まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

菜の花に しぐれる明日が ついてくる

2018年02月28日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 奥方との記憶違いの一日である。奥方は私が29日に目覚めた・・・というているが、今年は28日しかない。だって、今年はオリンピックをやってるんじゃないの・・とかと言うけれど、とにかく今年は28日しかない。

 

 この日も私は全く記憶にない。奥方と、すぐ下の弟が昏睡状態から覚めたことを知ってやってきたらしいが、私が少し目を開けただけで、またも眠ってしまったので、すぐに二人は帰ったとか・・・。ともかく、大きな命の峠を越えたということらしい。

 

 人生には三つの坂がある。一つは上り坂、もう一つは下り坂、そして、もう一つこそが「まさかのま坂」であるという。

 

 これも病院で小耳に挟んだおはなし。おじさんは「写真にかけてはプロ級」だと評判の主らしい。おじさんには身寄りもなく家庭もないため、施設に入って共同住宅に住んでいて、若い頃からのカメラの腕を自慢し、施設のイベントや集合写真などを写しては掲示するのだった。 

 

 それがまた、プロ級の写真で、個人のポートレートなどは特に評判が良かったのだという。

 

 ところがである。いつものように三脚を開き、カメラをセットして、何枚も何枚も取った写真が全て真っ黒けになってしまった・・・。

 

 おじさんには自覚症状がない。眼を痛めたとか見づらくなったとかもないし、転んだこともぶつかったこともない。

 

 「あれも、りこげ(偉そう)に言よるけんど、やっぱり、年には勝てんのぉぉ・・」などという仲間内の声が「閻魔さま」に冷水を浴びせらたかのように身もだえしてふさぎ込んだ。

 

 おじさんに、日常的にも生活的にも宗教上においても何ら問題がないことがわかってきた。

 

 それを調べたドクターは、こう、言ったそうだ。「数ある血管の中の1本に血栓が詰まったんです。それで、そうなってしまったんです」と。

 

 人間は1本だけの血管が詰まったくらいでは死なないと聞いた。けれどけれど、精一杯に生き抜いている大事な大事な1本の血管が詰まった時、私は私でいられるのだろうか。私が私として生きていけるのだろうかと考えていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「人の世はあせらず あわてず あきらめず」という、町内の善楽寺さんの掲示板にあったことばから。気になって調べてみたら「読み人知らず」の格言であった。「あせる → 焦る」は、焦=鳥が焼けこげついているさま。「あわてる → 慌てる」は、慌=心が荒れて落ち着かないさま。ということで・・・、慌てるということは、心が死んで機能していない状態と同じこと。何事も落ち着いて深呼吸してゆったり、そしてどっしりのんびりじっくりと取り組んでいけたらいいのだけれど。そして最後はあきらめないで・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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春めいて 衣に羽ばたく 風がある

2018年02月27日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 この日はccu(心臓血管治療部)で昏睡状態のため、わたしは何も知らないし覚えても居ない。icuでの一泊のお泊まり保育。

 

 ICUという所も、病院ってそのものが大型の倉庫みたいなところ。その広い倉庫部分に機材を置くことでお仕事が決まる。

 

 こういうだだ広い部屋に、ぽつんと機材があったり、ややこしい機械が並んでいたり・・・。

 

 葬儀屋さんも似たようなもので、お通夜から告別式、初七日から結婚式まで、機材の並べ方置き方でお仕事が決まってくる。そんな印象がした。

 

 一般病棟で、一人の老人からこんな話を聞いた。「私は酒やビールが大好きで、酒を呑んで死んだら本望。酒が怖くて世の中が渡れるか・・」と、豪語して生きて来た。

 

 だから、どんなに医者に止められても、どんな美人のホステスさんに叱られようとも、酒をやめようとは思わなかった。それこそ、人生の敗北だと思い込んできた。

 

 やがてのことに、酒を呑むと楽しい時間が終わってしまい、深酒の酒に手を出してしまい、悪酔いするようになった。あの桜若葉だって、いつか散ってゆくように、大きなイチョウの大木の緑の葉だって、いつかは老いさらばえて枯れて朽ちてしまうではないか。

 

 さすがに、そのおじさんも我慢ができなくなって、とうとう、この前にここで手術をしたばかりだという。医者は医者の倫理で、民生委員は民生委員の立場で、これみよがしに酒の功罪を語るだろう。

 

 私も病が癒えたとき、酒が飲めるのか飲めないのかわからないけれど、人は縁によって物事に出逢い、縁によってさることから別れてゆくものである。

 

  「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』第十三条)ということである。それは、誰もがそのようなことを起しかねない、その可能性を秘めているということで、人間の罪業の重さを感じるのであった。

 

 今日の掲示板はこれ。「やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。」という中村天風さんの言葉から。『やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。いいですか、幸福も健康も成功も、ほかにあるんじゃないですぜ。あなた方自身のなかにあるんだぜ。』中村天風、なかむら・てんぷう。日本初のヨガ行者。東京都出身。旧制中学退学後陸軍の特殊工作員となり満州へ行く。日露戦争前に活躍し「人斬り天風」の異名をとった。その後、アメリカ、イギリスを経てインドに至り、インドヨーガの聖人カリアッパに弟子入りした。2年半の修業後、孫文の第二次辛亥革命を手伝った後、帰国し、東京実業貯蔵銀行頭取などを務めた。その後、すべての財産を処分し天風会の前身である統一哲医学会を設立。政財界の実力者に大きな影響を与えた。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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春ひなた 一期一会の 笑顔かな

2018年02月26日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 116-58-55 98% 36.5° 69Kg

 昨夜から今朝方のトイレの数は12回。なかなかに計尿トイレに慣れないもので、1回に20分以上も掛かってしまうと、240分という計算。単純計算で4時間もトイレの中にいることになる。21時に寝ると5時には起きるが、その半分をトイレに籠もっている計算になる。

 

 今日は2.26事件の日だということだが、今となっては少しも話題にも上らない。ニュースは財務省の文書の書き換えの話ばかり。

 

 御前7時よりオペの準備が始まった。Dr にはDrの準備や作業があるように、私と奥方にもそれなりの準備がある。まずは、この普通病室の376号室から退去することである。

 

 これからしばらくは集中監視の元におかれるので、そちらのほうに仮住まい。そのために、読まぬ本を片付けたり、不要な帽子やスニーカーやズボンなどは自宅へ持ち帰り。

 

 ICU(集中治療室)へ持ち込む下着や歯ブラシ、湯飲みなどの準備をしたりしていると・・・。

 

 ところが、昨夜遅くに運ばれてきたおじさんの手術が急ぐというので、私のオペは夕方以降になった。せっかく、やる気になっているのに気がそがれてしまった感じ。私が密かに「ビーバー・みずほ」と名付けている看護師がいるが、きっと、私の顔は不気味に見えたことだろう。

 

 いやでたまらずやってきた病院で、夜も眠れず、トイレの尿の数値管理ばかり。じゃぁ、昼間に寝たらどうだと言われたら、昼間に寝たら、夜にさらに寝られなくなるじゃないか・・・という感じ。ああ言えば、ジョウユウ・・。これも古い言葉になってしまったのか。

 

 とにかく、ストレスのたまるばかり。ようやくに安定剤でうとうと・・としたら、「血糖値、はかりますぅぅ・・」と耳元で大きな看護師の声。その晩もずっと寝付けなかったことも。言えば文句も数は数知れない・・・。

 

 そのときに、やさしい声で接してくれたのが、「ビーバー・みずほ」だったような気がする。本来ならば、文句も言いたいところだが、奥方の「坊さんでしょ」という言葉と、「みずほ」のやさしい声に救われたような気がする。

 

 上段のグリーンが病室。その中央あたりに、376号室がある。そこから左に廊下を進んで、スタッフステーションから下に進むと、赤い38号のICUがある。そこまで、術衣に着替え、点滴台を押しながら、車いすで奥方と「みずほ」が送ってくれた。

 

 茄子はナスである。そのままがナスだから、なすがまま。ひょいとしたら、もう、戻っては来られないかもしれない、この38号の壁。奥方がぐいと進んで、この扉の向こうに入った・・・。

 

  今日の掲示板はこれ。「何ものも「自分のもの」ではないと知るのが智恵である」というダンマパダからのことばである。「降れば濡れ 濡るれば乾く袖の上を 雨とて厭う人ぞはかなき」と一遍上人は言った。煩悩にまみれた自分でいいのだと腹をくくると光が見えてくる。「煩悩 を断ぜずして 涅槃を得るなり」と親鸞聖人も言った。人生さえも借りものである。清々しく生きられるコツがそこかしこにある。「何ものも“自分のもの”で はない、と知るのが知恵であり、苦しみからはなれ、清らかになる道である」と、『ダンマパダ』に書いてある。考えても仕方のないことを、あれこれ思い悩む のは愚かなことだ。「眠れぬ者に夜は長く、疲れた者に一里は長い。真実を知らぬ愚者に生死の道は長い」とも『ダンマパダ』に書いてあった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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桜咲く ニュースはテレビの 中ばかり

2018年02月25日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 113-56-62 100% 70.Kg 36.4°

 曇り。洗髪、身体拭き、着替え、荷物片付け、部屋移動準備。

 

 25日の日曜日。明日のオペ(手術)に向けての移動準備に暮れた日。オペに向かって、シャンプーをしてもらって、それでも気分は重い。なにせ、生死をかけた心臓の手術なのである。

 

  こういうメンバーが南棟3Fフロアーのスタッフである。心臓血管センターは、循環器内科、心臓血管外科、血管内科の3科が一心同体となっている。循環器疾患一般を診療しているが、急性冠症候群や急性心不全については救命救急センターと連携し、24時間体制で対応している。この付属病院の看護師はおよそ600名、その内の一割に当たる60名が男性看護師であるという。

 

 心臓血管センターは、大動脈解離、感染性心内膜炎、重症心不全、高難度冠動脈形成術、肺塞栓を含む深部静脈血栓症、末梢動脈疾患に対しても迅速かつ最上の治療を行っており、心臓血管外科では、心臓バイパス術、弁膜症手術、大動脈手術を最先端の技術を用いて最善の治療を提供するだけでなく、心房細動などの不整脈に対する手術、さらに重症心不全に対する再生医療を組み合わせた左室形成術などを行い極めて良好な成績を得ているのだとか。

 

 当面、必要なバスタオル・タオル・下着・紙おむつ・お箸・スプーン・歯磨きセット。これは、CCU(心臓血管治療部)で使うもの。はなからいらないもの、本・タブレット端末・デジカメ・電池・スマホ・充電器・日記帳などは奥方の車に積み込んで保管しておく。

 

 オペ後に必要な、スマホと充電器・イヤホン・日記帳・ボールペン・テレビカード・・・等と細分化して保管しておく。

 

  点滴ヘパリンが増量されるなど、オペに向けての準備が着々と進む。

 

 今夜もまた、永い永い夜になるのかも知れない。

 

 CCUは、心臓血管外科術後・急性冠症候群・心不全・重症不整脈などの重症心疾患患さんを収容するところ。現在はハイケアユニットとして稼働中。CCUナースには、患者さんの状態を的確に把握するためのフィジカルアセスメントや急性期の病状に対応できる判断力が求められるため、看護師一人ひとりの成長に合わせたスキルアップに力を入れており、また心臓血管センターと連携を図りながら、患者さんが早期に回復できるように寄り添って支援している。私はここに7日間、お世話になる。

 

 ある意味では、現代でも宇宙に果てしがあるかとか、無いとか。人間は死後生存するとか、しないのか、という。この病院がいいのだと、この先生が良いのだとかと、世の中の人は言うけれど、この私が、今、やらねばならないことは、命を任せた日浦ドクターの指示に従うことである。それにちなんだ話を一つ紹介しておきたい思うのである。

 「毒矢のたとえ」
  ある人が毒矢に射られて苦しんでいるとしよう。
  彼の親友や親族は医者を迎えにやるであろう。
  しかし当人が「わたしを射たものが、王族であるかバラモンであるか・・・
  背丈が高かったか低かったか。弓や矢はどのような形で、材料は何であるか、
   それがわからないうちはこの矢を抜き取ってはならない」と語ったとしよう。
  それではこの人はやがて死んでしまうであろう。

                (『マッジマニカーヤ』)
 
  
 今日の内容とは全く関係ないが、今日の掲示板はこれ。「他人の不幸は小さく見えて 自分の不幸は大きく見える」というもの。誰の言葉だったか忘れたけれど、「人間って、双眼鏡みたいなのを持っていて、他人の幸せは、大きく見えるけれど、他人の不幸は、小さく見えるんです。逆に自分の幸せは、小さく見えて、自分の不幸は、大きく見える。そこが解ってないと、一生、幸せになれない」という言葉があった。また、「いつだって、自分に足りないモノばかり数えてしまう。そんなことより自分が持っているモノを数えるべき。」という言葉も、思い出した。「本当の幸せって、それを感じ取れるチカラかも知れないな~」と思ってしまった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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春光る かわやのそばの 水の音

2018年02月24日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 149-78-78 97% 68Kg 36.4° この数字には意味がある。

 晴れ。おだやかな春になった。そういう時に、血液サラサラにする薬が中止になったり、点滴が増量されたりと、準備が進んできた。これから外科手術をするのに、血液サラサラにすると血が止まらなくなってしまっては大変・・・。

 

 久々の点滴で病人らしくはなったが、これを押してトイレに行くのだから案外と気を使う。

 

 ま、この南3Fの「心臓血管センター」では、誰も彼もが、この点滴台を押しながら歩いているようなもの。中には2台3台を押しながらという人もある。

 

 さて、昨夜もほとんど寝ていない。30分くらいウトウト・・とすると、トイレに目が覚める。トイレが長くなってしまうと、これまた眠れない。

 

 これが、その、「計尿トイレ」である。便座の方にもいろんな仕組みがあるが、肝心なのは左上の装置である。

 

 測定できますよ・・と言うので、

 

 この、バーコードリーダーに、自分のネームバンドをかざすと、機械が「誰誰が来たぞ」と認識をする。そうすると、機械が勝手に、測定モードに入っておしっこを待っている。

 

 おしっこが終われば、オレンジの「測定終了」ボタンを押す。そうすれば測定を終えて集計モードに入る。

 

 集計が終われば、尿量を表示する。これはメモらなくても大丈夫。ちゃんと、データーはサーバーに転送され、私の電子カルテに取り込まれる。だから、誰誰さんは何回トイレに行って、いくらいくらのオシッコをした・・と記録されてしまうのである。

 

 ただ・・。男はどうしても「立ちション型」とか「縦長タイプ」の便器が多く、座って・・・というと、感覚がわからなくなる。どうすればおならを出さずにおしっこだけを出せるのか・・・と、それを考えたら夜も寝られなくなってしまう。

 

 で、そうこうすると、センサー機能が働いて室内が真っ暗になったり、出そうかなぁと思った時に、ドアを「コンコン・・」とされると、測定中止を押してしまって、オシッコは記録もされずに流れ去ってしまう。あのおしっこは無常にもなかったことになってしまう。

 

 今日の掲示板はこれ。「再び通らぬ一度きりの尊い道をいま歩いている」という榎本栄一先生の言葉から。今日の宝円寺さんの門前にあった言葉である。「一年は短いが、一日は長い」とはだれかの言葉であるが、その長い一日でも、一分一秒ずつ年をとっているのである。どこかの女優さんが「一年が一千万円で買えるなら、私、買いますよ」と言ったそうだが、お金を出して買えるものでもないし、女優だから、それができるという訳でもない。毎日毎日、明日がある、明後日が あると思って、ついうかうかと過ごしているのが私たちである。しかし、いずれにせよ、お互いに「再びは通らぬ一度きりの尊き道をいま歩いている」というわ けである。ややもすれば、いやなことは避けて通り、毎日、おもしろおかしく、押し流されているとも言えるのだが、尊いいのちをいただいている自分自身の本当の姿に気づいて、自分をみつめ直すことが求められているのではないかと思われる今日このごろである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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春めいて 僧の寝床は 白過ぎる

2018年02月23日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 116-60-60 96% 70Kg 36.4°

 今日は二日目と言うことで、身体拭きとパジャマの着替えなどでさっぱりとした。

 

 さて、病院での最初の夜の眠りはどんなものだろうか。遅くまでテレビを見たり、早くから寝てしまう人もあり、私のように30分ごとにトイレに行く人もいる。

 

 ここは、21時の消灯時間を過ぎるとこんなもの。20時頃かでもこんなもの。意外とまじめで静かで控えめ的。

 

 ここのトイレにはこんなものもある。

 

 このトイレは尿の量を量ることができるのらしい。最初、教えてもらったがちんぷんかんぷん。無視して、トイレを使っていたら、

 

 「ダメです。このトイレが使えないなんて人は聞いたことがない。それでは・・」ということで、こういうものを用意してくれたが、これこそダメ。これを使う練習をするならば、計量トイレを練習しようとやってみたが、

 

 どうにもこうにも「おしっこ」は出ない。そこで、普通のトイレに行くと自然に出る。ここでは、このトイレとの戦いの毎日だった。

 

 さて、二日目のオーダーは、「歯の点検」である。これから手術をするのだから、口の中を清潔にしておかねばならないのだという。

 

 私は覚えていないのだが、「気管挿管」ということで、人工心肺を動かすために、こういう器具を挿入するらしい。その時に、歯が折れたり欠けたりして肺の中に入ると大変なことになるし、歯が汚いと、ばい菌が肺の中に入る恐れがあるそうな。

 

 また、22日から25日の間に、おなかに貯まった胸水を抜いておかないと、水の入った風船を切るようになって困るのだそうだ。そこで利尿剤を使ったが効率が悪い。そこで、ドクターが直接、背中に穴を開けて排水をした。30分ほどで、1,100ccもの胸水が抜けた。オレンジ色の鮮やかな色だった。

 

 今日も、胸部X線検査で、抜いた後の胸水の様子を確認したが、やはり、元通りの胸水に戻っていたらしい。根性のある胸水である。

 

 夕食についていた「豆腐」を食べたら、前の上の犬歯が折れた。前にはおにぎりを食べて歯が欠けたり、味噌汁を飲んだら前歯が抜けたとか、私の身体は謎だらけ。あれだけ歯医者さんが叩いて叩いて確認したのに、やわらかい豆腐を食べて歯が折れたなんて、人に言えたものでではない。これが、オペ中だったら大騒ぎになっていた筈。

 

 ここが、私の居るフロアーの「スタッフステーション」昔風に言えば、「看護婦詰め所」今は「使用不可言語」かも知れない。

 

  今日の掲示板はこれ。「苦の娑婆や 桜が咲けば咲いたとて」という小林一茶の俳句らしい。いつもの赤松先生の掲示板にあったもの。「世の中がいくら苦しいものだからと言って、桜が咲いたのに それまで「苦」だと思ってしまう…。人は愚かなものだねぇ。楽しいことまで「苦」の種にするこたぁないじゃないか。」とか、『この世は苦しみばかりだなぁ。桜が咲いてウキウキするはずのような季節でも、やはりその苦しみがなくなるわけではないのだ。』というような解釈になろうか。人は「幸せ」な事柄まで、ああ大変、ああ面倒、と思うことがよくあるもの。余分なことまで取り越し苦労をしなくてもいいものを・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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草萌えて 明日のありかを 手で探る

2018年02月22日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は、高気圧に覆われてよく晴れていた。気温は6度から12度の暖かい一日になった。

 

 先月(1月)の17日18日に白鳥病院でカテーテル検査を受けた。ま、気まぐれでもあるまいに、どうしたことだろうかと思ったことだった。

 

 この日、一泊二日で検査を受けた結果・・・。

 

 「きれいな心臓ですし、きれいな血管ですよ・・。」と、おほめのことばを頂いた。

 

 で、1月の30日に奥方と二人で、香川大学医学部付属病院に行くように言われた。きれいな心臓にきれいな血管なのに、何をしに行くのだろうと、二人は半信半疑で行ってきた。

 

 日浦ドクターから預かった二枚のDC-Rを渡すと、その画像をじっとみていた堀井教授の表情が変わった。そして、しぶい表情で私たちを見つめて・・・。

 

 「木村さん、あなたの心臓はもう限界ですよ」と言った。重い重い言葉だった。まさかの・・・青天の霹靂とはこういうことか・・。

 

 「生か死」かを選ぶとしたら、人は間違いなく生を選ぶだろう。私たち二人は、その言葉を受け入れるしかなかった。「命に関わることですから、早急にお願いします。」という言葉しか出なかった。

 

 そして、今日、奥方と二人で収監ということになってしまったのである。オペは毎週月曜日。今日は木曜日なのに、何をするというんだろうか。

 

 とりあえず、荷物を片付けて、パジャマに着替えて・・・胸部X線検査、心電図検査に心臓エコー検査。採血やらとメニューは盛りだくさん。

 

 今日の昼食はこういうもの。しかしのかかし、これの半分ほどしか食べられなかった。この時は胸水が限界に近く、食欲も歩く気力もなかったほど。

 

 そんなバタバタで初日は終わったものだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「いつも二つの道がある ここでやめるか ここからはじめるか」というもの。私たちはいつもこんな問題を抱えている。生きるのか、生きるのをやめるのか、食べるのか、食べるのをやめるのか、前へ行くのか、やめるのか、本を読むの か、やめるのか・・・。その選択の歴史が私たちの人生だ。でも、その選択をふっとやめてみたら、どんなにか楽だろうなぁと思ったりする。全てを「一如から来るものに委ねる」。そんなことができたらいいなぁと思ったりする。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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悔いもあり 未練も残し 黄水仙

2018年02月21日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で曇っていた。気温は3.0度から10.9度、湿度は82%から65%、風は1mから3mの西北西の風が少しばかり。明日の22日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇る見込みらしい。

 

 明日から二週間の入院の予定もあって、やる気スイッチは故障中。入院から二週間なのか、オペがある26日から二週間なのかもわからないので、復旧のめどもたってはいない。それも、二週間なのか調子がいいと一週間なのか、三週間になるかすらもわからない・・・。

 

 今日は奥方の職場の連中が7名ほどおいでになるというので、朝からミニ囲炉裏の準備やらをやっていたが、お客さんは夕方からだというので、これまた、やる気スイッチが故障中。

 

 で、古い写真を整理していたら、こんなものが見つかった。得度習礼の時のスナップらしい。右端が私(釈暁光)、その次の男の子が勝覚寺の三男坊(釈善海)、その次が兄弟子(釈弘昭)の勝覚寺トリオである。

 

 これは覚えていないが、本派の中仏にあたる「華園学院」の遠足の時の物らしい。

 

 これが、その華園学院の卒業式。みんなは白衣を着用しているのに、私だけなぜかワイシャツ姿だった。学院長も宗務総長も後列の教授陣も懐かしいお方ばかり。

 

 これは得度を終えての記念撮影らしい。この時、剃髪していたのは女性が一人だけだった。これが平成12年3月だったから、18年前のことになる。この時に得度した「善海」さんは、一児の父になっている。

 

 そのまま、お坊さんになるのかと思いきや、島の別荘で食べて飲んでの優雅な毎日。

 

 愛艇「あかつきⅡ」に乗って瀬戸内海を縦横無尽に走り回っていた。この女性は親戚の従兄弟たち。

 

 たまには仕事もしていたようで、組織改編に伴うお別れ会の時のもの。この頃からNTTから子会社へ出向することが多くなった。

 

 で、明日から入院をしますので、しばらくの間、このブログはお休みいたします。というのも、各種医療情報などが院内を飛び交っている関係上、ノートPCやタブレット端末などの持ち込みが禁止されているためです。また、インフルエンザなど院内感染防止のため、お見舞い、面会などはおことわりさせていただきます。

 

  今日の掲示板はこれ。「いがみ合うとおがみ合う 一字違いの大違い」というもの。いつもの「赤松先生」のお寺にあった掲示板。「いがみ合うとおがみ合う 一字違いの大違い」というもの。確かに・・・いがみ合うと拝み合うでは大きな違い。いがみ合うのは簡単だけれど、拝み合うのは難しい・・・。心して、拝み合うことができればいいのだけれど・・・。

 

じゃぁ、また、いつか、会えると、いいね。

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白梅に 手水も凍る 山の寺

2018年02月20日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていたが、夜は気圧の谷や湿った空気の影響で曇るらしい。気温は1.9度から11.1度、湿度は84%から50%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の21日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇る見込みらしい。

 

 この前から、我が家の旧宅の北西方向の山で何かの工事をやっているらしい。重機の音や人の声も聞こえる。しかしのかかし、この山に登る道なんぞ無いはず。

 

 これは何をやってるんだろう・・・と、探検に出た。

 

 ①印が八幡(やはた)神社で、その北西の○印が、その現場らしい。大川ダムから下がって西に行き、南に入る「長谷(ながだん)」に入ってみたが、それ以上は進めない。その西の南川地区に進んでも到達できない。元の神社まで戻って、そこから「八幡(やはた)集落」に入ったら、工事現場の進入路が見つかった。幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 

 その途中で見かけた「サークル型囲い罠」である。サルを大量に捕獲できるようにしたもので、

 

 天井がオープンになっていて、上からは入れるが、下に降りると出られない仕組みらしいが、上から入って、上へ逃げてしまっているみたい・・・。

 

 上から入れるように、枯れた松の木を立てかけてある。そこから入って、ミカンを食べて、松の木を昇って逃げてしまっている・・・。なんのこっちゃらほい。

 

 ついでに、ふきのとうを探しに、さぬき市の山間部から東かがわ市の山間部を走ってみたが、一個もふきのとうは見つからない。どうしたことだろうか。

 

 湊川沿いの川津桜の開花状況を見に来たが、ここも全く開花なし・・・。今年は開花が遅いのか・・・。

 

 心臓の手術が終わったら、胸に傷が残るので、しばらくは温泉にも入れないので、今日は温泉にでも入って・・・

 

 おうどんでも食べて帰るとしようか・・・と、

 

 市内にある「春日温泉」にやってきたが、なんだか様子がおかしいではないか。いつもはずらりと車が並んでいるはずなのに・・・。

 

 正面玄関に回ると、こういう看板が立っていた。なんだか、がっくり。そうか、今日は火曜日だったのか。しばらく前山への出勤をしていなかったもので、すっかりと忘れてしまっていた。

 

 今日の看板はこれ。「世の中は 浮きも沈みも 苦も楽も 心の船の 舵のとりよう」というもの。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板から。故菊乃家〆丸さんのセリフからである。チンドン屋歴約80年の人。2011年3月16日急性心不全で死去した。92歳であった。本名:大井正明さん。東京は下町、墨田区曳舟界隈に生まれて、92歳で亡くなるまでそこで暮らし続けた。職業は、チンドン屋。芸名の菊乃家〆丸(きくのやしめまる)の方が通りがいいかもしれない。亡くなる直前まで実に75年間ほどチンドン屋一筋の人生を歩まれた。「変わらない」ことを貫いた一生だったと言っていい。太鼓や鐘で人目を引いて、新店の開業や催しを宣伝して練り歩く。戦前には、東京市内に2000人ほど同じ稼業の仲間がおり、同じ町内にも数軒のチンドン屋があった。ところが新聞の折り込み広告が盛んになるにつれて仕事が減った。同業者が次々に廃業していく中で、ただ1人黙々と仕事を続けていた。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

ソバ屋の前に来ると「世の中においしいものは数々あれど、めでたきものはウドン、ソバ。はじめツルツル、あとはカメカメ」。名口上で楽しませた伝説のチンドン屋だ。
ソバ屋の前に来ると「世の中においしいものは数々あれど、めでたきものはウドン、ソバ。はじめツルツル、あとはカメカメ」。名口上で楽しませた伝説のチンドン屋だ。

「鉦(かね)も太鼓もにぎやかに、十四の時からチンドンドン七十数年。卒寿を迎えてまだまだ元気。健康第一、健康のためなら命も惜しまぬ。世界遺産に登録したい奇跡のチンドン屋……」

 2010年3月にチンドン現役最高齢の92歳で亡くなった東京の菊乃家〆丸(しめまる)親方が、90歳の時に述べた前口上である。

 ソバ屋の前に来ると「世の中においしいものは数々あれど、めでたきものはウドン、ソバ。はじめツルツル、あとはカメカメ」。名口上で楽しませた伝説のチンドン屋だ。

「鉦(かね)も太鼓もにぎやかに、十四の時からチンドンドン七十数年。卒寿を迎えてまだまだ元気。健康第一、健康のためなら命も惜しまぬ。世界遺産に登録したい奇跡のチンドン屋……」

 2010年3月にチンドン現役最高齢の92歳で亡くなった東京の菊乃家〆丸(しめまる)親方が、90歳の時に述べた前口上である。

 ソバ屋の前に来ると「世の中においしいものは数々あれど、めでたきものはウドン、ソバ。はじめツルツル、あとはカメカメ」。名口上で楽しませた伝説のチンドン屋だ。

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春見えて 尊い道を 踏みしめる

2018年02月19日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇り、夜遅くには雨の降る所があるらしい。気温は0.5度から8.6度、湿度は86%から60%、風は0mから1mの北東の風が少しばかり。明日の20日は、引き続き気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇り、未明まで雨の降る所がある見込みらしい。

 

 「今年はダメやいうてたけど、19日は空いてるでしょ・・・」と、奥方が言うので、「それもそうかなぁ・・」ということで、確定申告に行くことにした。入院が確定した頃から、胸に水が貯まる現象が進行してきていて、呼吸をするのもしんどいくらい。

 

 2月の15日から確定申告が始まって、19日の月曜日だから、みんな、考えることは一緒で、早くから税務署は「満車状態」。「さぁ・・1時間後くらいに来てみて下さい・・」などと警備員さんは言う。

 

 家に戻って、新様式の明細書を検索して印刷したり、エクセルに変換してみたがうまくいかない。だから、手書きで提出することにした。

 

 パソコンでやればいいじゃないか・・と、みんなが言うのだが、ICカードリーダーがいるとか、電子証明書が必要だとかという面倒なことはわからない。

 

 9時前、10時前、11時前にも行ってみたが満車状態だった。それでも、お昼前には空いてくるだろうと、11時半に行ってみたら駐車ができた。

 

 確かにお客さんは減ったけれど、今度は職員の昼食時間になった。ま、交代で食べるらしいのだが、サポートする職員が半分以下になると、待てど暮らせど・・・になる。

 

 結局の薬局で、2時間待って、13時半から入力になった。そしたら、こんなノートPCの小さな画面に半角数字やアルファベットなんぞ読めるものか。

 

 入力画面やら日本語入力は臨時の職員さんにお願いして、私はテンキーで数字の入力のみ。ま、金額の入力だから、自分の指でしっかりと。

 

 でも、10分ほどで入力完了。

 

 本物の職員さんの検査を受けて、今年の確定申告は完了。医療費控除で10万円ほどが還付される予定。

 

 おかげで、今日の昼食はお預け・・・。そのほうがおなかがふくれないので呼吸が楽になる。

 

 会社員時代から、「年末調整」だの「農業収入の確定申告」というのが苦手でいつも書き直しやら修正やらで叱られたものだった。そういうのが無くなってほっとしたのだけれど、「住宅減税」だの「医療費控除」だので、未だに苦しめられている。

 

 今日の掲示板はこれ。「ふたたび通らぬ尊き道を 今 歩いている」というもの。正確には、「再びは通らぬ一度きりの尊き道をいま歩いている」という榎本栄一先生の言葉からである。榎本栄一さんは、少し前に亡くなられた方であるけれ ど、若いころから詩を書いておられて、途中20年ほど中断されたものの、再び60歳を超えて書きはじめ、その詩集は、7冊を数えているそうである。仏教語をあまり使わずに、念仏の味わいを詩に書きつづられておられた。たった一度きりの人生、その行き先が分からず、ただ快楽を追い求め、あてにはならない地位や名誉や財産を求めている人とは違って、お念仏に出会われた榎本栄一さんには、行き先がはっきり見え、方向が定まっている。すべてを如来さまにおまかせすればよいのだ。今の一瞬に全力を注いで生きることの喜びに気づいておられたのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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白梅は 気っぷの良さを 見せつける

2018年02月18日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、夜は気圧の谷や湿った空気の影響で曇るらしい。気温は0.2度から7.5度、湿度は70%から56%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。明日の19日は、前線や低気圧の影響で曇り、夕方から雨や雪が降る見込みらしい。

 

 春が近づいてきたためか、水利組合の人たちが「みろく池掛け井手」の一斉清掃をやっていた。

 

 だで、我が家の横の水路もさっぱりと掃除をしてくれた。

 

 さて、来週の入院時に持って行く「懐中名号」を探してみたのだが、どこにもない。ない筈はないのだが、どこかにきちんと片付けてしまってわからない。

 

 ならば作ってしまえ・・・というのが「まほろば工房」である。

 

 こういうものをプリントアウトして・・・。

 

 台紙はこれで、一昨年の暮れかにマジックショーで使った「変わり屏風」というもの。ここにお札やコインを置いて、たたんで開くと消えてしまう・・というもの。これも手作りである。

 

 裏側に「千代紙」を張って・・・。

 

 表には折り紙の「金紙」を貼り付けて、そこにプリントアウトした、「名号」を貼り付ける。

 

 こうして、「十字名号」「六字名号」「九字名号」を貼り付けて完成である。これを病室に安置しておくことにする。

 

 さて、朝のことだが、「あんたとこのインターホン、使い物になってないでぇ~」と、水利組合のおじさんがやってきた。作業用の一輪車を貸して欲しい・・というのである。インターフォンの子機を見ると赤いランプが点滅している。親機の電池切れらしい。

 

 で、親機のねじを外して・・・

 

 電池を交換してみた。単3乾電池6本で動いている。

 

 これで、動作試験はOKだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「世界には苦しみがあふれているが、苦しみを克服した人たちも 同じくらいたくさんいる」という、ヘレン・ケラーさんの言葉から。このことばは、ヘレンケラーさんが言ったからこそ、説得力がある。見えない・聞こえない・しゃべれないの3つの障害を持ちながら、その障害を克服した本人のことばだからこその言葉なのである。もちろん人は一人では生きていけない。ヘレン・ケラーさんもサリバン先生という人にめぐり合えたからこそ、その障害を克服することができたのである。だから苦しみを克服するために関わった人たちも含めて、多くの人がそこにはいるはず。そう考えれば、決して人は一人ではない。かならずあなたの隣には誰かがいるはず。ただ、問題は隣にいるはずの人と出会うことができるかどうか、である。出会うための情報発信、出会うための動き出す努力、出会うためのコミュニケーション、何とか隣の人と出会う努力をお互いにしてみてはどうだろうか。ヘレン・アダムス・ケラーさん(英: Helen Adams Keller、1880年6月27日-1968年6月1日は、アメリカ合衆国の教育家・社会福祉活動家、社会福祉活動家、著作家である。視覚と聴覚の重複障害者でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くされた。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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静けさを 春の寒さと 言ってみる

2018年02月17日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となり、概ね晴れていた。気温は4.4度から8.5度、湿度は78%から52%、風は5mから8mの西の風が強かった。明日の18日は、気圧の谷や寒気の影響で概ね曇る見込みらしい。

 

 今日は春のような朝だなぁと遠出をしてみた。

 

 遠出たって、県外や海外に行くわけではない。今月初めにもやってきた、丸亀市綾歌町にある福成寺さんである。あれから、もう、10日も経ったから少しは花も膨らんだかなぁとやってきた訳。

 

 まずは山門で一礼して本堂にご挨拶する。

 

 その脇においでになる親鸞聖人さまにも合掌礼拝する。昨年の今頃、「ここにもお大師さんがおるなぁ~」と言う方がおいでたが、この方はお大師さんでもなく空海さんでもないのだが、知らぬ方から見れば似たようなものかも知れない。

 

 寒桜は10日前と全く変わらない。

 

 ここは、浄土真宗本願寺派梵音山真興院福成寺と称す。開基は、聖武天皇の頃、行基の開山と伝えられる。嘉承元年(848)真言宗に、応永28年(1421)、中興の祖、了圓により、真宗に改宗した。

 

 後小松天皇の応永元年(1394)、長尾大隅守の執権職であった幡多惣左衛門正家が68歳の時、出家し了圓と号し、この地に福成寺を再建した。了圓の後、 長尾元高の第9子、高乗をその嗣とし、乗高と号し、当山第二世となった。以後、法灯連綿今日迄及ぶ・・・とある。

 

 寒桜の開花はまだまだ・・というところ。

 

 それでは・・・と、綾上町(現綾川町)の山手にやってきた。10年ほど前には、この辺り一帯でふきのとうが採れた。しかしのかかし、今回は1本も見つけられず。山手の何カ所を回ってみたが、ふきのとうなんぞどこにも見えない。

 

 数年前の2月17日の写真である。もう、すでにとうがたってしまっている。今年はまだなのか、もう、生えなくなってしまったのか。

 

 昨日夕方、香川医大の心臓血管外科から電話があって、今月22日に入院が決まった。で翌週の26日にオペだとのこと。そこで、奥方の休暇を変更して貰って、21日と22日を休みにして、21日の午後から奥方の友人を呼んでカラオケパーティーをすることになった。

 

 そのために、ホームセンターで備長炭を買って来た。外は寒いので、リビングの囲炉裏でバーベキューをするのだそうだ。

 

 まぁ、これでパワーをつけて・・・みたいなことらしい。最後の晩餐ならぬ、最後の午餐にならないことを念じるのみ。

 

 今日の掲示板はこれ。「それもこれも みんな当たり前だと思った時から 私の不幸は始まる」というもの。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板から。

自分の今の幸運を、
当たり前と思った時に、
不運は始まる。

自分と付き合ってくれている人が、心優しい。
そのことを当たり前と思った時に、
不幸は始まる。

気がついた時には、
酷い人に囲まれている。

自分のことを良くしてくれる人がいる。
それでずにのった時に、
地獄の入り口にきている。

一度去ったその人は、もう戻らない。
なぜなら、
その人は、さる前に、できる事を精一杯しているから。

(加藤諦三 金のたまごを生むから)

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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梅の木に 今日の重さを 乗せてみる

2018年02月16日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で曇っていた。気温は2.1度から8.9度、湿度は86%から60%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の17日は、冬型の気圧配置となるため概ね晴れる見込みらしい。

 

 冬の寒い間は、観光ガイドのご用もないが、そろそろと春のイベントの案内でもと、会長に当面するイベントの予定はないですかとお願いをしてあった。

 

 すると、昨日にお返事が届いた。ま、それぞれの得手不得手で、書類をいろんなものでお作りになる。ワード派、一太郎派、エクセル派とあるが、最近は「パワーポイント派」が増えてきた。今日のフライヤー(ちらし)もパワポで作ってあった。

 

 それでは、誰でもが読めないので、「いきなりPDF」というアプリで、pdfファイルに変換する。それでも読めない人がいるので、画像ファイルに変換もしておく。

 

 pdfファイルを開いて、それをプリントスクリーンでファイルに落とし、ペイントというアプリで画像に取り込むという手法である。

 

 ようやく、ホームページ・ビルダーの登場である。どんどんと作業は進んだのだが。

 

 こういう単純な更新作業は簡単に済んだのだが・・・。

 

 こういう画面を更新した時、このフライヤーの部分が消えてしまうし、「詳細はここから=>★」で、PDFファイルが開く筈がエラーではじかれてしまう。

 

 何度、張り直しても画像が消える・・・。

 

 何度、やりなおしても結果は同じ。ふと、気がついたのが「ファイル名」だった。フライヤーの場合には「広島お大師まいり」とか「大窪寺柴燈大護摩供養」とかの全角文字が使われていたし、PDFファイルの場合にも「H30ルンルン大窪寺護摩供養・・・」という全角文字が使われていた。これを全て半角文字にリネームした。このアプリには全角文字は使えなかったのを思い出したのである。

http://ohenrotukasa.com/

 

 ついでに、私のホームページも幾分かの更新をしておいた。

 

 行事予定表も2月分、3月分、4月分まで更新しておいた。

 

 今日の掲示板はこれ。「こんなはずではなかった と言って終わるか これでよかったと言える人生にするか それが仏法」というもの。いつもの赤松先生のお寺にあった言葉から。人は死に直面して、はじめて過去の自分の無意味な生き方に気がつくのである。それまでの自分は、家族を守るため、お金を貯めるために生きてきて、「幸せ」 という夢想を埋めるためのものでしかなかった。自分で生きていなかったということに気がつくのである。「こんなはずではなかった・・・」その思いは、「自分だけは大丈夫」だと思い込んでいるために起こるのではないのか。そんな私たちに対して、すべての物事は必ず移り変わるということを、仏教では「無常」と 教えてくれているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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薄氷 踏む毎日の 愛おしく

2018年02月15日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で概ね曇っていた。気温は6.4度から11.8度と暖かくなり、湿度は80%から73%、風は2mから4mの西北西の風が少しばかり。明日の16日は、引き続き気圧の谷や湿った空気の影響で曇る見込みらしい。

 

 ようやくに待ちわびた日が来た。先月から今月に掛けて検査入院やら香川医大の検査やら薬代やらで出費のかさんだ毎日からの解放日。

 

 銀行や郵便局、農協さんなどの現金預け払い機の前には長蛇の列だった。

 

 タイミング良く・・というか、昨日に届いた本のお礼に「讃岐うどん」を送ることにした。今日は「お客様感謝デー」とかで無料試食会やくじ引き大会もあったが、私はうどんを送るだけでいいのでパスしてしまった。

 

 ご近所のおばさまたちは、無料の試食会やくじ引き大会をやって、おみやげを頂いて帰るらしいが、どうにも、そういうおばちゃんたちには馴染まない。

 

 さて、昨日からの「俳句集」である。私のブログのタイトルに使われている俳句を抜き出して整理し、重複したり似たような句は削除した。過去2年間730句の内の664句を選んだ。

 

 それを俳句集のスタイルで印刷し、製本した。

 

 プロトタイプ(試作品)の表紙は、古いカレンダーを使っている。これだと丈夫で長持ちするのである。

 

 こうして表紙ができあがった。ここへ、製本した本体を挟み込んで接着する。

 

 そうすると、こうした試作品が出来上がる。

 

 これに「題箋」というものを貼り付ければ完成である。表の題箋は、「俳句集 今日も俳句日和だ。巻30」とした。30年版という意味である。

 

 「はいくる」とは「俳句する」という意味であり、今年で70歳になるので、爺で、じぃじぃ」である。その五冊目というタイトルである。

 

 毎日毎日、書きためた俳句の集大成である。

 

 当然だが、前書きも後書きも奥書も準備してある。

 

 今日の掲示板はこれ。「老病死は自然である その老病死する事実に向き合わず逃げ回っている我々の姿を無明という」という、赤松先生のお寺にあったことばから。生まれたいのちは、その瞬間から「老病死」を抱いて生まれている。それが全てのいのちに共通する自然である。その事実に向き合わずに、自分だけは死にたくない、老いたくない、病になりたくない・・と、逃げ回っている姿を「無明」というのである。無明とは仏教語で、邪見・俗念に妨げられて真理を悟ることができない無知のことを言う。最も根本的な煩悩で、十二因縁の第一、三惑の一とされている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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春の陽は 南に北に 声がする

2018年02月14日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は-1.7度から11.4度、湿度は80%から39%、風は1mから4mの西の風が一時は強かった。明日の15日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、朝から雨の降る所がある見込みなのだとか。

 

 今朝は霜で真っ白くなっていた。さすがに雪は見えなくなった。

 

 Amazonさんに注文していた本が届いた。これを眺めていて、「あ、しばらく俳句集を作っていないぞ・・」と思った。

 

 これを作ったのは平成25年2月のことだった。あれから5年か・・・。ちなみに「はいくる」とは、「俳句する」という意味である。

 

 中身はこんな風なもの。毎日のブログのタイトルを集めただけの俳句集だった。

 

 ということで、ブログのタイトル一覧から俳句を抽出する作業をやってみた。なかなかにしんどい作業になった。まだまだ、俳句集にはなりそうもない。

 

 奥方は、私の入院のために希望休暇を取っていたのだが、明日の入院がないと知って、施設の仲間とランチに出かけて行った。「私のアトレーにガソリンないから、車、借りて行くねぇ~」と、出かけて行った。なんじゃ、それ・・・。

 

 さて、昨日の電子マップである。これはA4版の画像だが、これをA3版で印刷してみた。赤い1マークが、山の旧宅である。

 

 そのマップを下絵にして、トレース紙に河川や水路、県道やあぜ道などを記入してみた。緑の部分が旧の農地である。これらの殆どが、台風による流出や耕作放棄地になってしまった。この農地を農地でなくすにはどうしたらいいものか思案中である。

 

 お昼からは大川地区の民児協の定例会。親睦会の会費を集金するというので、やってきた。私的な研修や食事費などの費用のための会費で、月1,000円で12,000円。昨年末の忘年会で使い果たしたと聞いた。

 

 私たちの月1回の研修会でもあるし、情報交換の場でもある定例会。ひどく退屈だけれど、毎月の活動記録も提出しないとあかんし、会費の集金もあったし・・。

 

 今日は、この「香川おもいやりネットワーク事業」についてのお勉強会だった。役所や介護施設からは、誰か困っている人はいませんか・・というのだが、案外と田舎は閉鎖的で、困っても困ったとは言い出さないし、訪ねても「個人情報だから」と話してはくれない。

 

 生活保護を受けるのは「フウが悪い」とか、自宅があるのに施設に入るのは「フウが悪い・・」と多くを語らないし、近所が見かねても「告げ口はしたくない」と口を閉ざしてしまう。『ふうがわるい 』=外聞が悪い・体裁(ていさい)が悪い・気まりが悪い。「風(ふう)」は「姿(すがた)」、なりふりのこと。

 

 そのあたりのかねあいが難しい。「あんた、うちとこのことを調べまわりよるけど、やめてな」とまで言われるらしい。個人情報の壁は厚くて硬いらしい。「頼まれれば、つないではあげるけど、頼みもされないのにおせっかいはしたくない」のだそうだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「耐えてこそ 蕾ふくらむ 梅の花」というもの。昨年末にはこの冬は暖冬だなんて気象予報士が自信ありげに口を揃えていたが、ここ数日前から冬らしい気温になってきているし、この週末にも寒くなるらしい。ネットで調べると万葉集で萩についで多く出てくるのが梅で、合計すると119首もあるそうだ。この「耐えてこそ 蕾ふくらむ 梅の花」は、「梅ちゃん先生」の梅子の名前の由来であったが、梅の花は辛い時期に耐えて幸せを迎える象徴的な花なのかも知れない。ふと見ると他の木々も春の準備を始めているようだし、梅の花も紅梅も、少しずつだが花びらが開いているように見える。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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