まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

古本を 回収に出す 師走かな

2018年12月11日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、気圧の谷の影響で概ね曇り、夕方からは雨が降ってきていた。気温は6.3度から10.6度、湿度は70%から96%、風は1mから4mの東北東の風が一時は強かった。明日の12日は、湿った空気や寒気の影響で概ね曇り、明け方にかけて雨の降る所がある見込みらしい。

 

 126/68-61 36.6C-96% 64.8Kg 1026hPa,8C,60% 今日は身体が重くて寝すぎたものか妙に眠たい。空は全く冬の空になっている。

 

 「今日は”とっさん”(義兄)とお食事に行くからね」と奥方に言われた。今日は奥方のお休みの日。天気も悪いし、行くところもないので「了承」しておいた。で、私のHPの更新をやっておくことにした。

 

 で、早くも来年の2月分、3月分の行事予定表を作っておいた。今年の夏は異常に暑くて水分ばかりを飲んだものでおなかに水分が溜まって動けなくなった。その時は、今年中には死んでしまうかもしれないなと覚悟したものだった。

 

 ところが、11月末の予約診察で処方していただいた漢方薬を飲みだしたのと、心太とおかゆ食に切り替えてからは、ぐんぐんと体重が減り始め、先日には63Kg台までに減った。昨日、今日は64Kg台にはなっているが。そこで、三か月ほど命を伸ばして、三月までの行事予定表にしてみた。

 

 お昼前に、施設へ「とっさん=奥方のすぐ上の兄」を迎えに行って食事に行くという。そのままにしておいたら、退屈したのか施設内で暴言を吐いたり、乱暴な言動をするようになったとかで、気分転換とガス抜きのために、時折、外へ連れ出すことになった。

 

 前回はおうどんを食べに行ったのだが、今日はお肉が欲しいというので、ファミレスの「ガスト」に行くことになった。私はどうにも、こういうお店は苦手なのだが、奥方の知り合いがいるというので、ここになった。

 

 で、豪華な180gとかのお肉を注文した。義兄は目が不自由なもので、奥方が小さく切ったり、介助しながらの食事である。

 

 私は小食なので、子供が食べるようなハンバーグを選んだ。どうにも、こういうお店はなじめない。それになんだか食べた気がしない味であったし、雰囲気だった。隣では娘さんが一人でスマホをいじくり倒している。私らが後から席に着いたものだから、「出ていけ」とも言えず・・・。

 

 義兄を施設へ送り届けておいてからは、今度は奥方のお買い物。奥方のお買い物・・というても我が家の食材だから、奥方の顔で、私のカードからのお支払。だから、ちっとも楽しくもないお買い物。

 

 帰ってきたらば雨になってきた。そこで、明日に出す予定だった古本などを、集落の集積場まで運んで行った。「あの本、いいな」「この本、いいな」と買ったものの読まない本がほとんど。特に仏教書や親鸞さんの本なんぞは全く読まない本が多かった。そういうものも、私が死んだら用がないので、その中のいくらかをゴミとして出した。

 

 缶ビールの空き缶は木曜日なんだが、ものはついでで、奥方の車は大きいので、それに積んで運んでおいた。今月は我が家での忘年会があっために、このコンテナ全部が我が家からのもの。ずいぶんと飲んだもんだ。

 

 だんだんと気温も下がってきたようだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「求めたものが得られなくて苦しいのではない すでに得ているのに求めるから苦しい」というもの。どこのどなたのものかはわからなかった。人間の苦しみ(四苦八苦)に、「求不得苦(ぐふとくく)」というものがある。「求めたものが得られない苦しみ」という意味である。でも思うのだ。「求めたものが得られない苦しみ」の根底には、「既に得ているのに、求め続ける苦しみ」があるのではないのかと。いただいてばかりで、自主性がないことを言っているように聞こえるかも知れないが、自主的に生きているのならば、なぜ「幸せ」や「安心」を求めるのだろうか。求めるということは、そうはなってないということの裏返し。そのような状況を、他人のせいにしていないだろうか。私もその構成者だと、自分で言っているのに。手にしていない「幸せ」や「安心」。でも、実はすでに私の手の中に。その「幸せ」や「安心」とは、私が求めるような「私さえよければ」的なものではなく、支えられながら生きているという真実。「信じてからでなければ、念仏を称えられない」「信じているから、念仏を称えます」などと言うけれど、私は何を「信じる」と言うのだろうか。念仏によって良い結果が生じることを「信じる」のだろうか。そこに、すべての法に信じられ、支えられながら生きてきた私が、すでにいるではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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あきらめも ほどほどが良い 冬の暮れ

2018年12月10日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で曇っていた。気温は今季最低の3.5度から9.9度、湿度は78%から66%、風は1mから2mの北北西の風が少しばかり。明日の11日は、前線や湿った空気の影響で曇り、夕方から雨となる見込みらしい。

 

 122/69-62 36.2-97% 64.4kg 1026hpa,8c,62% 今日も冷たい朝になった。

 

 昨日の続きで、一軒だけ残っていたおうちへおはぎとティッシュを届けてきた。

 

 それも、8:30、9:20と行ってから10:30になってようやくお会いできたもの。これでやれやれだ。

 

 さて、奥方がコーヒーサーバーを割ったらしい。ま、形あるものはいつかくずれるのだから仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。

 

 で、ホームセンターに行ってみたが、それらしいものが見当たらない。最近は、こういうものを使わなくなったんだろうか。

 

 で、あちらこちらのスーパーだのホームセンターを捜し歩いて、ようやく、それらしいものを見つけて、意気揚々と帰ってきたのだったが・・・・。

 

 奥方が。「数千円はするわよ、耐火ガラスだもの」と言うた割に、860円だったので半信半疑で帰ってみたら・・・。

 

 「直火は使用できません」というシールが貼ってあって、「電子レンジ専用」と書いてあった。「それじゃダメじゃん、春風亭柱昇」。これまでは、これをガスコンロにかけて、みそ汁とか即席ラーメンのお湯とかを沸かしていたのだから・・・。

 

 お昼からも、さぬき市内のスーパーやホームセンターを回ったのだけれど、そういう需要がないものか、電子レンジ専用ばっかり。直火Okというものは置いていない。最後は、amazon.comさまにお願いするしかにのか・・・。

 

 力なく帰ってきて、ふと、思い出した。昨夜、お風呂を沸かして、追い炊きというのをしたのだけれど、お湯がなかなかに沸かないのである。以前には、ゴミや髪の毛がフィルターに詰まってお湯が循環しないからだと言われたことがあった。そこで、このフィルターを掃除してみた。

 

 お湯の吹き出し口のカバーを外すと、こういうフィルターがある。やっぱり、「奥方の白髪」がこの口をふさいでしまっていた。

 

 これを分解して、掃除をして、組み立てなおして一件落着。

 

 お風呂はきれいになったのだけれど、今夜のお風呂は大丈夫だろうか。

 

 今日の掲示板はこれ。「本当のものがわからないと 本当でないものを本当にする」という安田理深先生の言葉から。いつもの赤松先生のお寺の掲示板にあったもの。自分がどこまで知ってるかを識別していないと、自分では知ってる範囲が全てで本当と思うと自認してしまうもの。大切なことは知っていることと、知らない事を分別する力、つまり知識だと思うのだ。本当のこと、これは「真実」とか「真理」ということを指すのではないだろうか。それが探索できないと、当然、自らが下す判断は誤りとなることが多くなり、自ずと良い結果は出ないくなる。問題とすべきことは、「本当でないものを本当にする」ということではないだろうか。私たちは、仕事や生活の中で、常に真実とは何か、真理とは何かということをしっかり学ぶ必要があると言うことだ。最近のフェイクニュースやネットに氾濫する情報が、果たして本当のものなのかどうか、そういうことを思い出しながら、ふと、振り返ってみたことであった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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北風に 冷えたおはぎを 食べてみる

2018年12月09日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で概ね曇っていた。気温は4.0度から8.2度、湿度は72%から62%、風は2mから6mの西の風が強く寒かった。明日の10日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 113/78-60 36.0-91 64.1kg 1025hpa,8c,56 いよいよと冬らしくなってきた。さすがに迷犬ごんの散歩はあきらめた。ごんも寒くていやだと犬小屋で丸まったまんまだった。

 

 そうは言っても、お仕事はさぼる訳にはいかないらしい。聞けば、「非常勤の地方公務員扱い」だというのではさぼれない。

 

 今日は、社協のお仕事の一つである「ひとり暮らし訪問事業」の出発式をやるというので、町の公民館にやってきた。

 

 ま、毎年、年に二回、80歳以上のひとり暮らし老人を訪問して、その健康状態や安否情報を確かめる事業である。

 

 その手みやげとして、おはぎ二個パックとティッシュボックス五箱を持っていく。ここでは、おはぎのパックの上に、幼稚園児の書いた絵手紙を添えていく作業をやっている。

 

 それぞれの園児がそれぞれの思いで書いた絵手紙である。みんなはいちように「かわいいわね~」を連発するが、果たして「可愛い」のかどうかの判断は微妙なところ。

 

 こうして、担当地区ごとに数をそろえてくれるので、自分の担当区域文は自分で確認しておく。

 

 予定では10時から出発式だったが、早めに作業は終わったし、来賓の方もお見えになったので、9時半から出発式になった。

 

 で、来賓や実行委員長のあいさつや注意があって、会長が出発を宣言して式は終わった。各自は自分の担当地域の荷物を積み込んで、それぞれの地区へと出発して行った。

 

 今日は町内の防災訓練もあって、半分の方がそちらに出ていて不在。午前中に5軒を訪問して早めに昼食となった。相変わらず、ところてんとおかゆである。

 

 お昼からは、サポートセンターに連絡して、メール・アカウントのパスワードの再発行手続きをした。私のPCにウィルスが侵入し、多量のメールを連続送信したらしい。システム側が「スパム」と判断して、私のメール・パスワードを書き換えて通信不能にしたらしい。その復旧処理だった。

 

 今日も昨日と同様にして、リモート作業で、私のメーラーの設定変更をやってもらった。こうして三日ぶりに通信可能となったわけ。まさに三日間は耳をふさがれていたようなもの。目は、ネット情報でわかるのだが。

 

 午後からも独居老人訪問をやって、10軒中9軒は完了したが、1軒だけは不在らしく、明日にでも再訪問してみよう。

 

 今日の掲示板はこれ。「船荷のない船は不安定でまっすぐ進まない。一定量の心配や苦痛、苦労は、いつも、だれにも必要である」というもの。ドイツの哲学者、ショーペンハウエルのことばらしい。例えばこれを『責任』、『責務』、『使命』、『信念』だと考えた場合、見えて来るものがある。それらはまるで、『作用の為にあるエネルギー』である。『作用・反作用の法則』とは、ある物体に力を加えた場合は、必ず、相手の物体からも力を受けることになる。相手から力を受けることなく、相手に一方的に力を加えることは出来ない。ということを指示した法則である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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秋冷に 控えめ気味の 箸を置く

2018年11月14日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、寒気の影響で瀬戸内側や山沿いを中心に雲が広がってきた。気温は11.5度から16.5度、湿度は76%から56%、風は2mから4mの北西の風が少しばかり。明日の15日は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 先週は、おなかの突っ張りもなく歩くのも楽だったのだが、先週に動き過ぎたものかどうか、今週は身体が重たくて5歩歩くのがやっとで一呼吸しないと次が歩けない。何がどうしてこうなるのかわからない。

 

 明日から、島の家の剪定作業に行く計画なもので、ホームセンターへ行ってきた。家の東側手にある庭木が大きく伸びて、隣の畑に影を落として迷惑がられているので、散髪をしたいと考えたのだ。

 

 梅の木だのケヤキの木だのが伸び放題になっているので、バッサリと散髪をしたいので、長いノコギリを探しに来た。剪定用のノコや剪定鋏ならあるのだが、少し太い枝は無理だと思って長いものが良かろうとの素人考え。

 

 ノコに山鎌、ナタなども準備した。もちろん、私が切るわけではなくて、弟の「タックン」が切る。私は切った枝のお片付けくらいなもの。

 

 先週のように身体が動けばいいのだけれど。そうは言っても、二人とも島でリラックスして、飲んだり食べたりカラオケするのが目的みたいなものだから、効果は期待していない。

 

 お昼からは「民児協」の定例会だが、こんなに天気がいいのに身体が動かない。何を食べ過ぎたとか、何を飲み過ぎたとかという問題ではない。この建物の二階に会議室があるのだが、その階段が登れなかった。二歩登っては休み、一歩上がっては休み・・・しながら会議室に入った。

 

 会議はいつもこのようなもの。いつものように、役所からのお願いやら講演会の案内やら勉強会の案内などが続く・・・。

 

 それはさておき、来年には「一斉改選」があるという。民生委員の任期は三年で、再任はかまわないのだが、一応、75歳という年齢制限はある。私は来年は72歳だから再任は構わないのだが、なにせ、身体が動かないのではお役目に支障が出る。

 

 任期は、来年の11月30日までだが、来年の8月ごろには推薦とか認証とかの作業が始まるとかで、来月の定例会までに「進退」を考えて、「意向調査」をするという。うーむ、むつかしい判断だ。これも身体次第なのだが、今のままでは無理みたい・・・。

 

 ようやく、慣れてきた時期だから、このまま再任してもいいようなものだが、この身体次第だし、次の自治会が候補者を出せるかどうか・・・という問題もある。次の自治会から出せなければ、さらに次の自治会へとお願いしていく。ずっと、回っていって、手を挙げる人がいなければ、結局の薬局で、私が引き受けざるを得なくなる。その次の任期になれば、75歳を理由に退任できるのだが。

 

 ま、明日、明後日と、島に行って考えよう・・・と言っても、考える余裕も時間もつもりもないのだろうけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「朝の来ない夜はなく 乾かない涙もありません」という、やなせたかしさんのことばから。似たようなことばはいくらもある。「あがらぬ雨はなく、やまない風もない」、「山よりでっかい獅子は出ん」・・し、「春の来ない冬もなく、秋の来ない夏もない」・・・。でも・・・不幸の絶えない世界は続くし、悲しみの絶えない社会は止まらない・・・。今が不幸のどん底だと思っても、やがてには、そんな悲しみや苦しさなんて忘れてしまえる日がやってくる。こんなに悲しくて仕方がないのにと打ちひしがれていても、そんな日々があったことさえ忘れてしまえる日がやってくる。生きてさえいれば、やがてにはどうにかなってしまうものなんだ。「この世で起きたことは、この世で片付いてしまう」のだから。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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冬近く まとめきれない 日が続く

2018年11月10日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は13.2度から21.3度、湿度は78%から50%、風は1mから3mの北西の風が少しばかり。明日の11日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 最近は、防風通聖散のおかげかおなかが張らなくて気分が楽だ。体重はそんなにもは変化しない。まだ、服用を始めて10日ばかりだ。

 

 だから、今日も「駐車場係」ということで前山に出勤したが、みんなから、「元気になったんちがう?」と言われるようになった。そうそう、昨日、お借りした菅笠とお杖、15人分を返却しておいた。今日は皆さん、イベントなどで大忙しで、数を数えることもなく、すんなりと返却できた。

 

 というのも、今日は「空海セミナー」という講演会が行われるのと、うどんのお接待があるために、そのあたりは大混乱中。私たちは「駐車場係」で、セミナーには直接かかわり合いはない。ただ、興味があれば聞いてください・・という程度。

 

 こちらが、おうどんのお接待場所。さぬき市前山のおへんろ交流サロン近くの長尾公民館前山分館前で、恒例のマツタケうどんのお接待が行われ、結願寺の大窪寺を目指すお遍路さんらが秋空の下、心のこもった熱々のおもてなしに舌鼓を打っていた。

 

 お接待はさぬき市商工会商業部会の飲食業分科会(藤井秀幸会長)が地域貢献事業の一環として毎年この時期に行っており、今年で12回目。この日は、メンバーの飲食店8店舗の店主らが、朝から同分館で調理。マツタケに加えて、かまぼこや揚げなどをのせたこだわりのうどん約300食を振る舞う予定だという。

 

 セミナーは10時から始まり、大山市長の代理ということで、安藤正倫教育長が挨拶してセミナーは始まった。

 

 第一部は、香川県文化芸術局文化振興課の北山健一郎さんが、「今、四国に何が必要か? 四国遍路と世界遺産」というテーマでお話しをされた。四国の現状を踏まえたうえで、世界遺産登録に向けての課題や目標などについてのお話だった。

 

 失礼だけれど、私は世界遺産登録には興味がないので中座させていただいて・・・。

 

 外国のお遍路さんのうしろで、まつたけうどんをごちそうになった。

 

 これが、「マツタケうどん」らしい。で、マツタケらしきものが何切れか入っていて、「ラッキー」と思ったのだけれど、久しくマツタケを食べたことがないので、本当にマツタケだったのかどうかは定かではない。ただ、マツタケの香りはしなかった。

 

 歩き遍路の方や、近くの道の駅で聞いて駆けつけてきた家族連れらが、相次いでやってきて、お接待は大賑わいだった。ま、私はこのおうどんのために、駐車場係をやっているみたいだなぁと思ったことだった。

 

 だから、第二部の「善通寺前管長、善通寺前法主の樫原禅澄氏のお話、「知名度第一位 空海さん」はパスさせていただいた。それより、トイレに行くことが気がかりな私であった。

 

 今日の掲示板はこれ。「おかげさまといえる人生に孤独はない」というもの。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。自分ひとりで生きている、そのもの一つで成り立っているいのちなど何一つありえない。「すべては関係性の中で、お互いに相支え、相支えられつつ生かされている」という縁起によるいのちの見方を仏教では大切にしているからである。人は決して一人では生きられない。この私の「いのち」は、空間的にも時間的にも思いも及ばない程の多くのものに支えられ、連帯し合って存在している。その「いのち」の真実に気づかされ、自他共にいのちを認め合い尊敬し合うことに目覚めたよろこびが「おかげさまで」といえる世界である。「おかげさま」といえるきもちがあれば、「おかげさま」といえる人がいれば、全く、孤独な人生ではないではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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一仕事 終えてどんぐり 見つけたり

2018年10月28日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は15.4度から19.0度、湿度は68%から54%、風は3mから6mの西の風が強かった。明日の29日は、寒気の影響で概ね曇る見込みらしい。

 

 昨日は身体が軽くなって動き回ったせいか、今日は朝の6時過ぎまで眠りこけていた。起きたら、奥方は出勤した後で、「お荷物を屋島のなぎちゃんちまで届けておいてください」というメモ書きと、大阪のおみやげらしきものが置いてあった。

 

 で、朝食は、あんまん・ぶたまんにお味噌汁と熟し柿。

 

 昨日の大窪寺研修の時、「大窪寺には菩提樹がありますが、香川県下で菩提樹が有名なところは、ハイ!」と、ガイド役が言うと、すかさず、「三宝寺!!」という声があがったのはさすがだった。この85番札所、八栗寺の菩提樹も有名なのだが。

 

 これが三宝寺(さんぼうじ)の菩提樹で、香川県下では最大のものとされている。菩提樹は中国原産の落葉高木で高さは10mほど。花期は6-7月頃で淡黄色の花を咲かせる。我が国へは、臨済宗の開祖栄西が中国から持ち帰ったと伝えられ ており、日本では各地の仏教寺院によく植えられている。

 

 お釈迦様が菩提樹の木の下で悟りを開いたとして知られているが、お釈迦さまの菩提樹は本種ではなく クワ科のインドボダイジュ(印度菩提樹、Ficus religiosa)のことらしい。中国では熱帯産のインドボタイジュの生育には適さないため、葉の形が似ているシナノキ科の本種を菩提樹としたと言われているらしい。

 

 これは、私の所属寺院、勝覚寺の菩提樹。立派だと思ったのだが、三宝寺や八栗寺の菩提樹にはかなわないと思ったことだった。

 

 さて、お昼からは、久々のお仕事で、こういうお勉強会に参加してきた。

 

 再来月頭には、観光ガイド発足10周年記念事業で、この「志度音楽ホール」を使うので、その下調べも兼ねてのことだった。

 

 駐車場への案内場所や方法、誘導方法なんぞを視察してきた。会場への誘導やら受付方法なんぞも。ここのキャパは500席。

 

 ステージは、このようなもの。

 

 これが、そのミニライブのお知らせである。

 

 こちらが、そのチラシである。

 

 で、こういう形で、さぬき市長・大山茂樹からの挨拶である。手話付きで、右側には「要約筆記」まで用意されている。

 

 今日の基調講演は、堀田力(つとむ)さんの、「助け合いのある地域を創ろう」というお話だった。その後、パネルディスカッションがあって、それぞれの団体の活動報告なんぞが紹介された。

 

 でも、だんだんと過疎化と高齢化が進んでいくと、助け合いも難しくなっていくなぁと感じたことだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「悟りの花はどこに咲く 悩みの池の中に咲く」というもの。今日の大賀先生の講義の中でも、お遍路に出るきっかけはさまざま。リストラや失業や退職、不登校から病気、怪我、失恋・・・さまざまな悩みを苦悩を抱いて人は遍路に出た・・・。そして、涙を流し、雨に打たれ、嵐に揉まれながら、再生していく。感謝や奉仕や悟りを得て、再び人は社会へと戻っていく。悟りはお釈迦様だけの専売特許ではない。「生かされている」、「感謝の心が生まれた」、「思わず合掌した」・・・。それらだって立派な「悟り」ではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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秋の日の 冷えた願いの 宮掃除 

2018年10月10日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、雨の降っている所があった。気温は19.0度から23.3度、湿度は90%から78%、風は1mから4mの西の風が少しばかり。明日の11日は、湿った空気や前線の影響で曇り、明け方から朝にかけて雨が降る見込みらしい。

 

 今日は朝から雨・・・。迷犬ごんの散歩はお休み。湿度の関係か、今日は呼吸ができにくいし、体重も67.1Kgと少し高め。血圧脈拍体温などには異常がない。気圧はいつもの1010hPa。

 

 今日は終日、雨。午前中は担当地区内の高齢者の方々のデーター整理。私は、与えられたデーターだけで、高齢者ばかりの過疎の集落だとばかり思っていたが、65歳以上の方が76名、それ以下の方が69人もいる。普段にはお勤めとかお仕事で不在なものでお会いする機会はないが、70人近くも若い人がいるのか・・・と驚いた。

 

 で、今日は第二水曜日・・・ということで、「民児協」の「定例会」。相変わらず、小雨が降ったりやんだりとしている。

 

 秋は研修会や講演会の案内ばかり。

 

 ま、いつものことだが、お役所からのお願いや周知、動員のお願いなんぞで終始する。私の担当地区に必要な情報はほとんどない。

 

 とりあえず、私の担当地区の赤い羽根共同募金の件は完了したし、赤い羽根募金の配分調査も完了したし、年末訪問事業の配分調査も完了して報告を済ませた。当面の私のお仕事は完了した。

 

 会は1時間弱で閉会して散会になった。雨は相変わらず降り続いていた。

 

 「あなたが、そう、思うから、そう、なるのよ~」と、先日に言われたが、そんなことは思ってもいないのだが、「雨の日は体が重くて歩けない」。しかしのかかし、数字は正常時と少しも変わらないのに、身体が動かないのは、やはり「気のせい」なのか・・・。

 

 会が終わったので銀行屋さんに寄ってきた。で、通帳記帳してきたが、「俺たちに明日はない。キャッシュカードに残もない」。

 

 で、お小遣い帳に整理をしておく。できることからコツコツと・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない 太陽が昇るから夜が明けるのだ」というもの。東井義雄さんの言葉からである。

 太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない。
 太陽が昇るから夜が明けるのだ。
 われわれはとかく、環境や他の条件の責任にしやすい。

 水は低いところへ集まってくる。
 尊いもの 美しいもの 善なるものも みんな
 謙虚な人のところへ集まってきて
 その人のものとなる。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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秋風に 今日のナイフは よく切れる

2018年10月08日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、朝方は気圧の谷や湿った空気の影響で曇っていて、一時、激しい雨が降ってきたが、やがて高気圧に覆われて晴れてきた。気温は19.9度から26.6度、湿度は86%から64%、風は0mから2mの北東の風が少しばかり。明日の9日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 今日は塩飽広島町江の浦の広島神社の秋の例大祭なのに、激しい雨が降ってびっくりしたが、やがてのことには、まるで嘘のように晴れ渡って秋晴れになった。全く、なんとかごころと秋の空だった。

 

 で、讃岐の国は晴れマークばかりになって、気温もぐんぐんと上昇してきた。

 

 今週も天気は安定しない様子。この週末には草刈りができるかなぁと期待しているのだが、どうだろう・・・。

 

 明日は前山出勤日。明後日が民児協の定例会。明後日までの調査者の確認作業をやっておく。昨年は調査漏れがあって、おはぎが足りなかったり、お祝い金が少なかったりして叱られた。

 

 調査資料に、75歳以上、79歳以上、80歳以上、85歳以上・・・というランクがあって、一つ用紙を間違えば事故になる。相手も頼りないし、こちとらも危なっかしいばかり。

 

 こういう調査もあって調べていくのだけれど、「おたくには認知症の患者さんがおられますか」なんて聞けないし、「寝たきり老人の介護をされていますか」なんて聞きもできないではないか。ご近所で聞いても「知りません」とか「わかりません」と逃げられてしまう。

 

 年齢というものは毎年変化するし、カウント月でも変ったり変わらなかったりする。誕生日がしっかりとしていないと満年齢が計算できない。

 

 担当地区内の状況把握。

 

 この地区でも、しわく広島と似ていて「限界集落」に近いものがある。若い人は町に出てしまい、高齢者ばかりが残される。やがてには施設に入れられ、空き家が増える。もう、氏神さんの当番に入れない集落も出てきた。ご婦人と高齢者ばかりで、神輿守などの役目ができないのだと言う。

 

 かくいう、この私だって、神輿守どころか、行列にも参加できそうにない。今日の江の浦神社の例大祭も、おそらく、神輿は拝殿前に飾られただけだろうと思う。もう、神輿をかつぐ人がいなくなってしまったのだ。この町の神社の神輿も、リヤカーみたいな台車のせられて「行幸(みゆき)」をしたことだろう。

 

 戦後には、もっと大きなお神輿が三台もあって、勇壮だったと思うのだが、今は半分ほどの神輿が一台だけになって、それすら担ぐ人がいないのだという。これを引きながらの「行幸」になったはず。

 

 今日の掲示板はこれ。「うれしい時も、悲しい時も、かけがえのない我が人生である。」というもの。世間一般的には人生が長いほうがより価値があるように言われたりするものだが、いのちというものが単に抽象的に長さだけで考えられてはならない。真に人間のいのちならば、長さのみならず幅もあれば深さもあるはずである。年齢を重ねれば、それだけ人生をよりよく見、経験するわけだから、それだけものわかりがいいはずなのに、反対に我が強くなり柔軟心に欠け、思い通りにならないと人生を嘆き、時には怒るなんてことが無きにしもあらず・・・・・やはり人は、いのちを空しく長さだけに生きるのではなく、いのちを深さにおいて生きることが大切なのではないだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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愚痴まみれ 金木犀の 香の下に

2018年09月26日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 丸亀地方は気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、雨の降る所があるらしい。気温は20.1度から25.5度、湿度は82%から64%、風は2mから3mの北東の風が少しばかり。明日の27日は、気圧の谷や湿った空気の影響で朝まで曇り、明け方まで雨の降る所がある見込みらしい。昼前からは高気圧に覆われて概ね晴れるのだとか。

 

 今日も朝から身体が重い。それを引きずって迷犬ゴンの散歩に行ってきた。6時過ぎだった。本当にわたしの身体はどうなっていくのだろう。

 

 愚痴ってばかりもいられない。9時前に我が家を出て、10時半過ぎに丸亀港に着いた。途中で4回もトイレ休憩をしたが、少しも身体は軽くならない。

 

 11時10分発の高速艇「ニュービサン」に乗り込む。今日は何があるのか大勢の人が花束なんぞを抱えて乗り込んできた。若い人は缶ビールや飲み物をたくさん買い込んでいた。

 

 我が家、「暁光庵」に着いたのは11時半。いきなり、玄関に釣り具が散乱。リビングには碁盤や将棋盤がそのまま・・。台所は食器とナベやフライパンが盛り上がっている。夏休み中前半に社会人グループが数名と、後半に大学生グループ数名が二泊三日ずつ宿泊したらしい。

 

 昼飯にお湯を沸かそうとするとガスコンロに火が付かない。お風呂にはお湯が沸くかとやってみたが、お湯は沸かない。「またか・・・」。ガスの元栓を開きっぱなしで帰ったらしい。小さいガスボンベは空っぽみたいなので、ガス屋さんに行ってきたが、「配達中」とかで不在。

 

 卓上カセットコンロでお湯を沸かして、どうにか昼食は食べられた。しかしのかかし、このカセットコンロで、お湯を沸かして風呂にいれるのは大変だぞ。

 

 トイレに行くと、このありさま。和室には洗濯物の山・・・。物置には釣り竿やらバドミントンのラケットなんぞが乱雑に投げ込んである・・・。それを片付けるのに大汗をかいた。部屋を使うのは構わないが、遊んだものくらい片付けて帰って欲しいものだ。

 

 お昼からは、広島センターで、「英国士官レキ研究会」の最後の会議が行われた。

 

 いつものメンバーが集まって、8月5日の150周年記念慰霊祭の総括とまとめをやった。

 

 こういう記録集やこれまでの活動の振り返りと総括。決算報告も行われた。

 

 こういう写真集でカラー印刷になっている。この記録集をどこまで送るか・・・ということでひとしきりにぎわった。あの人にも、この人にも、地元にも、写真に写っている人に・・・などと。そんなにたくさんには送れない。

 

 夕方になってもガス屋さんは来ない。そこで、レバーをあれこれといじくっていると、この黒いレバーが横になっていたのを縦に切り替えたら、台所にガスが届いた。お風呂のお湯も沸くようになった。おもわず、やれやれである。

 

 今日の掲示板はこれ。「美しく老いるために 身体をいたわり 言葉やさしく そして 心はやわらかに」というのだが、言葉にはとげがあるし、こころは頑固に意固地になっていってしまう私がいる・・・。それでも、極楽往生は約束されているものだと・・これまた頑固なまんまである私・・・。今日も思い切り、愚痴を並べた私であった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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宮掃除 会話も減って 秋彼岸

2018年09月23日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇っていた。気温は21.9度から26.5度、湿度は88%から68%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の24日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇る見込みらしい。

 

 今日の気圧は1010hPa、気温は22度、湿度は86%ということで苦しい朝になった。眠たいのになぜだか寝られずに5時半に起きた。まだ、外は真っ暗けだ。

 

 今日が「社日」ということで、集落内にある「地神さん」の例祭日である。春分(3月21日頃)と秋分(9月23日頃)に最も近い戊(つちのえ)の日を「社日」といい、春の社日は「春社」、秋の社日は「秋社」とも呼ばれ、土地の神様をまつる日とされている。

 

 春の社日の頃は種まきの時期にあたり、秋の社日の頃は収穫の時期にあたる。そのため社日は重要な節目と考えられ、春は五穀の種子を供えて豊作を祈り、秋は初穂を供えて収穫を感謝するようになった。社日を祝う習慣は元々中国にあり、「土」という意味がある「戊」の日に豊作祈願をするもので、「社」とは土地の守護神のことを表している。この風習が日本に伝えられると、土地の神様を信仰する日本の風土に合い、重要な農耕儀礼として全国に広まったようである。

 

 神域の草刈りや掃除をすませ、しめ縄を張り、のぼりを立てたらできあがり。

 

 あとは、お供え物をして、お神酒をお供えし、長老が先導で二礼二拍手一礼して、おみきをいただいておしまい。昨年までは集会場でお茶とパンで、世間話をしていたのだが、それもやまった。夕方に当番さんが幟を片付けておしまい。ずいぶんと簡素化になったが、イノシシやサルの話題ばかりでもつまらない。

 

 朝の7時から・・・という案内だったが、7時過ぎにはすべて終了して解散になった。私は少し動くと呼吸困難になってしまうので、控えめのお手伝いになってしまった。

 

 先日、文具屋さんに行ったら、「お正信偈も作るの??」と言われたけれど、「いや、それはまだない・・」と答えてしまった。真宗のお経は長いしねぇ・・・。でも、やってみようか・・・ということで練習をやってみた。

 

 正信偈を印刷して、それを張り合わせてみた。ここまでは問題はなかった。

 

 ところが、折り本にすると、一ぺ-ジの幅が微妙に違っていて、きれいな折り本にはならなかった。明日は微調整と確認作業をやっておかねば・・・。

 

 表紙は前回に買った、ゴム状の和紙を使ってみた。むつかしいのだが、残しておいても無駄になってしまいそうだから。

 

 この折り本タイプは試作品ということになった。向かって左の鶴の絵のものは「礼拝聖典」どちらも中身はお正信偈である。

 

 こちらは、普通の製本形式で作ってある。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分の辞書から次の言葉を消す。「ねばならない」「べきである」 あなたは誰に対しても「ねばならない」負い目などない。」という、ドミニック・グロシューの言葉からである。「ドミニク・グロシュー」は、1980年代に実業家と して成功し、著書『ボス・ジェネレーション:成功するための方法』がベストセラーになるなど一躍時代の寵児となった人物であり、その後、交通事故による 数ヶ月の昏睡状態とリハビリを経験して人生観を一変。これまでの経済効果至上主義を捨て、人生についてや幸せの方法論を伝える本を多数執筆している。主な著書に「心の翼を休めて」「子どもとハッピ-になれる魔法の言葉」「仕事でハッピ-になる魔法の言葉」「幸せはいつも素顔」「強い組織をつくるための小さなヒント」「幸福の予感」「バラ色の人生の送り方」などがある。 (参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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手を合わせ 初心忘れな 曼珠沙華

2018年09月16日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は23.8度から30.8度、湿度は92%から68%。風は2mから4mの西の風が少しばかり。明日の17日は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇り、昼過ぎから夕方は雨の降る所がある見込みらしい。

 

 昨夜の宴会は21時半過ぎにお開きとなったが、奥方は明日もお仕事だからと20時過ぎから寝てしまい、弟たちも22時前には寝てしまった。

 

 残った私は、食器洗いから片付け、テーブルの整理、ゴミの片付け、お風呂の片付け、エアコンの停止・・・なんぞの後始末をやってから寝た。23時を過ぎていた。

 

 寝てからふと気がついたのだが、お昼からはトイレに全く行っていない。あれだけ食べて飲んで大騒ぎしたのに、トイレには行っていないということは・・・。

 

 夜中には頭痛がするし、おなかが張るし、トイレに起きても量はあんまり出ない。夜には酸素圧縮機から酸素吸入をやっているんだけれど、息苦しくて何度も起きてしまったし、朝の4時半には、もう、起きてしまった。おなかを圧迫されるようで苦しくて寝ていられない。

 

 で、朝の6時半からは集落内にある「山の神神社」の秋の例祭のお掃除である。この集落には10軒の家があるが、歩行困難の方と佛忌のかかったおうちとの二軒がお休み。残りの8人でおそうじすることになる。

 

 昔はここに拝殿があって、宵宮から集まっておこもりをしていたというが、今は礎石が残るばかりで再建されたこともないという。

 

 この頃の私は、おなかが張って歩けないし、動けない。このしめ縄を張って、紙垂(しで)を飾るのがやっとのこと。男性陣は倒れた松の木や竹の枝を切ったり片付けたりするのだが、私はまるで動けない。

 

 どうにかこうにか、おそうじができて、しめ縄が掛けられた。で、みんなで「二礼二拍手一礼」して、おしまい。昨年までは会堂に集まって、座談会のようなことをしていたが、今年からはやまってしまった。もう、山でたきぎや柴などを集めることもなくなったし、山仕事をするような人もいなくなって、信仰心も薄れてしまったような気がする。

 

 7時半過ぎに我が家に帰ってみると、奥方は出勤、弟たちは用事があるからと帰ってしまい、娘家族も帰ってしまった後だった。祭りの後はこんなものだ。私も気分が優れないもので、例の経本の折り本とか、表紙付けなんぞの作業をしながら気分転換。

 

 で、今日も五部の経本を折りあげて製本した。都合、10冊にもなった。

 

 薬を飲んでも、胃腸薬を飲んでも、漢方薬を飲んでも、トイレにしげく通っても、体調は少しも好転しない。昨日だって、そんなに多くを飲んだわけでなし、そんなに多くを食べた訳でもない。ただ、働き過ぎたかな・・という気はするのだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「みようみまねで合わす手に やどるすなおな菩提心」というもの。仏さまの眼から見れば無心に遊ぶ子供たちの姿の中にも、菩提心はあるということなのだろう。そういえば、幼い子供は、みよう見真似で小さな手を合わせている。それにどんな意味があるのか、なぜそうなるのか知らないままに合わせる両の手。それでいながら、そこには不思議なほど仏さまの世界との一体感が感じられる。言い方を変えてみれば、大人より子供たちの合掌の姿の方がずっと絵になるのである。子供は純粋無垢という点で私たちより仏さまの世界に近いのかも知れない。だから素直な心そのものが菩提心だと受け止めてみてもいいのかもしれない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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秋時雨 目覚まし時計が 空回り

2018年09月08日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で雨が降り、やや強い雨の降っている所もあったらしい。気温は21.5度から24.7度、湿度は82%から94%、降雨量は0mm/h~6mm/h、風は1mから3mの北東の風が少しばかり。明日の9日は、引き続き前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となる見込みらしい。

 

 讃岐路は朝から雨。気圧は 1002hPa、気温は24度、湿度は75%。ここのところ、体調は良い。おなかの張りもないし、身体も軽い。体重は65.6Kgで安定してきた。

 

 朝から雨ではお仕事にならない。頼まれている「しめ縄」も御幣もできていないのがやや気にかかる。

 

 それじゃぁ、ダメじゃん、春風亭柱昇。ということで、「紙垂(しで)」から作ることにした。これは「型紙」である。用紙を、この大きさで、切れ目のように切っていけば、「紙垂(しで)」ができる。

 

 切って折ったものがこれ。これを、しめ縄に挟んで神様への目印にするらしい。

 

 昨日の藁(わら)は雨に濡れて使えないので、物置に少しばかり残っていたのを思い出して、「前垂れ」を、七本、五本、三本に結んで三組作っておく。この「七・五・三」で、「七五三縄(しめなわ)」と書くこともあるそうな。私が会社員時代に、「七五三吉」という人がいて、「しめきち」さんと呼んでいたのを思い出した。

 

 これが、山の神神社で、手前の「しめ柱」に掛けるものが4m、本殿が1.5m、脇殿に掛けるものが1mと、三本のしめ縄が必要になる。だから、前垂れも紙垂も三組ずつ必要になる。

 

 外は相変わらず雨・・・。遊びに行きたし傘はなし・・・。

 

 昨日のミラーボールを試験点灯してみた。本当は天井に取り付ければいいのだが、我が家の天井は高い・・・。

 

 暗くすると、いい感じ。実は、このマジックボールは音楽が出る。だから、ダンスホールにもなるという仕組みらしい。

 

 小雨になった瞬間を狙って、竹藪を探し歩いて、青竹を切ってきた。これでご神体となる「御幣」を作るが、「半分、青い」の「五平餅」の準備ではない。

 

 これが、ご神体になる「御幣」である。あんまり、みんなは興味がないのか注目しないので、いい加減と言えばいい加減・・・。

 

 これが、本殿用と脇殿用のしめ縄。紙垂(しで)は、当日に挟み込む。

 

 こちらが、しめ柱(七五三柱:注連縄柱とも言う)用の長いもの。あ、下のは宴会用の「円座」で、昔の座布団である。その下はミニいろりで焼き肉用。これで、明日の用意は準備万端。

 

 今日の掲示板はこれ。「毎日の不思議を見逃さない そんな感性を持ち続けたい」というもの。見渡せば、私たちの回りには不思議がいっぱい。この私が生きているのも不思議だし、となりの奥さんが生きているのも不思議・・・。草が伸びるのも花が咲くのも不思議と言えばふしぎなもの。そんな不思議を見逃さない感性をいつまでも持ち続けていきたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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夏の雨 九月七日を おもしろく

2018年09月07日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、一部で晴れている所があったが、気圧の谷や前線の影響で概ね曇り、午後からは雨や雷雨となってきた。気温は24.3度から29.9度、湿度は92%から70%、風は1mから2mの南西の風が少しばかり。明日の8日は、前線や湿った空気の影響で雨となり、雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 今日の気圧は 1002hPa 、気温は25度、湿度は62%。おなかの調子はいい。今朝の体重は 65.8Kg。安定してきたように思う。

 

 今朝も「三毛猫とまとの卓球便」がやってきた。相変わらずの大きな段ボール箱に小さな小箱が入っていた。

 

 来週の土曜日の15日に、弟たちが「お月見の会」をやりたいという。そこで、このカラオケスペースにアクセントを付けようと考えて・・・。

 

 「LED MP3 MAGIC BALL」というものを注文した。はてさて、カラオケ大会は盛り上がるのじゃろうか・・・。

 

 お昼からは雨になるというので、頼まれていたご用をこなしておくことにした。

 

 この日曜日、9月9日は、集落内の「山の神さん」の秋の例祭だという。で、うちの班は女性ばかりなので、「おしめ(しめ縄)」を用意してくださいとのこと。ま、毎度のことなので、準備はしてあったのだけれど、雨の降らぬ間にと作業を開始した。

 

 まずは稲藁をたたいて柔らかくする「わら打ち」から。で、葉っぱに当たる「荒しべ」をのぞく。

 

 で、二つに分けた稲わらを、回転させながらより合わせていく。これを「縄をなう」というのだが、これがなかなかにうまくいかない。

 

 両手で反対方向に回転させながらより合わせるのだが、手が滑ったり、動かなくなったりでロープ状にはなってくれない。

 

 ま、こんなもので、きれいにはできない。この長いピンピンとしたものをハサミで切ったり、ライターで焼いたりする。

 

 すると、なんとなく、それらしいしめ縄ができあがるのだが、ここで雨になった。続きは明日だ。

 

 片付けをする間に前進ずぶ濡れになった。着替えを取りに行こうとすると、ベランダには洗濯物が・・・。これをまた急いで取り込んで・・・。シャワーを浴びて着替えをしたら夕方になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「おもしろきこともなき世をおもしろく」という高杉晋作の言葉から。正式には、この後に、功山寺挙兵時に「すみなしものは心なりけり」と、勤王女流歌人の野村望東尼が付け加えたとされている。私達の周囲の世界はただの現象世界であり、そこにはどんな意味や価値判断、意図もない。あるのはただの無為自然でしかない。それにひとつひとつ意味付けをしていくのは、私達一人一人の感覚であり、解釈である、ということを詠んでいるのだと私は思っている。だからこそ彼は、自分のしていることもしてきたことも、世の中が変わろうとしていることも全て、所詮はその程度のものなのだ、と達観したのではなかろうか。例えば、出かけようとした時に雨が降ったからと言って、それで私達は不幸になるわけではない。雨は何も考えてもいないで、ただ降っているばかりなのである。それをどう受け止めるかは私達次第。自分だけに降っているように感じて、こんな時に限って・・と、不運な自分を惨めに思うか、何気なしに今日は家でのんびりせよ、という天の思し召しだなあ~と思って、のんびりとするのか。全く、自分の考え方一つなのである。雨を面白くないと思うか、雨を面白いと思うのかもまた、私たちしだいなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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台風の 去って路地にも 下駄の音

2018年09月05日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は23.7度から31.8度、湿度は90%から55%、風は2mから5mの西の風が少しばかり。明日の6日は、高気圧に覆われて晴れるが、気圧の谷や湿った空気の影響で夕方から曇り、夜は雨の降る所がある見込みなのだとか。

 

 今日は県外研修ということで、7時半に公民館前に集合とのこと。あわただしく準備してようやく間に合った。

 

 チャーターしたマイクロバスで一行は鳴門市に向かう。ところが、バスに乗ってすぐにトイレに行きたくなってしまった。しかしのかかし、およそ1時間はノンストップでバスは走る。なかなかにバスを止めてもらうのには勇気がいる。我慢我慢の1時間だった。

 

 目的地の施設に到着するやいなや、施設に駆け込んでトイレを探して走る走る。ここは鳴門市にある「救護施設:小鳴門莊」という施設。

 

 ここで施設長から施設の概要についてのお話があった。路上生活者や精神障害や知的障害のある方、生活保護法の適用を受けている人など受け入れている施設らしい。

 

 こういう施設らしい。

 

 こういうお風呂や洗濯室、食堂や居室なども見せていただいた。

 

 次にお邪魔したのが「児童養護施設・鳴門こども学園」だった。あの玄関から入って右側が男の子用、左が女の子用で、男女半々程度で30名が生活しているという。下は3歳児の年少児から小学校、中学校、高校生まで。18歳を過ぎると卒業になる。

 

 ここは児童福祉法による施設で、ネグレクト(育児放棄)や児童虐待などで親などとは生活できない子供たちを受け入れている。

 

 こういう幼い子供たちもいる。まだ、幼稚園には入れないこどもたちだった。幼稚園児以上は通園・通学の時間帯で子供たちはいなかった。

 

 昼食は、鳴門市北灘町にあるホテルだった。山の上にホテル群があって、ゴルフ場や宿泊施設、ロッジやらレストランなどがある。

 

 山の頂上一帯に施設があって、瀬戸内海を眺めることもできる。

 

 で、中華料理のお店が用意されていた。ところが、ここのお食事は味が濃いというか味付けがきつくて、エビチリを二匹食べただけで、あとのものは皆目、受け付けなかった。脂濃いものが多く、塩分も多そうな感じ。

 

 結局の薬局で、エビを二匹食べられただけ・・・。デザートまでパス。このお料理を見ただけで、私のおなかは満杯になってしまった。やっぱり、おにぎりを持ってくればよかったなぁと後悔しきり。それに明日が県立病院での診察日だし、CT検査の日でもある。塩分控えめだからパスは仕方がない。

 

 今日の掲示板はこれ。「苦をまぬがれるには その苦を生かしていく道を学ぶことです」という、蓬茨祖運(ほうしそうん)先生の言葉から。蓬茨祖運先生は、浄土真宗の僧侶で仏教学者。 石川県出身で大谷大学卒。真宗大谷派参務。1970年九州大谷短期大学教授、二代目学長。賢隆寺住職。宇宙物理学者・蓬茨霊運は長男である。人生には4つの約束事があるという。「繰り返すことができない」「誰にも代わってもらえない」「かならず終わりが来る」、そして「その終わりがいつくるか わからない」。仏教の基本的な教えである四法印、すなわち諸行無常・諸法無我・一切皆苦・涅槃寂静はこのことを私たちに教えようとしている。この生老病死の現実を前に、私たちはまさに無力と云うほかない事柄にしばしば直面し、苦悩する。蓬茨祖運先生は「苦しみをまぬがれるには、その苦しみを生かしていく道を学ぶこと」と云われた。心の闇が照らされて、闇を闇と知らされる。苦は消せるものではなく、照らされ開かれるものだと教えてくれたのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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蝉の声 一期一会の 歌合わせ

2018年08月12日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は湿った空気の影響で概ね曇り、雷を伴った非常に激しい雨が降ったりしたが夕方からは晴れてきた。気温は26.5度から32.5度、湿度は92%から76%、風は0mから2mの北東の風が少しばかり。高温が予想され、熱中症の危険が特に高くなる見込みらしい。暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、充分な対策をとるよう呼びかけている。明日の13日は、高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、午後は雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 昨日は体重が67Kgにもなり、おなかも張るし足もむくんでつらい一日だった。土曜日だということで病院はお休みなもので、じっと我慢の子であったが、一晩明けると嘘のように身体は軽くなり、おなかの張りも足のむくみもなくなった。

 

 体重も許容範囲まで下がってきた。かと言って、私の生活が激変した訳でも、何かを控えた訳でもない。この変化は何なんだろうか。

 

 appleさんから委託を受けた運送業者さんがくるまでは外出はできない。とにかく故障したiPadを引き渡すまでは自宅からは出られない。

 

 だから、この闘病日記を印刷したり、製本したりの事務作業をやっていた訳だ。

 

 運送会社さんは10時半過ぎにやってきた。で、iPadを手渡しすると外出OK。

 

 奥方からは、「お仏壇用のお花を買ってきておいてちょうだい」とだけ言われていたのだけれど、台所とか冷蔵庫の中身を見ると、あれもこれも・・・と不足が目立つ。要らぬ物はたくさんあるけれど・・・。

 

 お仏壇のお花は交換しておいた。先日の父の命日の時は、お花を買って、台所のバケツに投げ込んであった。「ねぇねぇ~お坊さん~。ついでにお花を交換しておいて欲しいわねぇ~。」と言われたので、交換しておいた。明日は弟たちもやってくるのだからと、お供えとかも買っておいたし、お佛飯も交換しておいた・・・。

 

 お盆灯籠も用意した。これは母のお葬式に使ったものだが、私の葬式用に保管してある。これを組み立ててお盆灯籠にしてみた。涼しそうでいいじゃないか。

 

 我が家では、お盆だからと言って特別なことはしない。よそさまは「お盆勤め」とか「棚経」とかがあるらしいが、我が家にお寺さんがお参りに来たりはしない。ただ、毎年、親戚の者が「ほとけさん・まいり」とか「ぼんれい(盆礼)」と言って飲み物や食べ物を持って集まってくる。それが明日だ。

 

 ついでに、お墓にもお花をお供えしてきたが、お墓さんには線香をあげたり、お経を読んだりもしない。母も父もおばあちゃんも、このお墓の中にはいないのだ。みんなお浄土に行ったきり戻ってはこない。「石の下には居ない」のだ。

 

 だから、私も奥方も、ここに入るつもりは毛頭ない。「石の下には居ない」のだし、「草葉の陰にも居ない」のだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「何が起こるかわからないのが世の中、何をしでかすかわからないのが自分」というもの。妙好人の源左さんの、こんな話を聞いたことがある。ある人が、「村の者がお爺さんを妙好人伝に載せるというがのう」と言うと、源左さんは、「いやいや待ってつかんせい、死ぬるまでは何をするか分からんでのう」と応えた。「何が起こるか分からないのが世の中。何をしでかすか分からないのが自分」。「さるべき業縁の催せば、いかなる振舞いもすべし」(『歎異抄』)何かが起こったときに、どうするかは、実は、そのときまで分からないもの。そのときに頂いている、気づきの深まり具合に応じて、自ずとすることが決まるもの。人生にシミュレーションなどない。人生は、つねに本番である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

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