まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

花曇り 歴史の重みを 知らされる

2016年03月31日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で薄雲が広がっていた。夜遅くには雨が降る見込みらしい。気温は10度から18度、湿度は94%から78%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の4月1日は四国の南海上を東に進む低気圧の影響で夕方まで雨が降る見込みらしい。

 

 すっかりと春めいてきた朝になった。ウインドブレーカーも帽子も手袋もいらなくなった。

 

 で、木曜日になったので、さぬき市富田中にある「さぬき市歴史民俗資料館」にやってきた。ここの休館日が水曜日だったからだ。

 

 ここで企画展の「古文書からたどる近代教育のあけぼの・明義堂・鴨居家展」が開かれている。鴨居ミチさん・・・というのは、高校の時の書道の先生だったが、あとの方はわからない。同じ町内に住んでいながら、明義堂が何であったのかも覚えてはいない。

 

 寒川郡冨田西村に生まれた鴨居忠次郎は、明治2年に高松藩の許可を得て西村2520番地に郷校の創立計画をする。明治3年に許可され明治4年に竣工して、近郷近在から100名にも及ぶ生徒が集まり「明義堂」と称した。鴨居家の土地に、鴨居氏の資金や資材で建設して高松藩に寄付する形だったという。

 

 その時の門がこれであるという。これは写真である。

 

 これが、郷校設立の嘆願書である。教授陣は高松藩の講道館から派遣されてきた。この忠次郎も漢学準少助教を務めていた。

 

 ところが、明治5年になると学制が公布され、明義堂は「大道小学校」となり、忠次郎は雑事係をしながら教育の任にあたったという。明治28年までの24年間、この校舎は使用されたが、校舎の傷みが激しく、遂に取り壊されてしまったという。

 

 これが、その跡地近くに建てられている記念碑で、ここが富田小学校の起源であると記されている。その富田小学校も昨年に閉校となってしまった。

 

 これが、その展示室の様子であり、白髪あたまの方が、私どもの会長であり、ここの文化財保護協会のお仕事もされているらしい。

 

 この方が、忠次郎さんの二男の武さん。東大合格香川県人第一号、博士号香川県人第一号、東大名誉教授となった方。私は全く、知らない人だった。この先生の著書や研究器具なども展示されていた。

 

 この額は、工学博士鴨居武先生が大正14年に描かれたもので、富田小学校の講堂に掲げられていたものらしい。

 

 この方は、武さんの次女の「鴨居ミチ」さんという方で、日展で19回連続入選するなどした書道家である。私の高校でも書道の先生をしていたが、教えていただいたことはない。ただの普通のおばさまだったような記憶がある。

 

 その先生の書の入った屏風である。これまた、立派なものだった。

 

 これは、鴨居道先生筆の「かな手本・四国霊場八十八ケ所御詠歌」である。地元に、こんな人が居たのか・・・と、驚くと共に、こんな資料や、こんな書簡や、こんな貴重な本が眠っていたのか・・・と驚かされることばかりであった。

 

 今日の掲示板はこれ。「今日も一日無事に過ごせた これに勝る幸せはない」というもの。「日々是好日」という言葉あるが、晴れた日も、風の日も雨の日もある。主体的に懸命に今日一日を生きるなら、それはかけがえのない一日となり、毎日が佳き日となる。「今日も一日無事に過ごせた。これに勝る幸せはない。」そう、感謝して、今日を終えたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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春の日は いつもの時計が 遅すぎる

2016年03月30日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で雲が広がっていた。気温は8度から20度、湿度は86%から55%、風は1mから3mの南西の風が少しばかり。明日の31日は高気圧に覆われて晴れるけれど、気圧の谷や湿った空気の影響で昼過ぎからは雲が広がる見込みらしい。

 

 今日も奥方に御用を頼まれているので、JAさんで払い戻し処理。週末に孫達が春休みでやってくるので、そのお小遣いほかを・・・。

 

 それと、自治会長を交代したので、前任者にお手当を支払うことになっている。その払い戻し処理も・・・。

 

 その後、予約診察日ということで、いつもの県立病院へ。着いたのが9時半過ぎだったから院内は平静を取り戻していて静か・・・。

 

 ここんところの恒例となっている、胸部レントゲン検査に採血による血液検査と検尿。いつもならば30分は待たされるのだが、今日はすんなりと順番が回ってきた。

 

 病院のこういう風景は珍しい。だから、診察室に呼ばれたのも10時前だった。ところが、担当のドクターは会議に出ていて、今日は代診の先生になっていた。だから、薬の処方だけ。

 

 ついでに、電力さんの営業所に寄って、自治会所有地に立っている電柱の敷地料の名義変更処理もやっておく。自治会長の名前が変わると、振込口座も変更になるために各種の変更をしておかねばならないのだ。

 

 で、薬局に寄って処方された薬を見てびっくり仰天・・・。

 

 薬代が32,000円・・・。高くても12,000円程度だったのに、2万円も高くなっている。「何か、間違ってませんか~・・」と調べてもらったら、

 

 この利尿剤一錠が、薬価2,597.2円ほどもするのだそうだ。確かに、これはよく効くのだ。これのおかげで、どうにか生きていけるのだが、これを一生、飲み続けるとなると、カップ麺で生活するしかない。

 

 気を取り直して、県立ダムで一人花見。桜の花はまだまだなのだが、花なんてどうでもいいのだ。なんか、いっぺんに元気がなくなってしまった。病院代と合わせて、毎月の医療費が4万か・・・。どこかで節約しないといけないのだが、どこを、どうやって削るんだか・・・。

 

 桜の花は咲くけれど わがこころには雨が降る・・・・・。

 

 ま、落ち込んでばかりもいられないので、総会の資料を修正したり追加したりしていた。瀬戸内海の島しょ部には、それぞれの島に「島四国」という、八十八ヶ所や西国33観音というものが作られていた。ところが、過疎と高齢化によって、多くが廃絶したり、一ヶ所に集められたりしてやまってしまった。

 

 今、おせったいとか市とかで残っているのは「豊島」「瀬居町」「塩飽本島」「しわく広島」、それに「粟島」くらいになった。伊吹島もやってるのか確認できていない。

 

 「両墓制」にしても、讃岐本土で火葬されるために島に埋葬されることがなくなって、だんだんと新しいものは作られなくなった。塩飽諸島の民俗や文化は少しずつだけれど消えてゆこうとしている。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生は白黒で簡単に割り切れるものではありません。いろんな勘定を味わいながら日々を過ごすところに人間の生きる意味がある」という小柳左門先生のことばから。 先生は1966年、福岡県立修猷館高校卒、1973年に九州大学医学部卒。九州大学医学部循環器内科助教授、国立病院九州医療センター臨床研究部長、国立療養所福岡東病院副院長、独立行政法人 国立病院機構都城病院院長などを経て2013年から特定医療法人・原土井病院病院長を務めている。人生はマルかバツか、表か裏か、白か黒かで簡単に割り切れるものではない。赤もあり、白もあり、黄色もあって、人生の意味があるのだと言うているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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玄関の 椿掃き取る 竹箒

2016年03月29日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、昼前からは気圧の谷の影響で雲が広がってきた。気温は4.8度から16度少し。湿度は96%から55%、風は1mから2mの南風が少しばかり。明日の30日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 昨年からの冷え込みが足りなかったものか桜の開花がゆったりとしている感じ。ま、桜が咲こうが咲くまいが、私の暮らしにはいささかの影響はない。

 

 またしても火曜日の朝になった。注文していた荷物が届きそうで届かないので、出かけるのは控えたいのだが、「今日も出てきて欲しい・・・」と言われていたので、さぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」にやってきた。今日はお天気がいいもので、数人の歩き遍路の方が休憩をしていた。

 

 で、またしても並べ替えをやったり、並びを修正したり・・・

 

 こちらでは納め札の解読で、訳文の修正作業をやっている。

 

 で、ようやくに展示パネルが出来上がってきた。「俵札とは・・・」という説明パネルやら「お接待とは・・」という説明やら・・・。県立ミュージアムの学芸員さんからのアドバイスを受けながら、展示方法や、納め札原本の保護方法とかを勉強したり、展示をやりかえたり・・・。

 

 これ、気になっているのだが、「塩飽生ノ浦 信原やく」と書いてあるのだが、「生ノ濱」だと思うのだけれど、いつになっても修正されていない。

 

 早速にお遍路さんがやってきて、「写真を撮ってもいいですか・・」と、熱心に展示を見てくれている。そういうお遍路さんもいるんだ・・・。多くはちらりと横目で眺めて出ていってしまうのだけれど。歴史とか地理とかに興味がないと、汚いミミズの歩いたような紙切れには興味がないと言うもんだ。

 

 このパネルで、それらしくはなってきたが、なんだかまだまだ空白が多いようで、あっさりとし過ぎかも。ま、ミュージアムの学芸員さんのお仕事だから、合理性があるのだろうけれど。

 

 で、「うちのおじいさんのお札があるんじゃ・・・」とやってきたのが、田淵さんというお方。私の担当した「田淵家」のご子孫らしい・・。そこでしばらく話し込んでしまった。

 

 で、会長から、こんなものを預かったし、インクのカートリッジ6色セットも頂いたのだが、

 

 結局の薬局で、壁面や展示ケースに並べる写真を印刷してきて欲しい・・・ということらしい。会長のプリンターはモノクロ専用機で、「黒色」一色印刷らしい・・・。

 

 こうして、高級印刷用紙も、インク・カートリッジも消費してしまった・・・。

 

 渡邊会長は、さぬき市歴史民俗資料館のお仕事もしているようで、こんなチラシを頂いた。この真ん中の武さんという方は、東大合格香川県人第一号で、博士号取得も香川県人第一号なのだと・・・。明日は水曜で休館日かな。あさってにでも見てこなくては・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「夫婦は一致するわけがない むしろ不一致こそがうまくいく『秘訣』」という、吉永小百合さんの言葉から。「ふーん、そんなものなのか・・」と、妙に納得したり、そんなもんなんだろうかと思ってみたり・・・。ま、全くの赤の他人同士が一緒にいるのだから、一致するはずがないのも道理。我が家の場合も、お互いがそこそこ妥協しながらやっているようなところはあるなぁと思ってみたり・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。 

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花冷えの 陽だまりにいる 猫二匹

2016年03月28日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は6度から16度、湿度は92%から56%、風は1mから3mの西風が冷たく感じられた。明日の29日は高気圧に覆われて晴れるけれど、夜は気圧の谷の影響で雲が広がる見込みらしい。

 

  さて、私のブログが開設から4000日になった。間もなく11年目に入ることになる。本当に飽きっぽくて、何をやっても三日坊主の私がよくもよくも続けられてきたものだ。

 

 あたりはすっかりと春めいてきていて、今日は全国的に月曜日ということで、多忙な一日になった。

 

 まずは、奥方の御用で高松市役所の地域包括支援センターへ書類の提出。往復で2時間はかかってしまう。帰れば11時を過ぎていた。車の中は暑いくらいだが、窓を開ければ冷たい空気が吹き込んでくる。

 

 お昼からは、銀行でおかねをおろして・・・。

 

 郵便局でもおかねをおろして、通帳に記帳して・・・

 

 そのおかねをJAバンクさんに預金をする。税金をここの口座から引き落としているらしい。三軒分だからちょっとした金額。それと、自治会長の通帳の名義変更手続きと印鑑の変更処理もやっておく。この通帳の名義変更ができていないと、さぬき市あたりからの振り込みができないらしい。

 

 ところが、この支店が新築移転したのが今日らしい。だから駐車場の誘導員とか、こうした婦人部の方が出てお赤飯を配ったりしている。それにしてはお客さんが少ないのか退屈そうにしている。

 

 で、新しくなったJAさんの通帳を持って、市役所の支所へ行って、5種類の書類を提出する。通帳の名義人などを確認して、ここはこれでおしまい。

 

 で、郷社である神社に行って、宮総代の名義変更手続き。昔から強制的に自治会長に割り当てているらしい。ほかに、体育協力員とか自主防災会長とか福祉委員とかも自治会長がやるらしい。人数がいれば、それぞれの得意分野でやってもらえるんだろうけれど、兼務・兼務になっている。浄化槽管理も自治会長だから、浄化槽センターにも名義変更・・・。

  

 で、JAさんや郵便局で頂いたもの。お菓子に赤飯にタオルに台所用のスポンジ。走り回った割に軽い物ばかり。ま、アテにしていたわけではないのだから仕方がない。

 

 これで、忘れ物はないのかなぁと呆然としている。あちらこちらへ走り回ったけれど、印鑑とか免許証とかを出したり入れたりしたけれど。行くところには行って、言われたことは済ませたのかと・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「別れがあるから 毎日が貴重である」というもの。朝ドラもいよいよ最終の週になるらしい。「いくらお金があっても買えないものがある。それは寿命だ」とか言うセリフがあったような・・・。必ずやってくるお別れの時、それまでの時間をいかに明るく楽しく元気よく過ごせるのか・・・。そのことを考えてみれば、今日という日、今という時間が貴重だということは納得できることではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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留守番は 花見の後の 庭そうじ

2016年03月27日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は上空の寒気や気圧の谷の影響により雲が広がっている所があった。気温は4.6度から13.4度、湿度は86%から76%、風は1mの北東の風が少しばかり。明日の28日は、寒気の影響で雲が広がりやすく、明け方まで雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 昨夜の桜見の宴に参加したのは男性が5人、女性が3人と飲めない女性が2人、それに高校生と中学生の12人。つまり、飲める人は8人で、19リットルの生ビールが空っぽになった。きっと余るから9リットルでもいいじゃないかと思って居たが、やっぱり飲めるもんだ・・・。

 

 早速に、解体して外に出しておくと、酒屋さんが回収に来る。グラス10箇に冷却用の氷も含めて1万2千円ちょっとだった。

 

 弟2人と娘家族の4人がお泊まりだったもので、今日はお布団の片付けもやらないといけない。宴会場の用意は元気が出るのだが、ビールサーバーの片付けとか布団の片付けは重くてしんどい作業だ。

 

 お昼前に、自治会長さんがやってきて、会長の引き継ぎ事務を行う。この集落もとうとう10戸になってしまい、自治会長と農業委員の2役を選ぶと、5年ごとにお役が回ってくることになる。だから、前回は2011年に自治会長をやったことになる。

 

 まずは、預金通帳の名義人変更や各役所への名義変更の手続き。それが7種類ある。自治会敷地にある浄化槽点検のための住所変更や電柱の敷地料を受け取る名義人変更などもあって、書類作成に1時間ほどかかってしまった。明日はあちこちへ走り回らねばならない。

 

 それに、大量に残った昨夜の食材。多くはそれぞれに分配したのだが、それでも煮魚や味噌汁とかご飯とかが丸残り・・・。それを少しずつ迷犬に分配したりして・・・。そうそうは、私一人では食べられない。奥方は今日も臨時出勤・・・。

 

 「ロータス・ポンド(ハス池)」も冬の間に水草が枯れてそのままになっているのを少しずつ、お掃除しておく。

 

 水を入れ替えたり、追加をしたりして夏に備える準備をやっておく。いつの間に生まれた物か、小さなおたまじゃくしがたくさん泳いでいる。

 

 庭のおじさいの若葉も萌えだしてきている。

 

 タラの新芽も好きだしてきている。あたりは春めいてきたのだけれど、今日も空気は冷たくて、ついつい、エアコンの電源を入れてしまう。

 

 今日の掲示板はこれ。「言わないで後悔することが一番よくない」という吉永小百合さんの言葉から。言わないですむたくさんの言葉がある。だけど言わないとわからないたくさんの思いもある。言っても どうしようもない言葉がある。だけど言わないでいると少しも前には進めないこともある。言って後悔する言葉がある。だけど言わないで後悔する方がもっと悲 しい。簡単で難しいのが言葉。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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やまつつじ 思い思いの 時が行く

2016年03月26日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は高気圧の影響で晴れていた。気温は3度から17度、湿度は78%から46%、風は1mから3mの北北東の風が少しばかり。

 

 気持ちの良い春の朝になったが、空気が冷たいなぁと感じたことだった。

 

 先日のダム一周のウォーキングの時に、こんなものを拾った。日本語では「パチンコ」と言うらしい。正式名称は「スリング・ショット」と言うらしい。ゴムとかは朽ちてなかったし、アームベルトも腐ってなくなっていた。これらの部品を、近くのホームセンターで探したが見つからない。

 

 で、このゴム部分をamazon.comで探して注文したら、翌日には届けられた。腕の部分は見つからなかった。

 

 さて、今日はわが家の花見らしい。誰かが提案をしたらしいのだが、誰が実行委員長なのか、誰が幹事なのか、いつから始めて、誰が集まるのかは全く不明・・・。とにかく、生ビール19㍑だけは確保してある。グラスは10人分。誰がこれを飲むんだろうか・・・。

 

 ところが・・・誰も来ない・・。9時半に三男のたっくんがやってきただけ。二人で、試験呑み、毒味、味見・・をやっている間に、二人ともできあがってしまう。

 

 結局の薬局で・・・二男のよっくんらが来たのが14時過ぎ・・・。

 

 いとこたちも集まって宴会らしくなったのが15時過ぎ・・・。

 

 娘家族がやってきたのは夕方・・・。この夜は、自治会の年度末の総会がある日。ご近所さんに「委任状」を預けて欠席。娘がお仕事をすませてやってきたのは18時・・・。なんか、だらだら宴会になってしまった。

 

 よっくんのギター演奏によるフォークソング集会から、ノートパソコンをテレビにつないでの、ユーチューブカラオケ大会に・・・。

 

 呑めや歌えや・・・の花見の宴は22時過ぎまで続いたのであった。

 

 今日の掲示板はこれ。「きのうという日は二度とかえらぬ日 明日という日はまだ見ぬ未来 今日という日を大切に生きる」という、山本富士子さんの言葉から。

 「一夜賢者経」と名づけられたお経がある。

過ぎ去れるを追うことなかれ
いまだ来たらざるを念うことなかれ
過去、そはすでに捨てられたり
未来、そはいまだ到らざるなり
されば、ただ現在するところのものを
そのところにおいてよく観察すべし
揺ぐことなく、動ずることなく
そを見きわめ、そを実践すべし
ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ
たれか明日死のあることを知らんや
まことに、かの死の大軍と
逢わずいうは、あることなし
よくかくのごとく見きわめたるものは
心をこめ、昼夜おこたることなく実践せん
かくのごときを、一夜賢者といい
また、心しずまれる者とはいうなり
                      (増谷文雄訳『阿含経典第五巻』)

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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毎日が 生きる命の 野辺の花

2016年03月25日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は3度から13度と冷たい朝になった。湿度は72%から55%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の26日は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 こんな日はお散歩だな・・・と、またも歩くことにした。ただ、ブラブラと歩いて居たり、はっきりとウォーキングをしている・・・とは思われたくないので、重いけれどデジタル一眼を担いで歩く。歩いて居ると、「鳥を探しているのか?」とか、「蝶々を探しているのか」と聞かれるけれど、単なる散歩の道具だけなので、あいまいに「春を探しています」と返事をしておく。

 

 と云うことで、今日は少し足を伸ばしての散歩になった。同じ町内なんだけれど、北に向かって進んで町境の山に登ってきた。

 

 手前の赤茶色の屋根が、旧幼稚園、向こうの鉄筋コンクリート建ての建物が旧の小学校、その右に見える建物が旧の保育園。全て閉校、閉園になってしまった。

 

 さらに県道津田川島線を北上して「友近」という集落にある「八剣(やつるぎ)神社」に寄った。この「随身門」が有名な建物で、小さな村の小さなお社にし ては立派な門。この門の棟梁はこの地の大工だが、そこにある彫刻は、塩飽大工として有名な塩飽本島生ノ浜(いくのはま)の橘貫五郎と千代蔵、そして同廣島 の嘉三郎が刻んだもの。完成は明治元年(1868)である。

 

 この彫刻がそれらしい。こんな所にも塩飽大工の仕事が残っている。

 

 これが、その案内板。塩飽本島の橘貫五郎というのは超有名な塩飽の大工の棟梁で、備中国分寺五重塔と善通寺五重塔を建てた。ま、親子何代か貫五郎を世襲したらしいのだが。

 

 火山(ひやま)の南麓、北地(きたじ)集落にある。真言宗善通寺派。花生山蓮花院と号し、本尊阿弥陀如来。寺記では行基開創、空海建立。宝蔵院古歴記(松浦文書)によると天長6年(829年)建立、元来宝蔵院(現長尾町の極楽寺)末寺であったが、延喜10 年(910年)印清が富田院主を号して同院を離れ、翌11年再び末寺に復したという。戦国期には安富氏に強引に与田寺(現大内町)の末寺にされたことが あった。天正4年(1576年)増玉が正御影供を修し、安富筑後守は家臣六車宗湛をして銅鉢を寄進させたという(御領分中寺々由来)。

 

 西教寺より下方左側には、西教寺六面石憧(せきどう)が有る。『県指定有形文化財:昭和51年6月29日指定・二基』で、石憧は笠(屋根)や憧身(屋根か ら下の部位)が六面或いは八面をした石造物で、供養や経塚の標識として造立されている。西教寺六面石憧は、南北朝時代の代表作で、凝灰岩が用いられてい る。石憧は東西に2基並んでいて、『讃岐名勝図絵』には、この付近に西教寺山門が有った事が記述されている。東塔=憧身は高さ約1.4m幅約42cm一面 の幅は約28cmで正六角形で、一面に「永和2年3月24日(1376年)と刻まれている。

 

 これが、その石憧。さすがに、このあたりまで来ると休みながらの散歩になる。

 

 だらだら坂をだらだらと登って行くと、こんな看板がある。「遊歩道」とは書いてあるが、なかなかに厳しい山道。

 

 やっぱり、登り坂になると、息がきつい・・・。こういう登山道をえっちらおっちらと登って行く。今日は暑いくらいになってきて汗が流れ始める。だから、木陰で一休み・二休みしながら登って行く。

 

  西教寺から800m位登った火山(ひやま)の中腹に「穴薬師」(梅が谷)がある。少し前までは、お寺で鍵を借りていたのだが、最近は誰でもお参りできるように扉が開いている。

 

 堂内には高さ約90cm薄肉彫りの磨崖仏厄除薬師如来像が岩崖内の壁面に刻まれて いる。薬師如来像の右側には、高さ約1mの十二神将一体が厚肉彫りで刻まれ、その他に浮き彫り線刻等の手法による小像や丸彫りの像が安置されている。

 

 ゲンノウ(玄能)と石ノミだけで石を彫るのはたいへんなことだ。

 

 堂外の岩壁には、頭部の長さ約70Cm、胸部までを肉厚彫りにした半身の巨大な薬師如来像磨崖仏がある。『西教寺の磨崖仏 「彫刻」大川町指定文化財(現さぬき市)(昭和43年5月1日指定)』伝(?)空海作。伝説によると・・・弘法大師がこの像を掘り終える前に、鶏が鳴いてしまったので、途中で中止して大窪寺へ向かったという・・・。その鶏が鳴かなければ、この西教寺が88番札所になっていたかも知れない・・・というおはなし。更に、この像の上方約50mの所に、線刻の近い薄肉彫りによる高さ90Cmとその両脇に高さ約50Cmの不動明王の像がある。

 

 この岩は少し硬すぎてあきらめてしまったのかも。

 

 帰り道の民家には、黄色いミモザの花が満開だった。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きることに満足せずして 何に満足するのか」というもの。これこそ、町内にある善楽寺さんの掲示板から。人間の根本的なことは「生きる」ということ。それには「食べる」ということが必要になり、「生き抜く」という力が求められ、そこから更に「学習」だの「経済」だの「文化」だの」「宗教」だのが求められる。この地上にあるすべての生き物は、「生きる」と言うことに「満足しなくては」次のステップが踏み出せない。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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咲く桜 部屋の掃除を 思案する

2016年03月24日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で雲が広がっていたが、概ね晴れてはいた。気温は9度から14度、湿度は77%から46%、風は1mから3mの北の風がピューピューと賑やかだった。明日の25日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 この前に借りた本は何度も何度も読んだ本だったもので、新しい情報でも探そうか・・ということで、またしてもここにやってきた。高松市林町にある「香川県立図書館」である。着いたのが8時55分だったので、どんぴしゃで開館に間に合った。

 

 今回、借りたのはこういう五冊。「櫃石島の歴史と民俗」、聞いたことのあるタイトルだなぁと思ったら、お友達の濱本敏広さんの作ったものではないか。「豊島のお大師さん、豊島の西国三十三ヶ所めぐり」、「さぬき市の遍路墓」、「四国遍路文化論」、「千社札かわら版」。

 

 これが、島四国の中身を調べるのに良いし、櫃石島の本にも、島四国や三十三観音霊場の石仏資料が掲載されている。豊島の島四国の本は貸出禁止になっていた。一部しか寄贈しなかったんだな。

 

 空気は冷たかったし、風もあったが、天候が良いものだから、高松市仏生山町にある、「法然寺」さんを訪問した。ここが、讃岐の浄土宗の総本山みたいなところだから、境内に「法然上人25遺跡(ゆいせき)巡拝所」があるかなぁと探してみたが、見当たらなかった。

 

 涅槃堂にも参拝してきたが、「讃岐の寝釈迦」だけあって立派なものだ。

 

 さまざまな動物たちも集まってきて嘆き悲しんでいる様子が面白いが、笑ってはいけないところ。静かに合掌、お念仏。

 

 最頂部にある「般若台」まで上がってきたが、最近は完全に施錠をされているようで、中をうかがうことはできなかった。ここは、歴代藩主や夫人・子供や重臣の墓所である。最後の最後の時、藩主はここで切腹をする場だったが、幸いにも、誰一人として、ここで切腹をした藩主はいない。

 

 ものはついで・・・ということで、境内にある、「本格手打ちさぬきうどん・竜雲」に入ってみた。高松藩・松平家代々の菩提寺(法然寺)を有する門前町として栄えた仏生山は、昔から麺作りも盛んだった地域。その歴史を継承した味わいに定評のある「竜雲」が、2009年にリニューアル。レストランに訪れたような、ワクワクするうどん店に生まれ変わっている。

 

 で、このお店イチオシの「ネギと温泉たまごのつけうどん」を注文した。こういううどんは、ここにしかない味。おうどんを食べ終わると、この付け出しをご飯にかけて食べる。これで530円。

 

 午後からは、またしてもダム一周のウォーキングになった。わが家からダムに向かって南下し、ダムを反時計回りに歩いて、帰りは県道二号線を北上して、鮎帰り橋から旧道に入ってわが家に戻る2時間コース。

 

 関門は、この、109段の階段。堤高は36m。私たちが通学した道路は、このダムに突き当たっておしまい。そこから、この階段を昇るか、管理用階段を上がるか、遊歩道を上がるかして、ダムの堰堤上に登る。

 

 ダムの桜は数輪が咲いている状態。香川の開花情報は、栗林公園内にある標準木によるらしい。でも、間もなくだろうなぁと思う。

 

 ダムの湖畔に咲き出した、ムラサキツツジ(だと思う)が鮮やか。遠くでは白くぼんやりとしたヤマザクラが咲き出した。センバツが終わる頃には、山が真っ白く見えるようになる。

 

 ワラビを、これの三倍ほど採ったのだが、写真に写すのを忘れてアクヌキ処理をしてしまった。ワラビが見えないと思って居たが、おばちゃんたちが朝早くに採って回っているらしい。折り取った茎から水分があふれているのを何本も見かけたものである。

 

 今日の掲示板はこれ。「咲くときに 散るも覚悟の桜かな」というもの。いつもお世話になる善楽寺さんにあったものだと記憶しているのだけれど。いよいよこれからが桜の時期になるのだろうが、桜に限らず、花は咲いて散るのがお仕事。「咲いた花なら散るのは覚悟・・・」という歌もあったが、生 まれたものは死んでいくように、咲いた桜もまた、散って行くのがさだめというもの。私たちに「命の尊さ」、「今を大切に」と教えてくれているような言葉で ある。

 昭和20年3月21日
陽光うららかな日 美しく立派に散るぞ
そう言って 一番機に向かう友の胸に
俺は まだつぼみだった桜の一枝を 飾って贈った
明日は俺の番だ
死ぬ時が別々になってしまったが
靖国神社で逢える
その時は きっと 桜の花も満開だろう

 というセリフを思い出させるような、今日の掲示板であった。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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春の日は 静かに緩く 音もなく

2016年03月23日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で薄雲が広がっていた。気温は五度から18度、湿度は94%から52%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の24日は冬型の気圧配置となり、雲が広がりやすい見込みらしい。

 

 薄曇り・・・と言っても春の陽気。明日からは冷え込むのか・・ということで、灯油をファン・ヒーターに給油をして、また、一缶、買ってこなければ・・・と思ったところ。

 

 今日は水曜日でお休み・・・と言っても、毎日がお休みなんだけれど、前山へ出勤するのはお休みということ。目が覚めたら6時半だった。まさに「春眠暁を覚えず・・」というところ。

 

 さて、昨日のこと、この、おへんろつかさの会の「前田チーフ・ガイド」から、「総会の講演の間にでも、法然上人25旧蹟まいり」や「親鸞聖人二十四輩巡拝」も、少しでもいいから説明してくれんやろか・・」という申し出があった。永年、いろんな所のガイドをしているが、「お遍路以外に、そんなものがあるのは知らなかったんや・・。みんなも知らんやろ。」ということらしい。

 

 総会資料を作っていて、島四国・お大師まいり・おせったい・・・と言われる信仰習俗は過疎と高齢化で姿を消しつつある。塩飽28島に志々島・粟島の二島を加えて30島としても、現在、行われているのは、瀬居(島)、塩飽本島・広島・粟島くらいなもの。その歴史や内容はお話しできても、島四国を楽しむために訪問するとなると、容易なことではない。豊島や伊吹島でもやっているとは聞いたけれど、少しばかりさぬき市からでは遠すぎる。

 

 それに、もう一つの「両墓制」も、近年の福祉の向上などで、香川県や岡山県の施設や病院に入り、そこで亡くなり、お葬式や初七日を済ませて、遺骨だけが島に戻ったり、戻らず「地方(じかた)」の親類や遺族に引き取られてしまい、島の埋め墓は利用されなくなっていく。そして、「詣り墓」の立派な石碑が建つようになった。塩飽の島々の「両墓制」も、佐柳・高見・志々島・本島新在家のように一部くらいしか見られなくなった。

 

 だから、そうした習俗を記録し、伝えていくことは重要なことなのだが、多くを語れなくなってきている事実が目の前にある。だから、その後半にでも、この二つの巡拝形式をお話する時間的余裕はあるかも知れない。

 

 この、法然上人25霊場巡拝や親鸞聖人二十四輩巡拝の「写し霊場」も、過疎と高齢化と土地の利用変更などによって減少し、集約化し、おまいりの人も見かけなくなった。

 

 こういうことも合わせてお話してもよいのかと・・・。

 

 江戸時代のお遍路は「死出の旅」ということで、「捨て往来」という通行手形を持っていた。これがないと、関所を通ることができなかったし、宿屋に泊まることもできなかった。でも、それと全く同じ通行手形を、真宗の二十四輩巡拝の人たちも持っていたのである。ま、その頃の旅は命がけの旅であったということになる。

 

 そんなことで、朝の間はパソコンの前でにらめっこをしていた訳だ。

 

 で、恒例の集落内一周の1時間コースのウォーキングで出た。そろそろ、ワラビの出る頃かなぁと探したけれど、わずかに1本だけだった。1本ではどうしようもないので映像だけに記録しておしまい。

 

 県営大川ダムの桜は、まだ、こんな状態だった。明日は冷え込むとかいうていたので、今週末のお花見は微妙。ま、わが家のお花見なんていうものは、桜の花がなくてもどうということはないのだからして。「花よりビール」だ。そうそう、昨日、生ビール19㍑とサーバーのレンタルを注文してきた。

 

 今日の散歩コースは、この逆順コース。わが家から大川ダムに寄ってから旧松尾小学校経由、みろく公園を回って戻って来た。1時間コースだった。今日はさすがに汗がにじんだ。

 

 わが家のチューリップもようやくに花を開かせ始めた。でも、多くは蕾がまだまだ小さい。

 

 今日の掲示板はこれ。「一言多かったか 一言足りなかったか 一言で人生が変わることもある」という荒了寛さんの言葉から。自分の一言で誰かが変わったという実感はないし、人に言われた一言によって自分の考え方が変わって、そのおかげで人生が変わったかもしれないということも ない。でも、一言多かったことで失敗したことは数知れないくらいにあるし、一言足りなかったことで理解されずに悔しい思いをしたこともいくらでもあった。  こういう一言は、内容も大切なのだが、相手の心にグッとくるタイミングで投げかけるからこそ響くものなんだろうと思う。タイミングが悪いだけで「一言多い」または「一言足りない」というい結果になってきたのだなぁとは思ったりする。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 

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春めいて 挨拶弾む 遍路道

2016年03月22日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は2.6度から16.6度、湿度は90%から52%、風は1mから2mの西北西の風が少しばかり。明日の23日は気圧の谷や寒気の影響で雲が広がりやすい見込みらしい。

 

 今日は全国的に火曜日だけれど、納め札の展示が始まったんだから、もう、今日は出勤しなくてもいいんじゃないか・・・と、半信半疑で、またしてもここにやってきた。さぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」・・・。すると、もう、皆さん、集まって活動をしている。

 

 それに、テレビカメラも入って、若い娘さんの声がにぎやかそう・・・。「あ、おせったいでもやってるんか・・・」と、会議室に入ると・・・。「ねぇ、ねぇ、田淵家の訳文が間違ってるって、先生が言うてるよ・・・」との声が・・・。

 

 訳文というのは昔の墨で書いた納め札を私が現代文に訳したもの。それが42枚中5枚も間違っている・・というのである。先生というのは、顧問の歴史学者の「藤井洋一」先生。私はいい加減な性格だから、「そんなもん、誰も気づきはせんですよ~」と言うと、「県立ミュージアムの偉い先生方が見学に来られるらしいよ・・」「そそ、おへんろつかさの会の信用問題よ」などと言うもんだから、その指摘された場所をメモして、自宅に舞い戻り、修正することに・・・。

 

 名前の「ミク」が「ミワ」に、「はる」が「はな」に、「山浦」が「山津」に・・みたいなことは、誰もわからんことのように思うのだけれど、他人の仕事は余計に目に付くものらしい・・。「真鍋」が「真部」とか「ヒロ代」が「喜代」は大きな間違いだなぁと思ったが。

 

 ということで書き換えて、印刷して、裁断して・・・再び交流サロンまで戻って差し替えて並べ直して・・・。わが家から前山までは20分。往復で40分・・・。

 

 「みんなはお接待受けてきたから、あんたもいただいてきなよ・・・」というので、お接待の会場へ・・・。恒例の「高松短期大学秘書科」の学生8名が四国八十八ヶ所霊場の第八十八番札所大窪寺に近いさぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」で「お接待」実習を行っているもの。

 

 この実習は秘書科「地域文化研究Ⅰ」の授業の一環で、これまで四国遍路に関する講義や、歩き遍路体験学習に引き続いて行われたもの。おへんろ交流サロンには、お遍路さんや観光客、地区の小学生や私たち「おへんろつかさの会員」などが訪れ、学生は準備したうどんやサラダ、お菓子、飲み物などを振る舞ったり、アンケートに協力いただくなど、一期一会の機会を大切に笑顔で活動していた。

 

 今日のおうどんは「ぶっかけうどん」で、おいしくいただいた。

 

 ちょうど、オランダからやってきた方が休憩に立ち寄ったので、報道カメラマンたちが集まってきた。こちらのご夫婦はたまたまの観光客。マイクやカメラを向けられてびっくり・・。私は早々に席を立った。

 

 この子供達はすぐ近くにある「前山小学校」の生徒さんや先生と卒業生。この卒業生を最後に、前山小学校は廃校になる。4月からは長尾小学校に通うことになって、このお接待も最後になりそうだということだった。

 

 着々と展示場も準備が進んできたが、まだ、写真パネルや説明パネルが届かない。来週の火曜日も同じように出勤になるらしい。

 

 会長と顧問の藤井先生は「札ばさみ」の年号を解読しようとしているが読めないらしい・・・。

 

 お昼になったので解散。私は保険請求のための診断書を受け取りに県立病院に向かった。診断書一枚を受け取るのに、やれ免許証だ診察券だ、会計は三番窓口だと30分以上もかかってしまった。やはり、県立病院というのはお役所的だなぁと思ったが仕方がない。

 

 で、この診断書一枚が5,400円だと仰る。泣く子と病院には逆らえない。ついでに、来週に予定されていた「大腸内視鏡検査」をキャンセルしてきた。単なる「内臓脂肪」のおかげで食事ができない・・ということが分かったし、胃カメラでも異常がないと分かったんだし、大腸まで調べなくてもよくなった。

 

 今日の掲示板はこれ。「苦の娑婆や 桜が咲けば咲いたとて」という小林一茶の俳句らしい。いつもの赤松先生の掲示板にあったもの。「世の中がいくら苦しいものだからと言って、桜が咲いたのに それまで「苦」だと思ってしまう…。人は愚かなものだねぇ。楽しいことまで「苦」の種にするこたぁないじゃないか。」とか、『この世は苦しみばかりだなぁ。桜が咲いてウキウキするはずのような季節でも、やはりその苦しみがなくなるわけではないのだ。』というような解釈になろうか。人は「幸せ」な事柄まで、ああ大変、ああ面倒、と思うことがよくあるもの。余分なことまで取り越し苦労をしなくてもいいものを・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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雪柳 彼岸の墓の 髪飾り

2016年03月21日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。朝方は霜が降りていて、気温は3.7度から14.4度、湿度は78%から46%、風は1mから3mの北西の風が冷たかった。明日の22日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。わが家ではおこたを片付けた。

 

 いい天気になって春らしくなってきたが、空気が冷たいので肺炎になってもあかんな・・・ということで、お勉強をすることにした。今日はさすがに前山勤務は休ませていただいた。

 

 前山での「俵札展示」は休ませていただいたが、今度は講演会の準備が待っている。総会が30分程度、休憩を挟んで10時から11時30分が講演会、会場模様替えをして懇親会が12時から・・・。

 

 チラチラと外を見るといい天気。こんな日に、こんなことをやってる場合じゃないぞ・・・ということで、またしても、ウォーキングに出た。昨日の足首の痛みは消えていて、快調に歩き出した。

 

 これも桜なんだろうが、花びらが小さくて白っぽい。桜の種類もまた多いらしい。聞いても聞いても覚えられないもの多くある。だし、自分で好きな名前をつけてもいいとか聞いた。

 

 わが家から北上して旧松尾小学校から今度は西に進み、旧大川第一中学校から南下して、南川自然の家まで歩き、そこから、わが家へと戻ってくるコース。2時間ちょっとのコースだったから7~8キロくらいになるのだろうか。

 

 ここが、旧大川第一中学校跡で、現在は「さぬき南小学校」となっている。敷地内に「さぬき南幼稚園」も併設されている。

 

 私が通っていた頃はこういう木造平屋建て・一部二階建てだったから、まるでもう、別な学校になってしまっていて、懐かしさも思い出もない。運動場の下側は葡萄畑だかの畑が広がっていたが、今はもう住宅地になってしまっている。

 

 だから、運動場があった場所に校舎が建っていて、旧の校舎が運動場になった感じ。

 

 そこから4キロほど南に進むと、「さぬき市南川自然の家」がある。旧の富田小学校南川分校であった。中学校の冬場のマラソンはこの二宮金次郎像が折り返し地点になっていた。

 

 これも桜だということだったが、桃色がきついし、にぎやかそうな花ではないか。

 

 県営大川ダムの桜はこんな状態。今週土曜日のお花見時には咲いてくれるだろうか。

 

 お隣さんのユキヤナギ。やっぱり、2時間も歩いたら、右足首が痛くなって、足をひきずるようになってきた。でも、誰にも助けを求めることも出来ず、歩き続けてきた。

 

 わが家の「サンシュユ」の花は満開状態。今日は山を削る重機の音もお休みしていて静寂そのもの。若者たちのバイクの音も聞こえないし、ダンプカーの走り回る音もしない。

 

 お昼からもパワーポイントを使っての資料作り。今日もまた、あっという間の一日が暮れる。

 

 今日の掲示板はこれ。「できない理由をいくら挙げてもしようがない。逆にどうしたら前へ進めるかを考え、一つひとつ手を打っていく。そういうふうに思考回路を転換することで、道はひらけていく」という荻田伍さんの言葉から。荻田 伍(おぎた ひとし、1942年1月1日生 )は、福岡県出身の日本の実業家。アサヒグループホールディングス相談役。失敗したこと、うまくいかなかった理由や言い訳を幾ら並べても済んだことは仕方がない。今度は、どうしたらうまく行くだろうかと前向きに考えて一つ一つを積み上げていくしかない。そうでなければ、あんな大きなピラミッドなんぞ積み上げられる訳がない。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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何色と 問えば黄色の春の里

2016年03月20日 | 今日はすっかりと俳句の世界

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は8度から17度、湿度は76%から51%、風は1mから3mの北北西の風が少しばかり。明日の21日も引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 さて、午前中はパワーポイントを使っての講演会資料の作成をやっていた。1時間の講演をするための資料だからちょいとした手間がいる。あの画像はどこに保存したんだったか、あの資料はどこのHDDに保存したんだったか・・と、あっちこっち丁稚。

 

 で、今日もさぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」に出勤となった。今日は京都から偉い教授がお見えになるので案内をせよ・・という大役である。

 

 それが、この方、小西淳二さんという京都大学の名誉教授で医学博士。小浜病院の名誉院長でもあるらしい。この方がお墓参りに帰郷するのだという。そのついでに、おへんろ資料展示室を訪問されるので、ガイドをせよというのである。昨日の、あの、お墓である。

 

 そのお方がやってくるのが、お昼から・・・と言うていたのが、14時になり、15時になった。だから、合間に、またしてもダム一周のウォーキングをすることになった。

 

 今日は昨日の反対回りに、ダムの堰堤から歩き始めて対岸を通り、流入口から時計回りに戻って来るコース。時間はやっぱり40分だった。さすがに少しばかりかかとが痛むようになった。もともと、右足首を痛めていることもあって、少し負荷がかかると痛みが出て来る。

 

 湖畔の桜はだいぶ蕾が大きくなってきた。来週の土日には開花しそう。さくらまつりはその次の週。満開時期になるだろうか。

 

 郷土の偉人(医人)・・・とでも言うのだろうか、ここの館長さん直々がご案内。お出迎えにはさぬき市長もやってきた。館長は志度寺門前にある自性院の住職さん。自性院には平賀源内さんのお墓があるが、この左から二人目の方が小西さんで杉田玄白記念館設立を目指しているもので意気投合したみたい。スーツ姿の方が弟さん。白髪あたまの方が私どもの渡邊会長。

 

 この、納め札のコーナーになると、渡邊会長が説明役に・・・。

 

 展示をあわただしく見学したあとは会議室で座談会。左から、大山・さぬき市長、ここの副館長の寒川さん、小西淳二さんと弟さん、私の右横には渡邊会長。でも、この四人はよくしゃべる。あたまがいいんだろう。次から次へと言葉が機関銃のように飛び出してくる。

 

 で、お茶の相手にこのおはぎ。おもちや甘い物は大嫌いなんだが、会長が「食べなさい」みたいに目配せするもんだから、しぶしぶ食べた。大切なお客様の前だから残しては失礼・・みたいな気分。おかげで夕食が少ししか食べられなかった。

 

 で、奥様がまたまた能弁家・・・。さぬき市長と会話がはずむ。

 

 小西さん一行がお帰りになって、ようやくに私のお役目も完了・・・。なんか、永い一日になったような印象だった。

 

 今日の掲示板はこれ。「だまされて人間がわかる 失敗して世間がわかる 悲しんで幸せがわかる」という荒了寛さんの言葉から。先日には東日本大震災から五年になった。悲しんで幸せがわかった人も多いはず。人にだまされ、事業に失敗し、多くの人々の悲しみに触れて、「三千大世界」が見渡せるようになってくる。まだまだ・・・そういう世界にはたどり着けない私たちであることか。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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一日が あっと言う間だ 花つばき

2016年03月19日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で雲が広がり、雨や雷雨となっている所があったが、夜のはじめ頃からは高気圧に覆われて晴れるらしい。気温は12度から19度と夏みたいな気温で、しかも湿度が99%から64%と蒸し暑い一日になった。風は1mから3mの北北西の風が少しばかり。明日の20日は、高気圧に覆われて晴れるけれど、明け方から朝にかけて、寒気の影響で雲が広がる見込みなのだとか。

 

 朝方はまたも香川県立図書館にやってきた。この植え込みの草やこけも緑色を増してきた。やがてにはアキニレの若葉も吹き出して来る。

 

 先日に借りた6冊の本を返却して、また、別の本を五冊借りて来た。

 

 何度も借りたことのある本ばかりの五冊だった。今日から三連休。三連休と言っても毎日が日曜日なのだから影響は全くない。

 

 その後、さぬき市長尾で行われた「おへんろつかさの会」の役員会に顔出ししてきた。前山ダム周辺の桜もつぼみを膨らませてきている。開花も近いなぁと感じたことだった。この前山のさくらまつりは4月の3日。こういうイベント時には、納め札コーナーでの説明員が必要になるらしい。当番制になるだろうか。

 

 私は黙って聞いているばかり。私はHP更新のための取材みたいなものだ。そうそう、4月の「総会」での私の「記念講演」が、正式に承認された。

 

 で、お昼は、道の駅ながおの横にあるレストラン「ほしごえの里」に入った。二回目かな、ふだんは高価なレストランには入れない。

 

 で、生姜焼き定食を注文した。1,000円だった。850円のうどんはすごく高いと思うが、こうした定食の1,000円はさほどでもない。不思議なことだなぁと思った。

 

 食後は前山ダム一周のウォーキング。本当は食べてすぐの運動はよくないらしい。

 

 時間的には40分ほどだったので、3キロちょっとの距離になるだろうか。それでもじっとりと汗ばんでいた。今日は「暑いなぁ」と感じるほどだった。

 

 ダム一周コースは、ほぼ水平な道路になっているので、たいした運動にはならないが、ま、少しずつの身体慣らしみたいなもの。

 

 その後、向かったのが「小西家墓所」。さぬき市長尾・名(みょう)という地区にある「小西家」というのは昔からの名家らしい。明治に衆議院議員になった小西和(かなう)も小西一族。実業方面では、南満州製糖株式会社・亜細亜煙草株式会社・中国葉煙草株式会社・東亜拓殖興業株式会社の取締役を歴任した人物でもある。その和(かなう)さんのお墓も探したが分からなかった。

 

 とにかく山の頂上一帯が小西家の墓所で広い。そして数え切れないほどの墓石が並んでいる。

 

 まさに大名家のような墓所であった。

 

 山登りをして汗だくになったので、市内にある「春日温泉」で汗を流してきた。

 

 駐車場には溢れるほどの車が止まっているのに、浴槽にも更衣室にも人影がない。あとで聞いたのだが、愛媛から女子サッカー部の合宿があって、小学生の女の子がたくさん来ているのだとか。それには家族もついてくるし、コーチ連中もマイカーでやってきているとのこと。

 

 今日の掲示板はこれ。「人はみんな 明日のことはわからないから生きていられるのです」というもの。いつもの「荒了寛」さんの言葉から。明日のことはだ れもわからない。明日、交通事故に遭うとわかったら生きてなんぞいられない。明日、振り込め詐欺に遭うとわかるとどうしようかと考えて眠れない。明日、病気になるとわかったら、おちおちテレビなんぞ見ていられない。明日がわからないからこそ、今日に感謝して「ありがたいなぁ」と生きてゆけるというもの。明日のことは明日で云い。今日は感謝のこころで終わりたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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早起きのウグイスの声に起こされる

2016年03月18日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で雲が広がり、午後からは雨が降ってきた。気温は7度から16度、湿度は76%から60%、風は1mから2mの東南東の風が少しばかり。明日の19日は、低気圧の影響で雲が広がり、明け方まで雨が降る見込みらしい。

 

 朝の間はよく晴れていて、気持ちのよい朝になった。で、朝から、塩飽諸島の「島四国」についての記事をパワーポイントを使って編集していた。自分の話したいことを画像シートに組み立てるのは案外と難しい。言いたいことと、画像や情報がうまくかみ合っていかないからだ。

 

 で、この前の続きで、オープン直前の最終仕上げをしたい・・という連絡で、またしても、さぬき市前山の「おへんろ交流サロン」に向かったが、前回、タヌキが捕まっていたオリをのぞくと、またしても「ハクビシン」が捕まっている。前回のと似たような顔だ。もしかして、もしかして、捕獲目的のニホンザルではないと、逃がしたものじゃろうか・・。

 

 これが前回の2月19日のもの。少し毛の色が黒いのか・・・。でも、こういうのが何匹も繁殖しとるんじゃろうか・・・。

 

 交流サロンに行くと、会長と副会長が何やらをやっている。青い制服のおじさんは看板屋さんらしい。

 

 それが、こういう看板である。特別展・・というのは、お遍路に関する一般展示に対して、一定の期間だけ「俵札」に関する展示を行うので「特別展」なんだが、「さぬき市のお接待」と「俵札」の関連がわからないんじゃなかろうか。ま、展示場にはその意味を書いたパネルを置くので、中に入れば理解できるのかも。

 

 あれあれ・・・。パネルに張った写真がめくれ上がっているではないか。そういうものが、あちらこちらに。それを、ドライヤーで熱を加えて張り直したり、裏にノリをつけて貼り合わせたり、物によっては両面テープで貼り合わせたり・・・。

 

 女性陣は、納め札を並べる作業・・・。「あ、三ミリずれたわ」「あ、また、ずれた・・」と、わぁわぁ言いながらの微調整をやっている。この前の電機屋さんのおかげで、展示ケースに照明が入った。だから、手元が明るくなったので、余計にわずかなズレや曲がり、浮き上がりなどがはっきり、くっきり・・・。

 

 これだけ並べるのに1時間もかかってしまう。ま、やってもやっても満足な物にはならない。「あぁあ、また、曲がってるぅぅぅ・・」とか、「あ、ここと、ここの間隔が違う・・・」と、キリのないことだ。

 

 こちらが終われば、今度はこちら・・・という具合で、六つの展示ケースの整理が終わったのは11時半。案外と時間のかかる作業だった。

 

 こうして照明がつけば文字がはっきりと読める。

 

 それに、この照明は特殊な物で、日焼けや熱やけを起こさない蛍光灯らしい。美術館や博物館などでも使われる特殊な光が出るものらしい。

 

 午後からは、この講演会のパワーポイント作り・・・。この前の布教使研修会でも「起承転結をしっかりと・・・」とか、「話がゴチャゴチャし過ぎ・・」とかと指摘されたけれど、どうにもサービス精神が働き過ぎて、あれも、これもと話題を詰め込み過ぎるらしい。

 

 ま、法話と講演会とは違うのだからして・・・などと、言い訳を用意しながらの作業が続く。

 

 今日の掲示板はこれ。「正しい意見でも 思いやりがなければ 言われた人は傷つく」というもの。このことばも、誰のものかわからないが、お寺の掲示板多くありそうなことば。一方では、板尾創路(いたお・いつじ)さんがツイッターで書き込んで広まったとも。「板尾創路??」ってことでググッてみた。板尾 創路(いたお いつじ、1963年7月18日生 - )は日本のお笑いタレント、俳優であり、お笑いコンビ・130Rのボケ担当。相方は「ほんこん」で愛称は「イッツジー」。大阪府出身、父は川柳家の板尾岳人。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業)所属。吉本総合芸能学院(NSC)4期生。既婚。ま、本文は読んでその通りのそのまんま。でも、正しいことは正しいと、会議や会合なんぞで堂々と自分の考えや主張を展開する人がいる。でも、言われた人が傷ついているかも・・・という思いやりは忘れて欲しくないものだ・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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紅梅は 花振りまいて 天を突く

2016年03月17日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は3.8度から16.1度とすっかりと初夏の気温。湿度は94%から54%、風は1mから3mの東の風が少しばかり。今日は「彼岸の入り」に当たるらしい。明日の18日は、低気圧や前線の影響で雲が広がり、昼過ぎから雨が降る見込みなのだとか。

 

 さてさて、今月8日の胃カメラ検査の時、マウスピースを思い切り噛みしめて下の前歯が折れてしまった。で、先週の9日に治療をして、ようやく元のように修理ができた。

 

 ま、これでしばらくはいけるだろう・・・ということだった。下の前歯もガタガタになっているが、その時、その時の修理で済ませるほかないらしい。

 

 でも、前歯の一本がないだけで、うどんもラーメンも食べにくいったらありゃしない。それだし、当分は「かぶりつくのは厳禁」なんだそうだ。硬い物をかじると、また、折れてしまうらしい。「お歳ですから・・・」仕方がないというものだ。

 

 孫が新聞に載ってるよ~というので、コンビニで新聞を買ってきた。なんか最近は、孫の方が活躍するようになってしまった。この前は「一日通信司令長」だかもやっていたし。

 

 さて、今日は天気もいいことだし・・・ということで、ウォーキングをやってみた。今回は南に歩いて行って、県営大川ダムを一周する一時間コース。

 

 

 ダムの桜は、まだ、こんなもの。来週の土曜日に花見を計画しているのだけれど、あと、九日で開花するんだろうか。なんとも頼りない蕾に見えるのだけれど。

 

 今日の関門はここの階段。これさえクリアすれば、あとは平坦な所ばかり。

 

 ダムの管理道路はこんなもの。ほぼ、水面に合わせてまっすぐに伸びている。途中で、腐った倒木や竹などが散乱している所もあるけれど。

 

 ここが「流入部」ここから県道に出て、今度は県道を北上する。

 

 ここにちょっとした奇岩がある。これが「千羽が嶽」というもの。その昔、ある武士がここにさしかかった際、盗賊が襲いかかってきたらしい。その時、武士の刀の小塚から千羽の鶴が舞い上がって、盗賊を追い払ったのだとか。

 

 そんな伝承を受けて、この橋のたもとに住んでいた女子中学生が、橋を新設する時に「せんばづるはし」という名前を付けたのだそうだ。

 

 わが家の「ハクモクレン」は満開状態。明日からの雨で散っていくのかも知れない。

 

 今日の掲示板はこれ。「やってやれないことはない やらずにできるわけがない」という斎藤ひとりさんの言葉から。「やってやれないこと」って本当に無いんです。なぜかと言うと、「あなたに起きる問題」は「あなたにできること」だからです。誰もあなたに、「戦争の無い地球にしろ」とか、「世界一のコンピューターをつくれ」とか言いませんよね?それは、「あなたに起きる問題」ではないからです。今「あなたに起きている問題」は、あなたがやる気を出せばすべて乗り越えられる問題です。やってみたらあまりに簡単に乗り越えられるので、ビックリします。そんなもんです。人生って!と、斎藤さんは仰るけれど、やってもやってもできないことはできないのだ。でもだ、「やらずにできるわけがない」というのは納得できる。歩き出さなければ目的地には到達できないし、目覚めなければ、今日を楽しむことができないのは確かだと思う。まずは目を開くこと、まずはあたまを動かせること。そうすれば、歩き出すことだって可能だし、走り出すこともできるのだから。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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