まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

缶ビール そのまま残る 薄ら寒

2011年10月31日 | 日常・・ありのまま。

 秋らしい良い季節になってきた。で、今日は朝から・・写真の整理・・・。デジイチ(デジタル一眼レフカメラ)と二個のコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)2台の計3台で気分のままに撮った画像、二日分を整理して、フォルダーにおさめ、画像を小さくしてブログサイズに変換する。それで2時間はかかったかなぁ・・。

 

 その後、2日分のブログを書き上げれば、もうお昼・・・。なかなかに旅の整理もできないね。それだし、島の自治会長さんから、昨日の30日に、丸亀市長が「中井初次郎顕彰碑」を見にやってきた報告があった。で、市長から「さらに調査するように」というオーダーを受けたそうな・・。

 

 私は関係したくないのだけれど、自治会長さんから相談をされたら・・・ね。調べるたって、どこから調べるっていうの・・・。塩飽本島の「塩飽勤番所の古文書を探せ・・・」て、言われても、私は縦文字は読めないし、筆文字も読めないんだ・・。あんなミミズが歩いたような古文書を見ただけで頭が痛くなってきてしまう・・・。上がさぬき広島にある「中井初次郎顕彰碑」。

 

 こちらが宮城県石巻市の洞仙寺(とうせんじ)にある「初次郎の墓」。これを見た丸亀市長がいたく感激して、倒壊したお寺の復興に一肌脱ぎたいと申し出たのだけれど・・。

 「開陽丸の航海日記を探せ」とか、「開陽丸子孫の会」に連絡をとれ・・」とおっしゃるらしいが、私が丸亀市長の命令をきく根拠はないと思うが・・・m(_ _)m。

 

 で、手近なところで、いつもの「うまっ!」「はやっ!」「やすっ!」のうどん「元匠:げんしょう」湊(みなと)店に寄った。で、久々(二日間だけ)の・・おうどんを食べた。

 

 「肉ぶっかけうどん小の温いん」が380円だった。やっぱり、慣れたおうどんでないとね・・・。どうにもご馳走はおなかによくないみたい・・・。とくにご飯物は胃腸に負担になるようで・・。おなかの調子も高齢化してきているみたいで、若い頃にみたいには食べられない・・・。

  さて、午後からは・・またも「中井初次郎」や「幕府軍艦・開陽」の調べ物をしたり、静岡での写真ができたら送って欲しいと頼まれた会員さんに、データをコピーして送る準備をしたりと慌ただしい・・・。

 

 こうした資料もコピーしたりとばたばたと・・・。あれもやりぃの、これもやりぃの・・・と、落ち着かない一日。

 3時過ぎからはぽちの散歩を兼ねて、私も気分転換の散歩・・・。

 

 するとだ・・・。妙な物を発見!バクみたいだけれど、バクではないな・・。お猿でもないし・・。

  

 イノシシの子供が水遊びをやってるらしい。昼間にねぇ・・・。こどもイノシシでも堂々としてるもんだ・・・。人間なんぞ怖くないんだろうかね・・・。人間はイノシシが怖いけれど・・・。

 

 最近はこういうものも珍しくなくなってきた。沼津でも戸田(へだ)でもたくさんの桜が咲いているのを見かけた。これからは、こういうものが日常化するんじゃないのかね・・・。

 

 旅の思い出とか感想はあるけれど、旅が終わったら・・・味が薄れてしまうけんね。それだし、いつまでも思い出を引きずらないっていうか、忘れん坊将軍だな・・・(これが今日のギャグだ。)。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 

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日の暮れて 秋雨が駅を 過ぎてゆく

2011年10月30日 | たまには旅など・・。

 朝起きて、ふとテレビの電源を入れたら、こんな人が画面に映った。勝海舟とクララさんだ。

  

 ハロウィンが近いせいか、パンプキンパイの話で、勝海舟もパンプキンパイが好きだったようで、勝家には「お菓子部屋」があったという話だが、みな子さんは、ここのホテルに泊まってるんだけど・・。

土肥(とい)の宿を九時に出て、山道をくねくねと走って、戸田(へだ)という町に入る。この先にある出会い岬から眺める富士山がきれいだというので、そこに案内してくれたのだが、

 

 あいにくと曇り空で富士山はかすんで見える。それでもみんなは「わぁ~すごい」を連発する。富士山が見えたら、それで幸せ!みたいな喜びようだ・・。

 ここに造船資料館がある。「戸田造船郷土資料館」というそうで、幕末にやってきたロシア船が津波で壊れ、この入江まで曳航したがついに沈んでしまったのだという。そこで、急遽、日本人の協力で代船を作ったらしい。それを記念する資料館らしい。

 右手に見えるものがプチャーチン提督の乗っていた「ディアナ号」の錨だというもの。

 

 これが代船の「ヘダ号」。この地の「戸田:へだ」を採ったものらしい。これでロシア人は本国に帰ったが、この時に初めて、洋式の船を作った大工たちが、やがて各地で軍艦などを建造する技術者になったという。

 

 そこから「伊豆の国市」という所に向かい、韮山(にらやま)地区にある「反射炉」を見学するが、そこの関連施設の「反射炉ビア」という地ビール工場やそのレストランでの食事。もちろん希望者は自己負担で好きなビールを飲むことができる。

 

 食事はアジのひらきなどを網で焼いて食べる。やはり、地ビールは地ビールかなぁという感じ。ビールに角があるみたいな・・・。

 

 で、これが反射炉の煙突。本体は下の方にあるが、やけに煙突が目立つ。幕末の下田沖に黒船がやってきて大騒ぎになった。その前から、この地の代官、江川太郎左衛門は大砲の必要性を感じ、オランダ語の本を読みあさって、こういう反射炉を考えて作り、銑鉄をつくり、それで大砲を作ったというのだ。

 

 これは臼砲(きゅうほう)というもので、これでも一キロくらいは飛ぶんだそうだ。もちろん、普通の大砲や小銃なんかも作ったらしい・・。これらのことから、「江川砲術」というものが行われ、咸臨丸乗組員水夫たちも、この「江川砲術」を学んでいたという。

  

 知ってる人、いるかなぁ・・。

 それを見学したら、連結しているおみやげもの屋でおみやげタイム。おばさまたちはおみやげが好きやね・・・。

  

 で、これが韮山(にらやま)代官屋敷の「江川邸」の薬医門から本宅を見たところ。大河ドラマの篤姫の嫁入りシーンはここで撮影されたとか・・。手前の赤いものは雨避けフードをかぶった見学者の頭。

 

 ま、代官役所というからには立派なもの。立派だが、質素なもの。で、ここにある古文書の中から、咸臨丸関係の何点かを見せて頂いた。「官軍に追われて敗走する咸臨丸が沖を通っている・・」という通報文書や、それらをまとめて幕府に連絡した文書の写しとか・・・。

 

 これが貴重な文書の一つ。鼓手として乗船した斉藤留蔵は若干16歳。その留蔵が咸臨丸船内で書き留めた物が「亜行新書」。現在、活字版のそれは多く出版されているが、原本はどこにもなかった。それがここで見つかったのだ。これを開いているのが佐々倉さん。手だけ見えるのが、留蔵の子孫の森田さん・・・。感激のご対面だった・・・。

 

 そんな有意義なお勉強をした一泊二日の静岡の旅だった。とてもじゃないけど、おつむの中には入りきらない・・・。

 

じゃぁまた、あとで・・。

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霞立つ 清水の富士に 旅の夢

2011年10月29日 | たまには旅など・・。

 金曜日の夜から屋島の娘の家に泊まり込んでいて、朝の5時前に高松駅まで送ってもらって、孫のはやてちゃんと、いよいよ・・静岡への旅に出発・・・。「咸臨丸子孫の会静岡旅行2011」の旅が始まる・・・。

 

 五時半過ぎにマリンライナーで高松から岡山へ出発。岡山からはのぞみで名古屋まで。名古屋からはこだまに乗り換えて静岡には9時45分に定刻通りに到着・・・。そこで皆さんに合流。

 

 静岡では宝寿院に参詣。ここに「海舟庵」という建物があり、海舟の母の隠居所として建てた物らしい。

 

 ここには勝海舟のピストルとか書簡、長火鉢などがある。その後、地元の白鳥家が譲り受け、菩提寺の宝寿院内に移築されたのだとか・・・。子孫のみな子さんも興味深く見学をされていた。

 

 その後、清水中央図書館に寄って、そこにある「徳川文庫」から咸臨丸関係の図書を何点か見せていただいた。これは海軍省編纂になる「海軍歴史」全9巻。咸臨丸の記事も当然ながら載っていた。徳川家が持っていた貴重な本や珍しい本が保管されている。

 

  で、昼食はここ。「浮月楼」という料亭で、昔の徳川の代官屋敷があった場所。一時徳川慶喜がここに住んでいたというお屋敷。だから、慶喜が愛用したカメラとか自転車とかが保管されている。この日はこの池の横で結婚式が幾組も行われていた。

 

 昼食後は、清水の次郎長関連建物見学。佐々倉桐太郎子孫の佐々倉さんの案内で船宿「末広」、次郎長の生家、咸臨丸乗組員の戦死者のお墓「壮士の墓」などを見学。

 

 これが次郎長生家前での歴史作家の植松三十里さんと北海道の輪島さん、それに孫のはやてちゃん。

 

 こちらが「壮士の墓」、メガネのおじさんが乗組士官「佐々倉桐太郎」の子孫の洋一さん。榎本武揚軍として脱走した咸臨丸は嵐で壊れ、ここに逃げ込んで官軍に銃撃されて捕縛された。その時に戦死した水夫などを引き上げたのが清水の次郎長。そして作られたのがこのお墓。この文字は官軍の将、山岡鉄舟が書いたもの。

 

 これはみな子さんと東京龍馬会のみながわさん。

 

 午後4時には駿河湾フェリーに乗ってサンセット・クルージング。清水から土肥に向かう。富士山が少しばかりかすんで見えた・・・。

 

 ここが今夜の宿。「たたみの宿・湯の花亭」というだけあって、玄関を入ったら畳・畳・畳。廊下から階段からトイレからエレベーターからお風呂からベッドまで畳み敷き。

 

 ここでの夕食も豪華なもの。お世話してくださった「富士宮人づくりの会」の方がたに感謝です。で、ま、宴会というか歓談というかで二時間はあっという間・・・。

 

 で、さらに二次会・・・。楽しい時間は夢のように過ぎてゆく・・・。

じゃぁ、また、あとで。

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駆け抜けて 秋はそこまで 来てるらし

2011年10月28日 | ふるさと散歩

 今日は全くのフリーの日で、夕方までに屋島の家に戻ればいい・・・。そう考えたものの、どこに行くべぇか・・・。とりあえずは・・・山の方に向かって走っていれば、ベーハ小屋も見つかるだろうし、紅葉も見えるはずだし・・・と。

 

 ということで、高松市南部から綾川町経由でまんのう町、昔の仲南町から財田町を経て、再び仲南町から琴南町・・・今は・・「まんのう町」に統一されているんだけれど、そういう山間部一帯を走っていた・・・。

 

 これは・・・「野口ダム」っていうダムだが、ここであけびを見つけた。ほどよい大きさと熟し具合だった・・・。

 ここから・・・下がって・・・「満濃池」という香川最大のため池で休憩して。

 

 まんのう町から再び綾川町にもどり、そこから・・塩江町に入って・・・。ま、香川の山手を縫うようにして走った訳だ・・・。

 

 で、ついでに、近くにある「不動の滝」に寄ってみた。イヤ、別に滝ファンでも滝オタクでもないが、そこに滝があったから寄ってみただけ・・。

 

 なんか、おとなしい滝やね。不動の滝というからには恐ろしい滝を想像していたのだけれど。

 そこから・・・高松市内に向けて旧道があるはずだと思ったんだけれど、途中で道路工事とか通信線工事とかで迂回路に回されて・・・、気がついたら・・「公淵森林公園」の中だった。ここもついでだから・・・菊花展をのぞいてみた。少しは菊が開いたかも知れないと・・・。

 

 大輪とかはそれなりだったけれど、小菊とかはまだまだだったかな。そうそう、100円で菊人形が見られるというのでのぞいてみた・・・。

 

 この大河ドラマ関連シーンと、花咲爺の最後の場面、五条の橋の牛若丸と弁慶の一幕の三シーンが展示されていた。ま、100円だからこんなものか・・・という気持ちと、これで、100円かという思いとが交錯した・・・。

 

 で、結局の薬局で、遠い所まで行ったのに、うどんは近くのおなじみさんになってしまう。まんのう町はさぬきうどんのメッカみたいな所だけれど、さすがに、朝の8時とか9時ではお店はやっていなかった。

 谷川米穀店とか三嶋製麺所とか山内うどんに長田うどん、小懸屋、太郎うどんにやましょう・・・。みぃんな有名店ばかりやけれど、開店前ではどうしようもない・・・。

 

 で、はるばると・・・戻ってきて、いつものお店のいつものおうどん。なれたおうどんが安心するのかねぇ・・・。

 

 これは・・・わかめぶっかけ小のぬくいん・・。380円だったような。ここの麺は上品な「手織りうどん」でまろやかでつやがあって、固くなくやわらかくなくおいしい麺。それに定評のあるぶっかけ出汁も上品・・・。

 

 で、明日の早朝に高松を出て、静岡にお出かけだから、土日はここはお休みになる。だから、また、来週、きっと、会えるといいね。

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ゆるゆると 紅葉が山を おりてくる

2011年10月27日 | ふるさと散歩

 昨夜のことだった。島の自治会長さんから電話があって、丸亀市長が「中井初次郎の顕彰碑」を見に来たいという。先日、石巻を訪ねた時、中井初次郎のお墓があるお寺が震災にあって壊れているのだという。それだから、お寺を復興するのにお手伝いすることになった・・・と言う。塩飽の水夫に関係有るお寺ならば当然な話かも知れない・・。

 

 ところが、この「中井初次郎」という人物がどういう人で、どこの人だかもわからない。それなのに、さぬき広島には、こんな立派な顕彰碑が建っている。石巻市では、「中井初次郎は塩飽の広島(現・丸亀市広島町)出身となっているらしい・・・。ところが、広島の人は誰もそんなことを知らないという・・・。

 ともかく、明日の28日には市長自らが、この顕彰碑を見に来て、石巻のお寺を復興するんだそうだ。その資料ほかを自治会長さんに届けるために・・・島に渡った。ついでに、ベーハ小屋の写真集ほかも持参して・・・。

 

 自治会長さんは丸亀での会議に出ていて不在だったもので、広島支所長さんに書類を渡して、私はすぐさまユーターン。私はこの件については関係したくないのだ・・・。

 

 で、丸亀港近くの一般店「太助」でのお昼にした。安易な決定だったが、とにかくおなかがすいていたもので、手早く食べたいと思っただけ・・・。

 

 で、これまた、安易に「肉うどん」を注文した。470円だったような気がする。ここのお店では、これが一番おいしいと誰かから聞いたような記憶があるだけのこと。ま、お出汁はおいしいとは思う・・・。ここで・・・12時を少し過ぎたところだった・・・。

 今日は、娘んちのお留守番兼孫の空手の練習の送迎役を頼まれていて、夕方の15時からがお役目・・・。それまでの3時間をどうやって過ごすかなぁと・・・。

 

 で、またも・・五色台にやってきた・・・。ここは瀬戸内海歴史民俗資料館。ここは無料で見学できるし、トイレもきれいで使い放題・・・。普段には誰も見学していないから・・・。

 

 こういう・・・船とか漁具とかの海に関する資料が展示してあるが、珍しいものもないので、さっと眺めて通り過ぎる・・・。

 

 その後、昨日はまだ紅葉には早いと思って寄らなかった・・・四国霊場81番札所の白峯寺にも足を伸ばしてみた。

 

 山門前では外国人夫婦がお昼のパンを食べていた・・・。のどかな秋の日のお昼・・・という時間。

 

 このお寺には、このつわぶきの花がいっぱい・・・。土地とか山の冷たさが似合ったのかもしれない・・・。

 

 これが、白峯寺近くにある「崇徳天皇陵」戦前までは、衛兵が銃剣を構えて警備していたと聞いたが、今、その面影はない・・・。

 

 冷気の当たる枝先はわずかに赤みがさしてきた。まもなく11月になるが、そうなれば、境内は真っ赤に染められてくるのだろうね。

 

 五色台からは高松市街と、その先に屋島が見えている・・・。今夜は屋島でお泊まりになる。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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秋めいて 風こまやかに 滝となる

2011年10月26日 | ふるさと散歩

 今朝はひどく冷え込んで・・・気温が7度。もう少し冷たかったかも知れない。指先が冷たくてカメラのシャッターが押せないくらい・・・。昼間でも16度とまり。関西では木枯らし1号が吹いたとか。四国でも似たようなものやなかったんかなぁ・・・。

 

 朝の霜がきらきらと輝いていたし・・・。

 

 こういうものが目に付き出すと秋になったかなぁと思ったりする。そういうことで、今日は秋探しのドライブに出たが・・・。

 

 目指した・・・五色台という高松から坂出市にまたがる台地上でも紅葉はまだまだ先のことらしい・・・。これは「根香(ねごろ)寺」という四国霊場82番札所の境内。このもみじが真っ赤になるのだけれど、当分は無理みたい・・・。

 

 ここには・・こんな怪獣がいる。「根香寺の牛鬼」というんだそうだ。で、そのあたりを走ってみたが・・・なかなかに紅葉は見つからない・・・。

 

 少しばかり色づいていたのがこれ・・・。

 で、高松市内に戻ってきて、高松市木太町にある「ふるかわうどん」に寄ってみた。若い頃には毎日通ったことのあるお店。その頃は仲間と「かけ大!」と注文したものだが、最近は一玉で充分。

 

 外観は土蔵のような建物で、中は一般店風。ま、カウンターで注文して、できあがった麺を受け取って食べて、容器は返却するという・・プチセルフ・・・。

 

 ここはレトルトじゃなくて本物のカレールーを使っているが、さっぱりとしたお味。それだし、麺も上品でうどん粉くさくない。硬くもないし、変にべちゃつかないし、エッジもしっかりとしているし。

 

 ここのおうどんはいつになっても味が変わらないね。

 で、午後からは・・・高松の奥座敷と言われてきた・・・「塩江(しおのえ)町」を訪ねて秋を探したが・・奥深い山奥だけれど・・・これからが紅葉の準備かな・・・。

 

 で、途中から・・・木田郡三木町に入って、南から北に向かって山道を走ってみた。このあたりだと、ベーハ小屋があるかも知れないぞ・・・と。

 

 これからは、こうしたベーハ小屋が多くなるのかなぁ・・・。

 

 その山道で見つけた「虹の滝:こうのたき」だ。先日の雨で水量があったものか、音を立てて流れていた。

 

 香川には幾つの滝があるのかと調べてみたら・・・15ほどがリストアップされていたが、それ以外にもあるように思うが、「滝」と呼べる規模とか定義とかがどんなものかは気になるね。ま、この滝は有名な滝の一つなんだけれど。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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むかご摘む 露のはじける 勇ましさ

2011年10月25日 | 時には日々是日

 ご案内の通り・・、私どもの仲人さんをされた叔父さんが亡くなりまして、今日はその・・・お葬式に出ておりました。

 「あんたが行ってよ・・・」、「私が行くわよ~・・」などと、あれこれと大騒ぎをしたのでありますが、今朝になって、「最後だから一緒に行こうよ・・・」みたいなことで。

 

 岡山市内だからということで、あれこれと考えたのだけれど、結局・・・JRの在来線経由で岡山までのローカル線紀行・・・。高松からはマリンライナーに乗って・・・。

 

 岡山駅には午前10時前について、そこらで朝食兼昼食を食べて・・・葬祭会館へ向かって。

 

 葬儀・・告別式・・・火葬場までお見送り。会館で待って、初七日の法要・・などと、一連のお作法を終えて・・・戻ってきたら19時過ぎ・・・。12時間ほどの旅になったかね。少しばかりお疲れかも・・・。

 なにしろね、私が22歳の時にだろうか、親父が突然に病気で亡くなって・・。私が田んぼを作らなくてはいけないと、神戸からふるさとへ戻ることになって・・。それはもう、大変なことだった。

 

 それで・・・お嫁さんを迎えることになって。家を守るみたいなことだったのかね。周りがそんなことを言うものだから・・・、今のけいこばぁをお嫁さんにすることになって。でも、何の準備も蓄えもなくて、全てを準備してくれたのが・・・、この叔父さん夫婦。

 

 その叔母さんが亡くなったのが昨年の今頃・・・。三回忌が終わって間もなく、叔父さんも逝ってしまった・・・。

 見渡せば・・・、もう、叔父さんという人も一人になったし、叔母さんという人も三人ほどになってしまった・・・。流れだね・・・と、ついつい、思ってしまうことだった。

 

 それと・・、葬儀の流れやメニュー、お食事の内容などと、ついつい・・考えさせられることが多くあった・・・。我が家の母も高齢だし、私たちも間近に感じることだから、どういうお作法を準備するべきだろうかね・・・などと。

 

 最近は・・・自分で遺書を書いたり、財産分与の書類を書いたりする風潮がもてはやされているが、そこまではせずとも、自分の片付けくらいは準備しておかねばならないのかなぁと思ったりして・・・。

 

 ま、いろいろあるのだけれど、気分が落ち着いてから・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。

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実れども 頭を垂れぬ 菊の花

2011年10月24日 | 日常・・ありのまま。

 今日は蒸し暑い朝になったように思う・・・。梅雨の後みたいにアマガエルが啼いているのはどうしたものかと耳を疑う・・・。

 

 朝の散歩をしたら・・上半身は汗まみれになって着替えをしたが、シャワーをあびるほどのものでもなかったが、25度を超えていたのは確か・・・。

 

 今日は・・・二十四節気の一つ、「霜降」で、秋気が去って、各地で朝霜が見られるような時期になるというのだが、さぬき東は・・まだまだ・・暖かい。

 

 で、来月中旬の文化祭に出展するベーハ小屋(葉タバコ乾燥小屋)に添える、昭和レトロの軽トラック二台がどうにか形になった。まだ、移動しなければならんので、ワイパーやサイドミラーなどの小物は接着していない。オレンジのものが初期のダイハツミゼット。グリーンのものがホンダT360。ま、ベーハ小屋の添え物だが、小学生の作ったものみたい・・・。

 で、今日は・・どこのおうどんを食べようか・・と迷っていた時に、「三本松のメガネのカワイ」さんが、讃岐うどん寒川 、を紹介していたので、これはしまった・・・と、別のお店にした。

 

 で、その近くにある、プチセルフのお店、讃岐うどん処麺喰に寄ってみた。ここは・・・注文するまではセルフで、麺はお店が全て作り、客は会計後、その麺ほかを席まで運んで食べて・・・容器を返却口に返すという・・・準セルフ方式。

 

 ここで注文して、ここで麺を受け取り、ここで会計して・・・あとは席に着く・・・。返却口は・・・テレビの下にある・・・。

 

 で、少し・・・変わったものを食べてやろ・・・ということで、「肉とじうどん」というものを注文した。たしか・・480円であったような・・・。私はダイエット中なので、ご飯ものもおでんも取らないし、天ぷらものもチョイスしない。おうどんオンリー・・・。それも朝昼兼用の1玉のみ・・・。

 「肉とじ・・・・」って、どんなおうどんだろうと思って待っていると、こんなものができてきた。つまり・・おうどんの上に牛肉を載せて卵とじにしたもの・・・。それを・・「肉とじ・・・」と言うんか・・。

 

 ま、お味は・・たまごとじの乗ったおうどんに牛肉が混じったもの・・・みたいな感触。ま、それはそれなりのお味だかな・・・と思った。

 さて・・・、この週末には・・久々に旅に出る。旅というほどのものではないのだが、その準備をそろそろと。と、言うても、本来の旅の準備ではない。Facebookで、旅を一緒にする人とかに連絡したり、旅をご一緒する方にメールを入れたりと・・。

 

 今回は・・・静岡への旅だけれど、四国からすればハードなスケジュールになる。なにせ、小学生の孫のはやてちゃんがメインだから、土曜日の早朝に高松を出て、日曜の夜遅くに高松に戻るのだから・・・。うまく新幹線を乗り継いでいけるのだろうかねと、その・・・時刻表の確認とかなんたらかんたら・・・。

 

 それだし、はやてちゃんの名刺とか私の名刺も作り直したりして・・・。

 

 早くもこころは・・・静岡なんだけれど・・・。

 ところがどっこい。私たちの仲人さんを勉めてくれた叔父さんが亡くなって、明日が告別式だという。ま、そんなこんなで大騒ぎ・・・。

 

 じゃぁ、また、明日、なんとか、会えるといいね。

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十一面 全てで秋空を 見ているか

2011年10月23日 | ふるさと散歩

 今日も雨の朝になった・・・。ポチの散歩は傘をさしての散歩になったが、そんな大雨とかにはならずに、しずかに降るような雨になった・・・。

 

 で、午前中は・・・昭和レトロのミニプラモを作っていたが、どうにも細かな作業ができなくなって、休憩モードに入った。若い頃には精密なガンダムプラモを作るのが得意だったし、改造プラモを作るのも大好きだったが、最近は・・・だめだ。

 で、ホームセンター巡りをしながらうどん屋探し。ま、朝の10時から開店しているお店というのは・・あまり、多くない。10時半になれば・・・ぼつぼつと開店する店があり、多くは11時からの開店になる・・・。

 

 で、今日のうどんは、さぬき市志度の「セルフの店・亀城庵・志度店」にした。なにせ、朝昼兼用だから・・・10時半がちょうどいい。で、「カレーうどん小」を注文した。ここもレトルトだから、アルミパックの温めたものを、やぶいて麺の上に載せるだけ。あとのネギとかはフリートッピング。

 

 ま、一応・・・ダイエット中だからね。お財布もダイエット中だし・・・。これで、380円だった。

  

 その後、おなかごなしとふるさと散歩・・・ということで、うどん屋さんから少しのところにある、四国霊場86番札所の志度寺に寄ってみた・・・。今日は日曜日と言うこともあってか、マイカー遍路のご夫婦みたいなのが多かった。倉敷とか愛媛からだとか・・・。

 

 これが志度寺の本堂だ。本尊・十一面観世菩薩立像と、両脇侍の不動明王立像、毘沙門天立像は平安時代の檜一木造り。讃岐藩主、松平頼重により寄進された本堂とともに全て重要文化財に指定されている。いつだったか、ここのご本尊さんのご開帳に来たことがあるね。ここは・・十一面観音がご本尊で、いかにも素人さんが彫った・・・みたいな観音さんだった。

 で、今日の成果はこれ・・。

 

 金・銀・赤の納め札、一枚ずつ。赤は、8回から24回。銀は25回から49回。金は50回から99回、お四国を回った人が使うもの。その上の錦は100回以上、四国霊場を回った人が納めるものらしい・・・。その下は・・・緑が5回から7回、白が初回から4回だという。

 だから、金や銀の納め札は・・・お大師さまみたいなものだと、みなさん、大切にされるんだそうだ・・。

 

 これは・・・「海士(あま)の墓」と言われているもの。能楽でも詠まれる藤原家にまつわる悲話の舞台、藤原房前が母のために建立したと言われる「海士の墓」が約20基並んでいる。海士の命日である7月16日には、「志度寺の十六度市」が開催されており、この日は年に一度、本尊十一面観音の御開帳を行っている。

 その後、門前町の商店街を歩いて・・・ここに寄ってみた。

 

 一見、旅館風な建物だが、これが平賀源内記念館。あの、エレキテルを作った、讃岐のエジソン、平賀源内の資料などを展示してある。

 

 ま、小・中学生くらいにはちょうどいいかもしれない。本来は・・・この町の西の方に、源内先生の生家があって、そこが資料館になっていたのだが、さぬき市がここを整備して、こういうものを作ったものらしい・・。

 

 で、このチケットで、ここと、その生家跡の薬草園などを見学できるらしい・・。いや、できるのだ。

 

 これが、源内先生の旧宅。中には薬草園があったり、先生の銅像があったりする。お墓は、志度寺門前の自性院というお寺の中に残っている。

 

 これがその銅像、足下にあるものがエレキテルらしい・・・。

 午後からも、プラモデル作りやら散歩やらで終わってしまった。秋の日はつるべ落としだ。

 

じゃぁ、また、明日、元気に会えるといいね。

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山栗は 落ちてなんぼの 遠い旅

2011年10月22日 | ふるさと散歩

 昨夜から雨になって、朝方は雨も止んでいたので、ポチの散歩と、私の朝散は何時も通り・・・。

 八時半過ぎだかにけいこばぁから携帯電話・・。「今から行くよ~」というので、散歩の途中から・・・お出かけモードになった。なんでも「秋の植物を探しに行く」のらしい・・。ほら、つるうめもどきとかの赤い実が着くような蔓草みたいなもの・・・。お花に活けたりリースにしたりする・・・。

 

 今日は・・けいこばぁがお休みなので、さっちゃんを連れて3人で山道散策ドライブ・・・。山栗を拾ったり、山柿の枝を切り取ったり・・・。

 

 ここは昔の「五名:ごみょう:郵便局」跡。道路を隔てた向かい側に新しい郵便局が建っている。ここで、土曜日だけ「ふるさとの家」というものが開かれて、地場産品やら手芸工作の作品なんぞを販売している。母のさっちゃんが、昔の郵便局長と同級生だったもので表敬訪問。

 

 秋らしいものを探して行くが、さっちゃんのふるさとがここだもので、あそこに寄ってみたい、あの人にも会いたいというので・・あちらこちらと・・。

 

 これはその途中にある「みぞおちの滝」という滝。気をつけなければ見えないような滝だ。

 

 こんな標識を見逃したら樹木の間に隠れていて見逃してしまう・・・。夏場にはほとんど水もなくて音も聞こえないくらい・・・。

 

 その後も、あれは何だ、こっちに行ったら誰々さんちがあるだろうと・・ふるさと散歩。でも、母の若い頃とは道も建物も変わっていて、何が何やらわからなくなっているらしい・・・。そりゃぁ、半世紀、50年も過ぎたら、日本も大きく変わったわな・・・。

 

 で、またも、今日のお昼はここになった・・・。四国霊場88番札所大窪寺の門前にある「八十八(やそば)庵」というおうどん屋さん。

 

 で、先日は「打ち込みうどん」を食べたから、今日は・・「遠国(おんごく)そば」を注文してみた。野菜ととうふのの入ったおそばだけれど、どうにもおそばらしくないおそばだった。けいこばぁは、「これがおそばなのよ~」というが、どうにもねぇ・・・。

 

 今日は・・・土曜日ということもあってか、お遍路さんのお参りが多くて・・・。それでも、お昼少し前だったこともあって、そんなに待つこともなく食べられた・・・。ちなみに、遠国そばは750円。でも、食べながら聞いていると・・・1500円の「松茸うどん」が飛ぶように売れている。「まつたけ3人」「まつたけ5・・」とかと・・。豪勢やねぇ・・・。毎日・・180円とか200円のセルフうどんを食べてる私にすれば・・・目が点になるような食べ方ではあるねぇ。

 

 それはそうと、管さんはどうしとるんじゃろうかね。もう、お遍路は終わったんじゃろうか。最近は話題にものぼらないんだけれどもね。

 

 夕方には・・・まるで梅雨みたいにカエルが鳴き出して雨になった。おまけに雷もにぎやかに騒ぎ出して・・・。

 

 夕立のような雨がひとしきり降ったら、あとは虫の声が静かに鳴き出すのだろうね。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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コスモスの 咲いて電卓を 叩き終え

2011年10月21日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 虫の声も少なくなってきた今日この頃ですわ~。朝方は少しばかり冷えて・・・早めに目覚めるのだけれど、日中になると依然として汗ばんでくる・・。だから、朝は厚手のシャツにカーデガン。それにブルゾンを羽織ってのお散歩・・・。犬の散歩はそれでいいが、私の散歩はブルゾンを脱がないと汗まみれになってしまう・・・。それにデジイチもコンデジも重いしね・・

 

 で、昼間は薄手のシャツに着替えて・・。夕方からは厚手のシャツにカーデガン・・というように、着替えがそのあたりに盛り上がってしまう・・。さらには半纏なんぞも羽織ったりと・・。

 さてだ。昨日、集落内に広報誌ほかを配って歩いて、そのついでに自治会費を集金してきた。それを早めに・・農協さんに預けてしまわねば。なにせ公金だからね。

 

 で、その後は集会場の浄化槽の管理料の請求がきていたもので、その支払い・・・。点検したかどうかもわからんのに、請求書だけを郵便受けに投げ入れっていうのもどうかと思うが、例年、どうしていたんだろうかね。

 

 銀行さんで慣れないATM操作を、銀行のお姉さんに手伝ってもらって支払い完了・・。今月はこれでおしまいかな・・。あとは・・PCでの記帳管理をやっておしまいだ。

 で、今日も・・・ベーハ小屋を探しながらの市内散策。案外と・・・残っているものだ、「葉たばこ乾燥小屋」。今まではどうでもいいので見ていなかったのだけれど、気をつけて見ていれば、あちらにもこちらにも・・。今日も十数軒を見つけた・・・。

 

 で、今日のお昼はここになった・・。

 

 さぬき市志度の「こがね製麺所志度店」。四国霊場86番札所・志度寺や平賀源内出生の地。ご存じ、こがね製麺所はうどんの本場・善通寺市に本店がある有名店。ま、お店によって、お味はそれぞれなのかも知れないけれど。

 

 で、ここのお勧めナンバーⅡの「肉ぶっかけ」を注文した。もちろん、小のぬくいんにした。ぬくいんというのはあたためたもの。夏場は冷やがおいしいけれど・・。これで、380円だった。

 となりのうどん玉は無料サービスの3玉分。これは、一定時間を過ぎたうどんは廃棄処分にされるか、こうして無料でお持ち帰りができる。おそらく明日の我が家のお昼はおうどんになることだろうね。

 

 さぬきの人のマナーとして、おうどんはかまずに飲み込んでしまうので、食べるのが早い。つまりは、のどごしを楽しむのだけれど、さすがに、こうした、お肉の入ったものをかまずに飲み込むと胃袋ばかりがふくれて異様な気分になってしまう・・・。

 

 午後からは、自治会の会計処理やら帳簿記入やらをやりながら、来月の島の文化祭の資料の最終調整・・・。はてさて、どんなものができるやらやね・・・。

 ちなみに・・このさぬき市でも、旧町単位での文化祭が行われるらしいが、それはもう・・プロなみの絵画やら書道やら彫刻やららしい・・・。私の作品など門前払いみたいなもんかね・・・。一度、見学してみたいものだ・・。

 

 うむ、今日の掲示板は・・・簡単なようで難しい・・。この、簡単なようで、いとも明確な言葉なんだが、私の心に中には・・すとんと落ちて来ない。私が・・・どんくさいだけなんだろうかね。私はひねくれているんだろうかね・・。

 ここの住職さんに解説をしてほしいと思うが、この言葉の意味が・・・なんとなくわかるようで、わからない・・。

 

  赤い果実は、どんなことがあっても、赤い果実に戻れる・・・ということか・・。夫婦とは、どんなケンカをしても家族であるみたいな意味か。うむ、私のおつむがおばかさんになりつつあるのかも知れないね。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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柿の実に 空の重さを 教えられ

2011年10月20日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 朝方は冷え込むようになって、毛布を探してかぶって寝るようになった・・・。でも、昼間は冷房がいるような暖かさなんだけれど・・・。

 さて・・。今日は木曜日ということで、県立病院での処方箋をもらいに行く日だった・・・。今、飲んでいる「プラザキサ」という薬は血液をサラサラにする薬らしいが、新薬なもので、二週間ごとでないと処方されない・・。それが面倒で邪魔くさくって・・・。

 

 これを朝夕に二個ずつ飲む。だから、これで一週間分。これがもう一セットで2週間分。だから、あっという間に二週間が過ぎてしまうように思う・・。年寄りの一日は実に早いのだ・・・。だから、一週間も二週間も早い・・・。

 

 その後は・・・国道377号線という田舎道を走って、東かがわ市の山間部を進んでの秋探し。でも、まだまだ、秋は遠い感じ・・・。

 

 四国霊場88番札所の大窪寺に寄ってみたが、大銀杏もまだ・・緑のまま・・・。もみじもかすかに赤みがかってきたところか・・。だから・・・境内には・・誰も居ない・・・。

 

 

 境内には数人のおまわりさんが、防犯PRのためにチラシ配布のために立っていたが、ほとんど手持ちぶさた。「振り込めサギ防止・・・」のパンフレットやらポケットティッシュやらを呉れた。今時は秋遍路にはいい気候だと思うのだが、お遍路さんの姿は見えなかったね。

 

 このもみじが、燃えるような赤にならないとねぇ・・・。で、仕方がないから・・・。門前のおなじみのお店、「八十八庵」に寄ってみた。ここは・・・元からのおうどん屋さん。そこにお土産物やら、巡拝用品やらを置くようにもなった。

 

 で、朝昼兼用のおうどんになった・・・。ここの名物の「打ち込みうどん」は煮込みうどんみたいなもの。ダイコンやにんじん、ごぼう里芋などの野菜と牛肉を煮込んだもの。ここは一般店だからおねぎもちゃんと乗って出てくる。これをおわんに移してお箸で食べる・・・。

 

 これで800円だからお安くはないが、ここの名物だからね。少し前にはおいしくておいしくてたまらなかったけれど、最近は飽きてきただろうかね、そんなに感動もしなくなってきた。

 

 境内の紅葉もまだまだ・・・。息が白くならないとダメかなぁ・・。そうなると、一斉にデジイチのカメラ軍団が押し寄せて来るのだけれど・・・。いまは・・嵐の前の静寂かね。

  

 今日の掲示板から・・・。こうしたゴールには向かいたいけれど、どうしたら、その道が見つけられるのかが問題ではあるなぁ・・・と、思う。みんな、そうした道を選んで歩いてはいるのだけれど、いざ・・・最後となったときに、「あ、私の歩いてみた道で良かったなぁ・・」と言えるのかどうか・・・。

 懸命にがむしゃらに、この道だけと突き進んできたが、いざ、後ろを振り返った時に、「あ、私の人生って、こんなものだったのか・・・」って、思わないだろうかね。その選択が難しい問題だと思うのだけれど・・。

 

 午後からは、さぬき市の広報を分別して、それを各家庭に配って行って、自治会費を集金して・・・今日のお仕事はおしまい・・。明日はそれをJAさんに持って行って預金する。そこから、自治会費用を支出してゆく・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。

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立ち寄れば まだまだつぼみの 菊の花

2011年10月19日 | 日常・・ありのまま。

 はい、戻ってきました・・・。お話することはいくらもあるんだけれど、まずは・・これから・・。

 

 確か・・・10月1日から・・・丸亀港からさぬき広島ー小手島ー手島航路に、このしわく丸が就航するという予定だった・・・。ところが・・・、16日の日曜日には、今まで通りのフェリー「びさん2」が運航していた。

 で、10月1日には、就航記念式典が予定されていたし、丸亀市の広報紙も、島起こしのイベントなんぞでも「しわく丸就航!」と印刷されていたし、しわく丸就航記念切符もできて準備万端だった。

 

 ああ、それなのに、それなのに・・・。9月30日の引き渡し検査で致命的な欠陥が見つかって・・・受け取り拒否。しわく丸は・・・どうなってしまうんだろうか・・・。今のところ・・・見通しは全く立っていないという・・・。

 この週末の23日には・・・「しわく丸就航記念・いろは石ウォーク」なる行事が予定されているが、しわく丸はとうてい・・・間に合わない。イベントはそれでも行われるんだろうが、なんとなく・・・しらけるね。

 

 今朝も6時前に起きて、空き缶やらゴミの片付けをやって、周囲の点検とか忘れ物がないか・・などの確認をやって、8時半のフェリーで広島を後にした・・・。今までと同じ「びさん2」だった・・・。

 

 でも、丸亀港に着いたのは9時過ぎ・・。だから・・なんとなく中途半端・・。お昼のおうどんには早すぎるし、我が家に戻るにはもっと早すぎる・・・。

 で、多度津町、善通寺市、琴平町などを経由して、秋らしい光景とか、おいしいおうどん屋さんを探したけれど、そんな中途半端な時間には何もない・・・。

 

 琴平町というのは「こんぴらさん」で有名な町だが、今の時期には何もない。そこを過ぎると「まんのう町」に入る。昔は「満濃町」だったが、周囲の町と合併して、今は「まんのう町」になって、この「かりん」が町の果物というかシンボルマーク。かの空海さんが中国から持ち帰ったのだとか。

 そこから・・・再び丸亀市に戻り、綾歌町に入った。そこで・・・朝昼兼用のおうどん・・。

 

 「ピッピ」というのは讃岐の幼児語、赤ちゃん言葉での「おうどん」のこと。

 

 一見して、蔵のような建物だけれど蔵ではないし、一般店のようだけれど、セルフのお店。

 

 で、かけうどん小(160)+ちくわの天ぷら(100)を乗せても・・260円。このちくわ天は余分だったけれど、おうどん160円だけではなぁと思っての衝動乗せ・・・。しまった、しまった、島倉千代子。

 その後・・あちらこちらのベーハ小屋を探して走りながら・・・我が家を目指していたら・・。

 

 そうそう・・毎年恒例の「菊花展」ののぼりを見つけた・・・。で、ついでに立ち寄ってみた。

 あ、余談だけれど、最近、ここのブログ、アクセス数が増えていると思ったら、

 「立ち寄れば 袖になびきて白萩の 花の香ゆらぐ 月の下かげ」

 ということばで検索しているらしい・・。今年のお正月に引いた「おみくじ」に書いてあった短歌というか和歌か・・・。その意味を調べているらしいが、今のところ、おみくじ屋さんの作品らしいということに・・。

 

 このおみくじは参照用。で、本題だが・・。

 

 菊花展というても、ほとんどつぼみ状態・・。たまに・・開花したものもあるが、多くは形ばかり。

 

 全く・・・全然・・・つぼみすら見えない作品も多い・・・。前途多難な菊花展だな・・・。

 

じゃぁ、また、明日、元気に会えるといいね。

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人の世を 俺が知るかと アケビの実

2011年10月18日 | 自然ありのままに

 ようやくに秋らしい毎日になったように思う。さて、昨日の懸案事項から・・・。

  

 このように、マイボートのドライブ・スクリューが海中から上がってこない。このままで、大潮の干潮になったとき、スクリューが海底につくと、スクリューが傷むか、船体がくの字に折れ曲がって船底が破れてしまうおそれがある・・。または、このドライブ取り付け部分が破壊されるのだそうだ。そうなると・・廃船しかなくなってしまう・・。それは大変だ~・・。

 かと言って、一人ではどうしようもない。もう海水は冷たいから、海に入って、下からドライブを持ち上げもできず、ロープをかけて持ち上げてもびくともしない・・。

 

 そこへ降って湧いたように・・・救世主登場。メンテナンス担当の「なおし君」が稲刈りで戻ってきて・・・「ドライブ、揚げ忘れてるでぇ~」と言うてきた・・。「それやがな・・。あれから、上がらんのやがな・・・」ということで、一発救援。あそこに、ある液体を注入したら・・・、マギー司郎みたいに・・・。「ほら~・・・・」

 

 まるで魔法みたいにドライブが浮き上がってきた・・・。これで安泰だ・・。今度もドライブが動かなければ、あそこに魔法の液体をさせばOKだとわかった・・・。でも、また・・忘れてしまうのかも・・・。これで、当分は・・廃船を免れたわけだ・・・。めでたし、めでたし・・。

 

 さて、朝食の後、朝の散歩に出かけたら・・・こんなものが目についた。「あけみという名で18で・・・」ちゃうちゃう・・・、アケビやがな・・・。これはおじょもさんにプレゼントやな・・・と近くに寄ってみたらば・・・。

 

 なんや・・・すっからかんや・・・。実が落ちた後やなぁ・・・。時期的には遅すぎたってことか・・。残念やなぁ~・・・。

 

 で、今日もカレーうどんやな。冷凍うどんをゆがいて水切りした麺の上に、100円カレーというパック入りのものをお湯であたためてのせるもの。これが手軽でおいしくて重宝というもの。量も適当で、余ったり足りなかったりもしない・・・。

 

 午後からは・・・お隣さんちとの境界線沿いの植木の剪定・・・。もらったり、種が飛んできて自生したりの樹木が生えているが、それがお隣さんの畑作業の邪魔になる様子・・・。だから、ばっさりと・・境界付近の植木を切り落としてみた・・。ま、我が家部分は日よけのために残してあるのだけれど、それも、様子を見て・・・かな。

 

 ま、ここは・・瀬戸内海国立公園の中だというても、島だからね。植木の捨て場というか、雑草の捨て場という厳密なこともないので、裏手の草地に盛り上げておけばやがてには自然に戻ってしまう・・・。そういう点では気楽なものだ。どこかに運ぶでなし、誰かにお願いするでなし・・・。そのあたりに盛り上げておけば・・・来年の春には雑草の肥やしになることだろうよ・・。

 

 だから、こういう草たちの楽園みたいなものだ。ほかにもススキ、セイタカアワダチソウ、コスモス・・・。セイヨウタンポポも見かけたなぁ~・・・。

 

 で、一応の公式行事も予定も終わったし、やりたいことも終わったもので、明日のお昼過ぎにはここを出て、山の家に戻るけんね。毎月20日はさぬき市の広報配布の日だし、自治会費の集金の日だから、どうしても、明日の19日には戻らないと・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。

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安穏を 裂いて植木の 更衣する

2011年10月17日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 昨日とは打って変わって静かな朝になった・・・。お部屋の掃除からゴミの片付けまでしっかりとやって、朝食もしっかりと食べて・・・朝の8時前に・・・マイボート「あかつきⅡ」に乗った・・・。

 ところがだ・・・ドライブが動かない・・。

 

 これが・・・海面に降りないと・・・船は進まない・・・。これがうんともすんとも動かない・・・。どうしても・・動かない・・。で、メンテナンス担当の「なおし君」に電話したら、上に乗って足で刺激したら?」というので、やってみたら・・・ようやくに・・・これが、海に降りて・・・塩飽本島に向かうことができた・・・。横には・・・横瀬自治会長さんも応援のために乗ってくれた・・・。

 

 予定の9時過ぎに・・・塩飽本島の泊港に入港・・・。やれやれだわ・・・・。

 

 で、越後北前船研究会の事務局ご夫妻と、塩飽史談会の中西さんの三人を乗せて・・・讃岐広島に向かった・・・。

 江の浦港からは、マイカーで、立石という集落にある・・「尾上邸:おのえてい」を見学に行く。

 

 これが・・江戸時代後期に栄えた廻船問屋だった「尾上吉五郎邸宅」・・・。総ケヤキ造りの豪邸で、城郭を思わせる石積みは当地の青木石・・・。

 

 その後、この三人を再び・・・塩飽本島まで送っていって・・・。みなさんにお別れして戻ってきたのいいが・・・今度は・・・あのドライブが上がらなくなった。これが下がったままだと・・大潮の時には海底にプロペラが接触して壊れてしまう・・・。はてさて・・、どうしたもんだろうかね。

 

 で、今日のお昼は・・・一人での・・カレーうどんになった・・。ま、仕方がないね。

 

 午後からは・・・今月末の咸臨丸子孫の会・静岡旅行の会費を郵便局で振り込んだり、集落内の散歩兼秋探しのカメラ行脚・・・。二時間ほど・・・・江の浦という集落を歩いて戻ってきたら・・・、道路の真ん中に・・・見慣れたものが。拾い上げたら・・・私の携帯電話・・・。2時間も道路の真ん中に落ちていて、誰も拾わず、誰も車で轢きつぶさずにご無事で・・・。ま、人がいないって証拠やね。

 

  でも、二時間も歩いていても、誰にも会わないって言うのは、一面・・、こわいものがあって、私一人が、どこか異次元の世界に投げ込まれたかのような錯覚に陥る・・・。「なんで、私はこんなところにいるの・・・・」みたいな・

 

 14時過ぎからは・・・庭先の植木の選定作業をやった・・・。これもこの頃の恒例になっているらしく、昨年の写真にも、一昨年の今日のアルバムにも・・・この植木の剪定場面が残されている・・・。

 

 で、島の家は・・・さっぱりとした光景になった・・・。

 

 あ、足下がさっぱりとしとらんね。明日になれば水分が少なくなって片付けやすくなるので、それから・・・片付けるけんね・・・。一応、19日の午後から戻る積もりだからね。20日がさぬき市の公報配布日だし、自治会費の集金日だしね・・・。

 

じゃぁ、また、明日、きっと、会えるといいね。

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