まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

八月も尽きて宿題積み上がる

2021年08月31日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は25.5度から31.6度、湿度は92%から70%、風は1mから2mの東の風が少しばかり、相変わらず蒸し暑い一日になった。明日の9月1日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるが、午後は気圧の谷の影響で曇る見込みらしい。

 

 100/52/79 35.8c-97%-61.2Kg 25.8c-79%-1016hPa 体調に変化はない。すっかりとかゆみも取れたし、おなかの張りも足の浮腫みもない。

 

 8月31日は「宿題の日」というらしい。夏休みの最終日にあわてて宿題を片付ける人が多かったらしいそうで作られた記念日らしいが、「学べる喜びに気付ける日」という日になってもいるらしい。私も小学生や中学生の頃には大慌てて工作を作った記憶がある。

 

 これは、今年度の宿題なんだが、あらすじというか概略というかがまとまってきた。その背骨のマニュアルに画像を貼り込む試験をやっていた。まだまだマニュアルはこれからみんなと作り上げていくのだが、その「絵コンテ」というか見本のようなものを作ってみた訳だ。

 

 危険生物にはクマやサルやヘビやムカデなんぞがいるが、そういうものはイメージできるものだが、危険植物やら危険キノコは見てもわからないものが多い。こういうものを調べてきて、マニュアルの中に張り込んで行く作業になる。

 

 右のテキスト本体に、左手マシンで収拾してきたデーターを張り込んでページを作り上げていく作業になる。

 

 そうして、このキノコは毒ですから食べないように・・という説明書きがある。

 

 こうして見ていると、そこいらにあるものはほとんど食べられないか食べない方が良いものばかり。

 

 植物だって似たようなもので、きれいな花には毒がある。とにかく、よそさまの土地にある物は触るな、取るな、食べるな・・・である。欲しいものは安全なお店で確かなものを食べることだ。植物だって、よそさまの土地にある物は取ってはならないときつく戒めることだなぁと感じた。

 

 で、こうして、次々と試作版・増補版・改訂版・・と違う内容の本ができあがってくる。

 

 ちなみに、これらが今年の宿題である。「あなたの知らない大窪寺」、「その追加版」、「旧遍路道時空旅行」、「その改訂新版」、「ガイド手習い帳」、「その第二版危機管理編」、「大窪寺トリセツ」、それに「安心安全マニュアル」の計八部作。ようやくに八月末日に完成したという感じ。

 

 こちらは会員さんに配布用の資料集群である。用紙代、印刷費用もかかるわけだ。でも、老化防止、認知症予防のためと思えばなんでないか。

 

 今日のお昼は「冷やしうどん」である。病人(けが人)の奥方に負担をかけせても悪いので簡単なものをお願いした。いや、自分でやったほうが早いのだが、奥方が台所を牛耳っているのでお任せするしかないのだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「失敗を恐れて何もしないことは最大の失敗です」という植松努さんの言葉からである。植松さんは、株式会社植松電機 代表取締役 株式会社カムイスペースワークス 代表取締役 NPO法人北海道宇宙科学技術創成センター 理事。人の可能性を奪う「どうせ無理」という言葉を無くしたいと、北海道の町工場でロケットの実用化に向け挑戦し続け、また、企業・学校での講演やロケット教室を通し、夢を諦めない事の大切さを伝えている。著書に『あきらめない練習―何をやっても続かない自分を変える』(大和書房/2017年)など。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


鈴虫がよく啼く朝だ伸びた髭

2021年08月30日 | 時には日々是日

 30日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、夜は湿った空気の影響で曇るらしい。香川県では、30日は熱中症の危険性が極めて高い気象状況になることが予測されるので、外出はなるべく避け、室内をエアコン等で涼しい環境にして過ごすよう呼びかけている。気温は24度から33.8度、湿度は92%から62%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。明日の31日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 102/50/79 36.1c-99%-62.4Kg 23.8c-85%-1015hPa 体調に変化はない。でも、少し動くと息苦しいのは収まらない。それにパソコンのやり過ぎなのか肩こりがひどく、食事がうまくできない。硬いものは噛まれないし噛み合せがうまくできないような感じ。

 

 数字的になんともなければドクターは何もできないし何をしようかとも言わない。

 

 昨夜の夕食のあと、またしてもじんましんが出た。私が、お昼の豚肉のせいだと言うのだが、奥方は「何かの虫に噛まれたからだ」と着ている物から座布団から、私の触れたものは全部洗濯機に放り込んで洗ってしまった。

 

 そうそう、昨年(2020)の8月30日にも生ハムが原因でじんましんが出て、県立病院に連れられて行って「抗ヒスタミン薬」の点滴を受けて戻って来たことがあって一年ぶり。その前には2020年2月28日「カレイの煮付け」で香川医大に緊急搬送され、6月30日には牛肉の食べ過ぎで屋島病院まで救急搬送された。で、8月30日の県立病院と偶数月の末日のできごとだった。

 

 で、殺虫剤やかゆみ止めを買って来いと言われたので買ってきたが、おそらく多分、豚肉のせいだと私は確信している。昨日のお昼の昼食は奥方の友人の持ってきたものだから、証拠隠滅を図ろうとしているに違いないと確信もしている(笑)。

 

 それとは別に、ホームセンターでは、

 

 製本テープやら数字スタンプ印を買ってきた。数字印は、資料のページ番号を振るために買ったもの。製本テープはこれだけあってもすぐになくなってしまうほどの製本をやっている。

 

 で、これができあがった「安心安全マニュアル」である。今度は製本テープを黒にしてみた。そのほうが本らしく見えると思ったが、なんだかノートかお帳面のようになったような感じ。

 

 資料編だけをカラー印刷にしてみた。これをモノクロにすると、なんだかべったりとして読みたくもないページになってしまう。

 

 ハザードマップとかAEDの設置場所とかも入れてみた。そうなると、すっかりと防災マニュアルらしくなってきた。でも、感染症の方は落ち着くそぶりを見せなくて、来月12日の勉強までには集会禁止令がどうなるのかと冷や冷やものだ。

 

 今日は室内温度が32度を超えていたので「そうめん」にしてもらった。奥方は焼きめしかラーメンにしたかったらしいが、それは勘弁してもらった。

 

 暑い夏には冷たいおそうめんがよく似合う。それにしても、「さぬきうどん」屋はあっても「さぬきそうめん」屋がないのはなぜなんだろうか。うどん屋だってラーメンも売るし日本そばだって売る時代なのに、そうめん屋がないのは不思議だなぁといつも思う。

 

 今日も日本列島は「真っ赤け・・」。36度と言えば人間の体温ではないか。そういう中でも、農家の人は草刈りや稲刈りなどをやっているし、道路工事や水道工事もやっている。そこでは交通整理員も真っ黒になって働いている。人間も鍛えれば強くなるのだなぁと思うことだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「死んだ兵士の残したものは 壊れた銃とゆがんだ地球 他には何も残せなかった 平和一つ残せなかった」という谷川俊太郎の「死んだ男の残したものは」という詩集からである。いつもの赤松先生のお寺の掲示板からである。ここの掲示板は、いつも八月には反戦平和の言葉が掲示されてきた。今年は雨だの嵐だの台風だのとあって、ようやくにやって来られたのだが、気がつけば八月はもう後わずか。すっかりと自分の怠惰を恥じたことだった。この詩は先の太平洋戦争のことを詠んだ物だと思うのだが、ふと目を向けてみれば「アフガン」では、毎日がこんな状態だし、ミャンマーだって香港だってそんな状態の毎日じゃないか。平和一つ残せない戦いのために多くの命がなくなっていく・・・。そんな八月も過ぎていく。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


あきあかね飛んで止まって花の先

2021年08月29日 | 時には日々是日

 29日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。香川県では、29日は熱中症の危険性が極めて高い気象状況になることが予測されるので、外出はなるべく避け、室内をエアコン等で涼しい環境にして過ごすよう呼びかけている。気温は25.5度から33.8度、湿度は86%から68%、風は1mから3mの西南西の風が少しばかり。明日の30日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 114/69/79 36.5c-98%-62.8Kg 26.6c-82%-1015hPa 数字的には問題ないが、昨夜は娘らと夕食会になったもので、いささか飲み過ぎの食べ過ぎ気味で寝不足気味。夜中にトイレに30分ごとに起きるものだから寝不足は仕方がない。で、今朝は6時過ぎまで寝てしまっていた。

 

 そうそう、昨夜は長岡の花火大会の特集をやっていた。別にテレビなんぞは詳しくは見ないのだけれど、ついつい、その花火の美しさに見とれてしまったことだった。

 

 たかが花火なんだろうよ・・という気もあったのだが、若い花火師の意気込みはすごいなぁとうらやましくもあった。

 

 で、向こうに見えるのがテレビである。手前右側はパソコンで見るテレビである。左側はフェイスブックをチェックしている。

 

 贅沢と言えば贅沢だが、こんなものは贅沢の範疇には入らない。単なるお遊びである。

 

 このパソコン群がみんなテレビに切り替わったらさぞや賑やかであろうなぁと思うのだけれど。

 

 さて、今日は早くも8月の29日。夏休みもあとわずか。子どもの頃には泥縄状態で工作やら図画やら習字やらを大慌てで取り組んだものだった。今の私は毎日が夏休みだから自由研究は毎日のことだ。

 

 「あなたの知らない大窪寺」、「あなたの知らない大窪寺(追加編)」、「ガイド手習い帳」、「ガイド手習い帳2版(危機管理編追加版)」、「大窪寺のトリセツ」、「旧遍路道時空旅行」、「旧遍路道時空旅行(改訂新版)」と来て、今は「安心安全マニュアル」を執筆中。

 

 野山にある危険物、動物、生物、植物なんぞをまとめてきて、今日は緊急連絡先あたりをまとめている。これも大詰めを迎えている。

 

 すると、今日は「お見舞いサンデー」で入れ替わり立ち替わりのお見舞い客がおいでになって、

 

 私もお相伴にあずかっての昼食会。私的には油濃くてどうにも手が出ない。

 

 で、生野菜ばかりを食べていた。「キリギリスかバッタになるで・・」と、生前には母がよく言っていたが、いくら野菜ばかりを食べてもキリギリスにもバッタにもならずに生きてきた。

 

 今日はお昼寝もせずに、防災マニュアル作りをやっていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「「思えば叶う」そうなりたい そうなりたいと信じる そのように努力をする そうすればそうなる」という高橋福八さんのことばから。そうなりたいと願い=願と、そのように努力する=行とが揃えば、「願行具足」ということで、ものごとは成就する。かの法蔵菩薩が四十八の請願を起こし、それが成就して阿弥陀如来となった話は有名なこと。願いだけでは物事は叶わない。努力ばかり でも物事は叶わない。そうなりたいという請願・願望と、そうしたいという行為があってこそ、物事が叶うのだと、高橋さんは言うているのである。でも、そうならない場合もあるなぁと、思った日々のできごとであった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


ようやくに夏休みが来た午後である。

2021年08月28日 | 時には日々是日

 28日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は26度から33.7度、湿度は90%から62%、風は1mから4mの西の風が少しばかり。明日の29日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 104/51/78 36.3c-97%-62.4Kg 26.4c-77%-1014hPa 体調に変化はない。

 

 最近はどうしたことか、朝の5時過ぎまで寝て居るようになった。夜明けが遅くなったからかも知れない。

 

 今日は本当の夏らしい空になったもので、お布団を干してみた。今日は昨日までのような湿気はなくてさわやかな西風が吹いている。そのついでに二階部分のお掃除もやっておいたし、洗面所やトイレの掃除もやってみた。そういう気分になる朝だった。

 

 朝の間は、観光ガイド大窪寺班の定例会用の資料作成をやっておく。今年も感染症対策のためにイベントはほとんどがない。何もないというのはのんきでいいし、気を遣うこともないので気楽でいいのだが、私的には緊張感が切れてしまいそうになる。そうなると、来年分はやる気がなくなってしまいそうになるサボり屋なのである。

 

 これは防災マニュアルの目次部分だが、何か抜けているもの、忘れているものはないかの点検中。これも仲間の皆さんと相談する事項である。

 

 だから、何かをやり続けていないとプッツンとしまいそうになる。そこで、山寺さんの境内案内図を作ろうとしているが、A4版では文字だらけになってしまいだし、かと言ってA3版はやったことがない。ああだこうだと思案投げ首してしまう。

 

 こういう場合の「阿弥陀堂」は「Amida Hall」、「宝杖堂」は「Wand hall」で良かろうか。これはお勉強と言うよりも「脳トレ」だなぁと思ったりする。中学生時代から英語はからきしダメなのである。それでも、サンフランシスコまで行って来たというのは不思議なことだ。

 

 奥方に頼まれたゴミ出しのあと、我が家のすぐ横でやっている県道の防災工事をのぞいてみた。まずは邪魔になる山肌の雑木の片付け工事をやっているらしい。このあたりは大雨が降ると土砂崩れや落石事故が起きる可能性があるらしい。そこで「擁壁」というコンクリートの壁で保護するらしい。

 

 その後、ホームセンターで印刷用紙なんぞを買ってきた。プリンター用の印刷用紙なんぞというものは、どこで買っても同じようなものだとばかり思っていたが、微妙に白さに違いがあって、製本したときに、あるページからは色が変わっていて見栄えが悪くなったことがある。

 

 だから、印刷用紙は決まったお店で買うことにしているが、それも確かな事だという保証はない。

 

 で、よくよく見れば中国産ではなくして「インドネシア」産になっている。これまでも「インドネシア産」だったのだろうか。

 

 今日のお昼は「焼きそば」である。今日は娘と孫のなぎちゃんの二人がやってきて、にぎやかな昼食になった。夕食もそうなるのだろう。

 

 今日の日本列島は真っ赤になっている。

 

 ちなみに、二階の普通のお部屋は34度の50%、

 

 私のお仕事部屋は25度の48%となっている。

 

 今日の掲示板はこれ。「いつ死んでもよい いつまで長生きしてもいい お任せしております 南無阿弥陀仏」というもの。歎異抄という本があって、そこには「なんたらかんたらあって・・・、念仏申さんと思い立つ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたもうなり」というものがある。摂取不捨というのは「おさめとって、捨てず」という意味である。ま、いろいろとあるけれど、仏さんにお任せしておけばいいではないかという大きな世界である。仏の心に触れ、念仏申さんと思い立つ心がおこった時に、 私たちは本当に「出会うべきものに出遇ってよかった」という世界を身体全体で思えるようになってくる。その結果、いつの間にか「いつ死んでもいい、いつ までも長生きしてもいい、おまかせします。私は生かされていることを精一杯、今、今日を一日一日生き切っていきます」、という世界に導かれていくのらしい。知らんけど・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


突然の雷雨に日記を濡らされた

2021年08月27日 | 時には日々是日

 27日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていた。香川県では、27日は熱中症の危険性が極めて高い気象状況になることが予測されるので、外出はなるべく避け、室内をエアコン等で涼しい環境にして過ごしてくださいと呼びかけている。気温は25度から33.6度、湿度は92%から72%、風は1mから3mの西南西の風が少しばかり。明日の28日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 99/54/79 35.8c-98%-61.8Kg 24.8c-85%-1015hPa 体調に変化はない。だからと言って歩けるかというとさほどでもない。意識ははっきりとしているが、身体は自由には動かない。

 

 観光ガイド大窪寺班の例会を来たる9月に予定しているが、感染症のほうは収まる気配がない。これでは9月分も延期になる可能性が出てきた。ま、あるなしに関わらず、準備の方は進めておかなくてはならない。

 

 いささか古い話だが、「地蔵和讃」というものがある。「♪ひとつ積んでは父のため~、ふたつ積んでは母様と~、さま幼(いとけ)なる手を合わせ~、礼拝回向ぞしおらしや、みっつ積んでは故里の、兄弟が身と回向する~・・・」という「地蔵和讃」というものがある。

 

 こういう子どもたちに「地獄・極楽」の話をしてもわからない。ここで、このおばさまは、「親より先に死んでは行けない」「親に哀しい思いをさせてはいけない」というお話をして、「自殺をしない」「ひとをいじめない」という約束をするのである。

 

 そのおばさまが、体調を崩されて、このガイド役をおりてしまった。そこで、このおばさまの代わりを探して養成しなくてはならなくなった。

 

 と、まぁ、こういうお話である。その紙芝居的なファイルを、そのおばさまから返してもらう訳にもいかず・・・、

 

 再度、こういうファイルを作り直していたのである。いろいろとお仕事はあるもので。

 

 私たちは観光ガイドである。だから、宗教的なお話はできない。だから、「地蔵和讃」がどういうものかなどということは知らなくてもいいし、話すこともできないのである。でも、「桃太郎」や「浦島太郎」の話ならばできるように、昔話風にお話しをして自殺防止やいじめ防止のお話をするのである。

 

 で、今日は奥方の診察日だった。診察日たって、包帯を外して点検をして、薬を塗って包帯を巻き替えておしまいである。お年よりの打撲だから「日にち薬」というもので、三週間から四週間の加療ということになっている。まだ二週間ちょっとだから、もう少しはおうちでごろごろするつもりらしい。「労災」ということになっているので、会社も被害者ものんびりとしたものである。

 

 で、今日のお昼はかけそばになった。もう、すっかりと炊事洗濯掃除と、自分でなんとかこなしている。自分ではどうにもならないときには私を呼ぶが、私に言われてもどうしようもないこともある。

 

 「洗い物をやりましょうか」と言うても「いいわよ」と言うからかわいげがない。ま、74歳にもなるのだからかわいげがあるほうがおかしいのかも。 

 

 そうそう、昨日あたりから、このブログの最後にあった「いいね」欄がなくなった。それがあろうとなかろうとどうでもいいのだが、あるものがなくなると、ついつい、忘れをしたようで後ろ髪を引かれる思い。ま、坊さんに後ろ髪なんぞある筈がないのだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「ありがとうと心から喜べぬ ごめんなさいと心から恥じることもできぬ 今日も如来のご苦労が身に染みる」というもの。これまた、どこのどなたの言葉かは分からぬのだが、親鸞聖人は自身の在り方を直視されて、

愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証に近づくことを快しまず
『教行信証』親鸞聖人(真宗聖典251頁)

と、ごまかすことなく正直に述べられている。また『歎異抄』では、

念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり
『歎異抄』(真宗聖典629頁)
 と、ここでは親鸞聖人ご自身も唯円と同じく「念仏申しても歓喜のこころが湧いてこないし、浄土へ往きたいというこころもない」とまで言われるのである。勿論これらは開き直っているわけでも強がっているわけでもないのだろう。念仏申しながらもいつの間にか善人になったように思い、本当の自分から目を逸らし、ごまかしながら生きているのが私たちである。ある意味、私たちは自分から目を逸らしている方が楽なのかもしれない。醜い自分の姿を見たくはないではないか。なんと強情な私たちであることか。なんと傲慢な私たちであることか。それでも親である如来は私たちを「いとおしい」「いとおしい」と見守っているのである。そんな親心を知っていながら、それでもまだすなおになれぬ私たちであることか。まるで反抗期の青年時代みたいではないか。

  

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


夏雲に凝る肩揉んでお茶にする

2021年08月26日 | 時には日々是日

 26日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、昼過ぎから夜のはじめ頃は雨や雷雨となる所があるらしい。香川県では、26日は熱中症の危険性が極めて高い気象状況になることが予測されるので、外出はなるべく避け、室内をエアコン等で涼しい環境にして過ごすよう呼びかけている。気温は24.4度から32.9度、湿度は92%から70%、風は1mから2mの西南西の風が少しばかり。明日の27日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 109/63/78 35.9c-98%-62.2Kg 25.3c-86%-1014hPa 体調に変化はない。

 

 最近は奥方がずんやりと我が家にいるからか、肩こりが激しい。そんなことはないでしょう・・と言うのだが、外に肩こりをするような出来事の変化はない。少しずつだがストレスが溜ってくるのかも知れない。

 

 気分転換に布団を干してみた。何からでも変化を付けていかないと・・・。この頃はさっぱりとした夏の朝なのだが、やがてには猛烈な湿度が襲ってくるようになる。

 

 朝、奥方の姿が見えないと思うと、早くもよちよち歩きで野菜畑で野菜の収穫をやっている。もう、松葉杖はいらなくなった様子。買い物用のマイバッグを提げて野菜を収穫してきたのである。この小さなナンキンは「ぼっちゃんナンキン」、黄色い花びらは「花オクラ」。

 

 で、午前9時前から県道の防災工事が始まって、山肌に生えている雑木の伐採やら材木の搬出作業である。チェーンソーやら重機の動き回る音がにぎやかに聞こえてくる。一方、さぬき市道側では水道ポンプ交換工事が行われている。ま、降って湧いたように静かな山里が騒音の渦の中に取り込まれてしまったような感じ。

 

 ま、窓を閉めて冷房を掛けていれば、気にもならないくらいな騒音である。でも、奥方は冷房も入れず、窓を網戸にしたまんまで寝て居るのだからしたたかなものだ。

 

 だから、気分転換に出掛けてみた。「お茶のペットボトル2㍑のものを2本、買ってきてね」というのが出掛ける口実だが、それを買ってから電機屋さんに寄ってみた。こちらも開店すぐだったから、店内にお客さんはいない。

 

 で、今度はインクカートリッジの購入である。これだけでも一万円弱になる。

 

 それに印刷用紙も。だから、印刷代だけでも一ヶ月で相当な金額になる。ま、趣味というか道楽だから仕方がない。

 

 だと、奥方が「エアコンが冷えないの。フィルターが汚れているんじゃないの?」と、前々から言われていたのだけれど、私は退職以降、高いところは苦手になったのである。さんざん、お仕事では5m前後ばかり、時には10m、20mと昇ったこともあるし、高所作業車で平気で作業をしたのだけれど、退職以降は2mのハシゴが怖くて登れない。

 

 フィルターも、そんなには汚れていないのだが、奥方はきれいに洗って乾燥してくれた。その時にフタの角度が変わって風向きが真下にだけになっていたのを上向きにしたのか、よく冷えるようになって、今度は寒い・・と言い出した。でも、電源を切ったら元通りの下向きになってしまった。

 

 で、ご褒美というか奥方の手抜きなのか、今日のお昼はここになった。うどん亭「いわせ」という一般店である。ここも久しぶりである。というのも、奥方の休みがなぜか火曜日になるので、ここの定休日とかぶったからである。

 

 で、奥方はいつもの「かけうどん」とおでん三本である。私は、この、「冷やし梅ぶっかけうどん」で、580円だった。真ん中下の黒いものは「しいたけ」である。ま、「梅わかうどん=「梅干し」+「わかめ」うどんに冷たい「つけ出汁」を回しかけたものである。夏らしいさわやかなおうどんである。

 

 今日の掲示板はこれ。「世の中は 浮きも沈みも 苦も楽も 心の船の 舵のとりよう」というもの。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板から。故菊乃家〆丸さんのセリフからである。チンドン屋歴約80年の人。2011年3月16日急性心不全で死去した。92歳であった。本名:大井正明さん。東京は下町、墨田区曳舟界隈に生まれて、92歳で亡くなるまでそこで暮らし続けた。職業はチンドン屋。芸名の菊乃家〆丸(きくのやしめまる)の方が通りがいいかもしれない。亡くなる直前まで実に75年間ほどチンドン屋一筋の人生を歩まれた。「変わらない」ことを貫いた一生だったと言っていい。太鼓や鐘で人目を引いて、新店の開業や催しを宣伝して練り歩く。戦前には東京市内に2000人ほど同じ稼業の仲間がおり、同じ町内にも数軒のチンドン屋があった。ところが新聞の折り込み広告が盛んになるにつれて仕事が減った。同業者が次々に廃業していく中で、ただ1人黙々と仕事を続けていた。チンドン屋も紙芝居屋もラオ屋も「いかけ屋」もなくなった。まさに浮き沈みの中で消えていった人たちだった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花オクラ如来のような温かさ

2021年08月25日 | 時には日々是日

 25日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、昼過ぎから夜のはじめ頃にかけて雨や雷雨となる所がある見込み。気温は25度から32.9度、湿度は74%から90%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の26日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。

 

 圧迫時113/解放時62/脈拍80 体温35.9度-血中酸素濃度98%-体重62.4Kg 室内温度24.7度-室内湿度87%-気圧計1010hPa 体調に変化はない。

 

 昨夜は熱帯夜ではないのだけれど湿度が高くて汗まみれになって寝て居たようだった。早速にパジャマは洗濯機に投げ込んだ。いつまでも蒸し暑いのはかなわない。

 

 さて、俳句集を印刷・製本したのに、文中にこんなものが残っていたりする。そこで朝から校正作業。こういうのが俳句の後ろに必ずくっついていた。それを大掃除したはずだけれど、上手の手から水が漏る・・・。

 

 そういう作業を繰り返して、再び印刷、製本になってくる。すると、奥方が「銀行に行きたいのでお願いします」と言う。これまで奥方が何日もいたことはないのに、もう一週間も奥方と二人暮らしになっている。まだ、松葉杖は外せない。だから、まだ、車にも乗って運転は出来ない。

 

 で、近くのATM(現金自動預け払い機)で、奥方の口座から現金を引き出そうとすると「カードを入れて下さい」という。何度やっても通帳からは現金が引き出せない。

 

 そこで仕方なく、銀行さんに行って来た。やっぱり同じ事で現金は引き出せない。そこで通帳の袋の中身を見るとカードがあったので、どうにかこうにか引き出すことが出来た。今度はそれを別の口座に入金して欲しいという。こういう場合、奥方が松葉杖をついているものだから、身障者用駐車場に大手を振って駐車できる。当然、私用の駐車カードは持っているけれど。

 

 すると、「今度は私が買い物をするから、お荷物だけ持ってちょうだい」と言う。自分の目で確認して買い物をしないと納得できないという性分なのである。

 

 で、コツン、コツンと松葉杖をつきながらのお買い物。「それじゃない、土ショウガよ」「だって、新ショウガと根ショウガしかないけど・・」「じゃぁ、新ショウガじゃない方を・・・」みたいな会話ばかりになる。キャベツだってレタスだって、「一番、大きいものを・・」と小うるさい・・。

 

 「次は農協前の竹川商店へ行って、袋に入ったタマネギを買うの・・」「えっ!そんなにたくさん・・・」「だって、お猿に食べられてしまったでしょ」・・・。全く・・・疲れるわ・・。

 

 今日はまたまた、おそうめんである。「一粒一滴 みなご恩。感謝でおいしくいただきましょう」「いただきます」お坊さんのお作法を知ってるだけに文句は言えない・・。

 

 「こんなにたくさん・・・」と思ったけれど、いつの間にか完食してしまっていた。

 

 で、俳句集はⅧ(8)とⅨ(9)ができあがった。

 

 これで、一巻から九巻までができあがった。8と9の順番が逆だけど。できたからと言って、これを誰かに見せるものでもないし、回覧するものでもない。それでいて「非売品」でもある。世界に一冊だけの俳句集である。

 

 今日の掲示板はこれ。「「明日があるさ」と思いながら、「きょうしかない」と思って生きる」という植木理美(ウェルビス悠愛社長)さんの言葉、『致知』2020年9月号《最新号》連載「第一で活躍する女性」より。何が起こるかわからない世の中・現代社会。自らの意識を『明日があるさ』から『今日しかない』という意識に変えて、事に向かい、対処していくことが大事なのだと思う昨今である。感染症が災害規模にまで拡大し、世界のあちらこちらで紛争が巻き起こり、難民があふれているような現代。これからは、自分が出会った事が起点となりベースとなり、そこから次なる展開が生じていく。全てが自分の一挙手一投足に懸かっていくのだと知っておくべきだと思う今日この頃。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


さわやかに夏水仙は背伸びする

2021年08月24日 | 時には日々是日

 24日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で曇り、午後は雨や雷雨となってきた。気温は24.5度から31.2度、湿度は94%から76%、風は1mから3mの南南西の風が少しばかり。明日の25日のさぬき市地方は、引き続き湿った空気の影響で概ね曇り、午後は雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 105/58/78 36.6c-98%-61.2Kg 26.0c-81%-1008hPa 体調に変化はない。

 

 朝の間は晴れ間もあったので洗濯物を干してみた。家中の引き戸やガラス戸も開放した。

 

 働き者の主夫である。誰も言ってはくれないので、自分でそう宣言をしておく。

 

 で、奥方が野菜畑にいけないので、私が野菜畑の野菜を収穫してきた。すると、「パブリカは色がつくまで採らないでと言うたでしょ。やっと色がつき始めたのに・・・」と叱られた。傘屋の小僧で「骨折って叱られる」。苦労した割には失敗続きで役には立たぬ・・ということらしい。

 

 で、私は相変わらずの俳句集造りである。ブログのタイトル一覧をコピーしてきて、いらない情報をお掃除していく。これがまた面倒な作業なのだ。年月日や時刻や書き出しの文章の頭部分なんぞがくっついているので、それを一つずつ消していく。

 

 お掃除ができたら、そのテキストを俳句集の形式分に流し込むと俳句集ができあがる。

 

 それを印刷して製本すると、こういう形にできあがる。これらは、いわゆる復刻版ということになる。

 

 それに、和紙の表紙を付けると、こういう本らしくなってくる。これでⅠ巻からⅦ巻までが揃ったことになる。これで七年分である。

 

 その合間に、「浄化槽の点検が終わったので点検費用の振込用紙を置いておきます」という。そのたんびに二階から一階へ降りないといけないのだが、そのアップダウンがしんどくなってきた。その用紙を持って、すぐさま、費用の振り込みをしておいた。明日になったら忘れてしまいそうになるものだから。

 

 そうそう、セキスイさんからも連絡があって、「早速の頭金の入金、ありがとうございます。早速、現地で寸法取りやら現地確認のために、明日、讃岐広島入りますので、よろしくお願いします」とのこと。

 

 工事代金の頭金が入ったら、すぐさま、工事にかかるのかい・・・。

 

 今日のお昼は、奥方作の「焼きめし」である。朝、私が採ってきたピーマンも刻んで入っている。こういうところは、奥方の範疇だから手出しが出来ないのだ。私は食後のお皿洗いくらいなものだ。

 

 だと、私に相談もなく雨になった。雨が降るならば「降るぞぉ~」と声かけしてから降ってくれ。ま、洗濯物は濡らさずに取り込めたけれど。

 

 先日来の雨のせいもあってか、すぐ横を流れる津田川の水の音も大きくなってきている。

 

 だと、久方ぶりに「でんでん虫」が姿を見せた。「でんでん虫虫、かたつむり 電線工夫も人の子だい それが何より証拠には 酒も飲みます恋もする・・・」というのが私らのテーマソングだった。今は「工夫(こうふ)」というのは使ってはいけない言葉らしい。理由は、「工事をする男」だから、女性を無視しているとかなんとか・・。「工婦」という言葉がないかららしい・・。ややこしい時代になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「境遇や環境を選ぶことはできないが、生き方を選ぶことはできる」という、渡辺和子さんの著書、「置かれた場所で咲きなさい」の中からのことばである。「こんなはずじゃなかった」と思ったこと。あなたは、今日まで生きてきて何回あっただろうか。受験に失敗し不本意な進学をしたこと。目標を持ち、仕事をしていても会社に馴染めない自分。結婚し幸せになれると思ったが、理想とは違う現実。人生は嬉しいことも嫌なこともある。山あり谷ありだ。しかし、人は闇の中で、もがき苦しんでいるとき、自分も周りも見えなくなる。辛く悲しい気持ちは、脳を、身体をすべてを麻痺させる。今回紹介する本は、渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」というエッセイ集。著者はシスターであり、岡山市にあるノートルダム清心学園の理事長だった。聖書の教えなどを交え、生き方や人生の在り方を説いたこの本は、悩める人々の心の支えになった。160万部のベストセラーである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


蝉の声今日は混成合唱団

2021年08月23日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 23日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。気温は23.5度から30.7度、湿度は84%から94%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の24日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇り、昼過ぎからは雨や雷雨となる所があるらしい。

 

 108/60/79 36.4c-97%-61.6Kg 25.8c-85%-1013hPa 体調に変りはない。

 

 今日は月曜日と言うことでてんわわんや(=[補説]手に手にの意の「てんでん」と、関西方言でむちゃくちゃの意の「わや」とが結合してできた語という。獅子文六の新聞小説「てんやわんや」で広く一般に使われるようになったもの)の忙しい一日になった。

 

 今日も雨が降ったりやんだりを繰り返している。いつまでも戻り梅雨みたいな毎日。今年も夏がないままに秋が来てしまいそう。

 

 朝の間、パソコンの中にある、私の俳句集を大掃除しようと、片っ端からプリントアウトしていた。

 

 だと、「はいくる・じぃじぃⅤ」と「Ⅵ」が出てきた。これまでの「Ⅵ」とは違う「Ⅵ」だった。(補説:「Ⅴ」は5、「Ⅵ」は6のこと)

 

 そんなことをしていると、頭の横で、大きな機械の掘削音が騒がしい。すぐ横を走っている県道の工事である。そこで役所に連絡すると、元請けやら現場監督やら発注元やらが「説明」に来てなんだかんだと説明するが、私は「工事の音がうるさいので静かに工事をして欲しい」とお願いをしただけである。

 

 今度は家の北側の市道部分に、水道のポンプ交換工事で工事関係者が我が家の前に黙って車を置いて、なんだかんだのとうるさい。それに市道部分に10台近い工事関係車両を停めるから交通渋滞にもなってくる。そこで少し注意をしたが、彼らは聞く耳を持たない。彼らは監督省庁のいうことしか聞かないのである。

 

 そうこうしていたら、奥方の職場仲間がお見舞いに来てくれて、ミニ女子会になった。私も少しだけお相伴にあずかって、すぐに自分の部屋に戻って昼寝をしてしまった。すると、今度は、その職場まで送ってくれるので、奥方のマイカーを持って帰ってきて欲しいという。で、奥方の車に乗り込んだら燃料がない。燃料を入れて戻って来たらば・・、

 

 島の家のガラス戸ほかの「工事代金の頭金を振り込みに行くよ」というので、とんぼ返りで農協さんで奥方の定期預金を下ろして、銀行さんで振り込みをする。その際に印鑑が違うからとか、本人確認が必要だとか・・・とにかく銀行さんも面倒くさい。一旦、現金80万円を普通口座に入れて、そこから振り替え作業をするのだが、なかなかに新しい機械にはなじめない。

 

 そうそう、保険屋さんに連絡すると、お宅の関係部署は松山の「四国総支社」だという。総支社に連絡すると、現地確認が必要で、追って高松支所から連絡すると言う・・・。ああ、ややこしや、ややこしや。勧誘するときはいいことばかりを言うけれど、保険金をもらおうとすると「ああだ」「こうだ」と面倒くさいばかりだ。

 

 で、奥方が14時から診察だからと、また、奥方の職場のある町に出掛けて整形外科へ。すると、今日はワクチンの接種日だから15時まで待てという。

 

 で、診察が終わったのは15時半。それから戻ってくる途中で、「夕食の食材を買いたい」というので、「面倒だからお寿司でも買ってあげるから」ということで、スーパーのお寿司を戻って来たら、まだ、水道工事の車列が市道を塞いでいる。で、お風呂でシャワーを浴びようとしたら、排水溝に奥方の髪くずほかが詰まっていて掃除をするはめに。夕食でお寿司を食べようとすると、「お醤油が入っていない」「わさびもない」とああだこうだと。ほかのお宗旨だと「ああ、祟りじゃぁ~」と言うところだが、「仕方がないものは仕方がない」と諦めて戻って来た。もう、16時半にもなっていた。

 

 きょうの掲示板はこれ。「墓参り 合掌した手で 蚊をたたく」というもの。何年か前には「墓参り 合わせたその手が 蚊を叩く」というようなことばだったかも・・・。いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。いずれにせよ、私たちは矛盾を抱えて生きている。片方ではいのちを大切にし、片方では多くのいのちを食べて生きている・・・。それをやめるわけにはゆかない私。その矛盾とともに生きて行かねばならないこの私・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


雨上がり高砂百合はうつむいて

2021年08月22日 | 時には日々是日

 22日のさぬき市地方は、朝方はすっきりと晴れていたが、湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となってきた。気温は23.7度から30度、湿度は78%から92%と蒸し暑い。風は1mの南西の風が少しばかり。まるで梅雨時に戻ったみたいだ。明日の23日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 102/54/78 36.1c-98%-62.6Kg 25.3c-84%-1013hPa 体調に変化はない。

 

 今日は集落の「おっぞさん=お地蔵さん」の日である。これが本当にお地蔵さんなのかは誰も知らないし、何のためにやっているのかも知っている人はいなくなった。「前からやっている」とか「親がそうしていた」とかだけで、お掃除をして、お参りをしておひらきになる。

 

 この集落の「出事(でごと)」は、この「おっぞさん」と、春秋の山の神さんの例祭と地神さんの例祭だが、そのいずれもを何のためにやるのかを知らないでやっている。「昔からやっている」「みんながそうしてやっていたから」とかで、意味もいわれも知らないでやっている。さも当たり前のことのようにしてやっている。

 

 これが「お地蔵さん」なのかも知らないし、何のいわれがあるのかも知らないし、なんでやっているのかも疑問も持たずにやっている。「地蔵盆」と関係があるのかどうかも知っている人はいなくなった。

 

 戦後は(戦前からやっていたのかも知れないが、今はもう、わからない)、ここにムシロを10枚も20枚も敷いて、大勢の子どもも集まってきてお菓子をもらって騒いでいたらしい。ということは、「地蔵盆」の流れを受けているのかも知れない。

 

 10年ほど前までは、長老が「般若心経」なんぞをあげていたが、今の人は般若心経を知らない。というのも、この集落は全員が「浄土真宗」のご門徒ばかりだからである。私は一応、観光ガイドだから般若心経はすらすらと読めるが、しゃしゃり出て偉そうにするのもシャクだから黙って後ろで手を合わせるばかりである。で、掃除が終わり、合掌礼拝が終わればお開きになる。これはいったい、何のためにやってるんだろうか・・・と私はいつも意味を考えてしまうが、それさえもが意味がないということらしい。

 

 「ねぇ~ねぇ~、ビデオちゃん、10時になったら「うしおじさん」ところへ連れて行ってよ~」と奥方が言う。通称"うしおじさん"で親しまれている「大山(おおやま)牧場」は、香川県さぬき市でジャージー牛を飼育している小さな牧場。乳製品をはじめ、無添加ソフトクリームやスイーツ、パンなどを販売しており、バーベキューやピザ・バター作り体験も可能!牧場ではジャージー牛の見学や、ヤギ・ロバなどの動物とふれあう事もできるので、小さなお子さま連れファミリードライブ旅のスポットとしても人気らしい。私の中学時代の親友で、毎日、牛小屋で遊んだものだったが、中学を出ると会うこともなくなって久しい。

 

 あの大山くんが、こういうお店をやって繁盛していると聞いて、「彼ならやるなぁ・・」と納得したものだった。私は牛や馬などの「生き物」は苦手だったから落語家になろうとしたけれど、親父にこっぴどく叱られてサラリーマンになってしまった。

 

 明日の23日、奥方と会社の仲間とでお食事会を計画していたらしい。だが、奥方のケガでお食事会は無理になったので中止になった。すると、会社の仲間が「お見舞い」に来てくれて、「スイーツ・ティーパーティ」になったらしい。そこで、ご飯の代わりとお土産用などにパンだのをどっさりと買い込むためだった。

 

 「じゃあ~、お昼は味噌ラーメンが食べたいわ」と言うので、このラーメン屋さんにやってきた。私は脂っこいものやお肉はダメだから、こういうお店は得意ではないが、奥方の言うことには逆らえない。ここも入り口に横付けにして奥方をお店に入れる。

 

 奥方がお勧めの「味噌ネギラーメン」790円である。「そのおネギはラーメンの下に入れないと硬くて食べにくいわよ」とかと奥方が「シャシャコを焼く=いらぬ世話をする」。麺も半茹でかなぁと思うほど硬く感じたけど、スープになじんだのかやわらかくなって食べやすくなった。

 

 奥方は何でも「おいしい、おいしい」と食べる。ま、生野菜が載っていたから良しとしようか。

 

 奥方は食べてさえいれば幸せらしい。で、相方がお金を支払ってくれたら、最高にしあわせだと仰る。ずいぶんと簡単な幸せではないか・・・。

 

 今年の病歴年表を更新しておいた。今年は入院はしなかったし、大きな手術もなかったので良しとしようではないか。

 

 今日の掲示板はこれ。「きょうほめて あす悪く言う人の口 泣くも笑うも人の世の中」というもの。「今日ほめて 明日悪く言う人の口 泣くも笑うもうその世の中」という場合もあるが、一休さんのことばだとされている。今日は私のことを、「いい人、大好き。」とほめていても、明日になると、「あんた、そんな人だったの?大嫌い!」と悪く言う。人とはそういうものだ、ということである。あなた自身は昨日と今日で何が変わったわけではなくても、人の口はコロコロと変わるもの、あてにはならない。そんなあてにならない人の口にふりまわされて、「悪口を言われた。」とか、「こんなひどいこと言われるくらいなら死んだほうがましだ。」と言って自殺しようとする人があるが実におろかなことではないか。逆にほめられたからといって、有頂天になって舞い上がっているのも馬鹿なことだよ・・・と一休さんは言うているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


朝ぼらけ高砂百合の寝ぼけ顔

2021年08月21日 | 時には日々是日

 21日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で曇り、雨や雷雨となる所があるらしい。気温は23度から28.6度、湿度は84%から74%、風は1mから2mの南東の風が少しばかり。明日の22日のさぬき市地方は、引き続き湿った空気の影響で曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 114/64/79 36.2c-99%-62.4Kg 25.0c-83%-1015hPa 体調に変化はない。体重も安定している。食欲も普通。最近はなぜだか右耳が詰まったようで聞こえが悪いが、耳鼻科のドクターの話では「お年ですから・・・。補聴器が必要になったら、また、来て下さい」とのこと。補聴器を使ってまで会話するような必要もない毎日。

 

 奥方は「血を三本も抜いたから楽になった・・」と言うていたが、今度は足が腫れてきてきた・・・ということで安静中。働きものだから、しばらくは公休で休んでいればいいと思う。

 

 昨日、島の家のガラス戸の見積書ができあがってきた。やっぱりなぁ・・と思う金額になった。保険金でいくらバックされるかが楽しみと言えば楽しみだし、やや、不安も湧いてくる。「全額は出ないこともありますよ」と言う一言が重かった。

 

 これは、台風とは関係ないのだが、島の家の給湯器が壊れたので、それを相談したらばエコキュートにするしかないということになった。島にはガス屋さんがなくなって、ガスの補填ができないからで、今度は電化ということでエコキュートになる。それに連れて、ガスコンロもIHにしないといけなくなった。

 

 

 だから、両方で200万円近くになる。でも、お湯がわかないとお風呂にも入れないし、ガスがなくなれば炊事もできなくなる。仕方がない出費だとあきらめるしかない。で、来週にでも、頭金の80万円を振り込んで下さいと言う。頭を抱えるばかりだが納得するしかない。工事が終わればその残金を振り込むことになっている。あとは、保険金がいくら振り込まれてくるか・・・である。

 

 あれこれと考えても仕方がないので、私は私のお仕事に戻ることにした。私のブログのタイトルは「俳句風」になっている。気づいていないかもしれないが、俳句風になっている。そのタイトルを集めてくれば「俳句集」ができあがるという寸法で、これまでに五冊の俳句集ができている。

 

 こんな感じの俳句集になっている。

 

 それを印刷製本すると、こんな風になる。

 

 最初の頃は、「ああ言えばジョウユー(ああ言えば、上祐)」というギャグが流行ったので、「ああ読めば、こう読む」というタイトルで、義父の俳句に私が答えるという形式だった。その義父もなくなって久しいから、最近は「はいくる・じぃじぃ」というタイトルになった。「俳句をする」で「はいくる」である。「じぃじぃ」は文字通りの「爺爺」である。

 

 で、印刷ができたら、和紙で表紙を作る。白いものは、A4版の用紙を二つ折りのA5版にしたもの。真ん中の隙間が本の厚さである。

 

 そこにまた、A4版二つ折りを貼り付けて「扉」を作る。

 

 そこに印刷製本された本体を載せてのり付けすると・・・、

 

 こういう本ができる。

 

 そこに「題簽(だいせん)」を貼り付ければ完成である。

 

 こういう俳句集が簡単にできあがると言う寸法である。

 

 今日の掲示板はこれ。「仏教は都合よく生きられたら幸せだという夢から覚める教えです。仏教は不安を取り除くのではなく不安に立つ教えです」というもの。どこの誰の言葉かはわからなかった。安田理深先生のことばかも知れない。

 安田理深先生の自宅が火災にあった時のエピソードを以前読んだことがある。隣家から延焼して、学者の命ともいうべき重要な蔵書やノート類がすべて焼けてしまったという。普通の人間であれば計り知れないほど大きなショックを受けたことだろう。しかし、安田先生はこのように書いておられた。

 「「焼かれた」のでもない。「焼いた」のでもない。ただ「焼けた」と。そうすると事実を事実のまま受けていけるのではないか。自も他も損なわんで済む。こんなことを今度の火事で学んだ」という。しかし、私たちは起きたことのショックが大きければ大きい時ほど、それによって自分や他人を呑み込むような思いにずっと引きずられてしまい、その苦しみから離れることが難しくなってしまうもの。仏教を学んだからと言って、都合よく生きられるわけでは決してない。好むと好まざるとにかかわらず、生きているとさまざまな災いが必ず降りかかって来るもの。むしろ、目の前で起きた辛い出来事を「師」とし、「先生」として、そこから学びや対応の仕方を考えさせてくれるのが仏教という教えであり、この世界に生きていると、葛藤や不安が完全におさまることは決してない。災いや不安・葛藤を前にした時、仏教にヒントを求めて、命ある限り謙虚に学び続けていく姿勢こそが大切なのではないだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


夏の雨一期一会の花に降る

2021年08月20日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 20日のさぬき市地方は、上空の寒気や湿った空気の影響で朝から雷雨となり、夕方まで雨が降るらしい。雷を伴う所もある見込み。気温は22度から25.5度、湿度は90%から82%、降雨量は0mm/hから2mm/h。風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で曇り、昼前から雨や雷雨となる所があるらしい。 

 

 112/67/78 36.1c-98%-62.6Kg 24.8c-84%-1016hPa 体調に変化はないが、少しばかり動くと息苦しくなって動けなくなる。じっとしていればなんともない。

 

 台風9号以来、11日目の雨の日になった。それでも甲子園は晴れていて、高校野球をやっている。そんなにもお天気というのは違うものなのか。

 

 こちら香川県東部さぬき市は暴風雨のような雨が降っているというのに・・・。

 

 そんな中、「奥方が病院の診察があるの・・」と言う。18日の午後に転んだのに、早くも診察なのか・・・と、奥方を病院まで連れて行ったが、暴風雨のさなかである。奥方に傘を差し掛けたら私は全身濡れ鼠になってしまう。

 

 で、「血を三本も抜いたの・・・」と仰るが、どんなもので三本なのかはわからないが、内出血でもしていたのだろうか。「ずいぶんと楽になったわよ」と仰るのだが、歩く姿は壊れたロボットみたい。

 

 で、今度は勤務先へ病状報告に行くというので、総理大臣みたいに車寄せに堂々と乗り付けて、「ドアを開けてよ」「スリッパを準備して・・」総理が国会議事堂に乗り込むみたいなものだ。「すぐそこで待っててよ」はいはい・・。

 

 で、出てくると、私の担当のケアマネさんとか、前の担当のケアマネさんとか、看護師さんとかを引き連れて玄関に出て来て「車を回してちょうだい」と仰せになられる。

 

 「次は・・おうどんが食べたいの・・・」と仰せになる。ここも本当はアカンのだが、玄関先まで車を乗り付けて、そこから松葉杖でうどん屋さんへ。私は傘を差し掛けたり、傘をしまったり、車のドアを閉めたりしてからお店の中へ。

 

 奥方は後ろから、「かけうどんとチクワの揚げもの」というので、私は自分のものと二人前分をチョイスしてお会計して・・・。

 

 私は「温玉ぶっかけ」にしたのだが、温泉卵が半熟タマゴみたいで、なんとなく情けないおうどんになった。で、我が家に戻ったのがお昼前。

 

 そうそう、島の家のリビングのガラス戸が台風で割れてしまった・・・という話をした。

 

 で、このガラス戸が特注品で、現在は製造していないというし在庫もないという。アルミサッシ部分も曲がったり折れたりしていて修理不可能だという。

 

 だから、今度はそれらを全て外してしまって、四枚戸にしたいという。いい、いい、何だっていい。ここの部分が見栄え良く治ればいいのだからして。費用は大幅に膨れるが仕方がないじゃないか。窓無しでは格好にならないし、第一、不用心で仕方がない。

 

 次に給湯器である。灯油給湯器が壊れて、ガス給湯器に代えたのだが、工事で余った給湯器を無料でつけてもらっていたのだ。これが壊れてオンもオフもできなくなった。こんな数字も出て来なくなった。これではお風呂に困るというので相談をしたら、今度は電気の「エコ・キュート」にしたいという。

 

 エコ・キュートに交換したら、これまでのガス設備は全て外してしまうと言う。この島にはガス屋さんがいないのだから仕方がない。ガスがないガス設備なんてガラクタでしかない。

 

 こういう給湯器だったのだが、タダより高いものはない。これもやがてにはガラクタになる。

 

 だとしたら、台所のガスコンロも、IHクッキングヒーターにしないといけなくなるという。あれやこれやで大散財になってしまう。一年中、ほとんど無人の別荘だが、だからと言ってお風呂もないし、お湯も沸かせないのではつまらんではないか。この年になって、屋外でたき火をしながらインスタントラーメンを食べるというのも情けないではないか。奥方に、もう少し働いてもらうことになりそうだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「何ものも「自分のもの」ではないと知るのが智恵である」というダンマパダからのことばである。「降れば濡れ 濡るれば乾く袖の上を 雨とて厭う人ぞはかなき」と一遍上人は言った。煩悩にまみれた自分でいいのだと腹をくくると光が見えてくる。「煩悩 を断ぜずして 涅槃を得るなり」と親鸞聖人も言った。人生さえも借りものである。清々しく生きられるコツがそこかしこにある。「何ものも“自分のもの”で はない、と知るのが知恵であり、苦しみからはなれ、清らかになる道である」と、『ダンマパダ』に書いてある。考えても仕方のないことを、あれこれ思い悩む のは愚かなことだ。「眠れぬ者に夜は長く、疲れた者に一里は長い。真実を知らぬ愚者に生死の道は長い」とも『ダンマパダ』に書いてあった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


秋晴れが恋しいばかりの洗濯機

2021年08月19日 | 今日もなんだかなぁぁ・・・だった日。

 19日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で概ね雷雨となっていた。気温は24度から25.6度、湿度は88%から78%、風は1mから3mの南東の風が少しばかり。明日の20日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で断続的に雨となり、雷を伴う所があるらしい。これで10日間もの雨の連続になった。

 

 112/66/78 36.3c-98%-61.4Kg 24.9c-84%-1013hPa 体調に変化はない。体重もやや落ち着いてきた。やはり水分量の管理らしい。

 

 元気そうなのは数字上だけの話で、実際には心臓の調子もよくないらしい。と言うのもである・・・。

 

 昨日の夕方、奥方が転倒して整形外科へ緊急搬送されたので迎えに来て欲しい・・という。業務中に背中から車椅子がぶつかってきて転倒して左足(膝)を打撲したらしい。骨に異常はないらしい。

 

 先日にも誰かにぶつかって転倒したばかりだのに、またしても転倒したらしい。そこで整形外科までお迎えに行って来た。

 

 同じ市内だって言われても、普段には用事のない病院なんぞわかるものか。それで急遽、ナビで探して迎えに行って来た。それからが大変だ。左足が動かないというので、松葉杖を借りて、壊れた人形が動くようなものだ。それを介護するたって、私の方が「要介護2」の重病人だから、少しも身体が動かない。

 

 トイレの介護とか食事の世話だとか、やったことのないことばかりだ。奥方はそのほうのプロだから、私のやることがまどろこしいようで、なんだかイライラしている様子。なんとか20時過ぎには寝かせつかせたけれど、夜中にもコツンコツンと松葉杖の音がしきり・・。トイレに行くにも時間がかかるみたい。

 

 で、朝から「リハリビパンツ」が二階にあったでしょ」「床掃除をやってちょうだい」と、にぎやかである。どうにも私がのろまで我慢できない様子。そう言われても身体が動かないのだから仕方がない。これでは老後が心配になる。

 

 で、10時からは、私のケアマネさんとのサービス会議だが、私の事なんぞそっちのけで、奥方のケガのことばかり。このケアマネさんはおなじ介護施設の職員さんで、奥方のケアマネも務めることになった。奥方は元気そうにお茶を出したりケーキを出したりと慌ただしい。そのくらい、私でもやれるのに。(私が先に気がつかないといけないんだろうな)

 

 で、私は、この月間計画書にハンコを形ばかりに押すだけ。後は奥方のことばかり。

 

 「いいわよ、二階で休んでて・・・」と言うものだから、私は二階でデスクワーク。あれもやった、これもやった、例会の案内状も出したし、お寺への休暇届も出したし・・と。

 

 今度は、観光ガイドの用の防災マニュアルである。今、はやりの「SDGs(エズ・ディー・ジーズ)」関連で、気候変動に具体的な対策を(意味が違うけど)やっておきたいということで。

 

 観光ガイドが直面する危機対策についてのマニュアル作製である。普通に考えれば、「そこまでせんでも・・」ということも多いが、狼犬が脱走したり、ヘビが逃げ出したり、川の氾濫、水害、土砂崩れと最近の出来事は異常すぎる。だからこそ、備えあれば憂い無しの構えで臨みたいのである。

 

 そうこうしていたらば昼が来た。左膝打撲のおばあさんにも昼が来る・・・。

 

 そこで、11時過ぎに一階へ降りると、なんとまぁ、台所でおうどんをゆでている奥方がいる。よほどおなかが空いたのかも知れない。で、ほとんど、奥方作のおうどんになった。

 

 寝ててくれたら、私がやるから・・・と言うても、イノシシ年の奥方は頑としてマイペースを守ろうとする。その後の洗い物や後片付けはやったけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「転ばなかったら起き上がり方もわからない」というもの。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。元SMAPの中居正広さんのことばから。「転ばなければ起き上がり方も覚えられないんだから 転ぶことだって必要」というのが元のことばらしい。「失敗しなければ成功することも覚えられないから、失敗することも必要」という風にも味わえる。最近の若いお母さんを見ていれば、「ほら、危ないよ」「危ないったら!、転んだらどうすんの!」などと怒ってばかりだが、まさに、「転ばなければ起き上がり方もわからない」。ころんだきり、泣きわめいている子どもを見ることも。だからと言って、わざと転ばせる必要はないけれど、失敗を恐れていては成功はおぼつかない。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


夏草は諸行無常の手のひらに

2021年08月18日 | 時には日々是日

 18日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となっていた。気温は23.5度から24.8度、湿度は90%から84%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。降雨量は0mm/hから4mm/h 量としては多くない。明日の19日のさぬき市地方は、引き続き、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となる見込み。もう、何日、雨が続いているのだろうか。

 

 圧縮時98/解放時58/脈拍79 体温36.2度/血中酸素濃度98%/体重62.2kg 室内温度24.6度/室内湿度88%/気圧計1008hPa 体調に変化はない。

 

 重い梅干し漬けだの梅シロップだのの瓶が重たくて、流し台の下や二階の冷蔵庫の中だのに保管してあると不便で困っていたのが、昨日の整理棚でさっぱりとしたと大満足で出勤して行った。それも束の間で、今度は別の「欲しい欲しい病」が出てくるのだと思う。

 

 そんなことを他人事のようにつぶやいていたらば、私のパソコンのキーボードが不調になった。「↑Shift」キーが動かなくなったのだ。蟻が巣をしたわけでもなく土蜂が巣をしたわけでもないだろうに動かなくなった。若い頃には分解して掃除をして組み立てたものだが、最近のものはそうはいかない。

 

 で、電機量販店に行く途中の田んぼである。むろん、よそさまの田んぼだが、連日の雨で「筵(むしろ)」のようになっている。ま、今時の人に「むしろ」と言ってもわからんだろうが、稲わらで作った敷物である。

 

 これが「筵(むしろ)」である。よく「針のむしろ」とか言ったりするが、昔の敷物である。これをお白州に敷いて罪人を座らせて罪状を読み上げたりする。花見の時にはこれを敷いて花見をした。ま、こういう状態に稲穂がべったりとなっている状態である。

 

 放っておけば、「蘖(ひこばえ)」という若芽が出てくる。こうなると収穫は望めない。農家の人は絶望するばかり。

 

 稲が倒れて、地面につくと、そこから芽が出て「ひこばえ」になる。

 

 話が横道にそれてしまった。で、隣町の電機量販店の「ケーズデンキ」に行って来た。9時半の開店と同時にお店に入って、用事だけを済ませてしまう。人混みは嫌いだし、長居も嫌いだし。

 

 で、プリンター用のトナーとか・・・、

 

 静音キーボードとか・・・、

 

 テレビ用のスピーカーを買った。最近、耳が遠くなったのかテレビの音が聞こえない。小さくしているのかとそばに行けば大音量で鳴っている。耳鼻科に相談すると、「お年ですから」というきりで相手にもしてくれない。

 

 この向こうにテレビがある。むろん、この右側のPCででもテレビは見られるし、BS4Kも視聴可能だが、やはり、パソコンにはパソコンの仕事をさせたいときがある。

 

 そこで、こういう具合にテレビ用スピーカーを置いてみたが、やはり安物は安物で音質が悪い。でも、こういうものに数万円もの投資はばかばかしい。

 

 今日は野菜ミックス味噌ラーメンである。左のグラスは漢方薬の煎じ薬。

 

 お味噌出汁が麺にからんでおいしいラーメンになった。ま、悪く言えば「ネコまんま」である。

 

 今日の掲示板はこれ。「諸行無常の人生道 事故あり渋滞あり 焦らずゆっくり道まかせ」というもの。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。どこの誰の言葉かはわからなかった。「諸行無常」とは、世の中すべて 天地万物のすべてが休みなく、どんどん変化していくことを言うが、人生もまた同じこと。結婚をして、赤ちゃんが生まれ、新しい家が建ち、身の回りの生活が変化していくのも、全て諸行無常の現象。年齢的な変化もあるだろうし環境の変化もあるだろう。それだから、事故もあれば渋滞もある。登り坂もあれば下り坂もある。焦らずゆっくりと「道なりに」「道なりに」道に任せて行こうじゃないか・・と言うとるのだと思う。ここの冒頭の「諸行無常」とあるところが仏教的で、私風に、「波瀾万丈の人生道・・・」とやったならば、やはり、お寺の掲示板には似合わないだろうな・・・と思ったことだった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


盆過ぎて伸びたひげ面気にしつつ

2021年08月17日 | 時には日々是日

 17日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となっている。気温は23.4度から25.0度、湿度は86%から74%、降雨量は0mm/hから9mm/h 風は1mから3mの南東の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、引き続き、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となる見込み。

 

 115/64/74 36.1c-99%-62.2Kg 24.9c-87%-1016hPa 体調に変化はない。足の浮腫みもしびれもないし、おなかの張りもない。でも、うつむいたり、しゃがんだりができない。重いものは持てない。たちどころに呼吸困難に陥ってしまう。

 

 今日は奥方がお休みで、台所に整理用の棚が欲しいと言うのである。「ホームセンターは朝が早いから8時開店だな・・」とポツリと言ったのに、8時を過ぎたら「もう、行くよ~」と言うではないか。朝ドラが始まったばかりなのに。で、出掛けたら、案の定、9時開店が多い。あそこもまだ、ここもまだ・・・ということで、とうとう、さぬき市志度にある「西村ジョイ志度店」までやってきてしまった。ここでも開店までに二回もトイレに行って来た。

 

 するといきなり、「あ、これがいい」と、とある棚を指さした。とっさのことで画像がない。ところが、それは展示品しかなくて、しかも分解はしないという。「それじゃぁ、軽乗用車には乗らない」というと、「トラックを貸します」という。

  

 トラックは貸すが、それには会員でないとダメだからカードを作れという。カードは奥方がわたしの名義で作ったようで、そこのお店のトラックに積み込んでもらったが、一時間は無料だが、それを過ぎると30分ごとに500円がいるという。

 

 で、こういうトラックに棚を積み込んでもらって、奥方は運転できないというので私が運転することになった。すると奥方が、「私が居ないと降ろせないでしょ」と助手席に乗り込んできた。で、一目散に我が家に戻って、その棚を降ろして、わたし一人でお店まで戻ってトラックを返してきた。時間はジャスト一時間だった。で、私の車で自宅まで戻ってきた。

 

 すると、どうだ。おとな二人がかりで運ぶような棚を、奥方一人で30mばかりも背負って(だろうよ)台所に運び込んで、すでに梅干しだのの瓶を棚に並べているではないか。火事場の馬鹿力というけれど、欲を背負うとなんとかなるものだなぁと感心した・・・。

 

 このガレージの屋根の下に降ろしたはずの棚が、30分ばかりの間に台所まで動いていたのには驚いた。雨は依然として降り続いていた。

 

 働き者の奥方に、「今日はおうどんに行こうか・・」と言うと、「待ってました!」と笑顔で車に乗り込んだ。で、うどん屋たって豪華なうどん屋じゃない。セルフサービスのお安い店である。

 

 私は「温玉ぶっかけ小の温いん」=「温泉卵の乗った一玉のおうどんに温かいおだしをぶっかけたもの」においなりさんで440円。

 

 奥方は「かけうどん小」にさつまいも天にあじフライで計380円。二人で820円というお会計。私のおごりである。(偉そうには言えないのだが)奥方は、自分でお昼ご飯を作らなくて良かったと大満足。奥方にほんのお返しである。

 

 うどん屋のテーブルにあった新聞紙。新聞紙というものを見るのは久しぶり。いや、感染症対策上、新聞紙には触れていない。

 

 午後からは「戻り梅雨」みたいな雨が降り続いている。

 

 それでも町内の建設業の方々は、側溝に積もった落葉を重機でお掃除している。台風シーズン前の恒例の行事である。水路が詰まって災害になると困るので、毎年の行事でもある。

 

 今日の掲示板はこれ。「いのちほど大切なものはないと言いながら 今日もそのいのちを食べている」というもの。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板からである。動物であろうが植物であろうが、どんな生き物であっても、自分の命の限り精いっぱい生き続けたい、そう願って 生きているのだと思うもの。私たち動物は、そんな他の生き物の「いのち」を奪わなければ、一時も生きていくことができない、悲しい宿命を背負った生き物なのである。口先では「命は重い」とか「大切ないのちをだいじにしましょう」とかと言うのだけれど、その口裏で、平然と他の生き物のいのちを奪って食べているのである。食べることを考えることは、命について考えることである。いのちについて考えることは、多くの生き物のいのちを考えることである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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