

 この黄色いシャツの方が記者さん。黒いシャツの方が通訳さん。この三ヶ寺のうち、本堂内を拝観できるのは大窪寺だけだったし、納経所に入ったのも大窪寺だけだった。もちろん、おみくじを引いたのも大窪寺だけだった。そのあたりを力説したい。

 

 これはさぬき市志度をガイドする「志度まちぶら探検隊」の資料だが、大窪寺だってやってるよ・・・ということで、

 

 A4判の用紙一枚で簡単に作れる参拝の作法集である。こういうものを作っていたし、昨日の源内さんのお話もまとめていた。

 

 今日のお昼はおそばだった。今日は調子がいいのか身体が軽くて、体重も59.6Kgから59.2Kgあたりになったから、食事もおいしくいただけた。

 

 話は前後するが、朝の間に、お布団をベランダに干して、介護用ベッドを空けておいた。今日はベッドの入れ替えである。「要介護1」と「要介護2」ではベッドの仕様が違うらしく、より便利なベッドにしてくれたみたい。

 

 私にすれば、どっちでもいい話なのだが、ケアマネさんがそうしろというので、そうしてもらった。

 

 で、13時からはベッドの解体撤去が始まって、新しいベッドが運び込まれた。旧が黒色で、新しいのは白になっている。

 

 単に色が違うだけではなくて機能が違うらしい。スリーモーター仕様で、高さや頭、足、腰あたりも微妙に調節できる。

 

 で、マットも置いて機能試験中・・・。ほぼ1時間のお仕事だった。

 

 業者さんが帰られると、干してあった布団を乗せてみた。特にこれという変わったものはない。体重が測れたり、血圧が測定できたら便利だろうなぁとは思うが、そこまでの機能はない。

 

 ベッドカバーも掛けておいた。

 

 松葉杖・・・というのかと思ったら、「ロフストランドクラッチ(英語: Lofstrand Crutch)」というのだそうな。名称は発明した A.R.Lofstrand, Jr. に由来するそうで、 ステッキのような形状の杖にカフと呼ばれる肘(腕)を固定するサポート機構が備えられている。グリップを握り締めた力と、カフで固定した肘部分の力が杖先に伝わるよう、絶妙な角度で杖の支柱が伸びているのが特徴的で、この角度によってグリップとカフで固定した力が真っすぐ杖の先に伝わる設計になっているそうな。奥方に言わせると、「やりたい放題やな」というのだが、それも仕方あるまい。

 

 こうして使うのだそうな。慣れたら、これは楽な装置だ。これは「デモ用」で、気に入ったらレンタルできそうな。月100円らしい。高いとみるか安いと思うか・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「すぎさりし日は私の深さであり 来たる日は私の広さとなる。今、このひとときをていねいに生きよう」というもの。これまた、どこのどなたのことばかは分からないが、布教使の先生が引用するほどだから、有名なお方の言葉なのだと思うのだが・・・。まさにこの言葉とおり・・・。今のひとときを、丁寧に、丹念に、コツコツと生きていきたいものである。そうすれば、私の深さも私の広さもぐんと、その領域を益すことになるだろう。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


真夏日を見つめ続ける花オクラ

2020年08月25日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、湿った空気の影響で、昼過ぎから夕方は雨や雷雨となる所があるらしい。気温は26.0度から34度、湿度は96%カラ66%、風は1mから4mの東の風が少しばかり。明日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるが、台風第8号からの湿った空気の影響で夕方から曇り、夜は西讃を中心に雨が降る見込み。

 

 102/54/78 36.4c-98% 60.2Kg 24.9c-84%-1005hPa 体調に変化はない。

 

 今朝の朝食である。決まった時間に起きて、決まった時間に食事をして、決まった時間に寝る。体内時計がそうさせているみたい。眠たくなっても寝る時間意外には寝られないし、休みだからとゆっくりしようとしても身体が許さない。

 

 さて、昨日だったかのニュースで、さぬき市志度の町に、こういう新しい標識ができたそうな。これを大窪寺観光ガイドにも生かせないだろうかと視察に行ってきた。「そうだったのか!?源内さん」というキャッチコピーも気に入った。

 

 看板にQRコードを貼り付け、手持ちのスマホを使えばより深い解説が読めたり、源内通りにある源内スポットを一目で見られるようになっているらしい。これも地元さぬき市のまちの達人「志度まちぶら探検隊」さんとコラボして、会議に会議を重ねて出来上がったものだという。

 

 こういうQRコードにスマホをかざせば、ホームページからの情報が読み取れる仕組みである。

 

 「平賀源内旧邸」から「志度寺」まで続く東西約1kmの直線道路『源内通り』。そこを志度寺から源内旧邸まで歩いてみた。歩くのはいいが帰りがしんどい。でも、歩くしかないので歩いてきた。

 

 朝方の源内通りは静かそのもの。ま、今日はデータを集めて歩いただけ。後は自宅からWeb調査。「ほぉ、そうだったんな、お大師さん」というコピーでは面白くないか。

 

 早速に奥方は修理の終わったテーブルを自分のアトリエに運び込んで作業テーブルに変身させていた。椅子まで自分で運び込んでいる。アイロン台まで用意している。

 

 今日のお昼は冷やしうどん。暑い時期には熱い物もいいのだろうが、私はどうしても冷たいおうどんになってしまう。

 

 お昼からは、「サービス担当者会議」。私の介護認定「要介護2」になったので、そのサービス会議である。どうして欲しいか、どういうサービスが望ましいか・・・などの会議である。ケアマネさんと介護サービス会社の担当者とを交えての話し合いになった。私は「松葉杖」を希望した。松葉杖と言ってもケガをしたときに借りる病院の杖ではない。新しい形のツエである。

 

 こんな感じになるだろうか。とにかく、足が悪くて立ち上がりや立ち下がりが難しい。自宅ならばどこかにしがみつけばいいのだろうが、外に出たならばそれがない時が多い。それと、介護ベッドもより便利なものに交換される。それが明日には交換してくれるという。

 

 15時からは、例の防災行政無線の電柱建設位置について、市役所の担当者や通建会社の担当者らと現地立会(りっかい)。役所はなんだかんだと、設計図通りの場所に建てたいらしいが、地元としてはそうはいかない。技術的なことはわからんから、よろしく善処するようにお願いしてきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「やるか、やらないかですよ、人生は。やればそれだけのものが返ってくるし、やらなければそのままですよ。なんにもない。」という、元メジャーリーグの投手だった桑田真澄さんの言葉らしい。行動しなかったら何も変わらない。できるかできないか考えても結局できないと言い訳をしてしまうもの。そんな時はまずやると決意してみるがいい。そのあとにどうすればできるかを考えること、何もしないでできないというのはもったいないと思うのだ。「やる」と決めると脳がフルに活動して、どうにかできる方法を検索するそうだ。人生はやるかやらないかだ。やった人だけが結果を出し後悔のない人生を手に入れるのだと思うのである。蒔かぬ種は生えぬ。蒔いた種は刈り取らねばならぬ。できるかできないかの問題ではなくて、やるかやらないかの問題である。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


蝉の声宿題ばかりが気に掛かる

2020年08月24日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は25度から33度、湿度は92%から70%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の25日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れるらしいが、湿った空気の影響で夕方からは曇る見込みらしい。

 

 108/57/79 36.3c-98% 60.4Kg 26.2c-81%-1008hPa 体調に変化はない。20時58分に寝て、4時45分に起きる。極めて健康的な毎日。

 

 今日は56日ぶりに県立病院の内科予約診察日になっている。7時45分に我が家を出て8時20分ごろに病院に入った。朝の国道はずいぶんと混むものだと内心は焦っていた。

 

 8時半ジャストに胸部レントゲン撮影。胸の写真一枚だけ。数分で済んだ。

 

 続いて検体検査で採血と採尿。これも数分ずつで済んだ。ここは患者さんが少ないのか、最近は淡々と検査が進む。

 

 採尿だって、いつもは時間がかかるのだが、あっという間に済んだ。内科の受付を済ませ、体重測定を済ませるとほっとする。今日の体重は60.8Kg、我が家では60.6Kgだったので、そのくらいは許容範囲だろう。自販機でお茶を買って飲んでおく。これで体重が変化しても記録が残っているので大丈夫。BMIも23.9だから許容範囲。日本では、18.5から25未満が普通体重とされている。それ以上になると肥満になる。

 

 それからが待ち時間になって、予約時間は9時30分。およそ40分もある。血液検査が1時間を要するから、それが待ち時間となる訳だ。

 

 でも、患者さんが少ないのか9時過ぎにはドクターに呼ばれた。心臓は変わりない。肺の胸水も変化がない。良くはならないが悪くもなっていない状態。「無理せず、油断せず、安静に・・・」ということで診察はおしまい。「肝臓の具合はどうですか」と尋ねると、「あれだけ無理をしていたのだから、そんなに簡単には変化しませんよ。肝硬変が進行し、肝臓がんの一歩手前でしたからね」と、きつ~~い眼でにらまれた。

 

 それもそうだと納得して病院を出た。その後、農協バンクというのかJAさんで、昨日のお地蔵さんのお賽銭440円を入金しておいた。準公金みたいなものだから忘れないうちに処理しておいた。

 

 それが終わると郵便局から郵便物を発送しておく。昨日の測量の結果などを市役所に送るもの。早くしておかないと、勝手にスピーカー柱を建てられても困る。

 

 それと、俳句集も一冊、送っておいた。

 

 それが終わると、病院からファックス送信しておいた処方薬を受け取りに、町内の調剤薬局に寄ってみた。こんなに元気だからと、薬を飲まないでおくと、たちどころに尿や便が出なくなるから油断大敵である。内臓脂肪を減らす薬は調合されない。

 

 今日の医療費である。病院の検査料とかはこんなものかも。薬は限度額があって、18,000円まで。70歳になるまでは3万とか4万とかの薬代に眼を向いたものだった。

 

 これがまた、8週間分56日の朝夕の薬である。「これだけ飲めば腹がおきるだろう」とよく言われるが、これを一度に飲む訳やない。一回には多くない量になっている。

 

 これが私の薬箱。ほぼ一杯になっている。お菓子の空き缶に折り紙を貼って作った自作の薬箱である。病室に持ち込めるように名刺も貼り付けてある。

 

 今日は奥方が歯医者に行く日だというので、お昼にはこんなものを置いてあった。なんだか変な食べ物だなぁと思いながら食べたが、

 

 あとでゴミ箱を見たら、こういう袋が捨ててあった。「盛岡冷麺か・・・」と、食べ終わってから調べてみたら、

 

 こんな風に、キムチとかスイカとかをトッピングするらしい。しまった、しまった、島田の芸者。参った、参った、舞鶴漁港。

 

 今日の掲示板はこれ。「明日なきと 知るよしもなき 蝉の声」というもので、迫谷富子さんの「いろり」という俳句集の中の一句である。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板から。セミだけに限らず、犬もライオンも馬も鹿も、そして私たちも明日がないということを知るよしもない。私たちはうすうすとは「いつかは死ぬのだろうなぁ」とは知ってはいるのだけれど、それがまさか、明日だとは誰も考えていない。「この旅果てもないつくつくぼうし」と、山頭火も人生という旅がいつまでも続くのだよと、つくつくぼうしに語っているのだが、やがて、松山の地で旅の終わりが待っていた。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


処暑という暦をめくる風がある

2020年08月23日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、上空の寒気や湿った空気の影響で、夕方から夜のはじめ頃は雨や雷雨の所がある見込み。気温は25.5度から32.7度、湿度は92%から74%、風は0mから2mの北の風がほんの少し。明日の24日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 93/48/79 36.3c-96% 60.8Kg 26.1c-79%-1010hPa 体調に変化はない。

 

 今日は集落の「おっぞさん=お地蔵さん」の日である。これが本当にお地蔵さんなのかは誰も知らないし、何のためにやっているのかも知っている人はいなくなった。「前からやっている」とか「親がそうしていた」とかだけで、お掃除をして、お参りをしておひらきになる。

 

 この集落では、山の神さんでも地神さんでも同じことだが、掃除をしてお参りをして、おしまいになる。新入りの私にはわからんことばっかりだが、訊く人もいなくなってしまった。

 

 この石段の先にあるほこらが「おっぞさん」である。掃除をしてお花をお供えして、それだけである。それでも、お賽銭が数百円も貯まっていた。最近はサルも持って行かなくなったらしい。

 

 で、お頭人さんがおロウソクに点火し、お線香をあげて、みんなで拝礼して行事は終わる。昔はお菓子やご馳走をおそなえしたのかも知れないが、近年にはそれもない。地蔵盆との関わりも誰も知らないと言う。

 

 さて、それはそれとして、先日にさぬき市から文書連絡があって、来月下旬に防災行政無線の電柱工事があるとのことだった。

 

 その計画に依れば、前年度の計画と変わらない。「そこでは困る」と、代替え地を示して移転するようにお願いしてあるにも関わらず、堂々と、前年度の予定地に建柱するとの案内である。もちろん、自治会員は憤慨し、そこはあかんと反対意見。で、そこから少し西(上図の左上)に場所を決めてきた。私たちの意見である。市がそこに決めるかどうかはわからない。

 

 土地の持ち主(地権者)の了承を得て赤杭を打った。ここだと民家に近くなく、集落内によく聞こえる場所になる。

 

 午前中は、こうした写真や画像処理やらお願いの文書なんぞを作っていた。この赤棒が予定地である。

 

 話は前後するが、掃除から戻ってくると、玄関先に見慣れないものが・・・。なんだろうとよくよく見れば「タマネギ」をかじって捨ててある。

 

 ガレージに戻ると、食べたタマネギの相棒が転がっている。サルがタマネギを食べるとは知らなかった。「サルにタマネギをやると、むいても剥いても中身がないのでサルが怒る」とかと子供の頃には言ったものだが、サルはタマネギを食べるのだ。

 

 奥方からの宿題で、野菜畑に水を流しておいた。コンセント一つで、となりの津田川の水をポンプアップして畑に流すことができる。

 

 これも奥方からの宿題で、昔の台所の食卓であったテーブルを持って帰ってきた。私たちが結婚した当時は、これで食事を食べた。これを洋裁の作業卓にしたいと奥方が言う。で、錆びたガスコンロを外してしまったら、今度は蓋ができなくなった。その蓋を支えるために材木を打ち付けて受け台にした。更に横材を接着剤で貼り付けてみた。

 

 こうして、作業用のテーブルができた。上には布を張るのか、ビニールクロスを張るのかは知らない。ここまでできたら、後は奥方にお任せだ。

 

 さて、お役所用の文書の作成である。画像処理できた写真をワード文書に貼り付けていく。ちょっとばかり偉そうにしてみた。

 

 で、あれやこれらの文書をまとめて、明日、郵送しておく。今日は郵便局はお休みなのだ。

 

 郵送する文書はできあがった。

 

 野菜畑の水も貯まったようなので、コンセントを抜いてきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「仏教とは信じる信じないということではない。生かされて生きているいのちの事実にうなずけるかどうかだ。」というもの。いつもお世話になっている赤松先生のお寺にあった掲示板から。生まれたものは必ず年老い、病に侵され、死んでいく。これは誰も免れることのできない事実である。私たちは老病死をなるべく見ないようにしながら毎日を生きている。しかし、見ないようにしていても、老や病や死が消えるわけでは決してない。その意味で、好きとか嫌いだという人間の思いを超えた、いのちの自然の営みを抱えているという自分の人生を、どう生きるかが最も大切な問題に突き当たってしまう。無常なるいのちの事実を深く知るとは”今生きていることのかけがえのなさに目覚めよ”との呼びかけである。命のかけがえのなさに目覚めるとき、次々と問題が起こってくる人生を生き抜いていく勇気と自信が湧いてくるのではなかろうか。まさに「生かされて生きている」という、いのちの実相に驚かされているばかりである。

 

じゃぁ、また。明日、逢えたら、いいね。


足早にはやコオロギが啼き始め

2020年08月22日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、夕方を中心に雨や雷雨となる所がある予想。気温は27.5度から32.7度、湿度は90%から72%、風は1mから3mの東の風が少しばかり。明日の23日のさぬき市地方は、引き続き湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

  血圧90/57 脈拍78 体温36.6c 酸素濃度93% 体重60.6Kg 室温29.5c 室内湿度73% 気圧1012hPa 体調に変化はない。

 

 朝の朝食にも変化はない。「昨夜は熱帯夜みたいに暑かったわねぇ~」と奥方は言うが、そんな記憶はとんとない。ただ、朝方は妙な夢ばかりを見ていたような。歯が全部抜け落ちたような、それがまた新しく生え替わるような・・・。夢だからよくわからんことばかりだった。

 

 これは病歴抄録というもので、昨年の1月から今日までの毎日の記録で、入院した部屋番号と体重が柱になっている。で、病歴というかその日の体調と、個人的な行動記録を綴ったもの。色つきの部分は入院していた期間である。上のピンクは白内障の手術で、下の黄色は臍帯ヘルニアの手術期間である。

 

 これに依ると、昨年の10月には、毎日腹が張るだの身体が重いだの食欲がないだのという記録が並んでいるが、今年の臍帯ヘルニアの術後から、そういう言葉が皆無になった。代わりに「変化なし」とか「変化はない」という言葉になっている。

 

 正確には、今年の三月下旬に行われた「経尿道的前立腺切除」という手術で、尿道開削を行ってからである。つまり、尿道が狭くなっていたために、水分が体内に滞留して浮腫(みずぶくれ)や腹水となり、呼吸困難や食欲減退を起こしていたためだったらしい・・・。そういう結果を文章的に考察としてまとめている訳である。

 

 この日曜日の23日は集落の行事で「おっぞさん=お地蔵さん」のおまつり。京都あたりの「地蔵盆」の流れなんだろうか、今となっては知っている人はいなくなった。で、翌24日の月曜は県立病院の内科の予約診察日。翌25日の午後からはケアマネさんらが来ての「サービス会議」がある。その時の資料にもなりそうな。

 

 つまり、「要介護2」の認定をもらったわけだが、これから先、どういうサービスを用意するか、どういうサービスを受けたいか・・という会議である。当面は、私の足である。しびれるような、神経痛のような痛みが走るし、膝が曲がらない・・・。これは「整形外科」なのか「神経科」なのか、はたまた、どこで調べてもらえばいいものか。足のむくみはなくなったのに。

 

 これは山の旧宅にあった食卓だった机。奥方の洋裁の作業卓にしたいと奥方が持って帰ったもの。これのガスコンロ部分などを私がはずしたのだが、金物を外すと、中央のフタができなくなった。

 

 それを私が裏から材木を当ててサポートして、フタが落ちないようにしたもの。テーブルのお掃除なんぞは奥方がやる予定。今日は、そんな雑用をやっていた訳だ。

 

 今日の掲示板はこれ。「私を私に育てる責任者は私である」というもの。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板から。東井義雄先生の言葉から。『ー10代の君たちへー自分を育てるのは自分』(東井義雄・著)。著者の東井義雄先生は、国民教育の師父・森信三先生が「教育界の国宝」と称えた伝説の教師。師範学校を卒業後、故郷に戻って教師となり、
小中学生の教育に生涯を捧げた。その著書の【目次より抜粋】
 ●私を私に育てる責任者は私
 ・人間らしい美しい力
 ・五千通りの可能性の中から
 ・私も世界で唯一人の私
 ・やるぞ!という可能性を育てるためには
 ・「たい」の奴隷
 ・おかげさまでという生き方
 ・進路を決めるのは誰
 ・自分の責任で選んだ道
 ・僕の十年先を見て下さい
 ・ほんものは続く 続けるとほんものになる

 後先なのだが、この東井先生の本を読んでいて、その中に人間に育てられるネコとイヌの話がある。イヌやネコは人間に育てられてもあくまでもイヌやネコでしかなく、イヌやネコであり続ける。賢い犬や猫はいるけれど人間のレベルではない。一方人間はどうだろうか。イヌやネコに育てられたらヒトはヒトになるだろうか。サルやトラに育てられたヒトはヒトになっただろうか。私たちはヒトに育てられた人間になっているか、ということである。そういう意味で、私を私に育てられるのは私という責任者が必要であるということである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


わざわざに遠回りする虫の声

2020年08月21日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から33.8度、湿度は96%から68%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の22日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるけれど、昼前からは湿った空気の影響で曇り、昼過ぎから夜のはじめ頃にかけて雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 98/46/78 36.3c-96% 60.1Kg 29.3c-78%-1011hPa 体調に全く問題はない。ただ、正座とか駆け足とか登山とかは無理。運動は全般的に無理だけれど、普通の日常生活には支障がない程度。健康体では決してない。

 

 これが直近のデータだが、「要介護2」という認定をいただいている。つまり、「食事や排泄に介助が必要なことがあり、身の回りの世話全般に介助が必要。立ち上がりや歩行に支えが必要。など」と規定されている。「要支援」ではない。

 

 Facebookの友人である大塚先生から、「>このまま「句集」にもなる・・・💛。」・・というコメントをいただいたので、早速、ブログの見出しを集めてみた。私のブログの表題が、そのまま俳句らしきものになっているからである。

 

 それを、ワード文章に流し込むと、こういう俳句集になる。A4版の半分のA5判になる。つまり、これを二つ折りの山折りにして行く。

 

 すると、こういう本になる。ステップラーで閉じると製本ができる。

 

 それを和紙で作った表紙に挟み込んでのり付けすると本になる。

 

 題簽(だいせん)というラベルを貼り付けると、俳句集ができあがる。「はいくる」というのは、「俳句する」からの造語である。「事故る」とかの真似である。「じぃじぃ」は「爺」の幼児語である。

 

 手元にあった古い物と並べてみたが、そんなに進歩はしていない。

 

 当然だが、前書きもあればあとがきもあるし、奥書だってちゃんと用意してある。

 

 それができたら、朝食になった。いつもの6時前だった。

 

 これが私の検診セット。血圧計、体温計、パルスオキシメーターの三点セット。これで毎日の体調を管理している。

 

 閑話休題。いよいよ、論文の本文に取りかかった。前書きから序文に入り、自己紹介やら私の生活環境などを述べ、その初段で「病歴」を述べる。

 

 こうしてみると、記録のある前期には肺炎とかカテーテル検査とかで、おなかが張るとか身体が重いとかの記述はない。普通に肺炎とか風邪とか不整脈とかという段階・・・。普通に飲み過ぎたとか食べ過ぎた・・・という段階である。

 

 今日のお昼はまたまたおうどんである。よくも飽きない物だと思われるかも知れないが、そんなに食にこだわる方でもないので、食べられたらそれで良しとするタイプ。嫌いな物は嫌いだし、食べたくないものは食べないというか食べられない。

 

 午後からも論文の続きを書いていた・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「仏教は都合よく生きられたら幸せだという夢から覚める教えです。仏教は不安を取り除くのではなく不安に立つ教えです」というもの。どこの誰の言葉かはわからなかった。安田理深先生のことばかも知れない。

 安田理深先生の自宅が火災にあった時のエピソードを以前読んだことがある。隣家から延焼して、学者の命ともいうべき重要な蔵書やノート類がすべて焼けてしまったという。普通の人間であれば計り知れないほど大きなショックを受けたことだろう。しかし、安田先生はこのように書いておられた。

 「「焼かれた」のでもない。「焼いた」のでもない。ただ「焼けた」と。そうすると事実を事実のまま受けていけるのではないか。自も他も損なわんで済む。こんなことを今度の火事で学んだ」という。しかし、私たちは起きたことのショックが大きければ大きい時ほど、それによって自分や他人を呑み込むような思いにずっと引きずられてしまい、その苦しみから離れることが難しくなってしまうもの。仏教を学んだからと言って、都合よく生きられるわけでは決してない。好むと好まざるとにかかわらず、生きているとさまざまな災いが必ず降りかかって来るもの。むしろ、目の前で起きた辛い出来事を「師」とし、「先生」として、そこから学びや対応の仕方を考えさせてくれるのが仏教という教えであり、この世界に生きていると、葛藤や不安が完全におさまることは決してない。災いや不安・葛藤を前にした時、仏教にヒントを求めて、命ある限り謙虚に学び続けていく姿勢こそが大切なのではないだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


夏の風一期一会の花に吹く

2020年08月20日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から33.7度、湿度は96%から74%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、引き続き、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 106/52/78 36.2c-98% 61.2Kg 27.3c-80%-1010hPa 体調に全く変化はない。あれほど長い間、おなかが張るだの身体が重い・・・と言い続けた日々がまるでウソのよう。

 

 朝の6時から、さぬき市の広報なんぞを配ってきた。今年度からは9戸になって、我が家は配達しないから8軒の家を回ってくるのである。

 

 配ると言っても、こういう山道を車で走らないと、家と家との距離が遠い。今の時期は稲穂が実る頃だから、あちこちにサルの集団が稲穂を抜いて食べている光景に出くわす。およそ、30分で配達を終えてきた。

 

 奥方はお休みだからと、朝から野菜やお花に水をかけっぱなし。町では考えられないような贅沢さ・・・。隣の津田川の水をポンプアップして、ホースで放水しているのである。

 

 私の朝食は用意されていて、それがこれ。普通の朝食である。ぶどうの種類は知らない。種はしっかりとあった。

 

 今日もお天気がいいので、奥方のと私のと二組の布団を干した。昨年ならば、この布団が重くて持てなかったのもウソみたい・・・。

 

 で、夏休みの自由研究の続き。これはブログの過去記事を抜粋したもので、病気に関する記事だけをまとめた「闘病日記」である。これから更に抄録を作る作業をやっている。

 

 月日と病室名、体重と、その日の病状や処置内容、感想や補足事項なんぞをまとめている。こうして見れば、私の身体の流れや状況が見えてくると思ったからである。これが、考察の論拠にもなるという寸法だ。

 

 これが、その論文の表紙である。全体で400ページを超えそうである。

 

 今日のお昼は奥方作のおそうめん。お寿司は職場の同僚からいただいたというお寿司。でも、お寿司は一個しか食べられなかった。

 

 どうにも奥方の流儀は私にはなじまない。やはり、自分の味が一番だ。

 

 お昼からも延々と、その作業を続けていた。何度も言うかも知れないが、この二つの画面は、一個のマウスと一個のキーボードで自由自在に操作できる。右から左の画面を動かしたり、そのテキストをコピーして右の画面に貼り付けたりもできる。

 

 そういうことで、今日もヒグラシの声が聞こえてくる。夜にはコオロギの声も聞こえる。

 

 今日の掲示板はこれ。「何ものも「自分のもの」ではないと知るのが智恵である」というダンマパダからのことばである。「降れば濡れ 濡るれば乾く袖の上を 雨とて厭う人ぞはかなき」と一遍上人は言った。煩悩にまみれた自分でいいのだと腹をくくると光が見えてくる。「煩悩 を断ぜずして 涅槃を得るなり」と親鸞聖人も言った。人生さえも借りものである。清々しく生きられるコツがそこかしこにある。「何ものも“自分のもの”で はない、と知るのが知恵であり、苦しみからはなれ、清らかになる道である」と、『ダンマパダ』に書いてある。考えても仕方のないことを、あれこれ思い悩む のは愚かなことだ。「眠れぬ者に夜は長く、疲れた者に一里は長い。真実を知らぬ愚者に生死の道は長い」とも『ダンマパダ』に書いてあった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


熱帯夜寝ぼけ眼の花がある

2020年08月19日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から34.8度、湿度は86%から60%、風は1mから2mの北北東の風が少しばかり。明日の20日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 血圧106/58 脈拍79 体温36.2度 酸素濃度97% 体重61.2Kg 室温24.1度-室内湿度74%-気圧1010hPa 体調に変化はない。ただ、昨夜は熱帯夜だったので老人二人が熱中症で死亡・・・という記事にはなりたくないのでエアコンを掛けたが、なかなかに冷えないので設定を低くしたら騒音がうるさくて、設定を上げでも冷えないし・・・と、なんだかんだで寝不足気味。

 

 一応、朝のお食事。イチジクを子供の頃には「なんば」と呼んでいたが、小豆島から転校した子が、「ナンバと言うんは唐黍(とうもろこし)のことやで」と言われて、すごく恥ずかしい思いをしたことがある。小豆島では「南蛮きび」と言うていたのかも知れなかった。知らんけど(笑)。

 

 今日はさぬき市の広報が届く日だから、自治会長としての連絡事項なんぞを作成・印刷して配布する用意をしていた。

 

 ということで、いつもはこの時期に集金する「祭典費」や「獅子・奴奉納費」なんぞの集金をすべきかしないべきかで悩んだことだった。これは追って連絡することにした。村の鎮守のお祭りも縮小か・・・。

 

 奥方が私の愛用のマスクを洗濯したので、その補修用として、さぬき市のマスコットキャラクターの「さっきー」ちゃんを印刷して、

 

 マスクにアイロンプリントしておいた。何回も洗うと剥がれてくるのか・・・。

 

 で、七月七日の大窪寺勉強会に参加していなかった二人の会員さん宛に、その時の資料や、これからの行事予定なんぞをまとめた文書を同封して郵送することにした。

 

 全く、あれこれとご用は転がっているものである。

 

 奥方が、「今日もおそうめんね」と言って出掛けたので、今日もおそうめんになった。マグロのたたき・ぶっかけそうめんである。それに野菜サラダ付きである。野菜ばかりを食べているが、私はクツワムシではない。

 

 キュウリや野菜の塩が少し多くてベトベトになったのがすこしまずかった。

 

 お昼からはさぬき市の広報ほかを各戸に配布する用意をやっていた。今月は、この三紙しかない。みんな、自粛自粛になっているのだろうか。

 

 これをビニール袋に詰める作業をやったわけである。配布は明日の早朝、涼しいうちに配ってこようと思っている。もう、この集落は我が家を含めて9戸になってしまった。 

 

 でも、このさぬき市の広報を楽しみにしているご家庭もあるというのだから、忘れずに明日の朝には配達しておかねば・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「俺はキムタクにはなれないが、キムタクも俺にはなれない」というもの。ま、向こうさんは、俺になろうとも思ったりは絶対にしないのだろうけれど。こういうことはザラにあることで、子供の頃には、鞍馬天狗や七色仮面や白馬童子にあこがれたけれど、鞍馬天狗や七色仮面が私になりたいなんてことは考えもしなかったに違いない。そこには価値観の根本的な相違があることに気づかないだけである。このコペルニクス的展開こそが大切なのではないかと思った事だった。

 

 

 1度は聞いたことがある理論だと思う。あるいは似た言葉として、「みんな違ってみんな良い」とか、「一人ひとりに個性があるんだよ」とか、「元々特別なオンリーワン~」とか。小学校を卒業して、中学高校と思春期真っ只中のとき、そんな言葉が信じられなかった。秀でていればいるほど、いいに決まっている。アイツみたいにモテたい。あの人みたいに頭が良くなりたい。彼みたいなスマートさが欲しいと思った。私自身には目立った長所が見つけられなかった。同窓会で会っても、「あ、手品をやってた人・・」とか「ああ、落語をやっとたヤツかよぉ」くらいで、ほかの印象はなかったみたい。だから、自分という価値を築いている彼らが羨ましく、彼らになり変われたらどれだけ幸せだろうとは常々思っていた。でもだ、よくよく考えてみたら、そうだ、俺はキムタクにはなれないけれど、キムタクだって、俺になれないじゃないか」と割り切れるようになった。余談だが、我が家の玄関先に立って、こう、言うといい。「あ!キムラ宅や・・・」って。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


夏萩は諸行無常の手のひらに

2020年08月18日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26度から35.8度、湿度は94%から60%、風は1mから2mの北西の風が少しばかり。明日の19日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 99/46/78 36.4c-96% 61.6Kg 31.5c-69%-1011hPa 体調に変化はない。4:45分には起きて、20:58分には寝るというまっとうな暮らしをしている。

 

 当面する屋外作業の予定もお願いもない。ただ、熱中症にならないようにと、室内作業を探してやっている毎日。

 

 午前中は、この「病歴年表」の作成というか修正作業。案外と病気の記録などどこにもないもので、病院の入退院の書類なんぞでも、そんなに古い記録は保存していないものだし、日記帳だって、そんなに古い物は置いていない。せめて10年が限度である。記録としては、平成17年2月に呼吸不全になって、NTT社宅から救急搬送されて高松日赤に運ばれたことや、平成19年冬にも呼吸不全で今の自宅から救急搬送されて白鳥病院へ運ばれたとあるが、詳細な記録はない。

 

 当時のブログにも何の記載もないが、公にするのを憚ってのことだったような気がする。記録が残るのは平成20年(2008)からで、翌21年1月には肺炎で白鳥病院に、同年3月にも肺炎で白鳥病院に運ばれてそのまま定年退職を迎えている。この二回とも救急搬送されている。その後も何度か肺炎で入院している。

 

 そういう記録は、この「日々明細帳」という私のパソコン上に管理されている。

 

 これが、今月提出する「日々管理表」である。来週の24日に予約診察が入っている。これでおおまかな、私の病気の流れが見えてきた。

 

 FBFの大塚先生から、「尿と水分摂取量と体重の相関関係をグラフ化してはどうか」という提案もいただいたのだが、確かに病院では、このようにして、水分摂取管理表と尿量管理表というものを作って管理するよう厳命されていた。

 

 でも、香川医大付属病院では、このような「尿量検査トイレ」というものがあって、自動で計測してくれる装置があった。この数値はサーバーに送られて電子カルテに記載されていたし、

 

 県立病院ではカップに尿を受けて、ここに流し込んで計測すれば、電子カルテに記載される仕組みになっていた。でも、自宅にはこんな設備がないものだから正確な記録はできないというものだ。確かに、これが電子化されると、私の弱点が明確になるのだろうけれど。

 

 で、今日のお昼は冷麺になった。おなじみの「サンマの味噌煮と野菜冷麺」と野菜サラダ付きである。

 

 奥のお茶みたいなものは肝臓の漢方薬と白いものはナシのデザートである。

 

 このあたりでも、稲の収穫が始まっているが、この炎天下に大変だろうと思うけれど、やっている本人はお金のためだからと平気のへいざかも知れない。

 

 今日の掲示板はこれ。「諸行無常の人生道 事故あり渋滞あり 焦らずゆっくり道まかせ」というもの。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。どこの誰の言葉かはわからなかった。「諸行無常」とは、世の中すべて 天地万物のすべてが休みなく、どんどん変化していくことを言うが、人生もまた同じこと。結婚をして、赤ちゃんが生まれ、新しい家が建ち、身の回りの生活が変化していくのも、全て諸行無常の現象。年齢的な変化もあるだろうし環境の変化もあるだろう。それだから、事故もあれば渋滞もある。登り坂もあれば下り坂もある。焦らずゆっくりと「道なりに」「道なりに」道に任せて行こうじゃないか・・と言うとるのだと思う。ここの冒頭の「諸行無常」とあるところが仏教的で、私風に、「波瀾万丈の人生道・・・」とやったならば、やはり、お寺の掲示板には似合わないだろうな・・・と思ったことだった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


ものとせず夏水仙のひたむきさ

2020年08月17日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から36.8度。湿度は94%から46%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 118/59/80 35.8c-98% 61.3Kg 24.2c-77%-1010hPa 体調に主だった変化はない。おなかの張りもないし、呼吸困難もない。だからと言って健康体では決してない。

 

 草刈りも植木屋さんもあらかたは片付けたので、当面のご用はないつもり。切った枝や刈った草の片付けはもう少ししてからだ。ということで、今日は事務仕事をやっていた。

 

 昨年の入院前から今年の退院前後やその後に続いた外科手術や白内障手術前後までの「心不全管理表」の整備をやっていた。本来はA3判で管理していたが、今回は製本の関係でA4判にしたので、切ったり張ったりしながらの作業になった。つまりは「カット&ペースト」という作業だが、略して「コピペ」と言ってしまうと、それは少し中身が違うようにも見えてくる。

 

 私の心臓は確かに悪いらしい。それも治ることのない病気だというのも納得している。でも、それだけじゃないだろ・・・というのが私の感想。10年ほど前から、「私のおなかには何が住んでるんですか」と何度も何度も訊いた。「それは内臓脂肪ですよ」と内科のドクターは言うけれど、それだけじゃないでしょ・・・というのが私の言い分なのだ。

 

 それはそれとして、昨日、近所の山の登山道にある案内板を見た。それがどうにも頭の隅に引っかかって仕方がない。で、我が家の物置きから、こんな棒を見つけてきた。野菜畑の柵に使っているものの残りである。

 

 それに大工さんが残してあった防腐剤を塗ってみた。それを乾燥しておいた。

 

 「今日のお昼はカレーよ」と言い残して奥方は出て行った。「かれ-・・・かいな・・・」と思った。カレーライスと言えば夏休みの子供キャンプみたいじゃないかと思ったが、それならば、「野菜たっぷり・チーズカレー」にしようかということで決めた。

 

 カレールーにとろけるチーズを投げ込んで温めたものを野菜うどんの上からかけてみた。大根おろしや梅干しやら鮭缶やらが中には入っている。

 

 閑話休題。話を本題に戻そう。血圧やら脈拍やらパルスオキシダントやら体温やらはそんなに変化はない。ただ、体重だけが異常に乱高下するのである。これは内臓脂肪が増加したり減ったりしているとでも言うのか。違うやろ。だから、ほかに何かが私のおなかの中に住んでいるやろ・・と言い続けているのである。その謎を解き明かそうとするのが、今年の夏休みの自由研究なのである。

 

 今年の二月、医大付属病院から戻った当時は歩くに歩けない状態だったし、布団に入るにも這ったり転がったりする始末だった。これでは本当に死んでしまうなぁ・・と感じていた。ところがである。私の提案で泌尿器科のドクターが動いてくれて、今はこんなに軽やかに歩いているし、草刈りや植木屋さんまでやっている。それは何なのか・・・という考え方によるのである。

 

 昼食を食べると眠気がましてきて、事務作業のテンションが下がってしまう。で、またまた、余談になってしまうのだが、例のプレートに、私が塗装した棒きれをサドルで固定してみた。

 

 できたら、気温38度のさなかに山道を走って、このプレートを立て直してきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「誓って破ってまた誓う 決まり文句は今度こそ」というもの。それが凡夫(ぼんぶ)たる我らの姿である。昔に流行った「スーダラ節」植木等の歌った有名な歌だ。「わかっちゃいるけどやめられない・・・」我らの素顔そのもの。それでいいのだ。「悪性さらにやめがたし こころは蛇蠍(じゃかつ)の如くなり」と親鸞さんも言うてなさる。ただ、女性の「一生のお願いだから・・」とか、こどもの「明日からやる」、男性の「行けたら行く」とか政治家の「国民のため」とか、女性たちの「誰にも言わないから・・・」などのように、叱られた新入社員みたいに「今度こそ」「今度こそ」という言葉も聞きようによれば「なんだかなぁ・・」と思ったりはする。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


ツイッター

<script type="text/javascript" src="//platform.twitter.com/widgets.js"></script>